異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

1 / 19
初めまして。本作が執筆一発目の処女作となります。

「剣と魔法のファンタジー世界に、安全第一の『現場監督』を放り込んだらどうなるか」という、作者の趣味を全振りした結果、この作品が生まれました。

華やかなエリートたちを横目に、主人公が一人だけ泥臭く「LOTO(ロックアウト)」や「5S活動」で無双するお話です。

それでは、作業開始です。ご安全に!
※「カクヨム」「小説家になろう」に同作者名で別√「if ver」を展開中です。


# Ep.1 魔導クラックと片側通電 ~または、定時退勤のための高負荷試験~

 

 会場に入った瞬間、鼻をついたのは重苦しいオゾンの臭いだった。

 高圧の魔導設備がショートした時特有の、あの鼻腔を刺す金属的な刺激臭。前世の大型変電所で、絶縁油が漏れ出した時の嫌な緊張感が、脳裏の「労働記憶」をチクチクと刺激する。

 

(……臭うな。絶縁(インシュレーション)が死んでるぞ。前職(プラント)なら即、操業停止レベルの労働災害予備軍だ)

 

 俺、佐藤航(サトウ・ワタル)は、反射的に眉間の皺を深くした。

 目の前に広がるのは、国立魔導学園の入学試験会場。前世でやり込んだクソゲー――失礼、本格シミュレーションゲーム『アストラル・レジメン』のチュートリアル・ステージだ。

 本来なら、十代の若者が未来への希望を抱いて集う輝かしいはずの場所。だが、俺の目にはここが「いつ火を噴いてもおかしくない老朽プラント」にしか見えていなかった。

 

 周囲の受験生たちは、中央に鎮座する巨大な《神の石碑(モノリス)》を、畏怖と憧憬の眼差しで見つめている。彼らは後に、ゲームシステムの都合でランダム生成される使い捨てユニット候補たちだ。

 

「おお……! あれが『神の目』か! 伝説の通り、圧倒的な威厳だな」

「僕の魔力を、正しく測ってくれるだろうか……。もし不合格だったら、故郷に顔向けできないよ」

 

 感嘆と不安の声がさざめく中、俺だけが冷ややかに「それ」をモニタリングしていた。

 高さ10メートル。表面には複雑怪奇な幾何学模様。一見すれば神秘的なオーパーツだが、前世の記憶(攻略wiki)と、長年の現場経験で培われた計装士の目をフィルターに掛けると、見え方は一変する。

 

(石碑の台座部分、二次冷却ラインのシーリングが甘いな。あそこに走るヘアライン・クラック……あれ、ゲームの初期バージョンにあった計測バグの再現か? 現実になると笑えない冗談だな。エントロピーの増大を魔法で強引に抑え込んでいるが、設計段階の安全率を完全無視してやがる)

 

 あれは神の意志なんて高尚なものじゃない。

 メンテナンスをサボった挙句、バグを仕様と言い張る「整備不良の旧式センサー」だ。

 この世界の魔導工学とやらは、どうしてこうも見栄えばかりを優先して保守(メンテナンス)を軽視するのか。

 通常の魔力なら問題ないが、もし高圧の魔力が一度に流し込まれれば、あのクラックから放電して絶縁破壊を起こす。そうなれば、ここにいる受験生たちの半分は、経験値になる前に産廃に変わるだろう。

 

「おい、次の受験生! ぼうっとしてるな、早く前に出ろ!」

 

 試験管(NPCの中間管理職)の、威圧感だけは一丁前な怒鳴り声が響いた。

 部下を叱ることでしか自分のアイデンティティを保てないタイプか。前世で何度も見た光景だ。

 俺はため息を一つ吐くと、自分の手を見つめた。

 この世界がゲームだろうが現実だろうが、俺の目的は変わらない。

 無事故無災害での卒業と、その後の安定した定時退勤ライフ。そのための最短ルートを施工(ビルド)するだけだ。

 

          ◇

 

 俺の番が来た。

 石碑の前に立つと、足元のタイルを通じて微かな振動――異音(キャビテーション・ノイズ)が伝わってきた。

 魔導流体が閉塞気味の回路を通る際、内部気泡が弾ける音だ。これが続けば、石碑の内部構造はいずれ浸食(エロージョン)によってボロボロになる。

 

 俺は石碑に掌をかざす――ふりをして、指の関節で筐体の特定ポイント……共振の結節点を狙って『コン、コン』と軽く叩いた。

 

 周囲の受験生には、石碑に祈りを捧げる奇妙な仕草に見えただろう。

 だがこれは祈りではない。物理的な衝撃付与による、センサーのゼロ点校正(キャリブレーション)だ。固着しかけていた感応部位を、振動で無理やり正常位置に戻すプロの小技だ。

