異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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俺らこんな倉庫いやだ 俺らこんな倉庫いやだ
現場に出るだ(以下略)


# 第25話「幽霊在庫と会計監査」

「……ここが、管理局の『第一資材倉庫』ですか」

 

 王立魔導学園の地下深く。

 佐藤航は、目前にそびえ立つ重厚な石造りの扉を見上げながら、深い、ひときわ深い溜息をついた。

 学園の保守管理を司る権力の中枢——その資材を支える最深部である。

 事前情報によれば、そこには古代の失われた魔導触媒や、一国を優に買えるほどの高純度魔石、あるいは人知を超えた技術の結晶が、厳重なセキュリティと神聖な儀式のもとに安置されている……はずだった。

 

「そうですわ、佐藤さん。ここは私たち管理局員にとっての聖域。選ばれた高位の魔術師か、特別な許可を得た者しか、その敷居を跨ぐことすら許されない場所です」

 一条葵(いちじょう・あおい)が、少しだけ誇らしげに、それでいてどこか畏敬の念を込めた複雑な表情で言った。

 かつてエリート魔術師として名を馳せた彼女にとっても、ここは長年あこがれ、守るべき歴史の象徴だったのだろう。

 

「……にしては、セキュリティの仕様が杜撰すぎますね。なんだこの鍵、ただの物理式の南京錠(パドロック)じゃないですか。おまけにU字部分(シャックル)が錆び付いてる。ボルトカッターがあれば三秒で切断できますよ」

「えっ……?」

「魔力探知のパッシブセンサーも、最後に校正(キャリブレーション)したのはいつの話だ。センサーのカバーには蜘蛛の巣が張ってるし、ほら、ここ。壁際の配線管、絶縁被覆が熱劣化して短絡(ショート)痕跡(スパーク痕)がある。下手をすれば漏電火災の原因になります」

「そ、そんな馬鹿な……。第一倉庫の防犯結界は、毎月多額の予算を割いてメンテナンスされているはず……!」

 航が次々と指摘する現場の不備に、葵は言葉を詰まらせた。

 

「そもそも、こんな重厚なだけの石扉より、認証ログが残る電子制御の鋼鉄扉(スマートドア)の方がよっぽどマシだ」

 航は構わず、榊事務官から預かった全権限アクセスキー(物理キー)を錠前に差し込み、淡々と回した。

「……開かないな。錆が固着してる。凛、ちょっとCRC(潤滑スプレー)持ってきて」

「私が力ずくで叩き壊しましょうか? この程度の石扉、私の『紫風のメイス』なら一撃ですわ!」

 後ろに控えていた北条凛(ほうじょう・りん)が、物騒な提案と共に愛用の重打撃棍(専用治具)を構える。その脇では、迷彩柄のポンチョをすっぽりと被ったリリスが、無表情のままコクコクと同意するように頷いていた。

「やめろ。器物破損で始末書を書くのは俺だ。それに、粉塵が舞うと精密機器のメンテナンスに支障が出る。リリスも無闇に頷くな」

 航は呆れたように凛を制止し、手持ちの工具袋から潤滑油を取り出して鍵穴に吹き付けた。数秒待って再びキーを回すと、今度はガキン、と鈍い音を立てて錠が外れた。

 

 ギィィ……。

 けたたましい軋み音を立てて開かれた聖域の内部——そこから漏れ出してきたのは、古びた神秘の鼓動や圧倒的な魔力の奔流などではない。

 単なる大量の埃と、カビと腐敗が混ざり合った、淀みきった湿気の匂いだった。

 

「……まぁ。あまりに酷い有様ですわ」

 たまらず凛が鼻を摘み、ハンカチで口元を覆う。

 照明のルクスが極端に低く、奥の方は完全な闇に沈んでいる。床には開封後の緩衝材や不要になった梱包用の魔導パレットが散乱し、積み上げられた木箱は今にも崩れそうなほど傾いていた。

 極めつけは、部屋の隅に置かれた謎の樽から、虹色の不気味な液体が漏れ出していることだ。

 

「おいおい……5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)が絶望的だな。動線は確保されてないし、重量物が上段に積まれてる。これじゃ在庫の特定どころか、地震が起きたら一発で圧死だぞ。労働安全衛生法違反で労基が来たら、秒で赤い札(使用停止)を貼られるレベルの惨状だ」

 航は手元のタブレット端末——榊から渡された電子管理簿——と、壁に掛けられたまま放置されている手書きのロケーション管理ボードを見比べる。当然ながら、内容は全く同期されていない。

 

「葵、管理簿では最上段のA-01ラックに、特級魔触媒『竜の涙』が120個、保管されていることになってるな」

「あっ、はい! 竜の涙……! それは一つで都市の防衛魔法陣を一年間動かし続けられるという、最高級の触媒ですわ! それだけの数があれば、学園の魔力基盤は向こう百年は安泰と言われている伝説の……!」

 葵が期待に目を輝かせ、凛もまた「それは素晴らしいですわね!」と棚を見上げる。

 だが、航が指示した場所にあったのは、埃を被った薄汚い木製クレート(梱包箱)が数個、無造作に置かれているだけだった。

 

