異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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二日目!


# 第17話「強制排気とヒートバランサー(後編)」

「文! 魔力供給の位相をずらすな! リリス、ノズル開度をあと二パーセント絞れ! 流速を極限まで稼いで、負圧(デセント)を維持しろ!」

 

 巨大な空洞となったダクトの内部。俺の怒鳴り声が、超高速ジェットが空気を切り裂く「キィィィィン!」という高周波の絶叫にかき消されそうになりながら響き渡る。

 人工強制排気シーケンス――ベルヌーイ・ハックは、その限界点(クリティカル・ポイント)へと突入していた。

 

 リリスが担ぐ高圧洗浄ガンから放たれる一筋の魔力水(ウォータージェット)は、一点の揺らぎもなくダクトの中央を貫いている。その超高速流が周囲の空気を同伴して引きずる効果によって、地下深層に淀んでいた地獄のような熱気が、物理的な咆哮を上げて地上へと吸い出されていた。

 

 だが、現場には常に想定外の変動要素(パラメータ)が付きまとう。

 急激な排気による気圧の低下と、三十度以上の急冷によって、数十年間メンテナンスを放置され老化しきった亜鉛鋼板のダクト本体が、断末魔のような悲鳴を上げたのだ。

 

 メキメキメキッ……ガガガッ!!!

 

「ひっ!? さ、佐藤さん! ダクトの接続部、リベットが……リベットが火花を散らして弾け飛んでいます!」

 

 B組の生徒が指差した先。

 熱膨張(ヒート・エキスパンション)で限界まで歪んでいたダクトの継ぎ目(フランジ)が、急激な温度降下による熱収縮の速度に耐えきれず、耐力を超えて口を開き始めていた。

 

「チッ、材料疲労が生死の境目か……! 圧力漏れ(リーク)だ! この穴から外気が流れ込めば負圧が死ぬ。そうなれば排気流は一瞬で崩壊するぞ!」

 

 継ぎ目からシュウシュウと白い蒸気が吹き出し、俺たちが必死に構築した風の道が乱れ始める。

 流速が落ちれば、ベルヌーイの定理に従って静圧が上昇し、ふたたび地下の死の熱気が逆流(バックフロー)を開始するだろう。

 そうなれば、この閉鎖空間は一瞬で巨大な圧力鍋へと変貌し、全員が内側から蒸し焼きになる。

 

「……マスター。リーク率、十五パーセントを突破。二次、三次リークの連鎖を確認。……三〇〇秒以内に、全系が物理崩壊します」

 

「言われるまでもない! 計算外だが、予備のパッキンを投入する! 凛、出番だ!」

 

「わ、わたくしですの!? 何を、何をすれば……!? さっきから風でシーリングはしていますけれど、隙間が開いてしまってはもう塞ぎきれませんわ!」

 

 俺は腰が抜けかかっていた凛の肩を掴み、無理やり立たせた。

 

「塞ぐんじゃない! ダクトの外周を風の壁で全方位から包囲しろ! 内側の負圧に負けないトルクで、弾け飛んだ継ぎ目を外から物理的に曲げ戻して締め上げるんだ。……名付けて空気圧式外部クランプ(エア・シーリング)だ!」

 

「そんな、無茶苦茶ですわ! ただの隙間埋めではなく、風の圧力だけで、ひしゃげた重たい鉄の板を万力のように抑え込むなんて……!」

 

「できるかできないかじゃない、やるんだよ! お前のその無駄に高い出力を、今はすべて漏れ止めに全振りしろ。……凛、お前はもうただの魔法使いじゃない。今は、この現場を救うための最後にして最高の『自己修復型パッキン』だ!」

 

「パッ……、パッキンですって!? この北条家の長女である、このわたくしを……ゴムか何かと同列に……ッ!」

 

 凛は屈辱に頬を林檎のように赤く染めながらも、俺の冷徹にそれしか道がないと告げる瞳に射抜かれ、半ばやけクソ気味に杖を横に一閃させた。

 彼女が放つ風は、これまでの敵を吹き飛ばすための拡散エネルギーではなく、ダクトの継ぎ目を優しく、しかし万力のような膂力で締め上げる外圧へと、その性質を変質させていく。

 

