異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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# 第11話「沈火後のインシデントレポート」

 大魔導灯の鎮火を確認し、俺は凛とリリスを連れて現場を後にした。

 冷ややかな朝露の空気が、火災の熱で火照った肺を癒やしていく。

 

 視界の端では、華美な意匠の杖を持った警備班や、救護魔導士たちが今更のように慌ただしく走り回っている。

 彼らは事後処理(後片付け)しかできない典型的な低効率ユニットだ。事象(バグ)が発生してから叫び、手遅れになってから魔法を乱射する。その効率の悪さに、俺は深い吐息を漏らした。

 彼らの目には、俺はただの煤まみれで正体不明の作業員(不審者)にしか映っていないはずだ。

 

「……佐藤航くん。で、いいのかしら?」

 

 不意に横から投げかけられた声に、俺はヘルメットを脱ぎながら振り返った。

 学園運営局の事務官、榊恵麻だ。眼鏡の奥の瞳が、俺を不気味な生き物を見るような目で射抜いている。

 

「……施工報告書(インシデントレポート)の受け取りか? 事務官さん。今なら特大の遺憾の意をセットで付けられるが」

 

「……貴方。あんな地獄から、無傷で帰ってきたのね。……あの子たちが命を懸けて逃げ出した場所から」

 

 榊の視線が、俺の手にあるLOTOタグと、腰の絶縁破壊棒に釘付けになる。

 

「無傷なわけがない。作業着は全損、防塵マスクも産廃(ゴミ)だ。……那由他オイルの噴霧(スプレー)火災だぞ。水属性魔法で消火を試みた無能な連中のせいで、現場のダメージは指数関数的に跳ね上がった。あれを不可抗力で済ませるなら、この学園の施工管理能力(コンプライアンス)はゴミ箱行きだ」

 

 俺のボヤキを聞き、榊の頬が微かに引き攣った。彼女は周囲を一度だけ鋭く警戒するように見回すと、声を潜めて一歩踏み込んできた。

 

「……今の発言、公の場で口にされては困るわ。理事会は事故原因を『魔力の一時的なサージ』として処理する予定よ。保守点検ミスなんて認めれば、誰かの首が飛ぶわ」

 

「はっ。塩害(物理)呪い(神秘)と言い張るつもりか。……中世かよ。まあいい、アンタが俺を呼び止めたのは、その隠蔽工作(フォローアップ)に俺の技術が必要だからだろ?」

 

 榊が息を呑んだ。十五歳の学生(という名の前世社畜)に、組織の腐敗した底流を即座に指摘されたことへの困惑だろうか。

 

「……話が早くて助かるわ。その通りよ。理事長直々の特命保守権限を用意したわ。表向きには協力的な学生によるボランティアという体裁を維持するための裏契約よ」

 

 特命保守権限。本来のゲーム『アストラル・レジメン』では、メインシナリオ中盤以降の「学園防衛戦」をクリアしなければ解放されないはずの特権だ。本来は固定された事務処理をこなすだけの案内人NPC()の裁量を、メタ知識と現場の既成事実で無理やり拡張させる。これこそ、情報の非対称性を利用した管理者権限への最短ルートだ。

 

「ボランティア? 現場監督官(PM)を舐めるな。材料、 予算、 権限。この三つがない現場には指一本触れない。……条件がある。今回の那由他オイルの廃液は全量俺に譲渡すること。それと、今回交換することになる塩害で劣化した巨大碍子(ガイシ)。これも俺が引き取る」

 

「さらに、今後は口頭契約じゃなく、正式な業務委託契約書(エビデンス)を事務的に用意しろ。事故が起きた時に、トカゲの尻尾切りにされるのは御免だ」

 

 那由他オイルの廃液。通常は産廃として金が飛ぶ「無価値の毒物」であり、劣化した陶磁器(ガイシ)も単なる瓦礫だ。

 だが、前世のゲームにおいて、この廃液は上位装備の工作に必須な隠れレア素材だった。本来なら上位ダンジョンでしかドロップしない素材を、序盤の産廃回収という名目で合法的に略奪(ルート)できる。精製すれば超高級触媒や火炎放射器の燃料になり、ガイシのセラミックは耐熱装甲の材料になる。

