異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~   作:ゆばのくさ

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ハーメルン版の主人公が一番強かで、職人肌が強い気がします。


# Ep.7 検収報告とスクロップ・ボーナス ~または、廃棄電線という名の臨時収入~

 地下水道エリア出口。

 湿った地下の空気から抜け出し、地上の乾いた風を浴びた瞬間、俺はヘルメットの顎紐を緩めた。

 西の空が茜色に染まっている。定時(17:00)を少し回ったところか。

 

「……ま、 眩しいですわ。お天道様の下って、こんなに有り難いものでしたのね」

 凛がヘルメットを脱ぎ、 乱れた髪を直しながら呟く。

 その顔には疲労の色があるが、瞳には生還したという安堵と、確かな達成感が宿っている。

 リリスもポンチョのフードを外し、 夕日を眩しそうに見上げている。

 二人とも、泥汚れはあるが怪我はない。装備(ハード)運用(ソフト)が噛み合った証拠だ。

 

 だが、周囲の様子は違った。

 

「うぅ……痛い、 足が……」

「暗い……来ないでくれぇ……!」

 

 次々と搬送されてくるのは、隣のAクラス(特待科)の生徒たちだ。

 担架に乗せられた彼らの装備は泥まみれで、高価な杖は折れ、プライドはズタズタに引き裂かれている。

 電圧降下(ブラウンアウト)による暗闇でパニックになり、魔法を乱射してガス欠(魔力枯渇)に陥った末路だ。

 

「あ……」

 担架の一人が、俺を見て目を丸くした。

 ホームセンターで俺の電池購入を嘲笑っていた、あのリーダー格だ。

 今の彼は、俺の腰にある懐中電灯と、無傷の作業着を、まるで英雄の聖剣でも見るような目で見つめている。

 

「あ、 あんた……本当に、 帰って……」

 俺は立ち止まらず、彼を一瞥しただけで通り過ぎる。

 嘲笑い返す必要もない。

 これは「才能」の差ではない。「事前準備(リスクアセスメント)」の差だ。

 今はまだデバッグ不足の不具合個体に過ぎないが、生存率を高めるパッチを当てれば、将来的な共同プロジェクトの駒、あるいは外注先として化けるジョーカーがいるかもしれない。

 今はただ、高い授業料を払って学んでもらうしかない。

 俺の独り言は、救護班の喧騒にかき消された。

 

          ◇

 

 学園の購買部裏にある素材検収所。

 実習を終えた生徒たちが、戦果である魔石を換金・評価してもらう場所だ。

 

「……ひどいな。今日は不作か?」

 検収担当の教官が、眉をひそめている。

 運び込まれる魔石は、どの班も数個程度。中にはゼロの班もある。

 照明トラブルがあった以上、当然の結果だ。生き残っただけで御の字だろう。

 

「次、B組・佐藤班。……お前たち、無事だったのか」

 教官が俺たちを見て、 少し驚いた顔をする。

 Dランクの落ちこぼれが、泥一つ付けずに帰ってきたからだ。

 

「報告します。指定エリアの探索、および資源回収、完了しました」

「あ、 ああ。出してくれ」

 

 俺は無言で、背負っていた二つの土嚢(どのう)袋をカウンターに置いた。

『ズシン!』という重たい音。

 

「……おい。なんだそれは」

「魔石です。検収をお願いします」

 

 俺が袋を逆さにすると、ゴロゴロと大量の魔石が転がり出た。

 その数、約80個。

 しかも、通常のスライムの青い石ではない。暗闇に適応した変異種特有の、紫がかった高純度な石ばかりだ。

 

「なっ……!? 夜行性変異種(レア)の魔石!? しかもこの量は……!」

 教官が椅子から立ち上がる。

 周囲の生徒たちがざわめく。「あいつら、あの暗闇の中で狩りをしてたのか!?」「頭おかしいだろ!」

 

「ど、 どうやったんだ? Aクラスですらパニックになるあの状況で……」

 教官の問いに、俺は懐中電灯をポンと叩いて見せた。

 

物理(LED)です」

「は?」

「ホームセンターで買った強力なライトを浴びせたら、敵が目を回して硬直しました。そこを一方的に処理しました」

 

 嘘は言っていない。

 敵は「鹿のライト硬直(ヘッドライト・エフェクト)」を起こして棒立ちだった。そこを凛が流れ作業で処理しただけだ。

 教官は狐につままれたような顔で、俺と、カウンターに積まれた魔石の山を交互に見ている。

 だが、現物(モノ)はある。

 

「……ず、 ズルではないな。道具の持ち込みは許可されている。……査定はSランクだ。文句なしのトップ成績だぞ」

 

 俺は明細を受け取り、涼しい顔で検収所を後にした。

 

          ◇

 

 解散前。俺たちは人気の少ない旧校舎裏――通称「部室(仮)」に集まっていた。

 

「これが今回の報酬(ギャラ)だ。山分けするぞ」

 俺は換金した現金を三等分し、二人に渡す。

 凛が封筒の中身を見て、 目を見開いた。

 

「こ、 こんなに!? お小遣いの三ヶ月分はありますわよ!?」

「危険手当込みだ。……だが、本当のボーナスはこっちだ」

 

