異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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分かったこと:AIに溶接、電気作業を理解させるのは難しい。
ヒヤリハットではなく、事故起こします。


# Ep.6 地絡(グラウンド)除去と活線作業 ~または、聖なるクリスタルへの絶縁テープ施工~

 地下水道エリア・最奥部。

 《第3変電室》と記された重厚な鉄扉を蹴り開けた瞬間、ヘルメットの防塵バイザーが白く曇った。

 

「っ、前が見えませんわ!」

「結露だ。拭き取れ」

 

 地下道の冷たく湿った空気の中にいた俺たちが、異常発熱した室内に飛び込んだせいで、急激な温度差が発生したのだ。

 俺は手袋の背でバイザーを拭い、室内の状況を確認する。

 鼻を突くのは、焦げ臭い絶縁油とオゾンの臭気。

 

 ドーム状の広大な空間。その中央には、このダンジョンの心臓部である巨大な魔力集積盤(マナ・クリスタル)が鎮座している。

 本来なら青く澄んだ輝きを放っているはずのそれは、今は見る影もない。

 黒い。

 コールタールのような粘着質の物体が、クリスタルの表面をべっとりと覆い尽くしている。

 そいつは脈動するたびに、クリスタルから青白い火花(スパーク)を散らし、魔力を貪り食っていた。

 

「……見つけたぞ。あれが電圧降下の原因だ」

 俺は冷静に診断(トリアージ)を下す。

 

 敵性体識別コード:変異種:伝魔性粘液種(コンダクター・スライム)

 通常のスライムが、長期間魔力配管に住み着き、高濃度の魔力汚水を飲み続けた結果、体液が魔力を通す性質(伝魔性)を持ってしまった変異体だ。

 前世のゲーム『アストラル・レジメン』では、特定条件で発生する「無限稼ぎ可能(魔力リーク)のバグユニット」として知られていた。本来の仕様ではあり得ない導電性を持ち、システムのエネルギーを垂れ流しにする不要なオブジェクト――それが今、現実のインフラを蝕む地絡(グラウンド)事故として目の前にある。

 

「あいつの体が、供給ライン(プラス極)接地(マイナス極)を跨いで付着している。そのせいで、クリスタルに溜まるはずの魔力が地面へ漏れ出しているんだ」

 

 完全な短絡(ショート)ならブレーカーが落ちて停電(ブラックアウト)するが、あいつ自身が「抵抗」になって電流を制限しているせいで、ブレーカーが落ちずに電圧だけが下がっている(ブラウンアウト)

 今のダンジョンは、底に穴の開いたバケツに必死で水を注いでいるようなものだ。

 

「よ、よく分かりませんが、あの黒いのが元凶なんですわね! なら……《大火球》で吹き飛ばしますわ!」

 凛が杖を構え、特大の爆炎を練り上げようとする。

 俺は即座に彼女の後頭部を(ヘルメットの上から)叩いた。

 

「馬鹿! やめろ!」

「あだっ!? な、何をしますの!」

「ここは繊細な変電室だぞ! 爆発させたら、下のクリスタルごと配電盤が吹っ飛ぶ! そうなれば復旧不能(全損)だ。このエリアは恒久的にブラックアウトして廃棄処分になる」

 

 ダイナマイト漁みたいな真似ができるか。

「じゃあどうするんですのよ! あんなにベッタリ付着してたら、剥がせませんわ!」

 

 凛の叫びに、俺は腰の工具袋の位置を直しながら答えた。

「……剥がすんじゃない。『溶断(カッティング)』するんだ」

 

          ◇

 

 俺は二人に近づき、具体的な作業手順(SOP)を伝達した。

「いいか。今回の作業は『戦闘』じゃない。『精密加工』だ」

 

 俺はスライムの体を指差す。

 あいつはクリスタルの表面に薄く広がり、頑固な油汚れのようにへばりついている。

 

「凛。お前の火力で、スライムだけを焼き切れ」

「や、焼き切る……? 溶接(ウェルディング)みたいに、ですの?」

「そうだ。広範囲爆撃(ファイアボール)はいらない。必要なのは、一点に熱量を集中させた『ガスバーナー』だ。青白い炎の槍を作れ。……できるな?」

 