 

『ピ……』

 

 澄んだ電子音が鳴り、耳障りなノイズがスッと消えた。よし、安定した。

 バックグラウンドのノイズ(雑音)が消えた今こそ、計測のチャンスだ。

 俺はすかさず、掌から最小限の魔力を定値制御(SV)で流し込む。

 波形を可能な限り平滑化(スムージング)し、石碑側の演算エラー――つまり過剰な魔力として誤検知されない程度の、ギリギリの最低出力を維持する。

 

【 判定:Dランク(魔力量:下限値) 】

 

 大型モニターに、無機質な文字が浮かび上がる。

 

「なんだ、ただのDか。期待して損したよ」

「見た目はそれなりに冷静そうだったけど、中身は空っぽってことか」

 

 会場に広がる嘲笑と落胆の空気。それは俺にとって、プロジェクトが完璧に予定通り進んでいることを示す最高のフィードバックだ。

 だが、無能な試験官たちは気づいていない。システムログには、この世界の常識を破壊しかねない、あまりに異常な「精度」が刻まれていることに。

 

【 魔導変換効率(Output/Input):100.000% 】

【 偏差(Error):0.00% 】

 

 入力された魔力が、一切の熱・振動(ロス)を伴わず、完全に光エネルギーへと変換された証拠。

 物理学者が見れば腰を抜かす「エントロピー減少」の体現だ。

 これで『目立たず、かつシステム的には不合格にできない優良ユニット』の枠は確保した。

 あとは卒業まで、この安全マージンを維持しながら低空飛行を続ければいい。

 俺は安堵して列に戻ろうとした。

 

 

 だが、次の受験生の名前がコールされた瞬間、俺の足がピタリと止まった。

「次は特待生候補、エスティア様!」

 

 会場の空気が、瞬時に一変した。

 人混みを割って現れたのは、太陽の輝きをそのまま織り込んだような金髪の少女。

 このゲームのヒロイン候補にして、歩く高負荷発生装置(ハイ・ロード)ことエスティアだ。

 彼女がパーティにいるだけで周囲の敵のリポップ率が300%に跳ね上がる特性「秩序の試練」――ゲーム的には便利な稼ぎ用特性だが、現実で見ればそれは「周囲の魔力場を極限まで活性化させる」という、極めてエントロピーの高い危険な性質だ。

 

(……来たな。前世の記憶によれば、ここで彼女が石碑をブッ壊して、俺の『労働環境(静かな学園生活)』を物理的に破壊する強制イベントが起こるはずだ)

 

 通常、彼女は物語を動かす強制イベント発生機。

 だが、俺の施工能力と彼女のリポップバフを組み合わせれば、本来なら一週間かかる素材回収ノルマを半日で終わらせる超高効率・自動養殖場を構築できる。

 

(リスクは高いが、今後の早期課題クリア(定時退勤)のためには、このバフが必要だ。……介入して、損失を最小限に抑える。工期は三秒だ)

 

 だが、彼女が石碑に手を伸ばした瞬間、俺の肌を焼くようなピリピリとした感触が走った。

 空間の魔力密度($\rho_m$)が、予測曲線を無視して垂直に上昇している。

 彼女はただ掌をかざしているだけだが、その指先からは青白いスパークが漏れ出していた。

 

(おい、待て! その出力(パワー)で、あの劣化した石碑(クラック)に触れる気か? 絶縁破壊のリスク計算もできないのか、この出力バカのヒロイン候補!)

 

『バリバリバリッ!!!』

 

 鼓膜を抉るような轟音。

 石碑の亀裂から紫色の放電アークが蛇のように這い出し、空へと逃げるはずの魔力が逃げ場を失って彼女に吸着(地絡)する。

 

「きゃぁっ!? な、何……これ……!?」

 

 エスティアの悲鳴。

 石碑の表面を走る幾何学模様が赤黒く変色し、過負荷によって内部の魔導回路が悲鳴を上げている。

 

「神の試練だ!」「耐えるのです、エスティア様! その先に真の力が宿ります!」

 

 試験官たちが恍惚とした表情で、握り拳を作って叫んでいる。馬鹿かあいつらは。試練でも何でもない、ただのメンテナンス不足による地落(アース)事故だ!

 このまま放置すれば、彼女の繊細な魔力回路が逆流したエネルギーで焼き切れる。そうなれば、俺の「リポップ3倍バフ」という貴重な経営資源もロストする!

 

(チッ、損益分岐点(バランス)を完全に超えた。予定外の介入(救援工事)を開始する!)

