今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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はあとのろく(4)

 

機械の声。冷たい音だった。

青井は顔を上げ、状況を理解できずに呟く。

「……え?」

入口の外で黒糖が笑った。

「悪いね」

軽い口調だが、全員の耳にはぞくりと響いた。

幽鬼も皆も驚く。青井の件もそうだが……聞き間違いか?

最低購入金額が、1円?

 

 

 

「最後の代表、よろしく」

宝石店の中は、見るからに高級そうな宝石3つだけが並んでいた。値札はない。

チラシにも、価格は書かれていない。

探そうにも、宝石の入ったショーケース以外は何も置かれていない。幽鬼は眉をひそめ、頭の中で状況を整理した。

 

「……どうするんでしょう」

桃乃はつぶやいた

 

黒糖が幽鬼たちに耳打ちした。

「今回、青井に先に店に入ってもらったのは理由があるんです」

黒糖は落ち着いた口調で続ける。

 

(20/23)

 

「この店、外から見たところ値札がないので、宝石の価値を判断する必要があります。でも宝石は3つあり私たちにはその価値なんてわからない。だから、青井さんには犠牲になってもらうんです。青井さんはお金を持っていないので、万一失敗しても損失はありません。それに、会計時の購入金額でこっちは宝石の値段を知ることができます」

 

黒糖が3つ目の店……紅野の購入の際に気づいたことだ。

 

幽鬼さん曰く、画面には、購入に成功しても失敗しても、レジで受け付けた商品の値段が表示される。

 

これを使えば、宝石の値段を把握できるのだ。

 

 

幽鬼たちが最も恐れるべきは、持っている全額を使っても買えない宝石を買うことだ。

 

この店の最低購入金額は1円。

いきなり聞くとわかりにくいが、ルールを思い返せば単純だ。

「支払額不足で決済するとゲームオーバー」——これまであまり意識してこなかったルールだ。

今回は最低購入金額を気にする必要はない。

 

しかし、購入に失敗すれば手持ちの金が全くなくなり、全滅の危険性がある。

解決法は単純だ。

 

宝石は三つ。どれが買える値段なのかがわかればいい。

黒糖の考えでは青井の犠牲、運が悪ければもう一人誰かの犠牲で、買える値段の宝石を絞ることができ、それがこのゲームの攻略法というわけだ。

 

「今回の最後の店が宝石店で外から中を見る限り、宝石がたった3つしかなかったんです。今回の宝石かなりちっちゃいですけど、給料三か月分で買える、米粒みたいなサイズのちっちゃいダイヤでもかなりの値段しますよね。おそらくギリギリ買えるか買えないかくらい。そのくらいの値段ですよ」

 

幽鬼は、黒糖の言葉にぞくりと背筋を震わせた。

無理やり行動させる方法は、人によっては非合理に見えるが、この世界のルールで考えれば十分に戦略的だ。

 

「黒糖さん……ひどいよ……わたし、どうすれば……」

青井はふらつき、かなり強くショーケースに頭をぶつける。

「幽鬼さん……桃乃さん……私、何をすれば……とにかくお金ください。さっきのお店で自分の財布のお金を全部使っちゃったので……」

 

桃乃は顔をひきつらせながら、ぎこちない笑顔で答えた。

「ご、ごめんなさい。さっきのお店でうっかり財布を置きっぱなしにしちゃって……今からすぐ取りに行くから……」

 

桃乃は急いでその場を去ろうとした。財布を置き忘れたというのは嘘だ。むしろ逆で、財布をこの場にこっそり置いておけば、後のメンバーが何とかしてくれると考えたのだ。

 

青井の次に犠牲になる可能性が高いのはもっとも小柄な金子だ。しかし、自分が犠牲にならないとは限らない。広いモールで身を隠せば、あとは人任せでクリアできるはずだ。

 

そのまま走り去ろうとした瞬間、何かに足をひっかけた。

派手に転がるように桃乃は倒れた。

 

幽鬼の足にぶつかったのだ。

「桃乃さん。すぐそばに落としてたよ」

「あっ……ありがとうございます、幽鬼さん」

 

 

 

(21/23)

 

 

 

幽鬼は、宝石の値段を知る手段が他にないか必死に考えた。

チラシも店内も、光に透かしてみても手がかりは皆無だ。残りの青井の購入時間は五分しかない。

 

黒糖の案――青井を犠牲にすれば宝石の値段がわかる――は確かに戦略的に見えた。

一人の犠牲で解決できるなら、簡単で効率的だ。だが、幽鬼は違和感を感じる。

 

「もし本当に、一人や二人の命でこのゲームがクリアできるとしたら……そんな簡単すぎるゲームが存在するはずがない」

 

店には3つの宝石がショーケースの中にあり、おそらく値段も異なる。

 

青井が選んだ宝石が買えない値段であれば、次の犠牲者が必要になる。その次も……。

たった一人、二人の命でクリアできるほど、このゲームは単純ではない。

そんなことができるなら、難易度“6”など設定されるはずもない。

 

幽鬼は考えを巡らせる。

 

自分の手で全員を無力化し、お金を奪えば、誰かを捨て石にして値段を特定できるかもしれない。

 

体格で劣っても、素人相手なら可能だ。

しかし、それをやったところで、このゲームは決して簡単には解けない――一人や二人の犠牲で済むものではないのだ。

考える。

これはダイヤではなく、ハートのゲームだ。

「大事なのはひらめきだ」……あの言葉が頭をかすめる。

ハートは最も簡単なゲームだと、誰かが言っていた。

「気づければ、小学生でも幽鬼でもクリアできる」――その声も、どこかで聞いた気がする。

ルールは何だ。もっと、もっと、一番最初から思い返せ。

幽鬼ユウキは頭の中でルールを断片的に反芻する。

――五つの店……代表者は一人……買い物は10分……最低購入金額……ゲームオーバー……購入するものをセルフレジで……

しかし、どうしても引っかかる。

その瞬間、頭の片隅にアナウンスがよみがえる。

――「今、財布をお渡しします」

 

さらに、断片的に黒糖の声も浮かぶ。

――「やけに汚いな……これを財布扱いしたくないです」

 

いや……というか……

そもそも今回、どうやって買い物をするんだ……

 

 

(22/23)

 

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