 凛は一瞬戸惑ったが、すぐに工学者の顔つきになり、杖先に魔力を収束させ始めた。

 以前のダンジョンアタックでのライン作業で、魔力制御のコツは掴んでいるはずだ。

 

「……やってみますわ。でも、あんなに暴れていては、 狙いが定まりません! クリスタルを傷つけてしまいます!」

固定(フィクスチャ)は任せろ。……リリス、出番だ」

 

 俺が視線を向けると、リリスは無言で頷き、ポンチョを翻して前に出た。

「リリス、拒絶領域を反転させろ。お前は最強の盾じゃない。『治具(ジグ)』だ。あいつをクリスタルの形状に合わせて押さえ込み、施工箇所だけを開口させろ」

 

          ◇

 

 作業開始(スタート)

「……《拒絶》、展開」

 リリスが小さく呟くと同時に、空間が軋んだ。

 彼女の周囲に展開されていた不可視の力場が、スライムの表面を覆うように成形される。

 

『ギチチチッ……!』

 見えない型枠(モールド)に押し込められ、スライムが悲鳴のような音を立てて硬直する。

 そして、リリスの操作により、スライムの表面に一本の「隙間(スリット)」が開いた。

 

「よし、固定完了。凛、着火(イグニッション)!」

「はいっ! ……《蒼炎(ペイル・ファイア)》!」

 

 凛の杖先から、針のように細く、そして直視できないほど眩しい青白い炎が噴き出した。

 温度は推定3000度超。不完全燃焼の赤い炎とは次元が違う、完全燃焼の刃。

 

「座標(X20、 Y15)、開口部に沿ってなぞれ。……焼き切れ(カット)!」

 俺の指示に合わせて、凛が炎の刃を振るう。

 

『ジュッッッ!!!』

 肉の焼ける嫌な音と共に、スライムの主要な触手が焼き切られる。

 切断面は瞬時に炭化(焼灼)され、再生を阻害する。

 いわゆる「溶断」だ。通常なら斬っても繋がるスライムだが、熱で溶かしながら吹き飛ばされれば再生できない。

 

「いいぞ! 次、右舷20度。スリット開口! ……今だ!」

「くっ……! 細かい……ですわっ!」

 

 凛の額に汗が滲む。

 だが、その手つきは「魔法使い」のそれではない。熟練の「溶接工」のそれだ。

 リリスが作ったガイドラインを正確にトレースし、クリスタルには傷一つ付けずに、汚れ(ボス)だけを切除していく。

 

「ラスト! (コア)露出! 貫け!」

「これで……終わりですわぁぁっ!!」

 

 凛の放った最大出力の熱線が、スライムの中央にあった核を蒸発させた。

 黒い塊がボロボロと崩れ落ち、炭の粉となって床に散らばる。

 

「……ふぅ。害獣駆除(クリーニング)、完了だな」

 

          ◇

 

「や、やりましたわ……! 倒しました!」

 凛がヘルメットを被ったまま歓声を上げる。

 リリスも拘束を解き、満足げに俺を見上げている。

 

 だが、俺はまだ気を抜いていない。むしろ、ここからが本番だ。

「喜ぶのは早い。見ろ」

 

 俺がライトで照らした先。

 スライムは除去できたが、クリスタルの根元にある「魔力伝導ケーブル」の一部が、腐食して断線しかけていた。

 スライムの酸で溶かされたのだ。

 漏電(リーク)は止まったが、これでは魔力を送る道が細すぎて、照明は戻らない。

 

「は、 配線が死んでますわ……。これじゃ、魔法で直すには電源を落としてから、専門の修復師(リストアラー)を呼ばないと……」

「そんな時間はない。……やるぞ、『活線作業(ホットライン・ワーク)』だ」

 

 俺は腰のポーチから、ホームセンターで買った「銅線(より線ケーブル)」と「絶縁ペンチ」、そして「自己融着性絶縁テープ」を取り出した。

 

「えっ……? ま、 待ってください佐藤さん。電源(ブレーカー)は落とさないんですの!?」

「落としたら、再起動(ブラックスタート)に半日はかかる。魔力(でんき)が流れたままやるしかない」

 

