異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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今日の一言:教室の面積計算が非常に頑固でした。


# Ep.2 接近限界距離と流量制御弁 ~または、5S活動による魔神攻略~

 教室の空気は、完全に澱んでいた。

 新品の制服の匂いと、チョークの粉の匂い。それらを塗りつぶすように、教室の後方から漂ってくるのは、肌をチリチリと焼くようなコロナ放電の気配だ。

 

(……なんだ、あの非効率なレイアウトは)

 

 俺、佐藤航は、割り当てられた自分の席――窓際の後ろから二番目――を前にして、眉間の皺を深くした。

 俺の席に辿り着くための通路が、物理的には空いているのに、概念的に封鎖されている。

 原因は、俺の後ろの席――教室の最奥に座る一人の少女。

 

 リリス。

 混沌の魔神の受肉体にして、白銀の髪と血のような赤目を持つシステム端末。

 彼女は誰とも目を合わさず、ただ俯いているだけだ。

 だが、彼女を中心とした半径2メートルの空間には、目に見えない接近限界距離(アプローチ・リミット)が設定されている。

 

 クラスメイトたちは本能的な恐怖で彼女を避け、教室の後方には不自然な空白地帯(デッドスペース)が生まれていた。

 

(一般的な教室の面積は64m^2。対して、彼女が展開する即死領域離(接近限界距)は半径2m)

 彼女の席は窓際の最奥(コーナー)。単純計算なら影響範囲は円の四分の一(全体の約5%)で済むはずだ。

 

 だが、現場(オレ)の計算は違う。

 高圧設備に対する労働安全衛生上の安全率(Safety Factor)は最低でも2.0倍。つまり、実効半径4m以内は「立入禁止区域(レッドゾーン)」として扱う必要がある。

 

(コーナーから半径 4m の扇形面積は12.56m^2。……教室の有効面積の約20%が死んでる計算だ)

 

 設計ミスもいいところだ。

 だが、俺にとっての問題は、そこじゃない。

 彼女の横を通らないと、俺の席に行けないことだ。迂回すればいいが、それは毎日数秒の時間損失(ロス)を生む。

 

 何より――。

 

(……計算上、昨日の試験で俺には『エスティアの祝福(リポップ率300%)』が付与されているはずだ)

 アース役として介入した際、システムが混線して彼女のバフ(ヘイト)が俺のIDにも紐付いてしまったらしい。

 このままダンジョンに行けば、俺はモンスターの波に飲まれて残業()確定だ。

 300%の湧きは稼ぎにはいいが、ドロップ品を回収する時間も、魔力を回復する時間もない。

 ずっと蛇口が全開の状態では、バケツ(キャパシティ)が溢れる。

 必要なのは、任意のタイミングで敵の流入を遮断できる流量調整弁(コントロール・バルブ)だ。

 

 俺の視線が、リリスの背中を捉える。

 彼女の特性は「過保護なまでの拒絶」。つまり、敵を物理的にシャットアウトする絶対安全地帯(セーフ・ハウス)の生成能力。

 

(……数式は立った。あの厄介なシステム(リリス)を確保し、普段はバルブを(Open)にして、メンテナンス時は(Close)。安全を確保しつつ定時で上がる。完璧な工程設計だ)

 

 彼女を攻略するのはロマンスではない。

 生き残るためのプロセス制御だ。

 

          ◇

 

「……少し、空気が悪いですわね」

 凛とした声が響いた。

 クラス委員長的な立ち位置に収まりつつある少女、北条凛だ。

 彼女は不愉快そうにリリスの方を見ると、カツカツと足音を立てて近づいていく。

 

「リリスさん。ここは教室です。そのような威圧的な魔力の垂れ流しは、マナー違反ではなくて?」

 

 正論だ。だが、現場を知らないエリートの正論ほど、危険なものはない。

(止めておけ。あれは彼女の意志じゃない)

 俺が心の中で警告するのと同時に、凛が不可視の境界線に足を踏み入れた。

 

『ブンッ!!』

 空気が爆ぜる音。

 リリスが顔を上げたわけでも、魔法を撃ったわけでもない。

 ただ、凛の体が、見えない壁に弾かれたように数メートル後方へ吹き飛ばされた。

 

「くっ、……きゃぁっ!?」

 凛はとっさに防御姿勢を取ったが、勢いを殺しきれずに床を滑り、無様に尻餅をつく。

 Sランクの魔力強化された肉体を持つ生徒が、物理的な接触なしに吹き飛ばされたのだ。

 教室中が凍りつく。

 

