異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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問題解決=破壊とかいう暴力理論の修正が大変でした。


# 第12話「特命保守クエスト:排水溝の悪夢」

「……信じられませんわ。これが、大陸最高の叡智が集まると謳われる学園の腹の内だなんて。あまりに無残、あまりに不潔……正視に堪えませんわ!」

 

 北条凛が、鼻を突くメタンガスの刺激臭と、腐敗した魔力残渣が放つ独特の甘ったるい死臭に顔を顰め、吐き捨てるように言った。彼女の持つ白磁のような肌は、地下の湿った熱気で微かに上気し、その瞳には高貴な魔導騎士としての矜持と、目の前の現実に対する激しい拒絶反応が渦巻いている。

 

 学園地下、深度二十メートル。

 そこは神秘を重んじ、華美な塔が立ち並ぶ地上の喧騒からは完全に切り離された、汚濁と粘液の支配する世界だった。

 天井からは結露した魔導水が絶え間なく滴り、足元のグレーチングの下では、正体不明の黒い液体が生き物のようにボコボコと不気味な泡を立てている。スライム化した魔導オイルの成れの果てが、配管の隙間からドロリとはみ出し、重力に従ってゆっくりと堆積していた。

 

「凛、無駄口を叩くな。文句を言う余裕があるなら、周囲の酸素濃度計を凝視していろ。魔力の澱みが硫化水素と反応し、致死性の変異ガスを生成している可能性がある。……一呼吸ごとに、お前の肺の稼働率(アベイラビリティ)が削られていると思え」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど冷徹に響いた。

 俺は、精製済みの那由他オイルを燃料にした自作の高圧洗浄ユニットの圧力計(ゲージ)を確認しながら、背後のリリスを振り返った。

 

 リリスは今日、事務官(榊 恵麻)がどこからか調達してきた――おそらく女子更衣室の備品か在庫の余りだろう――紺色の作業用ツナギに身を包んでいた。

 少しサイズが大きく、袖と裾を雑に捲っているその姿は、冷徹な殺人人形(オートマタ)というよりは、現場慣れした熟練の整備士(メカニック)のように見えて、妙に様になっている。彼女は無機質な瞳で、配管の閉塞を一つの数学的な問題として見つめていた。

 

「リリス。ガン(ノズル)の準備をしろ。ターゲットは前方三メートル、三十度エルボ直後の閉塞箇所だ。……掃気(スカベンギング)開始」

 

「……了解。高圧ポンプ、起動準備。……バイパス弁、閉鎖(クローズ)。……圧力、〇・八メガパスカルまで上昇確認」

 

 リリスが、不気味な黒い口を開けた点検口(アクセスポート)から、特注の高圧ホースを慎重に送り込んでいく。

 その先端には、空洞現象(キャビテーション)を意図的に発生させて堆積物を物理破壊する回転ノズルと、魔法銀の線を束ねた有線式内視鏡(ファイバースコープ)が装着されている。

 

 手元の水晶板(モニター)に、管内の惨状が映し出された。

 中心部を塞いでいるのは、ただの泥ではない。魔力供給の過剰によって変質したスライム状の固形物だ。

 

 事の始まりは、数時間前。

 拠点に駆け込んできた榊の、半ばパニック気味の要請……という名の、泣きつきだった。

 学園の女子寮および厨房エリアの排水が完全に逆流し、すでに下層階の通路が膝丈まで浸水し始めているという。

 学園が誇る高名な魔導師たちが、自身の浄化魔法(プリフィケーション)を連発して解決を図った結果、管内の汚れが魔法エネルギーと反応して異常なまでに発泡。状況は詰まりから物理的な閉塞へと悪化し、もはや魔法では手の打ちようがなくなったらしい。

 

『佐藤くん、これ以上逆流が続けば、学園の衛生管理責任は免れないわ! 理事会への報告が上がれば、私は一発で更迭よ! 貴方のわがままは後で何でも聞くから、今すぐ、その汚らしい道具でいいから何とかしなさい!』

 

 必死の形相で迫る榊から、俺は特命対応費として希少な魔導触媒素材と、リリス用の装備一式をもぎ取ってここへ来た。工期はあと二十分。これを超えれば、女子寮の食堂は沼に変わる。

 

「……詰まりの核が見えたな。リリス、射出(ショット)だ。……ただし、ウォーターハンマーに気をつけろ。この配管は築何十年だか知らんが、腐食と減肉が酷い。一歩間違えれば、背後の壁ごと全損するぞ。ショックをバイパスに逃がしながら、リズムで叩け」

 

「……パルス射出、開始。……カウント、三、二、一……実行(エグゼキュート)

 

