異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~ 作:ゆばのくさ
そして、話の展開を巻きたがります。
放課後の教室。
生徒たちが三々五々に帰宅や部活動へと散っていく中、俺は自席で眉間の皺を深くしていた。
視線の先にあるのは、自分の制服の袖口だ。
「……
支給された標準ブレザーの袖が、ボロボロに擦り切れている。
原因は明白だ。入学式の人体アースによる熱損傷と、先日のダンジョンでの
この世界の制服は、
(
必要なのは、魔法使いのローブじゃない。
油と泥に塗れても機能する、頑強な
「おや。随分と使い込んだね、その制服」
不意に声をかけられた。
振り返ると、眼鏡をかけた理知的な少年――東条カイが立っていた。
彼はクラスでも浮いた存在だ。魔法の実技よりも、戦術論や盤上遊戯を好む変わり者。そして、俺の工場経営を面白がっている唯一の観測者でもある。
「……カイか。見ての通りだ。この学園の支給品は、
「ふふ、普通は魔法で解決するからね。君みたいに物理で解決する人は稀少種だよ」
カイは楽しそうに笑うと、一枚のカードをチラつかせた。
「なら、いい店があるよ。学園裏のボードゲームカフェ『六角堂』。そこの会員ポイントは、特殊な装備品とも交換できるんだ」
「ゲーム? 遊びに割くリソースはないぞ」
「遊びじゃないよ。『アストラル・レジメン』。現実のダンジョンデータを元にした、公認シミュレーターだ。……君が欲しがっている
俺は即座に鞄を掴んで立ち上がった。
「……行くぞ。案内しろ」
「話が早くて助かるよ」
◇
カフェ『六角堂』は、焙煎された珈琲豆と、古い紙(カード)の匂いがした。
静謐な空間。俺とカイは、店の一角にあるホログラム投影式の対戦卓に向かい合った。
「マップ選択は任せるよ」
「なら、来週の実習予定地である『地下水道・第3区画』だ。
俺がパネルを操作すると、卓上に青白い光で複雑な迷路が投影された。
湿った通路、澱んだ水路、そして壁面に走る無数の
画面には【勝利条件:20ターン以内に最奥の制御室へ到達し、魔力供給を復旧せよ】と表示されている。
「……なんだ、この
俺は開始早々、絶句した。
ゲームの勝ち負けではない。マップの設計があまりにも杜撰だったからだ。
「どうかしたかい?」
「この壁面の魔力パイプを見ろ。照明用の魔力供給ラインが、全て
俺は指先で光のラインをなぞる。
入り口の配電盤から、最奥まで一本の線で数珠つなぎ。
これは、古いクリスマスのイルミネーションと同じ構造だ。
「これだと、途中の
「――その先にある全エリアの照明が落ちるね」
カイが事もなげに言う。
「古いマップだからね。施工当時の設計思想が古かったんだよ。とにかく繋げば光るっていうね」
「欠陥住宅にも程があるぞ……。
俺は呆れ果てて息を吐いた。
前世のゲーム『アストラル・レジメン』でも、この『地下水道』は初期開発時のコピペと手抜き実装で有名なマップだった。
工期を優先して、一つの電源ソースから全ライトを無理やり数珠つなぎにした結果、一箇所のトラブルで全エリアが機能不全に陥る――そんな設計者の妥協が、皮肉にも現実のインフラとして受肉してしまっている。
「……方針が決まった」
俺はユニットを配置した。
攻撃用の騎士や魔法使いはゼロ。
選んだのは、視界確保用の
「おや、戦わないのかい? 敵を倒したほうがスコアは高いよ」
「照明が落ちた地下水道で戦闘なんて自殺行為だ。最優先事項は『光源の確保』と『ルートの維持』。……行くぞ」
ゲームが始まる。
カイは定石通りに魔物を配置してくるが、俺は一切交戦しない。
工兵を使って要所のパイプを
敵を倒すのではなく、敵が認識できない速度でインフラだけを復旧してゴールに滑り込む。
「……参ったな。地味すぎてあくびが出るけど、確実だ」
カイが