「……ッ、何ですの、今の! 魔法障壁(シールド)ですらない……純粋な『拒絶の意思』だけで、私を弾いたというの!?」

 凛が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 周囲の生徒たちは「魔神の呪いだ」「近寄ったら殺される」と囁き合う。

 

 だが、俺の解析(モニタリング)結果は違う。

(……違うな。あれは意思じゃない。『他者感情トリガー型の常駐アプリ(自動迎撃デーモン)』だ)

 リリスの周囲には常に高密度な魔力($M_d$)が滞留している。

 

 トリガーは他者の感情波形。

 凛が持っていた正義感や好奇心、あるいは畏怖。それら強い感情のシグナルを検知し、滞留魔力を物理的な衝撃として解放(アウトプット)したのだ。

 

仕様(スペック)としては強力だが、ユーザビリティは最悪だな。デバッグ用のバックドアくらい用意しておけと言いたい)

 

          ◇

 

「……はぁ」

 俺はわざとらしく大きなため息をつくと、ポケットに両手を突っ込んで歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと! あなた、何をする気ですの!?」

 凛が床に座り込んだまま声を上げる。

 俺は無視して、リリスの展開する警告区域へと足を向けた。

 

 対策(ソリューション)は単純だ。

 あれが感情に反応するセンサーなら、ひっかからないようにすればいい。

 心を無にする? 禅の修行なんて必要ない。

 俺たち社畜が、満員電車や修羅場の現場で無意識に行っている業務モード(エモーション・オフ)を起動すればいいだけだ。

 

(俺は人間じゃない。座標($X、 Y$)を指定されて、ただそこへ移動するだけの駆動装置(アクチュエータ)だ)

 思考を切り捨てる。

 目の前にあるのは美少女でも魔神でもない。単なる通行の妨げになっている障害物(パーティション)

 俺は「目的地へ移動せよ」という電気信号に従って動く、有機的な部品になりきる。

 

 一歩、領域に踏み込む。

 肌がピリピリとする。高圧電線の至近距離にいるような重苦しい空気圧。

 だが、それは環境であって攻撃ではない。

 

(……センサー反応なし(Null)。閾値未満(スレッショルド)

 俺の心拍数は平時のまま。

 恐怖も、興味も、敵意もない。

 防衛システムは俺を風や背景ノイズとして処理し、迎撃シーケンスを起動しない。

 

 二歩、三歩。

 クラスメイトたちが息を呑む気配がする。

 俺はあくびを噛み殺しながら、殺気の充満する空間を、ただの未舗装の通路として通り抜けた。

 

          ◇

 

 俺はリリスの机の真横に到達した。

 彼女はまだ、俺に気づいていない。「どうせ弾き飛ばされる」と思って、目を閉じているからだ。

 だが、いつまで経っても衝撃は来ない。

 

 俺は彼女の足元を見た。

 通学鞄が、通路にはみ出している。

 

「……おい」

 俺は短く声をかけると、つま先でその鞄を『トン』と押し戻した。

「ここは通路だ。私物を広げるな。『整理整頓(5S)』は現場の基本だぞ」

 

「……え?」

 リリスが弾かれたように顔を上げる。

 燃えるような赤色の瞳が、至近距離にある俺の顔を捉え――見開かれた。

 

「嘘……私の拒絶(オリ)が……効かない……?」

 彼女の防衛システムが、俺を敵として認識していない。

 当然だ。俺にとって彼女は片付けるべき施工ミスと同義だからだ。

 

 だが、リリスの認識(システムログ)は、俺の想定を大きくオーバーシュートしたらしい。

 彼女の瞳の中で、急速に光が変質していく。

 孤独という暗闇の中に、狂信的なステータス・ランプが全点灯する。

 

「……初めて。私を怖がらなかった人。私の力を……無視して入ってきた人」

 

(……ん? なんか初期設定(ゲイン)の設定を間違えたか?)

