異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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TBM-KYをやらずに作業を開始するのがAIです。


# Ep.3 連続負荷試験とチョコ停なき操業 ~または、ダンジョンにおける労働安全衛生活動~

 ダンジョン「初級・草原エリア」の入り口。

 朝の冷涼な空気の中に、武具の擦れる音や、学生たちの高揚した話し声が響いている。

 これから始まるのは冒険だ。誰もがそう信じて疑わない、希望に満ちた瞳をしている。

 

 だが、俺たちの班だけは、纏っている空気が違う。

 

「……整列」

 俺の声に、北条凛とリリスが並ぶ。

 俺は懐からクリップボードを取り出し、ボールペンを『カチッ』と鳴らした。

 挟まっているのは、昨夜俺が魔導計算機(表ソフト)で自作した「TBM-KY活動表(ツールボックスミーティング・危険予知)」だ。

 

「これより、本日初回のTBMを開始する。……凛、読み上げろ」

「な、何ですの、この紙は……。『ご安全に』って、私たちは工事現場に行くのでして?」

 

 凛が引きつった顔で文句を言うが、俺は無視してペン先で紙を叩いた。

「遊びに行くんじゃない。これは業務(タスク)だ。それに、今日は俺たちにとって初めて(Initial)の共同作業だ」

 

 俺は二人の目を見て、少しだけ声を低くする。

「現場には『3H』という言葉がある。初めて(Hajimete)変更(Henkou)久しぶり(Hisashiburi)。事故はこの3つのタイミングで最も発生しやすい。今日はその筆頭だ。気を引き締めろ」

 

「……は、はい。読みますわよ!」

 凛は俺の剣幕に押され、持ち前の真面目さで読み上げ始めた。

 

「ええと……『本日の作業内容:草原エリアにおけるスライムおよびウサギの連続討伐および魔石回収』。……『健康状態確認』?」

「睡眠不足なし。朝食摂取よし。顔色よし。……リリス、体調はどうだ?」

 

 俺が振ると、リリスは無言でコクコクと頷く。顔色は青白いが、これは仕様(デフォルト)だ。

 

「よし。次、危険予知(リスクアセスメント)。ここが最重要だ」

 俺は赤ペンでグリグリと項目を指し示した。

 

【危険のポイント】

1. エスティアの加護に伴う異常湧き(リポップ過多)

2. 連続戦闘による集中力低下(ヒューマンエラー)魔力枯渇(ガス欠)

 

「いいか。神の加護ってのは、往々にして『試練』という名のリスクを連れてくる。今日の現場は、通常よりも敵の再出現(リポップ)が早いと想定しろ」

 

 俺はあえて「呪い」とは言わず、「予測される現象」として伝えた。

「300%のリポップ率は、終わりのない波状攻撃(エンドレス・タスク)を意味する。最大の敵は疲労だ。事故は運が悪かったから起きるんじゃない。準備を怠ったから必然的に起きるんだ。……対策項目、読み上げ」

 

「……『10時、12時、15時に必ず休憩(レスト)を入れる』……えっ? 戦況に関わらず、ですか?」

「そうだ。どんな状況でも作業を中断(ストップ)し、リリスの結界内で水分・糖分を補給する。……最後に、ここにサインしろ」

 

 俺は署名欄を指差した。

 これは契約ではない。現場作業員としての誓約(コミットメント)だ。

 安全意識の低い素人を現場に入れるための、最低限の儀式。

 凛は呆れながら、リリスは楽しそうに、それぞれの名前を書き込んだ。

 

 俺は満足げに頷き、時計を見た。08:30。

「よし。……本日も、ご安全に!」

「……ご、ご安全に?(何ですのそれ……)」

 

          ◇

 

 ダンジョンに一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 草原の爽やかな風……ではない。

 むせ返るような獣臭と、魔力の澱み。

 

(……来たな。エスティアの親切(呪い)が)

 通常の草原エリアなら、見渡す限りに数匹のスライムやウサギがいる程度だ。

 一見すると、今の状況も変わらないように見える。目の前には、十数匹の群れがいるだけだ。

 

