異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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今回は長編風味です。


# 第19話「新規受注と『産廃』の予兆」

 地下迷宮と化した吸排気ダクト群の清掃(オーバーホール)から数日が経過した。

 俺たち『佐藤工務店』の拠点である旧校舎の空き教室には、微かにだが鼻を突く有機溶剤のような匂いが漂っていた。

 

「佐藤さん。この刺激臭、どうにかなりませんの?」

 

 北条凛が、ハンカチを口元に当てながら顔を顰める。

 彼女の視線の先には、俺が作業台に並べている黒黒としたタール状の物質――地下深層から削り出してきた魔導煤(マナ・ソート)だ。

 ただの危険な廃棄物だったそれは、俺の還元処理によって高純度の魔導絶縁体へと生まれ変わろうとしていた。

 

「我慢しろ。これはただのゴミじゃない。次の現場に向けた先行投資だ。……リリス、凛の定常流データを基盤(ボード)に焼き付けたか?」

 

「マスター。焼き付け、完了。波形安定率九九・九パーセント。これより、プロトタイプの実証試験に入ります」

 

 リリスが無機質な声で報告し、魔導煤を用いた黒いコーティングが施された自作のテスターを俺に手渡した。

 一見すると武骨な電圧計のようなフォルムだが、その中身には、俺の前世の知識とこの世界の神秘が、極めて実務的な形で融合している。

 

「……よし。これで魔力回路のインピーダンス(交流抵抗)が視覚化できる。目に見えない魔力パス(経路)の劣化も、これで丸裸というわけだ」

 

 文が示した退屈なほど一定な流れ(コンスタンス・フロー)基準(リファレンス)とすることで、他者の魔力波形の乱れを正確に検知することが可能になったのだ。

 これでまた一つ、このガバガバな魔法世界の不具合を修理(デバッグ)するための強力な武器(ツール)が手に入った。

 

「佐藤くん。相変わらず、変なものを作っているわね」

 

 呆れたような声と共に、教室の扉が開いた。

 事務局の榊恵麻だ。彼女の手には、分厚い紙のバインダーが握られている。バルドスの一件で、完全に「佐藤工務店」の営業担当と化した彼女が持ってくる案件に、ろくなものはない。

 

「また厄介な仕事を押し付けに来た顔だな、榊さん」

 

「ご名答よ。今回は学園の心臓部……。第十四地下動力プラントの定期点検と、最近頻発している出力不安定の調査依頼」

 

 榊がバインダーを机に放る。

 第十四地下動力プラント。学園全体の魔力供給の三割を担う、重要インフラだ。それが不安定になっているとなれば、学園の運営そのものに関わる。

 

「三割を担う基幹施設が不安定? バルドスの野郎はどうした。また『仕様です』で逃げたのか?」

 

「バルドス主任の保守管理局はお手上げ状態よ。『設備側の問題ではなく、運用側(ユニット)の経年劣化によるもの』って報告書を上げて、自分たちの責任を回避したわ。だから、事務局長直々の指名で、貴方に白羽の矢が立ったの」

 

 俺はため息をつきながら、バインダーの資料に目を通す。

 動力プラントの構成図、配管図、そして運用を行っている学生たちのシフト表。

 そこに、一つの名前に目が止まった。

 

「管理主任候補に、三年生の名前がある。一条葵……?」

 

 その言葉に、凛が弾かれたように顔を上げた。

 

「一条先輩!? 嘘でしょう……。あの方が、プラントの出力低下の原因だなんて!」

 

「知っているのか、凛」

 

「もちろんですわ! 一条葵先輩と言えば、学園でも屈指の『保全・結界術』の使い手。一年生の時から、その圧倒的な安定感と魔力容量で、数々のプラントを支えてきた至宝ですのよ! 彼女がいれば、どんな荒ぶる魔力も春の小川のように澄み渡るって……」

 

 凛の言葉を遮るように、榊が静かに首を振った。

 

「……ええ。かつては、ね。でも、彼女ももう十八歳よ」

 

「十八歳……」

 

 その言葉の重みに、凛が息を呑む。

 そして俺の脳裏にも、この学園を支配する残酷なルールが蘇った。

 『二十二歳の断絶(リタイア)』。

 

