異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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カラーコーンで区画された場所に立ち入ってはいけません!


# 第23話「オーバーフローと完全隔離:LOTO(ロックアウト・タグアウト)」

 拠点としている空き教室、「佐藤工務店」の本部。

 昨日、葵にPWM制御(デジタル化)を叩き込んだ翌朝。彼女の顔色には幾分かの赤みが戻り、その瞳には失われかけていた生気が微かに――いや、明確な熱を帯びて灯っていた。

 だが、俺は彼女と北条凛の前に、一昨日のプラント視察後から深夜までかかって抽出した詳細な計測ログを叩きつけた。

 

「いいか、一条。そして凛。一昨日のメインモニターに表示された『全系正常』の文字を鵜呑みにするな。あれは単に、致命的な破綻がコンマ数秒の差で表面化していないだけだ。……現場の見た目は、しばしば真実を隠蔽する最悪のノイズになる」

 

「……えっ? でも、あれから魔力の漏洩アラートも止まって、プラントの出力も規定値内で安定していますわ。一条さんの体調だって、あんなに良くなったのに……」

 

 凛が、信じられないという風に首を傾げる。

 

「それが正常の最低ライン……つまり、かろうじて息をしているだけの状態だ。俺たちが目指すのは可用性(アベイラビリティ)の真の維持、そしてMTBF(平均故障間隔)の飛躍的な向上だ。応急処置(暫定パッチ)で騙し騙し回しているだけの末期的な設備で、いつまでこの綱渡りの稼働(オペレーション)を続けるつもりだ?」

 

 俺は、擦り切れた黒板にチョークを走らせ、激しく歪んだ魔力波形――サイン波の成れの果て――を描き込んだ。

 

「昨日見つけた不正なバイパス回路(ジャンパー)の影響で、既存の魔導フィルターは既に物理的な飽和状態を超え、銀絶縁体は高熱で炭化している。今は動いていても、一週間後には再び絶縁破壊による発火が起き、次はプラントの全損(デッド)……最悪、女子寮の電力供給を道連れにして爆発する。……だから、今日、全系の完全オーバーホールを実施する。不適合部品を、文字通りすべて根こそぎ新品に差し替えるぞ」

 

 俺の冷徹な宣告に、二人は息を呑んだ。

 魔法を直すとは、神秘的な祈りでも、華やかな浄化魔法の連発でもない。劣化したハードを物理的に引き剥がし、新たな規格品を正確に組み込むこと。それは、神秘を至高とするこの世界の魔導士たちにとって、最も泥臭く、しかし最も逆らえない再生の儀式だった。

 

「……構成管理表に基づき、交換用部品は既に手配済みだ。昨日、榊さんに無理を言って、管理局の地下倉庫に眠っていた『保存状態・特A級』の機材を公費で引きずり出してきた。……これより、第14プラントの完全正常化工程、および一条葵の機能再生補修を開始する」

 

 俺は、自作の作業手順書(SOP)部品分解図(BOM)を作業台に広げた。

 

「本日のWBS(作業分解構成図)を確認する。

 工程一、主排気ラインの『魔導フィルター(型番:MF-99A)』の交換。

 工程二、焼損が確認された『純銀伝導ケーブル』の全換装。

 工程三、圧力隔壁における『高圧ガスケット』の新品交換。

 ……危険予知(KY)。活線作業に伴い、魔力の逆流による感電、および魔力酔いのリスク大。対策は、一条によるPWM制御での圧力一定化と、全員の絶縁防護具の完全着用。……よし、不安全行動は一切禁ずる。ご安全に!」

 

「了解です……! 佐藤さん、私、自分の『心臓(コア)』を、自分で守り抜いてみせます!」

 

 葵の覚悟に満ちた返事が、静かな教室に力強く響いた。

 

          ◇

 

 地下十四階。第14プラント心臓部。

 周囲には、超高圧の魔力が流れる配管からの不気味な唸りが満ち、空気は放電によるオゾンの臭いで満たされている。今回の作業は、システムの稼働を止めずに部品を入れ替えるホットスワップ(活線交換)に近い、極めて高い精度が要求された。

 

「一条、PWM制御で出力を五〇パーセントに固定しろ。俺がフィルターのハウジングを開ける三秒間、系内の魔力圧をミリバール単位で動かさずに維持しろ。……コンマ一ミリでもブレれば、逆流(バックフロー)した数万マナの圧力が、俺の右腕ごとこの区画を消し飛ばすぞ」

 

「……了解です。ターゲット、〇・八五メガマナ。……同期開始。……三、二、一……ホールド(維持)! 維持します……っ!!」

 

 葵の指先が、目にも留まらぬ速さで青白く点滅する。

 彼女は自分自身の一部であるプラントの拍動を、鋼鉄のような意志で固定した。

 そのわずかな隙間に、俺はドロドロに溶けて黒ずんだ旧式のフィルターを抜き取り、真空パックされたばかりの純銀製フィルターを、一気に滑り込ませた。

 

 カチリ、という完璧な勘合音。

 

「……交換成功。凛、ハウジングのボルトをトルクレンチで締めろ! 規定値は六〇ニュートン。対角線順に三段階、均等にトルクをかけろ!」

 

「任せてくださいまし! ……第一段階! 第二……そして、規定値到達! 締付け確認、完了ですわ!」

 