「凛、悪いが脚立を使ってその箱を下ろして開けてくれ。中身を現物確認する」

「お任せくださいませ! さすがにこれには期待してしまいますわ……!」

 凛が軽々とクレートを下ろし、バールを使って力任せに蓋をこじ開ける。

 中には、薄いクッション材に包まれた、青く神秘的に輝く美しい結晶がぎっしりと詰まっていた。暗い倉庫の中でも、それは自ら発光しているかのように幻想的だった。

 

「す、凄いですわ……! これが本物の特級触媒……!」

「わぁ、本当に綺麗ですわね……。純度の高い魔力が、こうして目に見えるような……」

 凛と葵が感嘆の声を漏らし、あかりをかざしてその輝きに魅入られる。

 

 だが、航だけは冷めた目で結晶を睨みつけ、眉をひそめていた。

 彼は作業用バッグをガサゴソと漁り、手のひらサイズの「超音波式魔力比重計」と、精密測定用の小型天秤を取り出した。

「こちらですわ。壊してはいけませんわよ? 学園の宝、非常に高価なものですから」

 凛から宝石を扱うような手つきで手渡された輝く石。

 航はそれを一切の容赦なく天秤に叩き乗せ、表面に比重計のプローブを押し当てた。

 

 数十秒の静寂。

 計測機が『ピピッ』と無機質な乾いた音を立てて、数値を弾き出した。

 

「……比重2.1、魔力放射率0.05%以下、内部被膜に不純物混入の波形あり」

 航は数値を読み上げると、最高級の触媒とされるそれに赤いテープでバツ印を貼り付け、写真を一枚撮った後、証拠品検証用のコンテナへ静かに仕分けた。

 

「佐藤さん……? なぜそんな札を……?」

「ただの産業廃棄物(ゴミ)だからな。これは安いガラス玉に、見栄えを良くするための魔力蛍光塗料をコーティングしただけの模造品だ。証拠として押さえておく」

「も、模造品……!?」

「ああ。コーティングの厚みも不均一極まりない。本物の竜の涙なら、比重は3.8以上、放射率は最低でも15%は出なきゃおかしい。……これ、祭りの屋台や100均で売ってるおもちゃの景品レベルだぞ」

 

「そんな……嘘ですわ! 管理局の封印の証紙がちゃんと貼ってありますもの!」

 葵が慌てて別の箱も開ける。だが、出てくるのはどれも同様の粗悪品ばかりだった。幾つかは既にコーティングが剥がれ、ただの透明なガラス玉に戻っているものすらあった。

「仕様書と現物の乖離率が95%超え……。これはただの確認ミスや過失じゃない。確信犯的なすり替えだ」

 航の声は、どこまでも臨床的で、冷徹な響きを湛えていた。

「本物はとっくに裏ルートで横流しされて、市場で現金化(キャッシュアウト)されてるな。そして、帳簿上の数字だけを適当に合わせるために、こんなゴミを置いておく。現場に出ないお偉いさんは、書類の数字と箱の数しか見ないからな。……よくある在庫不正(ポンコツ)の手口だ」

 航は手短に全ての箱と中身の写真をタブレットで撮影し、ロット番号とタイムスタンプを紐付けていく。

 

 それは、誇り高いはずの魔法の世界における、極めて人間的で泥臭い腐敗の証明だった。

 航にとって、これは神聖な裏切りへの怒りではない。単なる不良資材の特定と証拠保全というルーチンワークに過ぎない。前職でも、何度となく見てきた下請けや資材部の不正と同じ構図だ。

 だが、かつての仲間たちが誇りを持って守ってきたはずの聖域の惨状を目の当たりにし、葵の身体は小さく震えていた。

 

「どうして……こんな、こんなことが……。みんな、あんなに学園の未来のためにって、一生懸命……」

「葵。組織っていうのは、メンテを怠れば簡単に腐敗する大規模プラントと同じなんだよ。誰かが予算()を抜き取り、それを隠すために嘘の報告書(パッチ)を当てる。最初は小さな不具合でも、見て見ぬふりをして放置すれば、最後にはシステム全体が崩壊する致命的なバグになる」

 航はタブレットのシャッターを切りながら静かに言い放った。バルドスやその派閥の教師陣が、魔法の神秘や伝統という言葉を盾にして外部の監査を拒絶してきた理由は、これだったのだ。

 隠蔽という名のファイアウォール。

 

「……次。奥のBブロックへ行く。電子管理簿では、ここに学園長直轄の戦略級防衛魔石が、少なくとも1000個はストックされていることになっている」

 航は足元のゴミを安全靴で避けながら、懐中電灯の光を頼りに倉庫の最深部へと進んだ。

 

 そこには「防衛機密:最高レベル・開封厳禁」と真っ赤な文字で記された、金属製の巨大なコンテナが鎮座していた。本来なら、何重もの物理ロックと高度な魔法封印が施されているはずの場所だ。

 だが、航が触れるまでもなく、そのコンテナのロック部分は物理的に切断破壊されており、ぽっかりと開いた隙間からは空っぽという虚無が広がっていた。

 