「この学園では、三年生……十八歳を迎える頃から減価償却(リタイア)が始まるの」

 榊が冷徹な事実を告げる。

「魔法の出力が不安定になり、やがて完全に消失する。才能があればあるほど、大規模出力を扱うユニットであればあるほど、その劣化の影響は顕著に出るわ。……今の一条葵は、もう壊れた中古機材を見るような目で周囲から扱われている」

 

 俺は資料をスクロールする。

 確かに、一条葵の担当シフトにおける出力低下のエラーログが、ここ数ヶ月で急増している。

 

「……だが、この学園の編成マニュアルには、あえて学年を混ぜたパーティを推奨する一文があるな」

 

「ええ。危険分散(リスクヘッジ)よ。爆発力のある一年生と、経験豊富だが安定感の落ち始めた上級生。それを組み合わせることで、可用性(アベイラビリティ)を維持する。……合理的と言えば合理的でしょう?」

 

「現場的には、プロトコル(通信規格)の違う機材を無理やり繋ぎ合わせるようなもんだ。調整(デバッグ)の手間が増えるだけで、根本的な解決にはならない。案の定、エラーを吐き出している」

 

 俺はパタンとバインダーを閉じた。

 

「機材の寿命(じゅみょう)か、それともただの整備不良(メンテ不足)か。中古機材(ベテラン)の再雇用をするか、スクラップにして破棄するかは、現場の波形を見てから決める」

 

 俺は新しく完成したばかりの自作テスターを腰のホルスターにねじ込み、愛用のレンチを手に取った。

 

「定時までに終わらせるには、まずその主要機材――一条葵のコンディション(メンタル)を確認する必要がある。……凛、リリス。行くぞ」

 

「了解しましたわ。でも、一条先輩が……」

「マスター。補給(カロリー摂取)のタイミングは?」

 

「移動がてら、学食に寄る。他人の波形を観察するには、あそこが一番手っ取り早いからな」

 

          ◇

 

 学園の教職員および上級生用のカフェテリア。

 優雅な昼休みを楽しむエリートたちの喧騒の中で、その一角だけが、ひどく冷え冷えとした空気に包まれていた。

 

「一条先輩、また昨日の出力試験でエラーを出したんですって?」

「もう潮時なんじゃないですか? 十八にもなって、後輩に迷惑かけるなんて……。早めに黄金の年金の手続き、してきましたらどうです?」

 

 取り巻きを引き連れた下級生たちが、一人の女子生徒を囲んで嘲笑を浴びせている。

 長い黒髪。かつて「至宝」と呼ばれた品格の名残を感じさせる、落ち着いた顔立ち。

 だが、その瞳には隠しきれない疲労と、何かに怯えるような色が混じっていた。

 

 一条葵。

 彼女は何も言い返そうとせず、ただ俯いて、少しだけ震える手でトレイの縁を白くなるほど握りしめていた。

 かつて彼女の恩恵を受けていたはずの周囲の生徒たちも、誰一人として擁護しようとはせず、ただ使えなくなった不良品を遠巻きに見ているだけだ。

 

「なるほど。あれが今回の主要機材か」

 

 少し離れた席でコーヒーを啜りながら、俺は新造したテスターのスイッチを静かにオンにした。

 空間のインピーダンスを読み取り、葵から漏れ出ている魔力の波形を視覚化する。

 

「……酷い有様だ。波形がガタガタに乱れている。あれじゃあ、まともに出力なんて出せるはずがない」

 

 俺の端末に表示されたのは、かつて凛が陥っていた過負荷(オーバーロード)とはまた異なる、不規則で周期的な脈動(ハンチング)を起こしている波形だった。

 

「直せるんですの? 佐藤さん」

 凛が、いたたまれないような表情で俺を見る。

 

「……壊れているんじゃないな。あれは、単なるメンテナンス不足(ノーメンテ)だ」

 

 俺はコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がった。

 システム側の冷酷な仕様(アップデート)に振り回され、自分自身の身体の変化についていけず、制御ループが完全にズレてしまっているだけだ。

 直せない不具合など、俺の現場には存在しない。

 

「行くぞ。まずは第十四プラントの現状を視察する。あの中古機(ベテラン)、まだまだ現役で働いてもらうからな」

 

 冷たい視線の中、逃げるようにカフェテリアを後にした一条葵の背中を追って、俺たち『佐藤工務店』は地下の暗がりへと足を踏み入れた。




遂に七色先輩が出てきます!
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