今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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すぺえどのなな(2)

真熊と永世は飛行機の前方、入り口付近を担当。

幽鬼、玉藻、藍里は後方を調べることになった。

座席を撫でたり、壁を叩いたり、下を覗き込んだり、軽く蹴ってみたり、匂いを嗅いでみたり――

可能な限り、手当たり次第に機内を探索する。

 

 

 

「幽鬼さんたちは、いつからこの世界にいるんですか?」

藍里が座席を探しながら、ふと質問を口にした。

長時間に及ぶゲームでは、こうした雑談が意外に重要になる。

短時間なら必要最低限の情報交換だけで済む。しかし長時間になると、わずかな油断や心理のズレが、後々の協力関係に影響する。

だから、ゲーム中であっても“無意味に見える会話”は、お互いを知り、信頼を積み重ねるために必要なのだ。

もしかすると、藍里は仲間同士の二人が固まって何かしらされる可能性を考慮し、監視しているのかもしれない。

だが、おそらく一番大きな理由は――ただ単に、気まずさを紛らわせるための話題作りだろう。

 

「今日で44日目だね」

幽鬼は、座席の下を覗き込みながら答えた。

 

「……長いですね」

藍里は淡々と返す。

驚きというより、事実の確認に近い声音だった。

 

「私は一週間くらいです」

玉藻も答える

 

「私は……ちゃんと数えてないですけど、一か月くらいかな」

藍里は視線を床から動かさないまま言った。

 

「数えてないんだ」

幽鬼が軽く返す。

 

「途中から意味がない気がしてきたので」

 

「意味がない?」

「はい。日数を意識しても、状況が良くなるわけではないですから」

あっさりとした言い方だった。

 

(4/22)

 

「コックピット……がおそらく重要になるかもしれませんね。ただ、黒い金属か何かでガチガチになっているので、壊すのは難しそうです。真熊さんなら壊せたりするんじゃないですか」

 

永世は金属のドアを指さす。

 

「……無理だったよ」

 

返答は、やけに早かった。

 

「私も最初に来た時に色々やったけど、びくともしない。このゲームでは絶対に関係ない」

 

「そうでしょうか。何かしらの手段があって開けられるのではないでしょうか」

「……たぶん違うだろ。それに開けたとして、どうやって操作するんだよ。お前、運転できんのかよ」

「できますけど」

沈黙。

真熊は思わず言葉を失ったような顔をした。

――が、すぐに視線を逸らす。

「……そうかよ」

それだけ言って、話を打ち切った。

 

 

 

 

 

その後、全員は黙々と飛行機の中を調べた。

 

誰かが置きっぱなしにしたらしい紙コップやジュースのカップ、新聞紙、紙吹雪のように散らかった小さな紙切れ……ゴミはたくさんあったが、特に面白いものは見つからなかった。

 

なんにもないな。

 

ずっと中腰で探していたから、腰が痛くなってきた。この年齢で腰痛に悩まされることは避けたかったため、いったん立ち上がり、休もうと思った。

 

そのとき――

かすかに、“コツン”と何かが当たるような音がした気がした。

 

(……?)

 

幽鬼は顔を上げる。

だが、それ以上の物音は続かない。

 

(気のせいか……)

 

そう思い直し、ふと横を向くと、宙に浮かぶ紙コップが目に入った。

 

(5/22)

 

(……浮いてる?)

 

一瞬、違和感が走る。

落ちるはずのそれが、わずかに“遅れて”動いたように見えた。

 

 

 

次の瞬間――

 

「全員、何かにつかまれ!」

飛行機は突然、急降下した。

 

機体が急降下すると、内部は一時的に無重力状態になるらしい。宇宙飛行士が訓練で疑似的な宇宙体験をするときにも使う方法だという。幽鬼の体は中空に浮き上がった。

玉藻も同じく、思わず手を伸ばして掴まろうとする。

 

室内の小物や紙切れが、ふわりと浮かび上がる。

まるで空中に散らばった小さな星のように、ゆっくりと漂う。

 

 

ガコン、と鈍い音が響いた。

頭上の荷物棚が、いくつか同時に開く。

荷物が、遅れて浮き上がる。

 

カバン。ペットボトル。小さなポーチ。

そして――

異物が、混ざっていた。

 

(……っ)

 

包丁。

一本ではない。

二本、三本――いや、それ以上。

 

無造作に放り込まれていたそれらが、無重力の中で静かに浮かぶ。

 

(……さっきまで、あったか?)

