異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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現場の余り物で工作するの好きですよね?


# 第26話「会計監査(パージ)とスクラップ・ビルド」

 鼻を突くカビと埃の臭いは、完全に消え去っていた。

「……よし。これで検収(アクセプタンス)完了だ。全528品目、ロケーションの紐付けとシステムへのインプット終了。コンプライアンス適合、誤差ゼロだ」

 俺は、手元の魔導タブレットを軽くデコピンで叩き、満足げに深く頷いた。

 

 あれから、まるまる一週間。

聖域と呼ばれ、長年にわたって伝統という名の汚職の温床となっていたゴミ溜め——管理局第一資材倉庫は、今や劇的な変貌を遂げていた。

 埃とシミだらけだった床は、滑り止めコーティングを施した上で鏡のように磨き上げられ、靴がキュッと鳴るほどだ。その上には、人間が歩く「安全通路」とフォークリフト等の機材が通る「作業エリア」を明確に分かつ、黄色とトラ柄のラインが数ミリの狂いもなく真っ直ぐに引かれている。

 入口の重厚な扉の脇には、一目で全体像が把握できる「倉庫内定点(マッピングボード)」が誇らしげに掲げられていた。

 乱雑に積み上げられ、ジェンガかピサの斜塔めいていた木箱は全て解体された。そして耐荷重を再計算した上で設置された鋼鉄製のラックへ、アイテムの「使用頻度(ABC分析)」と「重量」に基づいて機能的に再配置された。

 最も重い物は重心を安定させるため下段へ。最も頻繁に出し入れする消耗品は、腰から胸の高さ——作業効率を極限まで高めるゴールデンゾーンへ。作業員の身体的負荷(エルゴノミクス)すら考慮した、現場監督の執念が詰まったレイアウトだ。

 そして、全ての収納ボックスには、航が夜なべして自作した魔導(QR)コードのラベルが、水平器を用いてビシッと一定の高さで貼り付けられていた。

 

 今や、航が組み上げたタブレットアプリをかざすだけで、その箱の「内容物」「入庫日」「品質ランク」「管理責任者」「ロット番号」、そして「過去の魔力校正(キャリブレーション)証明書の有無」が一瞬で画面に表示される。

 それはもはや魔法の産物というより、前世の巨大な物流倉庫(フルフィルメントセンター)の姿そのものであった。

 

「お、終わりました……。本当に、終わりましたわね……終わってしまいましたのね……」

 隣で葵が、深い深い溜息を吐き出した。

 特待生に支給された真っ白で美しい作業服は、機械油と謎の粘液スライムでドロドロの迷彩柄に変わり果てている。艶やかだった髪には、黄色いプラスチックヘルメットの跡がくっきりと残っていた。その目は隈で縁取られ、限界まで労働した者特有の疲労が色濃く出ている。

 無理もない。この一週間、彼女は航という鬼の現場監督から、「5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)」という名の、地味ながら一切の妥協を許さない『基礎工事』を徹底的に叩き込まれ続けていたのだ。

 

 彼女の特有スキルである精密魔力操作——かつては美しい魔法陣を描き、複雑な属性魔法を編み上げるために使われていたその才能は、今や「1ミリの狂いもなく在庫タグを連続で空中に仮留めして貼り付ける」ことと、「巨大な木箱の隙間に溜まった微細な埃を、魔力を込めたハタキで親の仇のように磨き上げる」ことに費やされていた。

 

「佐藤さん、私、昨日ついに夢を見ましたわ……」

 葵が焦点の定まらない目で宙を見つめている。

「無限に続く広大なガラス玉の海で、一つ一つ、永遠とロット番号を刻印し続ける夢を……。しかも、少しでも印字の深さが規定値からズレると『不良(NG)だ! 歩留まりが落ちる! ゼロからやり直し!』という佐藤さんの鬼のような怒号が響き渡るんですの……起きたら汗びっしょりでしたわ」

 

「いい傾向だ。それは職業病(トラウマ)の入り口じゃない、職人の魂が細部(ディテール)に宿り始めた証拠だよ。『神は細部に宿る』なんて格言が前世にもあったが、現場じゃそれが真理だ。品質管理(QC)の鬼に一歩近づいたな、一条」

