今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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はあとのろく(5)

 

「だめですよ!!そんなの!!」

金子が叫んだ。

「でも……ねえ、金子ちゃん。これで私たちはクリアできるよ」

「そうですよ。仕方ないですよ」

「そんなわけがないでしょう!

 それに桃乃さんも本当にそれでいいんですか?

 青井さんを犠牲にしてまで、生き残りたいんですか?

 もし今回、青井さんが死んでも宝石が買える値段じゃなかったら……今度は残りの私た    ちで争うことになるんですよ」

 

「あまり年上に強い言葉を使うものじゃないですよ、金子さん。

 それに、あなたはともかく私は百パーセント助かります。もちろん桃乃さんも」

 

桃乃は少し安心した。黒糖も次は金子に担当させるつもりのようだ。

そう、宝石は三種しかない。

つまり、今買い物中の青井、この中で最もひ弱な金子の犠牲があれば、桃乃は百パーセント正解の宝石を選べるのだ。

 

あれ……いつの間に幽鬼さんは……?

今は幽鬼さん、どこかに行ってるんですよね……お手洗いとか……?

 

 

桃乃は焦った。まさか、自分がやろうとしていたことを幽鬼さんもやったのか?

だがすぐに安心した。自分の周囲を見ても、お金らしきものは残されていなかったからだ。

 

人任せにするなら、購入代金用のお金は少なくとも見つけられる場所に置いておく必要がある。

そうでなければ、人任せにしても購入そのものができなくなる可能性があるからだ。

「百パーセントなんかじゃないですよ。

私が買い物で何も選ばなかったら、あなたたちのどちらかが死ぬことになります」

「もし金子さんがそうするなら、私たちは幽鬼さんを犠牲にさせてもらいます。

いくらベテランの幽鬼さんでも、背後から二人がかりなら……どうでしょうか。

金子さんは幽鬼さんを犠牲にするつもりですか?」

 

金子は大声で叫ぼうとした。いや、叫ぼうとしたが、声が出なかった。

気づけば幽鬼さんが黒糖たちの背後に、バールを持って走っていたのだ。

私を助けようとして……

 

 

 

 

 

幽鬼はバールを振りかぶり.................店の中へ。

宝石の入ったショーケースに向かって力いっぱい投げた。

 

ショーケースが割れる音は..............聞こえなかった。

鈍い音を立て、バールはカラカラと床に落ちた。

 

 

 

「青井さん、ショーケースを壊せる?」

青井は急いでバールを拾い、力いっぱい叩きつけた。

しかし、びくともしない。壊れやすそうに見えたのに、まるで巨大な鉛に木刀を打ち付けるかのように、痛い衝撃が手に伝わった。

青井さんの様子を見た

 

その瞬間、幽鬼は奇妙な感覚に襲われた。

頭の中で、ばらばらだった何かが一斉に噛み合う――そんな感覚だった。

 

幽鬼は自分のスマホを手に取る。

画面には、残り購入時間のカウントが淡々と進んでいた。

 

一瞬だけそれを見つめ、指で画面を閉じる。

ホーム画面が現れる。

――あのとき渡された“財布”。

 

このスマホは、ゲームのたびに配られる端末だ。

カメラもなく、アプリもほとんど入っていない。

幽鬼は初めてこの世界に来たとき、何度も中身を調べた。

 

だが、結局――何も見つからなかった。

だからこそ、誰も疑わなかった。

 

もし……

あの汚いケースが、“財布”ではなかったとしたら。

 

あの時本当の財布を渡していたのだとしたら。

 

2つ目の店に書かれてたのに、その店のヒントとして使われなかった要素

 

幽鬼は画面を右にスクロールする。

何もない。

もう一度。

まだ何もない。

さらに指を動かす。

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(23/23)

 

画面の端に、見慣れない小さなアイコンが現れた。

小さな――財布のマーク。

 

幽鬼の指が止まる。

ゆっくりと、そのアイコンを押した。

画面が開く。

表示された金額欄を見て、幽鬼は息を止めた。

そこにあったのは、数字ではなかった。

 

 

無限大の記号。

 

幽鬼は宝石のショーケースを見る。

 

