異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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AIは当初1万5千ルーメンとかいう案を出ましたが、却下しました。
ヘッドライトで体育館を照らせる明るさはメルヘンなので。


# Ep.5 電圧降下(ブラウンアウト)と化学的照明 ~または、物理法則による完全な蹂躙~

 地下水道エリア・第3区画。

 足を踏み入れた瞬間、口元を覆った簡易防塵マスク越しに、空気中の異常を検知した。

 腐敗した汚泥の臭い。カビの胞子。そして、わずかに混じる焦げ臭い絶縁油の匂い。

 

「……うぅ、最悪ですわ。臭いし、湿気でローブが重くなりますし……」

 

 背後で、北条凛が不満げに呻いている。

 彼女の頭には、黄色いプラスチック製の「作業用ヘルメット(ヘッドライト付き)」が鎮座している。

 優雅な魔導士のローブに、工事現場のヘルメット。あまりにチグハグなその姿は、すれ違う他班の生徒たちから失笑を買っていた。

 

「見ろよあれ、工事のおじさんか?」

「ダッサ……実習にかこつけてコスプレかよ」

 

 凛は顔を真っ赤にして俯いている。

 一方、リリスは支給した迷彩ポンチョをすっぽりと被り、首から下げた赤いサイリウムをアクセサリーのように弄りながら、無表情で俺の後ろをついてくる。彼女にとっては、俺と同じ装備であることが重要らしい。

 

「……おい、お前ら。足元ばかり見るな。天井を見ろ」

 俺は二人に注意を促しつつ、通路の天井に等間隔で埋め込まれた魔導灯を指差した。

 淡いオレンジ色の光が、通路を照らしている。一見、いつも通りだ。

 

 だが、俺の目(モニタ)は誤魔化せない。

『ジーーーッ……ジジッ……』

 微かな異音。そして、光源が高速で明滅している。

 

「……ちらつき(フリッカー)が出てる。周波数(ヘルツ)が安定してないな」

 

 一般人なら「電球の寿命か?」で済ませるレベルだ。

 だが、俺にはこれが世界の処理落ちに見えていた。

 前世のゲーム『アストラル・レジメン』では、オブジェクトの過密配置や計算負荷の増大によって、描画エンジンのリソースが枯渇し、照明などの演出系スクリプトから優先的に『間引かれる』仕様があった。

 このブラウンアウトは、単なる設備の老朽化ではない。ダンジョンの深層で何らかの過負荷なイベントが発生し、世界の演算リソースを食いつぶしている――そんなシステム側の悲鳴だ。

 どちらにせよ、これは正常な稼働状態ではない。

 

「え? 光ってますわよ?」

「人間の目にはな。だが、波形はボロボロだ。いつ落ちてもおかしくない」

 

 俺が警告しても、凛はピンと来ていない様子だ。

 先行するA組の生徒(エリートクラス)たちも、「設備が古いだけだろ」と軽視して、ズカズカと奥へ進んでいく。

 

 正常性バイアス。

 インフラが常にそこにあると思い込んでいる素人特有の不安全行動だ。

 

(……やれやれ。予備電源(バッテリー)のチェック、よし)

 俺は腰のベルトポーチに入れた乾電池の感触を確かめ、重い安全靴を一歩踏み出した。

 

          ◇

 

 中層エリアに差し掛かった時だった。

 予兆は、音もなく訪れた。

 

『フンッ……』

 空気が抜けるような感覚と共に、周囲の魔力濃度(マナ・デンシティ)が急激に低下した。

 同時に、天井の魔導灯が一斉に輝きを失う。

 

「えっ……?」

 完全に消えたわけではない。

 100%だった光量が、瞬時に5%程度まで落ち込んだのだ。

 いわゆる電圧降下(ブラウンアウト)

 豆電球のフィラメントが赤熱するだけの、頼りない種火のような明るさ。地下の闇を払うには、あまりにも無力。

 

「きゃぁぁっ!? く、 暗いですわ!?」

 凛の悲鳴が響く。

 ほぼ完全な暗闇(ブラックアウト)。視界は自分の手元すらおぼつかない。

 前方からは、先行していた他班の悲鳴と怒号が聞こえてくる。

 

「おい、照明魔法(ライト)つけろ!」

「やってるよ! でも……光がつかないんだ!」

 

 魔法使いにとっての悪夢。

 彼らの使う魔法は、大気中の魔素(燃料)を触媒にして発動する。

 だが、このブラウンアウトは供給ラインの不具合だ。ダンジョン内の環境魔素そのものが希薄化しており、魔法は着火してもすぐに消えてしまう。

 

「ひっ、何か来る……! 足元に!」

 闇の向こうから、ベチャッ、ベチャッという湿った音が近づく。

 ダーク・スライム。光を嫌い、闇に紛れて獲物を捕食する粘液の捕食者。

 暗闇は奴らのホームグラウンドであり、視界を失った魔導師はただの餌だ。

 

「さ、 佐藤さん! どこですの!? 照明(ライト)……くっ、維持できません!」

 凛が必死に杖を振るが、マッチの火のような弱々しい光が明滅し、すぐに闇に飲まれる。

 

 完全なパニック。

 だが、 俺は暗闇の中で、 静かに口角を上げた。

(……想定通り(オン・スケジュール)。メイン電源喪失を確認)

 俺の手は、迷いなく腰のホルダーへと伸びていた。

 

          ◇

 

「慌てるな。……非常用電源(バッテリー)、起動」

 俺の親指が、無骨な黒いボディのスイッチを押し込む。

『カチッ』

 硬質な機械音が響いた瞬間。

 世界が反転した。

 