 航は朗らかに笑って、葵の肩を力強く叩いた。

「ほら、お前の足元を見てみろ。お前が魔力とポリッシャーで磨き上げたその床は、今やダンジョンのどんなレアクリスタルよりも機能的な輝きを放ってるぜ。これが仕事が完了した後の現場だ」

 

「……ええ」

 葵は自分の手を見つめる。

 かつては高位魔法を放ち、実技試験で皆から称賛されていた白魚のような手だ。今はペンキと油に塗れ、爪の間には泥が詰まり、手のひらには拭き掃除で作ったマメが硬くなっている。

 だが、不思議と嫌な気はしなかった。

 自分が手を動かした分だけ、カオスだった世界が目に見えて最適化されていく。不要なものが削ぎ落とされ、機能美だけが残る。この倉庫の静謐さは、複雑怪奇な魔術式を解き明かすのとは違う、もっと根源的で、土臭い「何かを作り上げた」という原始的な達成感に満ちていた。

(私、すっかり現場の人間としての感覚を取り戻してしまいましたわ。でも、悪くありませんわね……。高座にふんぞり返っているお偉い様方より、こっちの方がずっと生きている実感がしますわ)

 そんなことを思いながら、葵は照れ隠しに作業用ヘルメットの顎紐をキュッと締め直した。

 

「おい、凛の方はどうだ?」

 航が視線を向けると、倉庫の最深部——重量物エリアから、けたたましいモーター音と警告音が鳴り響いた。

『ファンファンッ!』

 凛が警告用の警笛を短く二回鳴らし、その後方ではリリスが赤いサイリウムを振って誘導(パドル)を行っている。

「バックしますわ! 周囲よし、後方よし! 絶好調ですわ!!」

 北条凛の元気な声が、倉庫の天井にこだまする。

 彼女は、航が倉庫の隅に転がっていた廃材から強引に組み上げた「フォークリフト機能付き魔導パレット車(通称:ハンドリフト改・ブースト仕様)」の操作ハンドルを握り、嬉々として倉庫内を暴れ回——いや、整然とスピーディに作業していた。

 

「佐藤さん! この現場の重機、振り回すのは愛用のメイスより少し重心のコツが要りますけれど、魔力のパワーの伝達がタイヤにダイレクトに伝わって、最高に癖になりますわね! ほら、荷物を積んだままのドリフト駐車も完璧ですわ!」

 キキィッ! というゴムタイヤの摩擦音と共に、重量1トンを超える魔法鉄のインゴットを積んだパレットが、所定の白線(パーキングエリア)の枠内に、ピタリ数ミリのズレもなく収まる。

 

 普段は全てを粉砕すると揶揄される脳筋アタッカーの彼女だが、前衛で巨大な質量兵器を扱う都合上、物理的なトルク制御や重心の移動、力学的なベクトル計算は、完全に本能で理解できる領域らしい。

 航がカスタマイズしたパワーアシスト設定との相性がこれ以上ないほど抜群で、今や彼女のフォークリフト操作精度は、航のいた前世の工場の熟練教官すら舌を巻くであろうレベルに達していた。

 

「おいおい、倉庫内制限速度は時速5キロだと何度言ったらわかる! 荷崩れ起こして労災にでもなったら、せっかくの無事故記録がパーになって始末書もんだぞ! 安全確認ヨシ! を徹底しろ!」

 口では厳しく注意しながらも、航は凛のフォークさばきに満更でもない顔をしていた。

(高火力の脳筋アタッカーに現場の重機操縦桿を握らせるのは、土木系現場監督のロマンだからな。……よし、これで『佐藤工務店(仮)』の機動力とペイロードも一気に跳ね上がった)

 

「さて、動線の最終確認も済んだな。物理的な清掃と最適化はこれで終わりだ。ご苦労さん」

 航はヘルメットを脱ぎ、タブレットの画面をスワイプして切り替えた。

「それじゃ葵、この最終監査報告書(ファイナル・オーディット・レポート)を持って、運営事務局の榊さんのところへ行くぞ。……大掃除(パージ)の総仕上げだ」

 航がインベントリのデータストレージから呼び出し、重々しい金属音と共に机に置いたのは、タブレット型の魔導端末だった。一見ただの板だが、そこには紙に換算すれば数十万ページ分に相当する膨大な証跡データが、暗号化されて詰め込まれている。その情報の密度は、物理的にも精神的にも、下手をすれば重機関銃の弾丸すら防ぐ防弾チョッキのようにすら感じられた。