「なんだ、思ったより普通ですわね。これなら――《大火球(ファイアボール)》!」

 凛が杖を振るう。

 直径1メートルの火球が放たれ、数匹のウサギをまとめて吹き飛ばす。

 ドォォン! という派手な爆発音と熱風。敵は黒焦げになり消滅した。

 

「はぁ、はぁ……! どうです、一掃しましたわ!」

 凛が得意げに振り返る。だが、俺は冷ややかに前方を指差した。

 

「一掃? よく見ろ」

 土煙が晴れる。

 そこには、また十数匹のウサギがいた。

 隠れていたのではない。倒した瞬間に、地面から次が染み出したのだ。

 

「なっ……!? 減っていませんわ!?」

「これが高負荷(ハイ・ロード)だ。個体数は普通だが、供給速度(フロー)が異常なんだ。お前の火力でなぎ払っても、次の瞬間には元通りだぞ」

 

 他の班が失敗するのはここだ。

 減らない敵に焦って大技を連発し、開始数十分で魔力(MP)尽きる(ガス欠)。結果、わずかな魔石を持って逃げ帰ることになる。

 

「馬鹿野郎! ストップだ!」

「な、 何ですの! 倒さないとジリ貧ですわよ!」

「歩留まりが悪すぎる! 今の消費MPは50。お前の最大MPを考慮すると、今のペースじゃ09:45に魔力枯渇(ガス欠)でラインが止まるぞ!」

 

 俺は懐中時計を見せる。

 まだ開始から10分も経っていない。だが、凛の額には既に汗が滲んでいる。

 このままじゃ、昼休みまで持たない。

 

工程改善(カイゼン)だ。……リリス、 前に出ろ」

 

          ◇

 

 俺は二人の配置を強制的に変更した。

「リリス、全拒絶(フル・ブロック)じゃなくていい。お前は最強の盾じゃない。流量調整弁(コントロール・バルブ)だ」

「……ばるぶ?」

「そうだ。拒絶領域に、直径50cmの穴だけ開けろ。敵をそこで詰まらせて、一匹ずつ流すんだ」

 

 リリスは首を傾げながらも、意識を集中する。

 半径2メートルの「死の領域」が変形し、漏斗(ろうと)のような形状になる。

 殺到していたスライムたちが、見えない壁に阻まれ、ただ一箇所空いた穴に向かって押し合いへし合いを始めた。

 ボトルネック効果。敵は自らの質量で渋滞を起こし、穴からは一匹ずつポロリとこぼれ落ちてくる。

 

「よし。凛、次はお前だ」

「わ、 私は何をすれば……」

「お前は砲台じゃない。加工機(マシニングセンタ)だ。火球は禁止。魔力弾(マナ・ボルト)に切り替えろ」

 

 俺は指をパチン、パチンと一定のリズムで鳴らし始めた。

 間隔は1.5秒。

「威力はスライムをギリギリ倒せるライン(HPジャスト)まで絞れ。……このリズムだ。俺が指を鳴らすタイミングに合わせて撃て。それ以上早めるな。思考を挟むな」

 

「し、 思考?」

「そうだ。狙うな。考えるな。ただのリズム運動だと思え。脳の処理能力(メモリ)を判断に使わず、全て魔力循環(オート・リカバリ)に回すんだ」

 

 いわゆる歩く禅(トランス状態)

 工場で単純作業をする熟練工が、何も考えていないのに正確無比な動きをするアレだ。

 

「いいから撃て! 来るぞ!」

 穴からスライムが飛び出す。

 パチン。

 凛が反射的に小さな魔弾を放つ。

 パンッ。乾いた音と共に、スライムの核が砕ける。

 

 パチン。

 次のウサギが出る。

 パンッ。魔弾が眉間を貫く。

 

 パチン。パンッ。

 パチン。パンッ。

 

「……あれ?」

 凛の表情から、徐々に感情が抜け落ちていく。

「不思議ですわ……魔力が、減るそばから湧いてきます。それに、狙わなくても敵が勝手に照準(サイト)に入ってきます」

 

「それが工程サイクル(タクトタイム)の統一だ。敵の供給速度と、お前の処理速度を同期(シンクロ)させた。これなら思考リソースを使わず、脊髄反射だけで処理できる」

 

