幽鬼は考える。
考えてみる。
普段ほとんど使われていない脳みそを、無理やり働かせる。
脳神経が悲鳴を上げている気がした。
いや、悲鳴を上げているのはたぶん気のせいで、実際には、ただいつも使っていない部分を使おうとして空回りしているだけなのだろう。
とにかく、考える。
黒板を見る。
丸が並んでいる。
丸。
丸。
丸。
いっぱいある。
よく見ると、違いがあった。
赤い線で囲まれた丸。
青い線で囲まれた丸。
黒い線。
白い線。
線の太さも微妙に違う気がする。
「……」
分からない。
何ひとつ分からない。
どういうルールで、何を見ればいいのか、その入口すら見えなかった。
頭のいい人が好きそうな問題だった。
つまり、幽鬼の苦手分野だ。
そのとき。
横を、白いお姉さんが通った。
静かな足取りだった。
「お前、名前は?」
いきなり聞かれて、幽鬼は少しびくっとした。
「幽鬼……ですけど」
「そうか」
白いお姉さんは、短く頷いた。
「私は白士」
親指で後ろを示す。
「こっちは墨家っていうんだ」
見る。
元ヤンお姉さん――もとい墨家が、片手を軽く上げた。
「よろしくな」
雑だった。
かなり雑だった。
白士の澄ました雰囲気とは、まるで正反対である。
よくこの二人が一緒にいるな、と幽鬼は思った。
「……そうですか」
それより気になることがあった。
幽鬼は黒板を指した。
「ところで、分かりましたか? この問題」
白士は、あっさり答えた。
「ああ」
あまりにもあっさりだった。
「ああ、解けたよ」
幽鬼は固まる。
早くない?
いや、早すぎない?
白士は続けた。
「……たぶんね」
かなり不安なことを言った。
「たぶん!?」
思わず声が出た。
たぶんって何だ。
今もっとも聞きたくない言葉ランキング上位だぞ、それ。
だが白士は気にした様子もなく、ざわつく参加者たちの間をすっと抜けていく。
黒板の前。
十個のスイッチの前まで歩く。
誰も止められなかった。
止める暇もなかった。
白士は、ごく自然な動作で。
左から四番目のスイッチに手を伸ばした。
「え」
幽鬼の思考が止まる。
おいおいおい。
まじか。
正しいって確証があるならまだしも。
たぶんで押すな。
押さないでほしい。
というかせめて説明しろ。
これで外れだったら、二人死ぬんだぞ。
たまったもんじゃない。
幽鬼は慌てて墨家を見る。
止めないのか。
この人、止めないのか。
墨家は。
なぜか、こっちを見てニヤニヤしていた。
「……墨家さんは分かったんですか」
「いや?」
墨家は即答した。
「まったく分からん」
駄目じゃん。
「でもまあ、多分大丈夫だろ」
ものすごく軽い調子で、墨家は言った。
「なんたって、あれは白士だ」
その声には、妙な確信があった。
絶対的な信頼。
そう呼ぶしかないものだった。
「あの人が同じゲームにいてくれたら楽勝だよ」
墨家は笑う。
少しだけ。
懐かしそうに。
「……今回みたいな協力型なら、な」
墨家は、そう言って笑った。
笑っていたが、その言葉の最後だけ、少し重かった。
協力型なら。
その一言の意味を、このときの幽鬼にはまだ理解できなかった。
まあ、それはさておき。
結論から言えば、ゲームはクリアだった。
白士が押した左から四番目のすいっちは、正解だった。
ぴんぽーん。
場違いなくらい間抜けで明るい音が鳴った。
直後、スマホが震える。
ゲームクリア。
こんぐらちゅれいしょん。
表示された文字を見て、幽鬼はしばらく理解できなかった。
「……え?」
思わず声が出る。
終わった?
もう?
白士がすいっちを押してから、体感では十秒も経っていない。
ゲーム開始から数えても、五分経ったかどうかくらいだった。
あまりにもあっさりしていた。
何もしていない。
本当に、何もしていない。
寝ていた。
起こされた。
転がされた。
知らない問題を見せられた。
白い美人が解いた。
終わった。
以上。
ひどい。
あまりにもひどい。
テレビ番組なら確実に企画倒れだった。
炎上待ったなしである。
「大型特番!」とか煽っておいて、始まって五分で終わるのだ。
視聴者は怒る。
裏で何かトラブルがあったのかと邪推するレベルだ。
いや、視聴者どころか、参加者の幽鬼ですら困惑していた。
「終わり……なんですか?」
幽鬼は思わず聞いた。
白士は黒板を見ながら、あっさり答える。
「終わりだな」
「……え、でも」
「なんだ」
「なんかこう……もっとなかったんですか」
墨家が吹き出した。
「なんだそりゃ。死にかけたかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
そういうわけでは、断じてない。
ないのだが。
ここまで何もないと、それはそれで釈然としない。
他の参加者たちも似たような顔をしていた。
助かった安堵よりも、拍子抜けのほうが勝っている。
それくらい、一瞬だった。
だが。
白士だけは、相変わらず落ち着いていた。
「簡単なゲームだったからな」
彼女は淡々と言った。
真っ白な瞳。
不思議な目だった。
冷たいようでいて、どこか静かだった。
「覚えておけ、幽鬼」
「……はい」
「簡単なゲームほど、運がいいだけで生き残れる」
一拍置く。
「だが、難しいゲームは違う」
白士の声は静かだった。
静かすぎて、逆に耳に残った。
「理解できないやつから死ぬ」
ぞくり、とした。
さっきまで感じていた拍子抜けが、一瞬で消えた。
代わりに、背筋を冷たいものが這い上がる。
この人は、冗談で言っていない。
本当に、そういう世界なのだ。
さっきまでのゲームが簡単だったから、忘れかけていた。
けれど。
ここは。
間違えれば、人が死ぬ場所だ。
「……さて」
墨家が肩を回した。
「一日目でこれなら幸先がよかったな」
一日目。
その言葉に、幽鬼は引っかかった。
一日目?
それはつまり。
二日目も、三日目もあるということか。
嫌な予感しかしなかった。
「……あの」
幽鬼は、おそるおそる聞いた。
「これ、いつまで続くんですか」
墨家は笑った。
白士は、静かに答えた。
「さあな」
そして。
まるで当たり前のことを言うみたいに、こう続けた。
「死ぬまでかもしれない」
幽鬼は思った。
とんでもない場所に来てしまった、と。
どのゲームが一番やりたくない?
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かいもの(はあとのろく)
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でんしゃ(だいやのきゅう)
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バージンロード(すぺえどのさん)
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がすしつ(くらぶのええす)
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ふらいと(すぺえどのなな)
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すいっち(だいやのよん)