 

 そこには、この地獄の一週間で特定された腐敗の証拠が、ミクロの隙も残さず容赦なく、そして徹底的にリストアップされていた。

・「高級防衛魔法陣用・特級魔石」の正規発注記録と、実際に納品・検収されていた「ただの装飾用低純度ガラス玉(100円ショップのビー玉レベルの模造品)」へのすり替え記録:124件。

・大魔導灯の冷却にも使われる「高価な那由多オイル」の横流しと思われる不自然な在庫減と、その日付に合致する特定の教員による横町での豪遊記録のマッチング:38件。

・そして、極めつけは「備品の私的流用(飲み代のツケを『魔法実験用溶剤』として経費計上するなどの古典的横領)」:12件。

 

 これら全てが、魔導カメラによる高解像度の証拠写真、魔力ログ計測器による魔力波形の改ざん不可能な生データ、そして入出庫記録のタイムスタンプの矛盾点といった反論不能の物的証拠付きで記されている。一切の主観や「うっかりミス」というような言い訳を排除した、冷徹なフォーマットで記録されていた。

 

「……これを出せば、どうなりますの? 関係者って、かなりの権力者揃いだと聞いていますけれど……」

 報告書の持つ『実弾』としての重みに、葵が息を呑んで首をすくめる。

「どうなるもクソもない。規定値から外れた不要な膿を切り出して、システムを正常な仕様に回帰させるだけだ。ただのルーチンワークの保守作業だよ」

 航は冷たく、だが確かな自信を持って薄く笑った。

 その顔は、魔物を前にした時の戦士のものではない。不採算部門とコンプライアンス違反者を容赦なく切り捨てる、冷徹な会計監査役(オーディター)のものだった。

 

          ◇

 

 数時間後。

 学園の運営を実質的に担う事務局、その中心部にある防音完備の重役会議室。

 榊事務官は、航から受け取ったタブレットの画面をスクロールさせながら、プルプルと肩を震わせていた。

 

「……ここまで。ええ、ここまで克明に、完璧にやられては、さすがの聖域も庇いようがないわね……!」

 榊の震えは、怒りや恐怖ではなかった。あまりの完全無欠な資料に対する工学的な畏怖と、事務局として長年の宿願——管理局の特権を取り上げる——が叶うという興奮から来る震えだ。

 

 本来、学園の魔導設備や希少アイテムの権益を握る管理局の重鎮たちに対し、裏方の事務局の力は弱い。魔法技術という一般人には理解できないブラックボックスを盾にされれば、「神秘の領域には口出しするな」「素人が魔法の深遠を理解できるわけがない」と高圧的に突っぱねられるのが常だった。

 だが、今回提示されたのは神秘でも感情でもない。

 

「明確な数字(データベース)。解像度4Kの証拠画像。魔力成分の成分解析データと、横領業者の見積書との突合(とつごう)。……そして、最高峰の監査基準にすら適合しそうな不適合報告書(ノン・コンフォーマンス・レポート)の山、山、山! なにこれ、ダンジョンの調査報告というより、悪徳ゼネコンへのマルサの査察記録じゃない!」

 

 榊は天井を仰ぎ見た。

「ただの在庫不足で済む言い訳ではないわ。不法利得の動かぬ証跡、受発注のマッチングエラーへの意図的な介入の痕跡。……これだけの完全な事実を突きつけられて、魔法の揺らぎだの、伝統による損失だのとポエムで逃げ切れる組織は、この世に存在しないわ」

 彼女は素早く手元のセキュリティ端末を操作し、学園理事会の非常時緊急招集リストをタップした。同時に、彼女に直属する学園専属の治安部隊である憲兵騎士団へ、即時出動の暗号通信(コード・レッド)を送る。

 

「……佐藤君。君は、とんでもない爆弾(トリガー)を引いてくれたわね。これで学園のパワーバランスが、一瞬でひっくり返る。私の期待に対する、1000%の回答よ」

 榊は眼鏡を押し上げ、獲物の首筋を狙う肉食獣のような、獰猛な笑みを浮かべた。

 

          ◇

 

「おい、やめろ! 離せ! 貴様ら、私が誰だか分かっているのか!? 私は管理局の主幹だぞ!」

「この門外漢の小娘が! 伝統ある聖域を土足で荒らしておいて、タダで済むと思うなよ!」

 

