異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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AIはボードゲームカフェの名前で「六角堂」が好きなようです。
そして、話の展開を巻きたがります。


# Ep.4 机上の空論とアナログな備え ~または、直列回路の脆弱性に対する物理的対策~

 放課後の教室。

 生徒たちが三々五々に帰宅や部活動へと散っていく中、俺は自席で眉間の皺を深くしていた。

 視線の先にあるのは、自分の制服の袖口だ。

 

「……繊維疲労(マテリアル・ファティーグ)を起こしてるな」

 支給された標準ブレザーの袖が、ボロボロに擦り切れている。

 原因は明白だ。入学式の人体アースによる熱損傷と、先日のダンジョンでの土嚢袋(ドンゴロス)運搬による物理的摩耗。

 

 この世界の制服は、対魔力防御(レジスト)には優れているが、物理的な作業耐久値(タフネス)は皆無に等しい。

 

現場(ダンジョン)に入るのに、こんなペラペラの布一枚とか正気かよ。次の実習は湿度の高い『地下水道エリア』だ。このままじゃ防水性が死んで、俺がカビる)

 

 必要なのは、魔法使いのローブじゃない。

 油と泥に塗れても機能する、頑強な専用作業着(ワークウェア)だ。

 

「おや。随分と使い込んだね、その制服」

 不意に声をかけられた。

 振り返ると、眼鏡をかけた理知的な少年――東条カイが立っていた。

 彼はクラスでも浮いた存在だ。魔法の実技よりも、戦術論や盤上遊戯を好む変わり者。そして、俺の工場経営を面白がっている唯一の観測者でもある。

 

「……カイか。見ての通りだ。この学園の支給品は、現場作業(にくたいろうどう)を想定していない」

「ふふ、普通は魔法で解決するからね。君みたいに物理で解決する人は稀少種だよ」

 

 カイは楽しそうに笑うと、一枚のカードをチラつかせた。

「なら、いい店があるよ。学園裏のボードゲームカフェ『六角堂』。そこの会員ポイントは、特殊な装備品とも交換できるんだ」

 

「ゲーム? 遊びに割くリソースはないぞ」

「遊びじゃないよ。『アストラル・レジメン』。現実のダンジョンデータを元にした、公認シミュレーターだ。……君が欲しがっている()()()()()()()()()()もカタログにあったはずだよ」

 

 俺は即座に鞄を掴んで立ち上がった。

「……行くぞ。案内しろ」

「話が早くて助かるよ」

 

          ◇

 

 カフェ『六角堂』は、焙煎された珈琲豆と、古い紙(カード)の匂いがした。

 静謐な空間。俺とカイは、店の一角にあるホログラム投影式の対戦卓に向かい合った。

 

「マップ選択は任せるよ」

「なら、来週の実習予定地である『地下水道・第3区画』だ。予習(シミュレーション)を兼ねる」

 

 俺がパネルを操作すると、卓上に青白い光で複雑な迷路が投影された。

 湿った通路、澱んだ水路、そして壁面に走る無数の魔力パイプ(レイライン)

 画面には【勝利条件:20ターン以内に最奥の制御室へ到達し、魔力供給を復旧せよ】と表示されている。

 

「……なんだ、この配管計装図(P&ID)は」

 俺は開始早々、絶句した。

 ゲームの勝ち負けではない。マップの設計があまりにも杜撰だったからだ。

 

「どうかしたかい?」

「この壁面の魔力パイプを見ろ。照明用の魔力供給ラインが、全て直列(シリーズ)で繋がってる」

 

 俺は指先で光のラインをなぞる。

 入り口の配電盤から、最奥まで一本の線で数珠つなぎ。

 これは、古いクリスマスのイルミネーションと同じ構造だ。

 

「これだと、途中の電球(魔石)が一箇所でも破損したり、あるいは魔力供給が一時的に途切れたら――」

「――その先にある全エリアの照明が落ちるね」

 

 カイが事もなげに言う。

「古いマップだからね。施工当時の設計思想が古かったんだよ。とにかく繋げば光るっていうね」

「欠陥住宅にも程があるぞ……。リスク管理(フェイルセーフ)の概念がないのか、この世界の神様は」

 

 俺は呆れ果てて息を吐いた。

 前世のゲーム『アストラル・レジメン』でも、この『地下水道』は初期開発時のコピペと手抜き実装で有名なマップだった。

 工期を優先して、一つの電源ソースから全ライトを無理やり数珠つなぎにした結果、一箇所のトラブルで全エリアが機能不全に陥る――そんな設計者の妥協が、皮肉にも現実のインフラとして受肉してしまっている。

 

「……方針が決まった」

 俺はユニットを配置した。

 攻撃用の騎士や魔法使いはゼロ。

 選んだのは、視界確保用の斥候(スカウト)と、資材運搬用の工兵のみ。

 

「おや、戦わないのかい? 敵を倒したほうがスコアは高いよ」

「照明が落ちた地下水道で戦闘なんて自殺行為だ。最優先事項は『光源の確保』と『ルートの維持』。……行くぞ」

 

 ゲームが始まる。

 カイは定石通りに魔物を配置してくるが、俺は一切交戦しない。

 工兵を使って要所のパイプを迂回(バイパス)し、斥候で最短ルートを駆け抜ける。

 敵を倒すのではなく、敵が認識できない速度でインフラだけを復旧してゴールに滑り込む。

 

