異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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# 第16話「強制排気とヒートバランサー(前編)」

 キィィィィィィィィィィィィィィッ!!

 

 鉄と鉄が数千回転の速度で擦れ合い、摩擦熱で溶接される瞬間の……耳を劈く断末魔が響き渡った。

 それはダクトの最深部、地下五階の主排気ファン室から、物理的な衝撃を伴って伝わってきた。

 

「きゃっ!? な、なんですの、今の不吉な音は!? まるで、学園そのものが悲鳴を上げているようですわ!」

 

「ファンが……停止。マスター、気圧差の急激な正転を確認。……吸気、完全に止まりました」

 

 リリスの報告と同時に、俺の端末のアラートが真っ赤に点滅し、警告音が鳴り響く。

 熱線式風速計の数値がゼロになり、代わりに関係のない方向から、逃げ場を失った「暴力的な熱」がダクト内に押し寄せてくるのが見えた。

 

「バルドスの野郎……。ベアリングの焼き付きか。定期点検(メンテナンス)を怠った結果がこれか。想定より崩壊が早すぎるぞ」

 

 主ファンが停止したことで、学園地下という巨大な肺の「呼吸」が断絶された。

 換気流が消えたダクト内には、最深部にある強大な魔導炉の排熱――本来ならファンによる負圧で吸い上げられ、地上へ吐き出されるはずだった数千度級の熱気が、煙突効果によって逆流し、猛烈な勢いで俺たちのいるエリアへ流れ込んできたのだ。

 

「あ、熱っ!? なに、急に陽炎が見えるほど温度が上がって……。佐藤さん、空気が薄いですの、息が……苦しい!」

 

「全員、 Re-KY(再・危険予知)だ! 持ち場を離れるな、パニックになるな! 立ち止まって現状を正しく認識しろ!」

 

 俺の怒声が、逃げ出そうとしていたB組の連中をその場に釘付けにする。

 

「現在、排気能力は実質ゼロだ。この地下五階ダクトは、魔導炉という巨大な熱源に直結した『死の釜』になった。このまま熱気が逆流し続ければ、二十分以内にダクト内の残留魔力が臨界温度に達し、連鎖的な爆発が起きる。……そうなれば、この真上にある学園ごと、俺たちは蒸発するぞ」

 

「に、二十分!? 佐藤さん、今すぐ脱出すべきですわ! 間に合いませんの!」

 

「地下五階から、パニック状態の連中を連れて地上まで二十分で脱出できる保証はない。……それに、逃げれば俺が苦労して施工した学園のインフラが壊滅し、俺のホワイトな再雇用先も消える。……工程を変更する。現場で解決するぞ」

 

 俺の脳内では、ベルヌーイ(Bernoulli's)定理(principle)に基づいた流体計算が、演算エラーを吐くほどの速度で始まっていた。

 巨大なファンが壊れたなら、ファンに代わる『圧力の落差』を人工的に作ればいい。

 流速を上げれば、静圧は下がる。ダクト中央に超高速のジェットを流せば、停滞した周囲の空気を負圧で強制的に吸い込み、気流を作ることができる。通称エジェクタ効果だ。

 

「いいか、これより人工強制排気シーケンスに入る。文、お前の役目だ。魔力供給を絶対に落とすな。リリス、洗浄ガンのノズル開度を最小の十五パーセントまで絞り、ダクトのセンターラインに向けて垂直に射出しろ。凛は今すぐ、ダクトの全継ぎ目を風の壁でシーリングしろ。一ミリのリークも許さんぞ!」

 

「そんな……ファンもないのに、たった一本の水流で風を吹かせるなんて……物理の法則を超えていますわ!」

 

「魔法こそが物理の法則に寄生しているんだ。高い方から低い方へ流れる、それだけの道理を今ここで体現する。……リリス、射出(ショット)だ!」

 

 文は不安げに、しかし俺の冷徹な、しかし確信に満ちた瞳を見て腹をくくった。彼女の杖から、それまで以上に澄んだ安定した魔力水がリリスへと注がれる。

 

「……冷却水(リソース)、安定。ノズル位置、一ミクロン単位で補正完了。……射出開始」

 

 シュバァァァァァッ!!! という空気を切り裂く高周波の絶叫が、ダクト内に響き渡った。

 リリスが構える銃口から、超高圧の、まるでレーザーのような細い水流がダクトの中央を一筋の矢となって貫いた。

 

 その瞬間。

 

 ゴォォォォォ……という、地の底から湧き上がるような唸り声と共に。

 俺たちの頬を焼いていた熱気の逆流が、ピタリと、文字通り一瞬で停止した。

 そして。

 

「……あ。……空気が。空気が、吸い込まれていますわ。後ろから……新鮮な空気が、私たちを追い抜いて奥へと流れていますわ!」

 

 気流が、再び繋がったのだ。

 リリスが作った一点の超高速流が、周囲の淀んだ空気を道連れにして、地下全体の巨大な空気の塊を強制的に引きずり回し始めた。

 

「……よし。人工の産声だ。ベルヌーイ様々だな。だが、ここからが本当の熱との根競べだぞ。流体は確保したが、ダクト全体の熱バランスが崩れれば、いずれ壁面が保たない。……凛! シーリングを緩めるな! 文、水量をさらに五%上げろ!」

 

「はいっ!!」

 

 二人の返事が、熱気の中でも力強く響いた。

 俺のヘルメットのライトが、熱で赤く歪み始めたダクトの闇を、より一層鋭く、冷徹に照らし出した。

 

 現場監督の(ことわり)が、設計ミスという名の神の不条理を、今まさに力づくでねじ伏せようとしていた。




ベルヌーイはお風呂場とかでも再現できます。
本日も一日ご安全に!
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