 俺は一瞬、背筋に寒気を感じたが、そのまま自分の席に座った。

 とりあえず、これで実績(既成事実)は作った。

 彼女の領域(テリトリー)に入れた人間として、後で交渉もしやすいだろう。

 

 だが、俺は気づいていなかった。

 リリスが自分の胸を強く抑え、熱っぽい吐息を漏らしながら、俺の背中を管理者(Administrator)として登録(ロックオン)したことに。

 

「……見つけた。私の……制御者(マスター)

 

          ◇

 

 休み時間。

 案の定、北条凛が俺の席に詰め寄ってきた。

「あなた、何をしたの? 理論上、あそこで無傷なのはあり得ませんわ!」

 

「……ただ歩いただけだ。お前が過剰に意識しすぎなんだよ。センサーが誤作動するだろ」

「誤作動!? 魔法を測定機器みたいに言わないでください!」

 

 ギャーギャーと騒ぐ凛を適当にあしらっていると、ホームルームの担任が入ってきた。

「えー、これからの実技演習に向けて、3人1組の班(パーティ)を作ってもらう。好きに組めー」

 

 その瞬間だった。

 ガタッ、と後ろの席が鳴った。

 振り返る間もなく、俺の制服の裾が何者かに強く掴まれる。

 

「……組む」

 リリスだった。

 彼女は俺の背中に額を押し付けるようにして、 服を握りしめている。

 周囲に向けられていた「拒絶の嵐」は消えていないが、俺に対してだけは、まるでセキュリティ認証を通過した重要端末のように無防備だ。

 

「……私、あなたと組む。……決定事項(コミット)

 

 拒否権はないらしい。

 まあいい。元よりそのつもりだ。これで流量調整弁(バルブ)は確保した。

 あとは、残りの一枠だが――。

 

「……仕方ありませんわね」

 北条凛が、腕を組んで俺たちの前に立った。

 その顔には「悔しいけど、あなたのロジックには興味があります」と書いてある。

 こいつは面倒だが、火力(DPS)は極めて高い。現場には必要なリソースだ。

 

「Dランクのあなたと、制御不能のリリスさん。誰かが安全管理(マネジメント)しないと、すぐに破綻しそうですわ。……特待生の枠組みを使って、B組のあなたの班に特別にアサインされてあげてもよろしくてよ?」

 

 俺は天井を仰いだ。

 脳内の「管理画面(ダッシュボード)」に、パーティ構成のパラメータが表示される。

 

- Front (Tank / Valve): リリス(絶対防御・メンタル不安定・対人拒否仕様)

- Attacker (DPS): 北条凛(高火力・理論偏重・現場経験不足)

- Support / Manager: 佐藤航(施工管理・PID制御・胃痛要員)

- Global Environment: エスティアの呪い(敵リポップ率300%)

 

(……最強の盾と矛。そして制御不能のバグ持ち案件。完璧な布陣だが、胃のコーティングを厚くしないと一週間持たないぞ、これ)

 

「……言っておくが」

 俺は二人に告げた。

「俺の方針は一つだ。『安全第一』。それから『定時退勤』。これに従えないなら解散だ。いいな?」

 

「……(コクコク)」リリスが激しく頷く。

「ふん、お手並み拝見ですわ」凛が鼻を鳴らす。

 

 こうして、学園内最悪にして最強のトラブルメーカー・チーム――通称「佐藤工務店」が爆誕した。

 俺の「安定した学園生活」に向けた大規模プロジェクト(突貫工事)が、今、幕を開ける。

 

---

 

### 【学園内掲示板:雑談スレッド Part 1485】

 

1 : **名無しの平社員候補**

【悲報】リリス、ついに陥落。

 

5 : **名無しの受験生**

おい、あの「接近限界距離」を普通に歩いて抜けた奴がいるってマジ?

 

12 : **魔法学科B組**

マジ。俺見たよ。あいつ、リリスの鞄がつま先でちょっと触れたからって「5Sがなってない」って説教してたぞ。

リリス、顔真っ赤にしてプルプルしてた。

 

15 : **名無しの平社員候補**

「5S」ってどこの専門用語だよww

つーか、その佐藤ってDランクだろ? 何なんだよあいつのメンタル。

 

24 : **現場志望**

解析班の報告書回ってきたけど、佐藤が歩いてる間の脳波、完全に「睡眠中」と変わらなかったらしい。

無我の境地とかじゃなくて、単なる「完全な無関心」。

 

32 : **名無しの平社員候補**

こわ。魔神相手に「ただの障害物」扱いかよ。

 

41 : **名無しの生徒**

速報:リリスと北条凛が同じパーティを組んだ模様。

リーダーは例のDランク、佐藤。

 

45 : **名無しの平社員候補**

誰が呼んだか「佐藤工務店」。

学園の平和(と校舎の耐久性)が、終わったな。

 

50 : **名無しの平社員候補**

あいつ、パーティ組まされた直後に

「残業代出るんですか?」

って聞いて担任を困惑させてたぞ。

大物すぎる。




今日も一日ご安全に!
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