 次々と排除されていく不適合部品たち。それらは、管理局が提出していた虚偽の報告書には、すべからく「異常なし」と記載されていた代物だ。

 俺はそれらを一つずつ、証拠品袋(エビデンス・バッグ)に丁寧に入れていく。

 『第14プラント・主配管A-1・意図的過熱の痕跡』――。

 俺がタグに書き込んだその文字は、後にバルドスを法的に処刑するための、物理的な毒杯(カード)となる。

 

 だが。作業が最も繊細なケーブル接続に入ったその時、プラントの重厚な搬入口に、軍靴のような荒々しい足音が響き渡った。

 

「そこまでだ、不届き者ども! 管理局の許可なく、学園の聖域である心臓部を弄り回す汚らわしい手を今すぐ止めろ!」

 

 現れたのは、バルドスの息がかかった武装査察官の一団。彼らは威圧的に杖を構え、即座に攻撃魔法の術式を編み上げようとしていた。

 

「……リリス、防壁(フェンス)だ。……奴らを、この『一線』から一髪たりとも入れるな」

 

 俺の声に、リリスが無言で作業の手を止め、前に出る。

 彼女の華奢な身体から滲み出る、物理的な質量を伴った赤黒い魔力が、搬入口を完全に閉鎖する鋼鉄の壁へと変貌した。

 

「邪魔。……今は、復活の時間(メンテナンス)立ち入り禁止(キープ・アウト)

 

 リリスの冷徹な一言に、査察官たちが激昂する。

「退け! 我らは管理局だ! ここにある全ての設備は、我々の神聖な管轄下にある!」

 

 俺は作業の手を止めず、搬入口のメイン制御盤のレバーに、鮮やかな黄色のタグと、一つ数キロはあろうかという頑強な「南京錠(パドロック)」を叩きつけるように掛けた。

 タグには太いマジックで、血のような赤色で『DANGER(危険) / DO NOT OPERATE(操作禁止) / 施工責任者:佐藤航』と殴り書きされている。

 

 そして、その鍵を作業着のポケットに深くねじ込み、査察官たちを軽蔑の眼差しで射抜いた。

 

「……残念だが、この区画は今、LOTO(ロックアウト・タグアウト)の厳格な管理下にある。……作業中の不意な魔力の投入や、システムの予期せぬ起動を防止するため、全エネルギー源は物理的に閉鎖(ロック)した。……この鍵を所持しているのは、現場の最高責任者である俺、ただ一人だ」

 

「何だと……!? そんな旧時代の錆びた錠前など、魔法で瞬時に焼き切ってくれるわ!」

 

「やってみろ。……ロックを故意に破壊し、俺たちが活線作業を行っている最中に魔力供給を再開させるつもりか? それは安全管理上、明確な『殺意を持った殺人未遂』と定義される。……お前たちの掲げる神秘や正義には、現場で命を張る職人の安全を、自尊心の満足のために脅かす権利まで含まれているのか?」

 

 俺の、あまりに正論な、あまりに重たい言葉に、査察官たちの詠唱がピタリと止まった。

 感情論でも、宗教的な上位下位でもない、純然たる「安全管理」という名の鉄の掟。

 物理的な錠前という名の「施工の決意」が、彼らが唯一の価値と信じる攻撃魔法を、その一瞬だけ完璧に無力化させたのだ。

 

「……撤退しろ。一時間後、すべての点検(チェック)が終わり、俺が自分の手でこの錠前を解放するまでは、ここには神も悪魔も、そして管理局も入ることはできない。……これが、現場のルール。ご安全に」

 

          ◇

 

 一時間後。

 プラントの駆動音が、それまでの不快で耳障りな唸りから、まるで精密なクロノグラフが刻むような、深く澄んだ「音楽」へと変化した。

 中央モニターに表示される魔力密度、流速、そして各部温度は、一の位までピタリと安定し、もはや微動だにしない。

 

「……嘘みたい。こんなに静かで、こんなに温かなプラント。三年前、私がここに着任した時よりも、ずっと……ずっと綺麗ですわ」

 

 葵が、震える指先で新品の計器に触れる。彼女の顔には、もう故障への怯えはない。

 

「……これが、この設計(スペック)が本来持っている実力だ。……無能な連中が神秘という言葉で誤魔化し、汚し続けていた輝きを取り戻したに過ぎない」

 

 俺は、すべての南京錠を外し、タグを一つずつ丁寧に回収して、作業終了(PTWのクローズ)を宣言した。

 手にしたバッグには、管理局の汚職と怠慢を証明する、黒く焼けた不適合部品が重たく詰まっている。

 

「さて……。榊さんにこの『戦果』を報告しに行くぞ。……次は、管理局全体の管理体制そのものをオーバーホールする提案を、叩きつける時間だ」

 

 夕方の冷え込み始めた廊下を、俺たちは歩き出す。

 葵と凛の背中は、もはや「才能」や「運命」という不確かなものに怯える子供のものではなかった。自分の手で世界を「直し」、システムを支配した者の、凛々しい労働者の顔をしていた。

 

 背後で、第14動力プラントが、まるで祝福するように力強く、そして穏やかに、新たな鼓動を刻み続けていた。




本日も一日ご安全に!
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