異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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ミリ秒制御は機械の領域だと思います。


# 第13話「OJT開始:魔力パルス制御理論」

 拠点としている空き教室。

 窓から差し込む夕闇の光が、埃の舞う室内を斜めに切り裂いている。空気は地下排水管の緊急対応で持ち帰った泥の臭いと、強力なマジック洗剤、そしてリリスが常時放出している冷却魔力の冷たいオゾン臭が混ざり合い、奇妙な重苦しさを湛えていた。

 

 地下での死闘——あるいは「清掃作業」から戻った俺たちは、休息もそこそこに、泥と油にまみれた機材の事後メンテナンスと状況報告(デブリーフィング)に追われていた。

 

 北条凛は、慣れない地下の劣悪な環境と、限界を超えた魔力の放出による疲労からか、パイプ椅子に深く腰掛けて肩で激しく息をしている。彼女の高貴な意匠の防具は煤で汚れ、その整った顔立ちには、隠しきれない消耗の色が浮かんでいた。

 

「……お疲れ様、凛。だが、座り込んで意識を飛ばす前に、自分の身体(デバイス)をチェックしろ。マシンの損傷は、稼働直後の熱を持っている時が一番見つけやすい」

 

 俺の声に、凛がびくりと肩を揺らし、重たい瞼を持ち上げた。

 

「……チェック、ですの? 私は……私は無事ですわ。少し魔力を使いすぎて、身体の内側が、その……真夏の石床のように熱いくらいで……。一晩寝れば、元に戻りますわ」

 

「それが致命的な異常だと言っているんだ。現場での根性は、故障を隠蔽する最悪のノイズだぞ」

 

 俺は、リリスが作業中に記録していた生体魔力ログを、錬金術の投射機(プロジェクター)を使って空間に拡大投影させた。

 

「リリス。さっきの現場、16時14分。お前の高圧洗浄中に、凛が焦って追撃として放った全力の魔法波形をリプレイしろ。……ポイントは、立ち上がり(ライズ)からピーク、そして減衰(フォール)にかけてだ」

 

「……了解。……リプレイ開始。……凛の魔力経路、絶縁抵抗の一時的な低下を確認。……ヒートシンク(放熱)能力、設計限界値の120%を継続的に記録。……このままでは、基板()に物理的な焦げつきが生じます」

 

 投影された青白いホログラムには、不規則で暴力的なまでの矩形波が浮かび上がった。

 あまりの出力の高さに波形が上下に潰れ、もはや魔法としての秩序を失った、ただの破壊的な電子ノイズと化している。それは、凛が自信満々に全力と呼んでいたものの正体が、自身の身体という精密機械を内側から焼き、寿命を切り売りする過負荷(オーバーロード)であることを、データという冷徹な刃で突きつけていた。

 

「……お前はいま、早く終わらせたいという焦りだけで、自分という重要ユニットの寿命(MTBF)を、独断で三ヶ月は削ったぞ。リリスの作業(機械)に張り合おうとして、お前自身が再起不能になれば、それは現場的には全損事故だ」

 

 凛の顔から、急速に血の気が引いていく。

 22歳で廃棄(リタイア)。この世界の魔導騎士たちが、神聖な義務という名目で押し付けられている廃棄の宣告(デッド)。彼女はその現実を、初めて視覚化された数字として突きつけられたのだ。

 

「スマホを充電しながら重いゲームを回し続ければ、リチウムイオンバッテリーは熱で膨らみ、すぐに死ぬだろ? お前の今の運用は、それと全く同じだ。神秘だの覚悟だのという曖昧な言葉に酔って、自分の稼働率を無意味にドブに捨てている。……今のままの運用を続ければ、お前は本当に22歳で廃材になる」

 

「そんな……そんなこと……。でも、魔法は強く撃たなければ意味がありませんわ! 威力を落として、どうして勝利を掴めますの!?」

 

「強く撃つな。精密に、かつ効率的に撃てと言っているんだ。……これからパルス幅変調(PWM)制御の現場講習(OJT)を始める。座っている暇があったら立て」

 