「……1000個中、現存数、ゼロ。……これが幽霊在庫の行き着く果てか」

 航がコンテナの中に光を向けると、そこにあったのは防衛の要たる魔石ではなく、飲み干された高級酒(エルフ・ワインやドワーフの蒸留酒)の空瓶の山と、数枚の個人的な借用伝票、いや、飲み屋のツケの請求書だった。

 そこには、バルドスの取り巻きと思われる教師たちのサインが、酒に酔った乱雑な字で堂々と記されていた。

 

「これ……! 学園を守るための防衛用魔石を、歓楽街での酒代に変えたというのですか!?」

 凛の怒りがついに頂点に達し、ギリィッ、と手にしたメイスの柄を握りしめる音が鳴った。

「信じられません。許せませんわ! これでは、もし今、大規模な魔物暴走(スタンピード)が起きたら、学園の防衛結界は一瞬で崩壊してしまいます! 今すぐあいつらを私の得物のサビに——!」

「落ち着け、凛。お前が暴れて現場を荒らしたら、物的証拠の価値が下がる。それに粉塵で計器が狂う」

「ですがっ!」

「証拠保全と分別棚卸しが先だ。不良在庫、横領の証跡、廃棄物……これらをキッチリ分類して、言い逃れできない状態にするのが俺たちの仕事だ」

 航は、落ちていた伝票の一枚一枚をピンセットで拾い上げ、魔導録画機で克明に記録し、クリアファイルへと収めていく。

 

「不法利得の証跡、確保。……これを榊さんに提出すれば、管理局の残党は一人残らず会計監査(パージ)の対象になる。……コンプライアンス違反なんてもんじゃない、学園の存続を揺るがす重大な背任行為だ」

 淡々と記録を進める航の横で、葵はその場に膝から崩れ落ちていた。

「私たちが……信じてきたものは、何だったのでしょう……。こんなゴミの山を守るために、私は……」

 

 暗い倉庫に、葵のすするような声だけが響く。

 航は倉庫の惨状をぐるりと見渡し、証拠の山と、未整理のガラクタの山を見比べる。

(……やれやれ。これだけの産廃を分別し、証拠写真を撮りながら帳簿をリアルタイムで再構築するのに、一体どれだけの工数(マンパワー)がかかるんだ? 倉庫の掃除と在庫の引き直しだけで、一、二週間は確実に潰れるぞ)

 

 普通なら、あまりの惨状と面倒くささに投げ出したくなる場面だ。

 だが、その瞳には——最悪の現場を見つけた時の、熟練エンジニア特有の奇妙な高揚感が確かに宿っていた。

 完全に腐敗したシステムを、圧倒的な物量証拠で詰め切り、ゼロから組み直す時のカタルシス。それが彼の現場監督としてのスイッチだった。

 

「……凛、葵。顔を上げろ。本日の作業手順(ワークフロー)を明確にする」

 航の鋭い声に、二人がビクッと肩を揺らす。

「単純な棚卸しは中止だ。これより本倉庫における負の遺産の全面整理および証拠保全作業へ移行する。ゴミを捨て、危険物をパージし、横領の証拠をナンバリングしながら、徹底的な5Sによって新インフラの土台を作る」

「ええっ!? つまり……大掃除と証拠集めを並行して行うのですか!?」

「そうだ。犯人探しや追及、ペナルティの執行は榊さんの仕事だ。現場の俺たちの最大の使命は、この壊れたインフラと腐敗の証拠を白日の下にさらし、再び稼働可能な状態へ更地化することだ」

 

 航は安全靴の先で床を軽く叩き、二人の前に立った。

「だがその前に、こんな足場の悪いゴミ溜めで作業を始めれば怪我をする。いきなり手をつける奴は三流だ。まずはTBM(ツールボックスミーティング)ー KY(危険予知)を行う」

「てぃーびーえむ……? けーわい……?」

「安全確認ミーティングだ。……いいか、ここは崩落寸前の資材、謎の漏出液体、漏電のリスクが入り混じる最悪の現場だ。まずは全員、ヘルメットと皮手袋を着用。作業中は絶対に単独行動を避け、声掛けを徹底すること。……本日の重点目標、『足元注意および有害物質への接触厳禁』。よしっ!」

 

 航はヘルメットの顎紐を締め直し、パンッと両手を打って気合を入れた。

 葵と凛、そしてリリスも、慌てて支給された安全装備を身につけ、背筋を伸ばす。

 

「佐藤工務店、臨時・調達監査部門。……これより、学園の『負の遺産』の全面的なスクラップおよび証拠保全作業を開始する! 各員、ケガのないようにな。……ご安全に!」

 

「……ごっ、ご安全に!」

「ご安全に、ですわ!」

「……(コクコクッ、と挙手)」

 凛と葵、そして無言で敬礼するリリスの決意を込めた姿が、埃っぽい倉庫に並ぶ。

 かつて神聖視されていた絶望の聖域は今、再生と告発のための厳格な「工事現場」へと書き換えられたのだった。




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