 俺はもう一つの袋――検収に出さなかった汚れ物が入った袋を開けた。

 中から出てきたのは、黒く焦げたスライムの核の破片と、修理の際に交換して持ち帰った腐食したケーブルの切れ端だ。

 

「……ゴミですわよ、 それ」

 凛が汚いものを見る目で言う。

 俺はニヤリと笑った。素人め。

 

「甘いな。このケーブルの芯材を見ろ。魔力伝導率の高いオリハルコン合金だ。古代のダンジョン設備に使われていた純正品だぞ」

 俺はケーブルの断面を指差す。

 表面は腐食しているが、中は鈍い銀色の輝きを放っている。

 

「今の市場に出回っている安物とは純度が違う。精錬してスクラップ屋に流せば、 魔石の10倍の値段(レート)が付く。あるいは、 俺たちの装備の材料にしてもいい」

 前世のゲーム『アストラル・レジメン』でも、魔力密度の高い初期マップの設備は、廃人プレイヤーの間で「剥ぎ取り推奨」のボーナス品として知られていた。魔石ハントよりも効率がいい、真の意味での攻略だ。

「じゅ、 10倍……!?」

「そして、 こっちのスライムの核。これも伝導性を持ったレア素材だ。半導体(マジック・チップ)の材料になる」

 

 俺は電卓(自作)を叩き、弾き出された数字を二人に見せた。

「今回の経費(電池・テープ代)を差し引いても、 利益率は400%超えだ。……来週は焼肉に行くぞ」

 

「「!!」」

 凛とリリスの目が輝いた。

 特にリリスは、無表情のまま口元から涎を垂らしそうになっている。

 餌付け完了。

 将来、凛が22歳で接続を切られた(リタイアした)後、どれだけ自律して稼げるか。その可用性を高めておくことは、チームリーダーとしての責務であり、俺自身のセカンドライフへの先行投資でもある。

 一方、リリスについてはシステムの根幹に近い存在だ。彼女の可用性は、また別の次元で担保していく必要があるだろう。

 これで、彼女たちはもう「佐藤工務店」から抜け出せない。

 

          ◇

 

 帰り道。

 夕闇が迫る通学路を、俺たちは歩いていた。

 

「……ふふっ」

 隣で、凛が何かを愛おしそうに撫でている。

 あの黄色いプラスチックの作業用ヘルメットだ。

 泥と煤で汚れていたそれを、彼女は高級なシルクのハンカチで丁寧に拭き取っていた。

 

「……捨てないのか、 それ」

「捨てませんわ! ダサいですけど……こいつがなかったら、 頭を打って気絶していましたもの」

 

 凛はヘルメットを抱きしめる。

「それに、このライトの光……暗闇の中で、本当に頼もしかったですわ。機能美……ええ、少しだけ分かりましたの」

 

 あのお嬢様が、泥だらけの安全装備に美を感じ始めている。

 現場監督としては、優秀な作業員が育っていることに満足感を覚える。

 リリスもまた、折りたたんだ迷彩ポンチョを大事そうに鞄にしまい、俺が渡したサイリウム(まだ微かに光っている)を、宝石のように眺めながら歩いている。

 

(……ま、悪くないチームだ)

 俺たちの間には、言葉以上の信頼――いや、共犯関係にも似た結束が生まれていた。

「航の指示に従えば、安全に帰れて、金も儲かる」。

 その単純にして最強の動機が、彼女たちを突き動かしている。

 

          ◇

 

 その頃。

 地下水道・最奥部の第3変電室。

 

「むぅ……スライムによる地絡か。よくある事故じゃが……」

 現場検証に訪れた学園の魔導教授(老魔法使い)が、復旧したクリスタルを調査していた。

 彼は、クリスタルの根元を見て、 老眼鏡の位置を直した。

 

「な……なんじゃこりゃあ!?」

 そこには、神聖なクリスタルの台座に、無骨な黒いテープが幾重にも巻かれていた。

「自己融着性絶縁テープ」。

 この世界には存在しないはずの、化学素材。

 

「聖なるクリスタルに、 ゴムのテープだと!? 冒涜的だ! ……だが!」

 教授は震える手で、 その施工箇所を撫でた。

 

「完璧じゃ……! 腐食した配線を切除し、 物理的な金属線でバイパスを作り、 絶縁処理まで施してある。魔力の漏れ(リーク)が完全に止まっておる!」

 

 高度な修復魔法ではない。

 あまりに原始的で、泥臭く、しかし工学的最適解に基づいた物理処置。

 

「学園内に、 とんでもない『現場のプロ』が紛れ込んでいるぞ……! この手際、 ただの学生ではない!」

 教授の視線が、手元の報告書に落ちる。

 担当者:佐藤航。

 作業内容:『軽微な接触不良を修正』。

 

「軽微だと……? ふふ、面白い。久々に骨のある職人が現れたようじゃな」

 クリスタルが放つ光の下で、教授はニヤリと笑った。

 この一件が、俺の平穏な裏方ライフを脅かすフラグになったことを、帰路につく俺はまだ知らない。




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