画面には『Mission Complete』の文字。
生存率100%、 復旧率100%。戦闘スコアは0だが、ミッション達成評価はSランクだ。
俺は小さく息を吐き、景品交換所へと向かった。
◇
ゲームで稼いだポイントを作業着のオーダーに充てた後、俺はその足で街へ出た。
向かったのは、きらびやかな魔導具店ではない。
国道沿いにある、無骨な看板の
店内には、ペンキや木材の匂いが漂っている。落ち着く匂いだ。
俺はカートを押し、防災用品コーナーへと直行した。
「……あった」
俺が手に取ったのは、無骨な黒いボディの
今どきの充電式ではない。あえて
(充電式は便利だが、バッテリーが切れたら終わりだ。
俺は自分用と、班員(凛・リリス)用、さらに予備を含めて4本のライトをカゴに入れた。
そして、それらを動かすための単三アルカリ乾電池をダース単位で放り込む。
さらに、ポキッと折れば光る
配管補修用の強力ダクトテープ。
レジに並ぶと、後ろにいた他クラスの生徒たちが、俺のカートを見てクスクスと笑った。同じ学年で、来週は俺たちと同じく地下水道の実習に入る連中だ。
「見ろよあいつ、電池なんて買ってるぜ」
「うわ、古っ。今どき
「魔力適性が低い
嘲笑が背中に刺さる。
だが、俺は顔色一つ変えずに会計を済ませた。
(……笑っていられるのも今のうちだ。来週の地下水道で、魔力がゼロになった時、お前たちがどう泣き叫ぶか見ものだな)
同じ工期、同じルートを歩む同期のユニットではあるが、彼らには
俺は彼らに向けて、心の中で皮肉たっぷりのエールを送った。
「……精々、ご安全に」
◇
翌日の教室。
ホームルームが始まる前の喧騒の中、俺は班のメンバーを招集した。
「支給品だ。受け取れ」
俺はドン、と机の上に紙袋を置いた。
中から出てきたのは、昨日購入した防災グッズと、追加で発注していた安全装備だ。
「……何ですの、これ」
凛が、黄色いプラスチックの物体を摘み上げる。
ヘッドライト付きの作業用ヘルメットだ。
「ヘルメットだ。地下水道は天井が低い。転倒時の頭部保護と、両手を空けたままでの照明確保にはこれが必須だ」
「い、 嫌ですわ! ダサすぎます! 私の華麗な
「命とファッション、どっちが大事だ」
「ファッションですわ!」
「却下だ。被れ」
俺は有無を言わせず、凛の頭にヘルメットを被せた。
……うん、意外と似合っている。工事現場の看板にいるご安全にポーズのモグラみたいで可愛いじゃないか。
「むぅぅぅ……! 覚えてらっしゃい!」
凛は涙目でヘルメットの位置を直している。
一方、リリスには防滴ポンチョ(迷彩柄)と、首から下げるサイリウム(赤色)を渡した。
「リリス、お前はこれを着ろ。地下水は汚染されている可能性がある。肌に触れさせるな」
「……(コクコク)」
「そのサイリウムは、はぐれた時の目印だ。もし暗闇になっても、その光がある限り俺が見つけてやる」
「……!」
リリスはポンチョを頭から被り、 サイリウムを大事そうに握りしめた。
彼女にとって、それは防災グッズではなく繋がりの証に見えたらしい。
「本当に、こんな大荷物が必要なんですの? 地下とはいえ、私たちには
凛がまだ不満げに言ってくる。
俺は、窓の外――遠くに見える地下水道エリアの方角を見据えて答えた。
「備えあれば憂いなし。……使う機会がなけりゃ、それでいいんだ」
そう。
誰もが「光」を当たり前だと思っている。
だが、俺だけは知っている。あの地下水道の配線が、いつ断線してもおかしくない時限爆弾であることを。
◇
週末の実習当日。
地下水道の入り口に立った時、備え付けの魔導灯が『チカッ』と一瞬だけ明滅したことに気づいたのは、おそらく俺だけだった。
(……
俺はポケットの中の乾電池を握りしめ、暗闇への一歩を踏み出した。
本日も一日ご安全に!
誤字報告ありがとうございます!
修正いたしました。