そして、もう一度スマホの画面を見る。

指で購入ボタンを押す。

電子音が店内に響いた。

「購入確認完了」

青井が目を見開く。

「え……?」

幽鬼は小さく息を吐いた。

「……そういうことか」

青井が幽鬼のスマホをのぞき込む。

「これ……どういうこと?」

幽鬼は画面を見せた。

「支払いはここだ。現金じゃない」

青井は一瞬きょとんとしたあと、すぐに自分のスマホを取り出す。

財布のアイコン。

∞の表示。

青井の顔がぱっと明るくなった。

「買える……!」

青井は震える指で購入ボタンを押す。

電子音。

「購入確認完了」

その音が、静まり返った店内に響いた。

幽鬼は静かに目を閉じる。

気づきさえすれば――

 

このゲームは、最初から簡単だったのだ。

そのとき。

店内のスピーカーから、機械的な声が流れた。

 

――「こんぐらちゅれいしょん……ゲームクリア……」

 

張りつめていた空気が、一気にほどけた。

ゲームは終わった。

 

 

 

 

ゴトッ。

床に何かが落ちる音がした。

見ると、ハートの六のトランプと、宝石店の商品広告だった。

値段は……

474001円

474002円

474003円

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが終わった後、幽鬼は自分が住みかとしている廃墟に、皆を招いた。

「……なんでこんなところに?」

桃乃が眉をひそめて尋ねる。

幽鬼は肩をすくめ、淡々と答えた。

「まあ、この世界は、ゲームの外も必ずしも安心とは限らないからね」

特に女の子にとっては――そう、桃乃のような子にとっては、危険が身近に潜んでいる。だから、少しでも安全な場所に避難しておくに越したことはないのだ。

廃墟に来る前、幽鬼は皆に声をかけ、ゲーム会場からかんづめやカップ麺などの保存食を手に入れて持参してもらった。最近では、お店の非常食も誰かが先に手をつけることが増え、簡単には手に入らなくなっていた。

幽鬼自身、以前は自炊などほとんどせず、食料のありがたみを実感することもなかった。しかし、今回は手に入れた保存食の量に、少しほっとした。以前、この建物を訪れた時には、ろくに食べ物も残っていなかったのに――今回は十分な量が確保できたのだ。今だけはゲームに感謝したいくらいだ。

 

 

幽鬼たちは食事の用意を済ませた。

しばらくの間、誰も口を開かなかった。

缶詰を開ける音や、カップ麺をすする小さな音だけが、廃墟の静けさの中にぽつりぽつりと落ちていく。

表情は穏やかになっている。少なくとも、さっきまでの張り詰めた顔ではない。

けれど、その空気はどこか不自然だった。

誰もが、さっきのゲームを忘れようとしている。

――忘れたふりをしている。

命を賭けたやり取り。

誰を犠牲にするかという話。

あの場で交わされた言葉や視線が、まだ胸の奥に引っかかっているのだ。

桃乃も、さっきまであんな言い合いをしていたとは思えないほど静かに菓子をつまんでいるが、時折視線が泳ぐ。

他の面々も似たようなものだった。互いに顔を合わせれば、わずかに視線を逸らす。

――気にしないようにしよう。

そう思っているのは、きっと皆同じだろう。

だが、思うだけで簡単に消えるほど、さっきの出来事は軽くない。

幽鬼はその空気を敏感に感じ取っていた。

(まずいな……)

胸の奥で、小さく舌打ちする。

雰囲気が、悪い。

無理もない。さっきまで誰を犠牲にするかでぎすぎすしていたのだ。何事もなかったように振る舞えという方が無茶だろう。

だが――。

(この世界で生きていくなら、こんなことでいちいち立ち止まっていられない)

幽鬼は静かに息を吐いた。

もし毎回こんな空気になっていたら、いずれ誰かが壊れる。

そして、壊れた人間は大抵――長く生き残れない。

だからこそ。

幽鬼は、わざと軽い調子で口を開いた。

「……まあ、とりあえず食べようか。冷める前に」

わざと、なんでもないことのように言う。

「この世界じゃ、食える時に食っとかないと損だ」

それだけ言って、幽鬼は缶詰を開けた。

小さな金属音が、廃墟の中に乾いた音を響かせた。

 

 

 

 