「……参ったな。地味すぎてあくびが出るけど、確実だ」

 カイが投了(リザイン)した。

 画面には『Mission Complete』の文字。

 生存率100%、 復旧率100%。戦闘スコアは0だが、ミッション達成評価はSランクだ。

 

 俺は小さく息を吐き、景品交換所へと向かった。

 

          ◇

 

 ゲームで稼いだポイントを作業着のオーダーに充てた後、俺はその足で街へ出た。

 向かったのは、きらびやかな魔導具店ではない。

 国道沿いにある、無骨な看板の一般雑貨店(ホームセンター)だ。

 

 店内には、ペンキや木材の匂いが漂っている。落ち着く匂いだ。

 俺はカートを押し、防災用品コーナーへと直行した。

 

「……あった」

 俺が手に取ったのは、無骨な黒いボディの高輝度LED懐中電灯(インダストリアル・モデル)

 今どきの充電式ではない。あえて()()()()を選ぶ。

 

(充電式は便利だが、バッテリーが切れたら終わりだ。現場(ダンジョン)にコンセントはない。だが、乾電池なら交換すれば即座に復旧(リカバリ)できる)

 

 俺は自分用と、班員(凛・リリス)用、さらに予備を含めて4本のライトをカゴに入れた。

 そして、それらを動かすための単三アルカリ乾電池をダース単位で放り込む。

 さらに、ポキッと折れば光る化学発光ライト(サイリウム)の業務用パック。

 配管補修用の強力ダクトテープ。

 

 レジに並ぶと、後ろにいた他クラスの生徒たちが、俺のカートを見てクスクスと笑った。同じ学年で、来週は俺たちと同じく地下水道の実習に入る連中だ。

「見ろよあいつ、電池なんて買ってるぜ」

「うわ、古っ。今どき照明魔法(ライト)も使えないのかよ」

「魔力適性が低いランダム生成(ハズレ)ユニットなんじゃね?」

 

 嘲笑が背中に刺さる。

 だが、俺は顔色一つ変えずに会計を済ませた。

 

(……笑っていられるのも今のうちだ。来週の地下水道で、魔力がゼロになった時、お前たちがどう泣き叫ぶか見ものだな)

 

 同じ工期、同じルートを歩む同期のユニットではあるが、彼らには冗長性(リダンダンシー)という概念がない。22歳で接続を切られることが決まっている世界の危うさを、この使い捨てのモブたち理解していない。

 俺は彼らに向けて、心の中で皮肉たっぷりのエールを送った。

「……精々、ご安全に」

 

          ◇

 

 翌日の教室。

 ホームルームが始まる前の喧騒の中、俺は班のメンバーを招集した。

 

「支給品だ。受け取れ」

 俺はドン、と机の上に紙袋を置いた。

 中から出てきたのは、昨日購入した防災グッズと、追加で発注していた安全装備だ。

 

「……何ですの、これ」

 凛が、黄色いプラスチックの物体を摘み上げる。

 ヘッドライト付きの作業用ヘルメットだ。

 

「ヘルメットだ。地下水道は天井が低い。転倒時の頭部保護と、両手を空けたままでの照明確保にはこれが必須だ」

「い、 嫌ですわ! ダサすぎます! 私の華麗な魔導衣(ローブ)にこんな工事現場みたいな帽子、合うわけありませんわ!」

「命とファッション、どっちが大事だ」

「ファッションですわ!」

「却下だ。被れ」

 

 俺は有無を言わせず、凛の頭にヘルメットを被せた。

 ……うん、意外と似合っている。工事現場の看板にいるご安全にポーズのモグラみたいで可愛いじゃないか。

 

「むぅぅぅ……! 覚えてらっしゃい!」

 凛は涙目でヘルメットの位置を直している。

 

 一方、リリスには防滴ポンチョ(迷彩柄)と、首から下げるサイリウム(赤色)を渡した。

「リリス、お前はこれを着ろ。地下水は汚染されている可能性がある。肌に触れさせるな」

「……(コクコク)」

「そのサイリウムは、はぐれた時の目印だ。もし暗闇になっても、その光がある限り俺が見つけてやる」

「……!」

 

 リリスはポンチョを頭から被り、 サイリウムを大事そうに握りしめた。

 彼女にとって、それは防災グッズではなく繋がりの証に見えたらしい。

 

「本当に、こんな大荷物が必要なんですの? 地下とはいえ、私たちには照明魔法(ライト)がありますわよ」

 凛がまだ不満げに言ってくる。

 俺は、窓の外――遠くに見える地下水道エリアの方角を見据えて答えた。

 

「備えあれば憂いなし。……使う機会がなけりゃ、それでいいんだ」

 

 そう。

 誰もが「光」を当たり前だと思っている。

 だが、俺だけは知っている。あの地下水道の配線が、いつ断線してもおかしくない時限爆弾であることを。

 

          ◇

 

 週末の実習当日。

 地下水道の入り口に立った時、備え付けの魔導灯が『チカッ』と一瞬だけ明滅したことに気づいたのは、おそらく俺だけだった。

 

(……予兆(サイン)が出てるな。電圧降下(ブラウンアウト)だ)

 俺はポケットの中の乾電池を握りしめ、暗闇への一歩を踏み出した。




本日も一日ご安全に!

誤字報告ありがとうございます!
修正いたしました。
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