「……っ、この……生意気な継ぎ目、言うことを聞きなさいなッ!!」

 

 ギィィィ……と金属が撓み、軋む。

 口を開きかけ、火花を散らしていた継ぎ目が、凛の放つ圧倒的な風の偏圧(バイアス)によって強引に元の位置へと押し戻された。

 

「……よし。リーク停止。……管内(インライン)、気圧差正常。作戦を続行する!」

 

 そこからの三十分間は、まさに熱と静寂の根競べだった。

 文は一定の魔力を出し続ける単調な、しかし極限の精度を求められる作業で意識を白濁させ、リリスは摩擦熱で真っ赤に焼け始めたノズルを自己冷却で相殺しながら撃ち続ける。凛は、ダクトが内側から爆ぜないよう、全身全霊をパッキンとしての使命に捧げた。

 

 そして。

 

 ガコンッ。という、重厚な金属の打撃音が、ダクトの深淵から響いた。

 それは、焼き付いて完全に固着していた主排気ファンの大口径ベアリングが、冷却によってコンマ数ミリ収縮し、摩擦抵抗という名の呪縛から解放された瞬間だった。

 

「……温度上昇、マイナス点(解消)を確認。……サチュレーション(飽和)を確認。……主軸、自律回転への移行を承認しました」

 

 リリスの、無機質だが勝利を確信させる報告。

 俺は端末のモニターを凝視し、熱量収支グラフが安全圏へと滑り落ちていくのを見届けてから、大きく息を吐いた。

 

「……よし。ベルヌーイ・ハック、全工程完了。リリス、射出停止」

 

 シュン……と、耳を劈いていた高周波の叫びが消える。

 ダクト内には、人工的な暴風に代わって、地下深くから上がってくる「地球の呼吸」のような、低く落ち着いた風の音が戻っていた。

 止まっていた巨大なファンが、自重と微かな自律気流に押されて、ゆっくりと――だが誇らしげに、自らの役目を取り戻すように回り始めたのだ。

 

「……はぁ。はぁ……。……終わった、んですの? 救われた、んですの?」

 

 凛が泥だらけの床に膝をつき、文も杖を抱きかかえたまま放心状態で座り込んだ。

 B組の生徒たちは、ライトの光の中でゆっくりと回る巨大なファンを見上げ、ただただ涙を流して立ち尽くしている。

 彼らが奇跡だと思っていた現象が、実際にはただの物理的な圧力差と流速の戦いであり、自分たちの魔法がその歯車の一部にされたという事実に、彼らは言葉を失っていた。

 

「……佐藤さん。……魔法をパッキンにされたこと。……わたくし、墓場まで持って行きますわ」

 

「墓場まで持っていくな、次の現場の仕様書(マニュアル)に刻んでおけ。それがインフラを守る人間の責任だ」

 

 俺は煤に汚れたタオルで汗を拭い、ヘルメットのライトを調整した。

 

「神秘を語る前に物理を見ろ。熱は高い方から低い方へ流れる。気体は圧力の高い方から低い方へ動く。……それだけの話だ。管理をサボれば、神様だって熱中症で壊れる。……少しは現場の(ことわり)が分かったか?」

 

 俺は呆然としているB組の連中を一瞥し、まだ微かに熱を持っているファンの筐体を、労うように掌で叩いた。

 

「さて。これで『環境改善』の第一工程……緊急避難は終了だ。……だが、俺たちの不労所得(ボーナス)稼ぎはこれからだぞ。……リリス、文。安定した温度下で、ターゲットの魔導煤(マナ・ソート)の深層回収に入る。……一つ残らず、剥ぎ取れ」

 

「「了解(はい)!」」

 

 俺は、ダクトの壁面にこびりついた、漆黒の財産を見つめて不敵に笑った。

 バルドスが「不浄なゴミ」として放置したこの煤は、精製すれば次の戦いを優位に進めるための、最高級の添加剤になる。

 

「……明日の検収報告書が楽しみだ。バルドスの野郎、どんな無様な表情(ツラ)をするかな」

 

 地下五階、深度二十メートルの暗闇の中。

 『佐藤工務店』の現場監督は、次なるコンプライアンス攻勢の計画を、脳内で爆薬の配合を練るように組み立て始めていた。




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