異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~ 作:ゆばのくさ
地下水道エリア出口。
湿った地下の空気から抜け出し、地上の乾いた風を浴びた瞬間、俺はヘルメットの顎紐を緩めた。
西の空が茜色に染まっている。
「……ま、 眩しいですわ。お天道様の下って、こんなに有り難いものでしたのね」
凛がヘルメットを脱ぎ、 乱れた髪を直しながら呟く。
その顔には疲労の色があるが、瞳には生還したという安堵と、確かな達成感が宿っている。
リリスもポンチョのフードを外し、 夕日を眩しそうに見上げている。
二人とも、泥汚れはあるが怪我はない。
だが、周囲の様子は違った。
「うぅ……痛い、 足が……」
「暗い……来ないでくれぇ……!」
次々と搬送されてくるのは、隣の
担架に乗せられた彼らの装備は泥まみれで、高価な杖は折れ、プライドはズタズタに引き裂かれている。
「あ……」
担架の一人が、俺を見て目を丸くした。
ホームセンターで俺の電池購入を嘲笑っていた、あのリーダー格だ。
今の彼は、俺の腰にある懐中電灯と、無傷の作業着を、まるで英雄の聖剣でも見るような目で見つめている。
「あ、 あんた……本当に、 帰って……」
俺は立ち止まらず、彼を一瞥しただけで通り過ぎる。
嘲笑い返す必要もない。
これは「才能」の差ではない。「
今はまだデバッグ不足の不具合個体に過ぎないが、生存率を高めるパッチを当てれば、将来的な共同プロジェクトの駒、あるいは外注先として化けるジョーカーがいるかもしれない。
今はただ、高い授業料を払って学んでもらうしかない。
俺の独り言は、救護班の喧騒にかき消された。
◇
学園の購買部裏にある素材検収所。
実習を終えた生徒たちが、戦果である魔石を換金・評価してもらう場所だ。
「……ひどいな。今日は不作か?」
検収担当の教官が、眉をひそめている。
運び込まれる魔石は、どの班も数個程度。中にはゼロの班もある。
照明トラブルがあった以上、当然の結果だ。生き残っただけで御の字だろう。
「次、B組・佐藤班。……お前たち、無事だったのか」
教官が俺たちを見て、 少し驚いた顔をする。
Dランクの落ちこぼれが、泥一つ付けずに帰ってきたからだ。
「報告します。指定エリアの探索、および資源回収、完了しました」
「あ、 ああ。出してくれ」
俺は無言で、背負っていた二つの
『ズシン!』という重たい音。
「……おい。なんだそれは」
「魔石です。検収をお願いします」
俺が袋を逆さにすると、ゴロゴロと大量の魔石が転がり出た。
その数、約80個。
しかも、通常のスライムの青い石ではない。暗闇に適応した変異種特有の、紫がかった高純度な石ばかりだ。
「なっ……!?