 

一瞬、思考が引っかかる。

だが――

次の瞬間、それは弾かれた。

(来る――!)

 

回転しながら、加速する。

縦に、横に、斜めに。

軌道は不規則。

どこへ飛ぶか、読めない。

 

幽鬼は咄嗟に体をひねる。

刃が、頬のすぐ横を掠めた。

 

別の一本が、座席に突き刺さる。

 

ドン、と鈍い音。

さらに一本が、天井に当たり、跳ね返る。

 

(……反射してる!?)

 

 

 

予測不能。

空間そのものが“危険”に変わる。

 

「っ……!」

 

玉藻の息を呑む声。

 

「目、閉じるな! 動け!」

自分でも驚くほど強い声が出る。

 

玉藻の体が流される。

幽鬼は腕を伸ばし、その足首を掴んだ。

 

想像以上に引き寄せられる力と、包丁の軌道。

両方に意識を割かれる。

そのとき――

 

パリン――。

どこかで、ガラスの割れる音が響いた。

 

次の瞬間。

空気が、変わった。

(……っ、強い)

先ほどまでとは違う。

明確に、“引かれている”。

 

一点へ。

紙片が、一直線に流れていく。

包丁の一部も、軌道を変えた。

「……窓が割れてる!」

誰かが叫ぶ。

座席の一角。

窓ガラスが、ひび割れていた。

そこから、空気が漏れている。

完全な破壊ではない。

 

だが――十分すぎる。

 

(……まずい)

 

持続的に、引かれる。

さっきの無重力とは違う。

終わらない。

玉藻の体が、じわじわと引き寄せられる。

「……っ、幽鬼さん……!」

「離すな!」

腕に力を込める。

だが、足場がない。

 

踏ん張れない。

(このままじゃ……)

 

ガンッ!

重い音が響いた。

真熊だった。

 

座席の支柱に足を引っかけ、無理やり体を固定している。

そのまま、窓の方へ踏み込む。

風に逆らいながら。

 

「そこから離れろ!」

叫びながら、近くの布を掴む。

シートの一部を引き剥がしたのか、繊維が裂けている。

それを、窓へ叩きつけた。

一瞬、吸引が強まる。

だが――

「……今だ、押さえろ!」

 

永世がすでに動いていた。

飛行機に搭載されていた、修理キットを開き、中身を一気に取り出す。

迷いがない。

「そこ、固定してください」

短い指示。

藍里が、震える手で応じる。

「……っ、はい……!」

布の上からシートを重ねる。

さらにテープ。

何重にも。

空気の流れが、わずかに変わる。

 

弱まる。

――まだ、完全じゃない。

 

ビリッ。

テープの端が、わずかに浮く。

 

「っ……!」

「まだだ、押さえ続けろ!」

真熊が体重を乗せる。

さらに押し込む。

永世が追加のシートを貼る。

藍里が、それを必死に押さえる。

それぞれが、自分の役割にしがみつく。

 

数秒。

あるいは、数十秒。

時間の感覚が曖昧になる。

 

やがて――

ふっと。

引力が、消えた。

浮いていた紙片が、ゆっくりと落ちる。

包丁も、音を立てて床に転がった。

静寂。

何もかもが、止まる。

 

(6/22)

 

幽鬼は、その場に膝をついた。

肺が焼けるように痛い。

腕も、震えている。

玉藻も、すぐ横で座り込んでいた。

 

「……大丈夫、ですか……」

かすれた声。

 

「ああ……なんとか」

短く答える。

 

視線が、窓へ向く。

布とテープで無理やり塞がれたそれは――

あまりにも、簡単に“塞がってしまっていた”。

 

「……一旦、大丈夫そうですね」

永世が静かに言う。

だが、その視線は窓から離れていない。

「油断はできません。完全に塞がれている保証はない」

冷静な声。

床に転がるそれは、現実感を伴ってそこにあった。

 

「……トラップ、かもな」

真熊が低く言った。

すでに窓から手を離している。

だが、いつでも動ける姿勢のまま。

 

「一定の条件で、こういうのが起きるタイプのゲームだ」

淡々とした口調。

 

(……)

 

幽鬼は、わずかに目を細めた。

 

確かに、説明はつく。

無重力。

荷物の散乱。

その直後の異常。

 

“そういう仕掛け”だと言われれば、納得はできる。

 

だが――

(……考えすぎか?)

 

そう結論づけるには――

 

ほんの少しだけ、違和感が強かった。

 

 

 

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