 俺はホワイトボード代わりの石板に、理想的な櫛形(くしがた)波形をチョークで描き込んだ。

 

「100%の出力を垂れ流しにするな。高周波でONとOFFを高速で繰り返せ。出力を細かく断続的に入れることで、対象に与える実効的な破壊力(仕事量)は維持したまま、OFFの瞬間にミリ秒単位の放熱時間(デッドタイム)を稼ぐんだ。……お前の魔力回路を、千分の一秒単位で刻んで制御しろ」

 

「……千分の一秒……? そんな、そんな精密なこと、感覚(アナログ)だけでできるはずがありませんわ! 私は機械ではありませんのよ!」

 

「感覚でやるな。制御理論(ロジック)でやれ。リリスが発する基準信号(クロック)に、自分の呼吸と魔力を同期させろ。……これは魔法じゃない、信号処理だ」

 

 そこから、地獄のようなマンツーマンのOJTが始まった。

 

 リリスが発する、電子音のような一定間隔のクリック。そのリズムに合わせて、凛が指先の魔力をミリ秒単位で断続的に発動させる訓練だ。

 発動(ON)停止(OFF)。たったそれだけのことが、これまでの人生を感覚と魔力量だけでゴリ押してきた彼女には、途方もない苦行だった。

 

 魔力が逆流して指先が痺れ、何度も悲鳴をあげる凛。

 だが、俺は一切の容赦をしない。リリスの投影する波形が、俺の描いた綺麗な櫛形になるまで、一ミリの妥協も許さず何度もやり直しを命じた。

 

「……デューティ比が上がっている(ONの時間が長すぎる)。これでは放熱が間に合わない。……周期が乱れているぞ。再度、基準信号に合わせてパルスを安定させろ」

 

「……あ、あうぅっ……。手が、手が勝手に動いて……。佐藤、さん……もう、魔力が、喉の奥まで苦しくて……」

 

「泣いても波形は綺麗にならない。不適合品を世に出す気か? ……リリス、次のテストパターンだ。周波数を倍に上げろ」

 

 窓の外が完全に夜の闇に沈み、月が天頂に登る頃。

 凛の額からは大粒の汗が流れ落ち、その瞳は疲労の極致にあっても、どこか研ぎ澄まされた光を宿し始めていた。

 

 そして、ついにその瞬間が訪れた。

 凛が練習用のターゲット(打ち捨てられた巨大碍子のセラミック片)に向けて放った炎の礫が、音もなく空気を震わせて着弾した。

 

 それは、以前のような轟音を伴う派手な爆発ではない。

 ただ、着弾した箇所が、肉眼では捉えきれない高周波の振動を伴って白熱し、ターゲットの表面を一瞬で昇華(気化)させて、綺麗な円状の穴を開けたのだ。

 

「……熱くない。身体が、焼けるようなあの嫌な熱が……嘘みたいにありませんわ。それに、正確に当たりますの。自分の魔力が、まるで、透明な数字の糸で編み込まれたように……私の意のままに……」

 

 凛が、赤く腫れた自分の指先を、愛おしそうに見つめた。

 その指先からは、もはや暴力としての魔法ではなく、高度に制御されたプロの精密工具としての知性的な輝きが放たれていた。

 

「……それが使いこなし(制御)だ。……お前はもう、ただ出力を垂れ流すだけの蛇口じゃない。熱量と時間を支配する技術者(エンジニア)のパートナーだ。……感動している暇があったら、散らばった機材の清掃に戻れ。明日の検収までに、全システムを万全に磨き上げるぞ」

 

「……はい! 佐藤さん! 喜んで!」

 

 凛の返事には、かつての焦燥や恐怖ではなく、確かな技術(ロジック)を手に入れた者の揺るぎない力強さが宿っていた。

 

 現場監督の過酷なOJTが、また一人、希少な有能ユニットを絶望という名の寿命から救い上げ、新たな仕様へとアップデートしたのだ。

 俺は定時を大幅に過ぎた時計を見上げ、ため息をつきながらも、リリスから差し出された過熱されたコーヒーを口にした。




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