 これこそが、メタ知識による効率的なビルド構築だ。

 

「諸々の条件、理解したわ」

 

「……契約成立だ。ついでに言うが、魔力回路を直列(シリーズ)で繋ぐのはやめてくれ。小学生の理科からやり直してこい」

 

 俺は背を向けて歩き出した。背後で朝日が、煤けたタワーを無慈悲な白さで照らし始めている。

 

「佐藤くん。……また次の現場で会いましょう。……今度はもう少し、まともな服で」

 

「……次はせめて、定時内(昼間)に点検させてくれよ」

 

          ◇

 

【学園魔導掲示板】

スレッド名:【全電源】大魔導灯炎上スレ 102【喪失】

 

1:名無し@魔導科

 おい、結局昨日の停電何だったんだ?

 結界落ちてインプが部屋に入ってきたんだが。

 

15:名無し@魔導科

 事務局の発表だと「星の巡りによる魔力サージ」らしい。

 そんなことより、中庭で見た怪物の噂知ってるか?

 

28:名無し@騎士科

 「光る巨人」だろ。

 タワーの火災現場に現れて、水魔法を乱射してた教師たちをバチバチにのして回ったらしいぞ。

 俺のダチは「物理的にシャットダウンされた」って白目剥いて運ばれてった。

 

42:名無し@魔導科

 それ、俺も見た。巨人っていうか、頭部が発光するヘルメット被った不審者じゃなかったか?

 杖も使わず、変な鉄パイプみたいな棒で火を消して回ってたぞ。

 

56:名無し@錬金科

 「那由他オイルの火災に水をかけるな!」ってブチ切れてた奴だろ。

 消防魔導士も真っ青の手際の良さだった。

 おまけに事務局のサカキ様と対等に交渉してたってマジ?

 

89:名無し@魔導科

 「佐藤工務店」っていうステッカーがヘルメットに貼ってあったらしい。

 学園に潜む呪い(バグ)を直す、裏の業者とかいう噂。

 

102:名無し@魔導科

 結局、実用魔導より物理法則の方が強いってことか。

 中世みたいな神秘主義(ファンタジー)に逃げてる連中には、あいつの鉄槌は効くだろうな。

 

          ◇

 

【榊恵麻の独白】

 

 静まり返った執務室で、私は手元のインシデントレポートを見つめていた。

 提出者はなし。

 否、私が今から「佐藤航」という学生が口にしたデタラメを、公式な体裁に書き直すのだ。

 

「塩害による絶縁破壊、ね。……神秘の学園(ここ)で、そんな理屈を並べる学生がいるなんて」

 

 彼が去り際に残した『LOTOタグ』がデスクの上で鈍い赤色を放っている。

 本来、事務員は、学生たちの世話を焼き、定職のクエストを発行するだけの歯車に過ぎない。理事会が定めた規約、学園が定めた神秘性。それに従うのが私の仕様(ありかた)だ。

 

 だが、彼はその仕様(システム)の隙間を、まるで泥棒のように、あるいは外科医のようにこじ開けてみせた。

 緊急事態における指揮権の委譲。廃棄物の譲渡。そして、業務委託という名の独立権限。

 本来なら、学園の中枢を担うエリート学生にしか与えられない特権を、彼は煤まみれの作業着一着で奪い取っていったのだ。

 

「……バグ、か。確かに今の学園は、放置されたインフラも、腐敗した神秘も、バグだらけね」

 

 彼を危険因子として排除する選択肢もあった。

 けれど、私は彼が差し出した論理(ロジック)という名の毒に、抗いがたい魅力を感じていた。

 この閉塞した神秘の世界を、現場の鉄槌で破壊し、再構築(リビルド)してくれるかもしれないという期待。

 

「さて、協力的な学生への報酬枠をどう捻出しましょうか。那由他オイルの廃液一トン分……廃棄物処理(コストダウン)という名目なら、理事会も文句は言わないはずね」

 

 私はペンを走らせる。

 学園という巨大な現場(システム)に、最も厄介で、最も有能な管理者がエントリーしたことを、まだ誰も知らない。

 

          ◇

 

 拠点としている空き教室には、不快な生活臭と、それ以上に暴力的な油臭さが充満していた。

 