 

          ◇

 

「どけ! 死にたい(労災事故だ)か!」

 俺は唖然とする試験官を突き飛ばし、白光が渦巻く中心点へとダイブした。

 恐怖はない。あるのは、この無計画なエネルギー放出をいかに制御下に戻すかという、冷徹なエンジニアリングの思考だけだ。

 

 エスティアの右腕を力強く掴み、同時に自分の右足を地面に深く食い込ませる。

 

(心臓は絶対に気流を通すな。右半身だけで回路を完結させろ!)

 

 その瞬間、エスティアから溢れ出した過剰魔力電圧($V_m$)が、俺の右腕を一気に駆け抜けた。

 血管が沸騰し、神経が一本ずつ焼き切られるような激痛。だが、俺は意識を極限まで研ぎ澄ませ、自らの肉体を一時的なバイパス回路へと変造した。

 

大地(アース)へ逃げろ! 俺という極厚の導体を通って、地球という無限のコンデンサへ!)

 

『ドォォォォォン!!』

 

 俺の足元から、アスファルトの破片が噴水のように空高く吹き飛んだ。

 膨大なエネルギーが、俺の肉体を経由して大地へと放電される。空気が焦げ、閃光が会場を白く染め上げた。

 

「はぁ……はぁ……。インロック……解除。……全系、復旧だ」

 

 魔力の暴走が収まり、エスティアが糸の切れた人形のように俺の胸に崩れ落ちた。

 俺は煤けてボロボロになった右手で彼女を支え、自らの絶縁状態を確認する。幸い、心臓へのリークは最小限で済んだようだ。

 

 静寂。

 何が起きたのか理解できず、呆然と突っ立っている試験官に向け、俺は「最大級の遺憾」を込めて言い放った。

 

「……おい。台座のクラックから魔力がリークしてましたよ。これ、重大事故報告書(インシデントレポート)確定案件だぞ。神秘だ何だと言う前に、設計段階の安全率、三回は計算し直してこい」

 

 それだけ言い捨て、俺は帰宅(避難)を開始した。

 担架で運ばれていくエスティア。その薄れゆく意識の瞳に、感謝を通り越した執着にも似た重たい何かが宿っているのには、あえて気づかないフリをした。

 ヒロインの好感度フラグを立てに来たわけじゃない。俺はただ、自分の職場を守っただけだ。

 

(……やれやれ。あんな重圧(プレッシャー)、前世の元請け企業に無理難題を押し付けられた時以来だぞ。……さっさと帰って、湿布貼り(労災申請)と、明日のための工程表見直しをしよう)

 

---

 

### 【学園内掲示板:雑談スレッド Part 1482】

 

1 : 名無しの受験生

見たか? あのDランクの底辺。エスティア様の、あの制御不能な暴走を物理的に『アース』して止めやがった。

あれ、魔法ですらなかったよな? ただの荒業(テクニック)だろ。

 

5 : 技術班(自称)

止めたんじゃない、自分を『捨て石(バイパス)』にしたんだよ。右手から足へ、最短距離で魔力を逃がした。

心臓を完璧に避ける角度で踏み込んでた。計装のプロか、さもなくば自殺志願の天才だぞ、あいつ。

 

12 : 学級委員候補(笑)

システムログを偶然見た……というか、教官の端末がフリーズして再起動した時のエラーログを横から盗み見たんだけど、エスティア様の暴走中、あの男がいた瞬間の出力波形が、一瞬だけ完璧なサインカーブに矯正されてた。

カオス理論をねじ伏せる制御能力。そんなの、今の教官陣にもできる奴いないだろ。

あと、去り際の捨て台詞……「安全率計算し直してこい」って……。誰だよ。

 

15 : 名無しの受験生

受験生の中に、ガチの保守業者が混じってる件。

あいつ、試験官を「中間管理職」を見るような目で見てたぞ。

 

16 : 名無しの受験生

なんかエスティア様、意識を取り戻した後に、あいつのことを「私の運命の管理者(メインプロジェクトマネージャー)」って呼んでるらしい。

もうこれ、愛の告白じゃなくて、業務独占契約の申し入れレベルだろ。

 

18 : 名無しの受験生

>>16

ヒロインの攻略フラグじゃなくて、一生こき使われる『保守管理フラグ』が立った予感。

ご安全に!

 

19 : **名無しの受験生**

ご安全に!

 




本日の作業(第1話)、お疲れ様でした!

趣味全開の処女作に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

この後も、過負荷で寿命を削るお嬢様や、制御不能の魔神といった厄介なヒロインたちを、「自己修復型パッキン」や「流量調整弁」として適材適所に現場配置していく展開が待っています。

それでは、次回の現場でお会いしましょう。ご安全に!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。