『バッッッッ!!!!』

 迸ったのは、魔法のような暖かく揺らぐ光ではない。

 色温度6000ケルビン。

 青白く、鋭利で、暴力的ですらあるLEDの直進光。

 最新の工学技術が詰め込まれた1500ルーメンの爆光が、闇を物理的に切り裂き、通路の奥までを昼間のように白日の下に晒した。

 

「ひっ……!?」

 あまりの眩しさに、凛が腕で顔を覆う。

 暗闇に慣れようとしていたダーク・スライムたちが、強烈な光に焼かれて身をよじる。

 

「状況よし。視界良好(クリア)。……凛、リリス。ヘルメットのスイッチを入れろ」

 俺の声に、二人がハッとして自分の頭に手をやる。

 カチッ、カチッ。

 さらに二条の光線が追加される。

 

「……! す、 凄いですわ……! 消えません! 魔力がこんなに薄いのに、どうして!?」

 凛が自分の頭から伸びる光を見上げて叫ぶ。

 

 俺は懐中電灯(タクティカル・ライト)を構えたまま、淡々と答えた。

「当たり前だ。これは魔力(オカルト)じゃない。化学反応(ケミカル)だ」

 

 乾電池の中に封じ込められた化学エネルギー。

 それはダンジョンの魔力状況など関係なく、オームの法則に従って確実に電子を送り出す。

 物理法則は、契約も詠唱も必要ない。ただ、そこにある真理だ。

 

「魔法使いは環境に依存しすぎなんだよ。……行くぞ。害虫駆除(クリーニング)だ」

 

          ◇

 

「10時方向、距離5メートル。ターゲット、スライム2体!」

 俺はライトの焦点(フォーカス)を絞り、ビーム状にした光を敵に叩きつける。

 光量という名の物理的暴力。

 強光を浴びたスライムは、(コア)の位置まで透けて見えたまま、動きを止める。

 

「見えます……はっきりと見えますわ!」

 凛の杖が火を噴く。

 ヘルメットライトは、常に視線の先を照らす。杖を構える両手を塞ぐこともない。

 それは魔法使いにとって、理想的な射撃環境(ファイアリング・プラットフォーム)だった。

 

「魔力弾! ……命中!」

 パンッ、という乾いた音と共にスライムが弾け飛ぶ。

 リリスは俺の背中を守るように立ち、近づく敵をサイリウムの光で牽制している。

 

 一方的な蹂躙。

 暗闇というアドバンテージを失った夜行性モンスターなど、ただの的だ。

 俺たちは光の結界を纏った戦車のように、通路を制圧しながら進んでいく。

 

 その先で、 俺たちは「彼ら」を見つけた。

 

          ◇

 

 通路の片隅。

 数人の生徒たちが、互いに身を寄せ合って震えていた。

 見覚えがある。ホームセンターで俺の電池購入を笑っていた、隣のAクラス(特待科)の連中だ。

 

「う、 うぅ……光が、つかない……」

「嫌だ、 来ないでくれぇ……!」

 

 彼らの高価な杖は、今はただの棒切れだった。

 魔力切れと恐怖で腰を抜かし、迫りくるスライムの足音に怯えている。

 そこに、俺のライトが突き刺さる。

 

「うわっ!? ま、 眩しい!?」

 彼らは手で顔を覆う。

 1500ルーメンの直射。暗闇に慣れた目には、もはや太陽を直視するに等しい。

 彼らからは、俺の姿は強烈な逆光の中にある黒いシルエットにしか見えていないはずだ。

 

 俺は無言で近づき、彼らの周囲に群がっていたスライムを、凛に指示して処理させた。

 

「あ、 あんたは……あの時の……?」

 リーダー格の男子生徒が、目を細めながら絞り出す。

 俺の顔は見えていないだろう。だが、手に持った黒い棒(懐中電灯)と、現場作業員のような立ち姿で誰か分かったらしい。

 

 その声にあるのは、嘲笑ではない。圧倒的な敗北感と縋るような懇願だ。

「た、 助けてくれ……! 俺たちも連れて行って……!」

 

 俺は冷めた目で見下ろした。

 助ける? なぜだ。

 彼らはこの世界において、ある一定の確率で発生する最適化に失敗した個体(ユニット)に過ぎない。初期パラメータは高くても、運用(ビルド)を誤ればこうして使い物にならなくなる。

 俺はボランティアじゃない。それに、こいつらを連れて行けば、俺たちの安全管理に穴が開く。

 だが、通路を塞がれたままでは業務の邪魔だ。

 

「……拾え」

 俺は腰のポーチから、太い業務用サイリウム(高輝度イエロー)を一本取り出し、『パキッ』と折り曲げて足元に投げ捨てた。

 化学発光の黄色い光が、彼らの絶望的な顔を照らす。

 

「その化学ライトは6時間持つ。スライム避けには十分だ」

 俺はそれだけ告げて、彼らの横を通り過ぎる。

 

「ま、 待ってくれ! 出口は逆だぞ!? どこへ行くんだ!」

 彼らの叫びに、俺は足を止めずに答えた。

 

「この先だ。電圧降下の原因(元凶)を叩く」

 ただ逃げるだけじゃ、能がない。

 俺は現場監督だ。不具合を見つけたら、修理(フィックス)して、きっちり修理費(報酬)を請求するのが仕事だ。

 

「……精々、ご安全に」

 俺は肩越しにハンドサインを送ると、呆然とする彼らを闇の中に残し、光の道を突き進んだ。

 

「さ、 佐藤さん……」

 凛がヘルメットを被ったまま、少し誇らしげに俺を見る。

「……悔しいですけど、このヘルメットの光……どんな高級な魔導灯よりも、頼もしいですわ」

 

「機能美と言え。……行くぞ。ここからが残業(本番)だ」




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