 俺はゴム手袋(高圧絶縁用)を締め直し、躊躇なくクリスタルに近づいた。

 ケーブルからはバチバチと青い火花(アーク放電)が散っている。

 接地(アース)は絶対に取れない。下手に接地すれば、地絡保護が働いてブレーカーが落ちるか、俺が短絡電流(ショート)の通り道になって消し炭になる。

 頼れるのは、手元の絶縁被膜と、俺自身の『管理者権限』による魔力バイパスの制御だけだ。

 

(……電圧(マナ・ボルテージ)よし。絶縁靴、機能確認。周囲との接触なし。対地電圧を確認――二次災害(感電)防止インターロック、機能中。……行くぞ)

 俺はペンチで腐食したケーブルを慎重に掴む。

 

『バチッ!!』

 アークが飛び、ヘルメットのバイザーを焦がす。

「ひっ!?」

 

 凛が悲鳴を上げるが、俺の手は止まらない。

 呼吸を止め、銅線をねじ込み、バイパス回路を形成する。

 物理的な「銅」であっても、伝導率が高ければ魔力は通る。魔法だろうが電気だろうが、流れる道があればいいんだ。

 

「……接続(コネクト)。よし、 通電確認」

 

 最後に、むき出しの接続部を保護するために、黒い自己融着テープを引き伸ばしながら巻きつけ、その上から保護用のビニルテープでグルグル巻きにする。

 神聖で美しいクリスタルの台座に、無骨な黒いテープの塊が出来上がる。

 あまりに冒涜的で、あまりに実用的な光景。

 

「……ま、 魔法のクリスタルに、ビニールテープ……?」

 凛が信じられないものを見る目で呟く。

 だが、これが「現場」だ。見た目なんぞどうでもいい。機能すれば正義だ。

 

          ◇

 

 そして。

 俺が最後のテープを巻き終え、手を離した、その瞬間。

 

『カッッッ!!!!』

 クリスタルが強烈な輝きを取り戻した。

 同時に、変電室内の照明が100%の明るさで灯る。

 通路の方からも、 一斉に光が戻ったことが分かる輝きが漏れてきた。

 

「つ、 つきました……! 本当に、物理的な修理で直ってしまいましたわ……!」

 

 凛が呆然と輝きを見上げている。

 遠くからは、取り残されていた他班の生徒たちの「ついた!」「助かった!」という歓声が微かに響いてくる。

 彼らは知る由もないだろう。

 この光が、神の奇跡などではなく、たった一本の銅線と絶縁テープによって取り戻されたものだとは。

 

「……ふぅ」

 俺は額の汗を拭い、懐中時計を見た。

 16:30。

 撤収時間を合わせれば、17:00の定時には間に合う。

 

「よし、撤収(あが)るぞ。日報には『軽微な接触不良を修正』とだけ書いておく」

「軽微って……ボスを溶断して、配線を繋ぎ変えたんですのよ!?」

「余計なことを書くと、また変な仕事が増えるからな」

 

 俺は道具を片付けると、二人に背中を向けて歩き出した。

 だが、すぐに振り返り、気を緩めかけている二人に声を飛ばす。

「おい、気を抜くな。現場の事故の大半は、『作業終了後の片付け』と『夕暮れ時(薄暮)』に起きるんだ」

 

「……え?」

「帰るまでが業務だ。足元よし、周囲よし。……行くぞ、ご安全に」

 

「……は、 はい! ご安全に!」

 凛とリリスは顔を見合わせ、呆れたように、しかしどこか誇らしげに、俺の背中を追ってくる。

 眩い光に満ちた通路を、俺たち「佐藤工務店」は定時退勤に向けて歩き出した。

 

          ◇

 

 数日後。

 トラブルの原因調査のために現場入りした学園の魔導教授が、変電室で絶叫することになる。

「な、 なんじゃこりゃあぁぁぁ!! 古代の秘宝(アーティファクト)が、ホームセンターのテープで修理されているだと……!?」

 

 その修理跡が、伝説の「謎の凄腕エンジニア」の仕業として学園の七不思議になるのは、もう少し先の話だ。




本日も一日ご安全に!
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