 悲鳴と怒号が飛び交っていた戦場が、単調な作業音だけの空間に変わる。

 俺は後ろで、ドロップした魔石を淡々と拾い集める。

 完璧なライン(工程)だ。美しい。

 

          ◇

 

 順調にラインが稼働し続けて、一時間が経過した。

 凛の動きは洗練され、無駄な動きが完全に消えていた。

 ゾーンに入っている。あるいは、単純作業のトランス状態か。

 

「まだまだ……行けますわ!」

 凛の目がランランと輝いている。

 その時、俺の懐中時計がアラームを鳴らした。

 10:00ジャスト。

 

「時間だ。作業中止(ストップ)! 全ライン停止!」

 俺の声が響く。

 凛が驚いて手を止める。

「えっ? 何言ってますの! まだ余裕ありますわよ! 敵も目の前に……」

 

「リリス、バルブ全閉(フル・クローズ)。安全地帯を作れ」

 俺の指示で、リリスが「穴」を塞ぐ。

 瞬間、周囲360度が拒絶の壁で覆われた。

 壁の外側数センチの場所では、数十匹の魔物が牙を剥き、爪を立てている。

 だが、こちら側には音も衝撃も届かない。

 

 俺はその場にレジャーシートを広げ、魔法瓶から温かいコーヒーを注ぎ始めた。

「……座れ。チョコレートもあるぞ」

 

「……」

 凛は呆然と立ち尽くしている。

 目の前には、ガラス一枚隔てた水族館のように、魔物の群れがひしめいている。

 その中心で、コーヒーの湯気が立っている。

 

「……戦場の真ん中でティータイムなんて、正気じゃありませんわ」

「集中力は90分が限界だ。人間の脳は、自分が疲れたと自覚する前にパフォーマンスが落ちる」

 

 俺は凛に無理やりカップを握らせた。

 凛は渋々一口飲み――ほう、と息を吐いた。

「……美味しい」

 

「だろ? 糖分が脳に回る感覚を覚えろ。事故(被弾)は、お前が『まだ行ける』と思った10分後に起きるんだ」

 

 リリスも隣で、板チョコを小動物のように齧っている。

 俺は手元の記録用紙(チェックシート)に時間を記入した。

『10:00-10:15 チョコ停なし。稼働率100%。休憩実施』。

 

          ◇

 

 17:00。

 夕日が差し込むダンジョンの入り口。

 

作業終了(フィニッシュ)。撤収作業に移る」

 俺の宣言と共に、本日の業務が終わった。

 周囲を見渡せば、他の班の生徒たちは悲惨な状況だ。

 昼過ぎに魔力切れを起こしてリタイアした班、怪我をして保健室に運ばれた班。

 

 無事に立っているのは、俺たちだけだ。

 俺たちの足元には、土嚢(どのう)袋に入った大量の魔石。

 パンパンに膨れ上がった袋が五つ。他班の平均が「小袋一つ」なら、俺たちは桁が違う。

 

「……信じられませんわ」

 凛が自分の杖を見つめて呟く。

 疲労はある。だが、それは心地よい運動後のような疲労感だ。

 魔力欠乏特有の頭痛も、吐き気もない。

 

「あんなに魔法を撃ち続けたのに……まだ、魔力が3割も残っています。これが……『管理された戦場』……」

 

「無理なく無駄なく、定時まで。それがプロの仕事だ」

 俺はクリップボードの日報欄に、最終的な収支を記入した。

 

- 獲得魔石数: 482個

- 負傷者: 0名

- ヒヤリハット: なし

- 特記事項: エスティアの呪い、良好な資源供給源として稼働確認。

 

「よし、後片付け(5S)して帰るぞ。日報は俺が出しておく」

 俺たちは夕日に照らされながら、学園への帰路についた。

 凛はまだ狐につままれたような顔をしていたが、リリスは俺の袖を掴み、日報に書かれた『安全稼働:達成』の文字を、嬉しそうに指でなぞっていた。

 

 翌日。

 教員室にて、提出された俺の日報を見た教官が、震える声でこう言ったという。

「……おい。B組の佐藤班、ダンジョンの中で『工場』でも経営してたのか?」




本日も一日ご安全に!
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