 強烈な加圧音が地下通路の静寂を暴力的に引き裂いた。

 『バチッ、バチチチッ!!!』

 リリスが構える洗浄ガンから、超高圧の魔法水流が放たれる。

 

 キャビテーション。

 水流の中に微細な気泡が発生し、それが汚れの表面で圧壊する際、ミクロの領域で数千気圧にも達する衝撃波を放つ。それは呪いや神秘とは無縁の、純粋な物理的破壊エネルギーだ。

 モニター越しに、ドロドロに固着していた「呪われたスライム」が、内側から高圧の暴力に晒され、ボロボロと剥がれ落ちていく。

 

「……ッ、佐藤さん! 何か、排水の奥から嫌な音が聞こえますわ! 震動が……足元から突き上げてきますわ!」

 

 凛が、配管そのものが生き物のように悶える音を聞いて警戒を強め、杖を構える。

 詰まりが解消され始めたことで、管内に溜まっていた膨大な不浄ガスと、せき止められていた数トンもの液体が水撃作用(ウォーターハンマー)となって、配管の継ぎ目を激しく揺さぶり始めたのだ。

 

『ゴガガガガッ! ゴォォォォォォ!!!』

 

「リリス、戻り(リターン)を二〇パーセント絞れ! 圧力を逃がせ! 壊すなよ、直すんだ! メンテナンスは破壊じゃない、システムの再生だ!」

 

 俺の声に応じ、リリスがミリ秒単位でバルブを調整する。

 激しい振動が収まり、次の瞬間――。

 

『ズボォォォッ!!!』という、耳朶を抉るような快音と共に、配管を塞いでいた醜悪な塊が、水圧に押し負けて濁流と共に押し流された。

 

 勢いよく流れ出す、正常な排水の音。

 空気が動き出し、澱んでいた異臭が新鮮な(といっても地下の湿った空気だが)流れに入れ替わっていく。

 

「……完了した、んですの? 佐藤さん、本当に……あんな大魔導師さまたちが束になってもダメだったものを、たったこれだけの……鉄の塊で……」

 

 凛が呆然と、正常な振動に戻った配管を見上げている。

 だが、俺の視線は別の場所に釘付けになっていた。

 排水と共に流れてきて、配管の出口フィルターに引っかかった「詰まりの主原因」だ。

 

「……なんだ、これは? 魔導物質の固着じゃない。物理的な遺物だ」

 

 俺は耐油性のゴム手袋越しにそれを掴み上げた。

 それは、煤けた金属製のシリンダー。学園の教官クラス以上の権限でしか扱われないはずの、高出力魔導機材のコア・ユニット……そのスクラップだった。

 

「これは……まさか、正規の手順で破棄されなかった不良在庫(ゴミ)ですか? 学園の備品を、こんな場所に……?」

 

「神秘や高潔を語っている連中ほど、自分のケツの拭き方には無頓着らしいな。……廃棄コストをケチって、排水溝に不法投棄しやがったんだ。その結果が、この重大インシデントだ」

 

 俺は、その重たいシリンダーをツナギのポケットへとねじ込んだ。

 これは証拠であり、同時に榊との次なる交渉――あるいは管理局の腹を切らせるための、有力な切札(カード)になる。

 

「……凛、リリス。撤収だ。検収印を貰う前に、まずはこのクソ暑い地下から脱出する。定時まであと十分だ」

 

 地上へと戻る、長く狭い階段を登る途中。

 凛がふとした様子で、先を歩く俺の煤けた背中をじっと見ていた。

 

「佐藤さん。……地上の人たちは、奇跡だの魔法だのと言って派手な戦いや魔法ばかりを称えますけれど……。この暗い場所で、泥にまみれて学園の当たり前を支えているのは、佐藤さんのような作業員なんですわね。……わたくし、少しだけ、自分の認識が恥ずかしくなりましたわ」

 

「……買い被るな。俺は期待利回りと定時退勤に見合った仕事をしているだけだ。感謝なら、ちゃんと動くようになったトイレのレバーにでも言ってやれ」

 

 俺はヘルメットのライトをパチンと落とした。

 闇の中で働くプロに、スポットライトは必要ない。

 

「リリス。そのツナギ、後で洗ってやるからそのまま脱ぎ捨てるなよ。油汚れは魔法じゃ落ちないからな」

 

「……マスター。……了解。……この服、ポケットが多い。……工具の収まりが良い。……高評価(Good)」

 

 作業着を少し気に入ったらしいリリスを連れ、俺たちは汚濁の現場を後にした。

 現場監督の隠れた奮闘が、また一つ、学園という巨大なシステムの静かな崩壊を食い止めたのだ。

 だが、この排水溝の遺物が、さらに深い腐敗の入り口であることに、俺はこの時まだ気づいていなかった。




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