 悲鳴と怒号が学園の中央棟に響き渡ったのは、その日の午後だった。

 管理局の豪奢な大理石のオフィスから、昨日までふんぞり返っていた、倉庫の帳簿に名前を残していた汚職教師や役人たちが、次々と銀の鎧を着た憲兵騎士団によって引きずり出されていく。彼らの手首には、魔力を完全に遮断・無効化する重厚な封魔の枷がガッチリと嵌められていた。

 

 その光景を、事務局によるロックアウトを受け、もはや己のオフィスにすら立ち入ることができなくなったバルドスが、遠くの校舎の屋上から苦々しい表情で見つめていた

 豪華な絹のローブを引きずり、顔を真っ赤にして醜く喚き散らす彼らの姿には、かつての威厳や魔法の神秘を操る者としての尊厳など微塵も残っていない。

 

「……クソッ」

 ギリッ、と奥歯を噛み砕きそうな音が鳴る。

 連行されていく連中の半分以上は、自分に賄賂を上納し、私腹を肥やすためのネットワークを形成していた腹心たちだ。彼らが落ちれば、自分の派閥の力と資金源は致命的に削ぎ落とされる。

 だが、バルドスは身を乗り出して彼らを助けようとはしなかった。完全に沈黙していた。

 

 なぜなら、航の提出した報告書は司法の立件基準を優に超える精度で完成されており、今ここで下手に庇い立てをしようものなら、不正の資金ルートのトレース結果から、矛先が即座にエラーログの親玉である自分に向くことを熟知していたからだ。トカゲの尻尾切りをするしかなかった。

 

「……佐藤航。あの忌々しい、底辺階層の現場ネズミめ。泥臭い真似を……」

 魔法の力など一切借りず、ただの物理的な記録と証拠のロジックで、彼らは数百年の伝統を持つ汚職の巨大なネットワークを、たった一週間で物理削除(デリート)してのけたのだ。

 

 バルドスは豪華なマントを翻し、足早にその場を去った。

 今は嵐が過ぎるのを見過ごすしかない。だが、この借り(負債)は必ず、高く払わせてやるという暗い炎を瞳に宿らせて。

 

          ◇

 

 一方、嵐の震源地となった資材倉庫の整理を終えた佐藤工務店の面々は、拠点である空き教室へと戻っていた。

 そこでは佐藤工務店の面々が、遠くで響く怒号騒動などどこ吹く風で、鼻歌交じりに通常業務(つぎのさぎょう)に取り掛かっていた。

 

 パージされた汚職役人たちが隠し持っていた不正の証拠——山のように積まれた、クレート3つ分にあまる模造品のガラス玉の山を前に、一条が首を傾げていた。

 

「犯人は無事に一網打尽になりましたが……この見事なまでのゴミはどうするつもり? 100円ショップのビー玉レベルの模造品なんて、保管していてもスペースと管理コストの無駄よ。全数廃棄の手続きを踏むしか……」

「全数廃棄? バカ言うな」

 

 航はインベントリから工具箱を取り出しながら、呆れたように笑った。

 

「一条、お前はまだこの現場の上澄みしか見てないな。マネジメントの神髄ってのは、限られたリソース(資源)を最適化して、システム全体の可用性を最大に引き出すことだ。俺の辞書に完全なるゴミという単語は載ってない」

 

 航は倉庫の片隅、新たに設置した隔離作業区画に設置した自作の装置の前に歩み寄った。ブルーシートがかけられたそれは、何やら不穏な機械音と、低い魔力の震えを発している。

 

 バサッ、と一息でシートを剥がすと、一条と凛の二人が同時に息を呑んだ。

 

「なんですの、コレ……?」

 

 凛が顔をしかめて呟く。

 

「どう見ても、洗濯機とスクラップの魔剣を悪魔合体させたキメラにしか見えないわね……」

 

 一条も呆れたように同意した。

 それは、不法投棄されていた水属性の魔力ポンプの廃材のモーター部分と、古いゴーレムの動力結晶(ジャンク品)、そして不要になっていた大型ドラム式洗濯機のドラムを、大量の溶接痕と銀色のダクトテープで強引に組み合わせた、不気味に唸る機械だった。




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