 窓を開ければ冷たい朝の空気が流れ込むが、それでもドラム缶数本分もの那由他オイルの廃液が放つ、焦げたナッツと重金属が混ざり合ったような異臭を完全に消し去ることはできない。

 

「……あ、あの、佐藤さん。申し訳ありませんわ」

 

 北条凛が、消え入るような声で頭を下げた。

 

 彼女の目の前には、タライの中で無惨にうず高く積まれた俺の作業着がある。昨夜の火災現場で煤と焼けたオイルを浴び、もはや本来のグレーが判別できないほど真っ黒に汚染された、かつての一級品(プロ仕様)だ。

 

「昨晩から何度も、浄化魔法(プリフィケーション)……いえ、それどころか石鹸を泡立てて必死に洗いましたのですけれど。……繊維の奥まで汚れが入り込んで、私の力ではどうにも……」

 

 凛の手は、洗浄と冷水のせいで赤く腫れ、指先はふやけて震えていた。

 

 彼女の脳内では、きっと英雄の凱旋に水を差してしまったという、彼女らしい殊勝で、かつ無意味な罪悪感が渦巻いているのだろう。魔法使いとしての才能が、たかが衣類の汚れ一つに敗北したという事実に、彼女は少なからずショックを受けているようだった。

 

「……手が荒れているな。作業中断だ。そこをどけ」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。

 

 現場監督として、もっとも忌むべきは二度手間だ。非効率な手順で資材(生地)を傷められ、結局俺がやり直す羽目になるのを防ぐための、これは合理的な回避措置に過ぎない。

 

「汚れを魔法で剥がそうとするな。それは表面的な隠蔽だ。それに、石鹸の泡立て方も間違っている。それはただ物質を擦り合わせているだけで、化学的な反応(ハック)が起きていない」

 

 俺は拠点に備え付けてあった錬金術用のビーカーを手に取り、あらかじめ抽出しておいた石鹸成分に、昨日の現場でこっそり採取しておいた特定の薬品を配合した。

 

「……佐藤、さん? 何をなさるおつもりで?」

 

界面活性剤(サファクタント)の再現だ」

 

 俺は自作の中性洗剤をタライに放り込んだ。

 

 一見してただの液体だが、その中には、水と油という本来交わらない二者を無理やり繋ぎ止める、親水基と親油基の架橋が何万、何億と構築されている。

 

「汚れを力で剥がすな。分子構造の隙間に、洗剤の分子を割り込ませろ。親油基がオイルを包み込み、水の中へと連れ出す。……界面を活性化させて引き剥がす。これが洗浄(ハック)の基本だ」

 

 数分後。凛がどれだけ魔法を叩き込んでも落ちなかった漆黒のオイル汚れが、嘘のように水の中へと溶け出し、タライの水が墨汁のように濁っていった。

 

 引き上げた作業着は、もとの輝かしいグレーを取り戻している。

 

「……っ! 汚れが……! 煤けていたのが嘘のように、綺麗なグレーに戻っていますわ……! 魔法ですわ。佐藤さん、本当は隠れて洗濯魔法の研鑽を積んで……!」

 

「バカを言え。物理現象を理解し、正しい手順(レシピ)を組んだだけだ。……魔法という名のブラックボックスに頼るから、そうやって無駄なカロリーを消費する」

 

 俺は驚愕に目を見開く凛を無視し、部屋の中央に鎮座する本命へと向かった。

 事務官・榊から毟り取った、那由他オイルの廃液入りのドラム缶だ。

 

「さて。次はこいつの検収(チェック)だ」

 

 教室の机を並べ替え、即席の蒸留装置を組む。

 中世の魔導装置のような、歪なガラス管と魔法銀のコイル。だが、そこに設置された温度計だけは、この世界の基準から逸脱した精密な目盛りを刻んでいる。

 

「リリス。熱源を担当しろ。……ただし、出力を一定に保て。俺が指示するまで、1度の誤差も許さない」

 

 床に座り込んでいたリリスが、音もなく立ち上がり、蒸留器の底に手をかざした。

 彼女のセンサーアイが紅く点滅する。

 

「……ターゲット、セット。……出力、0.003%で固定開始」

 

 リリスは感情のない計測器(センサー)そのものだった。

 