「ところで幽鬼さんは、いつからこの世界にいるんですか?」

桃乃が尋ねた。

「ほら、幽鬼さんさっきのゲームでもずっと落ち着いてましたし、それなりに長いんですか? というか、これまでいくつゲームをクリアしたんですか?」

金子も続けて口を開く。

「まだ聞いてなかったですけど、さっきのトランプは一体何なんですか? それに私たちはこれからどうしていけば……。そもそも、どうして私たちはゲームに参加しなければいけなかったんですか。黒糖さんに来るように言われてショッピングモールに行きましたけど」

矢継ぎ早の質問に、幽鬼はふっと目を細めた。

それから、ゆっくりと黒糖の方を見る。

――ほとんど説明してなかったのか。

そんな非難の視線だった。

だが黒糖はまったく気にした様子もなく、カップ麺をすすっている。

ずずっ。

視線に気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのか。

とにかく「私は知らないよ」とでも言いたげな顔だった。

幽鬼は小さく息を吐いた。

「……まあ、ゲーム中だったからね」

そう言って、皆の方を見渡す。

「今から話すことは、あくまで人から聞いた話とか、自分が体験してわかったことで、確かな情報は何一つない。そこは覚えておいて」

前置きをしてから、幽鬼は続ける。

「ここは――今際の国」

「この国では、日が落ちるとゲーム会場が現れる」

「そこで行われるゲームをクリアすると、難易度に応じてこの国に滞在するための“ビザ”がもらえる」

幽鬼はポケットからトランプを取り出した。

床に並べる。

ハートの6。

ハートの10。

クラブの2。

ダイヤの4。

「今回はハートの6だったから、六日分のビザが手に入る」

「そのビザが尽きると――」

幽鬼は淡々と言った。

「頭上からレーザーが落ちてきて、死ぬ」

一瞬、空気が固まった。

だが幽鬼は構わず続ける。

「トランプはゲームをクリアしたとき、会場に一枚置かれている」

「元の世界に帰るのに必要なんじゃないかって噂もあるけど……」

幽鬼は肩をすくめた。

「私はそこまで信じてない。だから、あまり積極的に集めてもいない」

それから、少し考えるように言う。

「私がクリアしたゲームは、今回を含めて七つ」

「この国に来て――」

幽鬼は少しだけ視線を落とした。

「今日で二十八日目」

沈黙が落ちた。

「……二十八日」

桃乃がぽつりと呟く。

「そんなに生きてる人、いるんですね……」

 

その日は、廃墟の中で皆眠った。

疲れきってすぐに眠ってしまった者もいれば、なかなか寝付けない者もいる。

暗闇の中では、ときおり誰かが寝返りを打つ音が聞こえた。

そして――。

ぐすっ、と。

声を押し殺すような小さな泣き声も、何度か聞こえた。

誰も、それを指摘することはなかった。

 

朝になった。

薄い光が、割れた窓から廃墟の中へ差し込んでいる。

幽鬼は皆の顔を見回して、言った。

「みんな、今日はゲームに参加する?」

一瞬、空気が止まった。

全員が、同じ顔をしていた。

――なに言ってんだこいつ。

そんな表情だった。

やがて金子が口を開く。

「幽鬼さん」

「私たち、昨日六日のビザを手に入れましたよね」

「どうして今日も行く必要があるんですか?」

 もっともな疑問だった。

 幽鬼は少し考えるように視線を動かしてから答える。

「今日、必ず行く必要はないとは思うけど……」

「行けるときに行った方がいいんじゃないかな」

皆の視線が幽鬼に集まる。

 

「ゲームをやろうと思った日に、偶然体調が悪くなることもあるだろうし」

「ゲームで怪我をして、しばらく参加できなくなる可能性もある」

幽鬼は肩をすくめた。

「元気なうちに、ビザは稼げるだけ稼いだ方がいいと思ってる」

 少し間を置いて続ける。

「普段は何日かおきに参加してるんだけど……今日は昨日の疲れも特にないし」

「行っておこうかなと思ってる」

そして、あっさりと言った。

「まあ、別に私一人で今日は行くことにするよ」

 

 

 

 

「私、行きます」

 

 

 金子が言った。

 その場にいた全員が、金子の方を見た。

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