 魔法使いは、熱が欲しければ火を大きくし、足りなければさらに魔法を注ぎ込む。だが、それでは分別蒸留は不可能だ。必要なのは馬力ではなく、数度のブレも許さないプロセスの維持(フィードバック制御)なのだ。

 

「……温度上昇確認。……174度。……よし、このままキープ。これが特定の成分を抽出するための、設計上の管理温度だ」

 

 ガラス管の先から、澄み切った黄金色の液体が、一滴、また一滴とビーカーに滴り落ちていく。

 不純物のタールと、塩化物の入り混じったドロドロの産廃が、俺の組んだ精製プロセスによって一級品の燃料へと転生していく。

 

「那由他オイルは、精製すれば『高効率触媒』になる。これに魔法パルスを通せば、お前の火炎魔法を数倍にブーストできる燃料になる。……もっと言えば、次の現場で使う対ボス用装備の心臓部だ」

 

 蒸留器の様子を見守りながら、俺は別の作業に取り掛かった。

 煤汚れを落とした巨大碍子(ガイシ)だ。セラミック製の一枚肉。

 

 俺は魔力で強化したバイト(切削チップ)を自作の旋盤に取り付け、キンッという高い金属音を立てながら、その強固な素材を削り出していく。

 

「……佐藤、さん。それは、昨日タワーから外した部品ですわね? なぜそれを、わざわざ細かく削っているので?」

 

「物理装甲の製作だ」

 

 俺は削り出した数ミリ厚のセラミックタイルを、凛の防具のインナーへと丁寧に差し込んでいった。

 

「魔法による干渉は波に近い特性を持つ。そして波は、特定の密度と誘電率を持つ物質に当たれば回折し、内部摩擦によって減衰する。このセラミックプレートの多孔質構造は、魔力の振動エネルギーを物理的に遮断し、熱へと変換して散らすのに最適な特性を持っているんだ」

 

 凛は差し出された防具を手に取り、「……うっ」と、その予想以上の重量に顔をしかめた。

 今までの華美で見栄え重視の聖騎士風防具に、無骨な工学的プレートが加わったのだ。機動性は落ち、見た目の美しさは損なわれた。

 

「重いですわ……。これでは、まるで大きな鎧を背負っているようで……」

 

可用性(アベイラビリティ)を舐めるな」

 

 俺は旋盤を止め、凛の瞳を正面から見据えた。

 

「重いのは、お前という重要ユニットのダウンタイムをゼロにするための投資だ。……いいか、凛。お前の寿命は22歳でリタイア(デッド)するように設計されているのだろうが、俺はそれを認めない」

 

 凛が息を呑む音が聞こえた。

 22歳問題。この世界の魔導騎士、あるいはエリート陪生たちが抱える、逃れられない「賞味期限」。

 彼女にとってそれは、神聖な義務であり、同時に無意識の底に沈めた薄暗い恐怖だったはずだ。

 

「稼働時間を延ばしたいなら、自分の肉体を守れ。魔法の障壁が破られても、この数ミリの物理的壁(セラミック)があれば、お前の回路は焼かれずに済む。……22歳で燃え尽きたくないなら、この重さを誇れ」

 

 俺の言葉は、本来なら主人の可用性を最大化したい管理職のエゴに過ぎない。

 だが、今の凛にとっては、それが初めて自分の(稼働率)を、運命(ファンタジー)ではなく論理(ロジック)で肯定されたように感じたのかもしれない。

 

 彼女の指が、防具に仕込まれた無骨なプレートを愛おしそうになぞる。

 その瞳には、恐怖ではなく、自分の管理者に対する震えるような信頼が宿っていた。

 

「……はい、佐藤さん。……私、この重さを……ずっと背負っていきますわ」

 

 窓の外。

 足場が組まれ、復旧作業が始まった大魔導灯が、朝日の下で煤けた姿を晒している。

 あの事件で、学園は「英雄」を求めたが、結局残ったのは一人の現場監督と、彼に最適化され始めた少女だけだった。

 

「さあ、検収(チェック)を急ぐぞ。次の工期が決まる前に、装備の全システムをアップデートする」

 

 現場監督の朝は、まだ始まったばかりだった。

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