教官が椅子から立ち上がる。
周囲の生徒たちがざわめく。「あいつら、あの暗闇の中で狩りをしてたのか!?」「頭おかしいだろ!」
「ど、 どうやったんだ? Aクラスですらパニックになるあの状況で……」
教官の問いに、俺は懐中電灯をポンと叩いて見せた。
「
「は?」
「ホームセンターで買った強力なライトを浴びせたら、敵が目を回して硬直しました。そこを一方的に処理しました」
嘘は言っていない。
敵は「
教官は狐につままれたような顔で、俺と、カウンターに積まれた魔石の山を交互に見ている。
だが、
「……ず、 ズルではないな。道具の持ち込みは許可されている。……査定はSランクだ。文句なしのトップ成績だぞ」
俺は明細を受け取り、涼しい顔で検収所を後にした。
◇
解散前。俺たちは人気の少ない旧校舎裏――通称「部室(仮)」に集まっていた。
「これが今回の
俺は換金した現金を三等分し、二人に渡す。
凛が封筒の中身を見て、 目を見開いた。
「こ、 こんなに!? お小遣いの三ヶ月分はありますわよ!?」
「危険手当込みだ。……だが、本当のボーナスはこっちだ」
俺はもう一つの袋――検収に出さなかった汚れ物が入った袋を開けた。
中から出てきたのは、黒く焦げたスライムの核の破片と、修理の際に交換して持ち帰った腐食したケーブルの切れ端だ。
「……ゴミですわよ、 それ」
凛が汚いものを見る目で言う。
俺はニヤリと笑った。素人め。
「甘いな。このケーブルの芯材を見ろ。魔力伝導率の高いオリハルコン合金だ。古代のダンジョン設備に使われていた純正品だぞ」
俺はケーブルの断面を指差す。
表面は腐食しているが、中は鈍い銀色の輝きを放っている。
「今の市場に出回っている安物とは純度が違う。精錬してスクラップ屋に流せば、 魔石の10倍の
前世のゲーム『アストラル・レジメン』でも、魔力密度の高い初期マップの設備は、廃人プレイヤーの間で「剥ぎ取り推奨」のボーナス品として知られていた。魔石ハントよりも効率がいい、真の意味での攻略だ。
「じゅ、 10倍……!?」
「そして、 こっちのスライムの核。これも伝導性を持ったレア素材だ。
俺は電卓(自作)を叩き、弾き出された数字を二人に見せた。
「今回の経費(電池・テープ代)を差し引いても、 利益率は400%超えだ。……来週は焼肉に行くぞ」
「「!!」」
凛とリリスの目が輝いた。
特にリリスは、無表情のまま口元から涎を垂らしそうになっている。
餌付け完了。
将来、凛が
一方、リリスについてはシステムの根幹に近い存在だ。彼女の可用性は、また別の次元で担保していく必要があるだろう。
これで、彼女たちはもう「佐藤工務店」から抜け出せない。
◇
帰り道。
夕闇が迫る通学路を、俺たちは歩いていた。
「……ふふっ」
隣で、凛が何かを愛おしそうに撫でている。
あの黄色いプラスチックの作業用ヘルメットだ。
泥と煤で汚れていたそれを、彼女は高級なシルクのハンカチで丁寧に拭き取っていた。
「……捨てないのか、 それ」
「捨てませんわ! ダサいですけど……こいつがなかったら、 頭を打って気絶していましたもの」
凛はヘルメットを抱きしめる。
「それに、このライトの光……暗闇の中で、本当に頼もしかったですわ。機能美……ええ、少しだけ分かりましたの」
あのお嬢様が、泥だらけの安全装備に美を感じ始めている。
現場監督としては、優秀な作業員が育っていることに満足感を覚える。
リリスもまた、折りたたんだ迷彩ポンチョを大事そうに鞄にしまい、俺が渡したサイリウム(まだ微かに光っている)を、宝石のように眺めながら歩いている。
(……ま、悪くないチームだ)
俺たちの間には、言葉以上の信頼――いや、共犯関係にも似た結束が生まれていた。
「航の指示に従えば、安全に帰れて、金も儲かる」。
その単純にして最強の動機が、彼女たちを突き動かしている。
◇
その頃。
地下水道・最奥部の第3変電室。
「むぅ……スライムによる地絡か。よくある事故じゃが……」
現場検証に訪れた
彼は、クリスタルの根元を見て、 老眼鏡の位置を直した。
「な……なんじゃこりゃあ!?」
そこには、神聖なクリスタルの台座に、無骨な黒いテープが幾重にも巻かれていた。
「自己融着性絶縁テープ」。
この世界には存在しないはずの、化学素材。
「聖なるクリスタルに、 ゴムのテープだと!? 冒涜的だ! ……だが!」
教授は震える手で、 その施工箇所を撫でた。
「完璧じゃ……! 腐食した配線を切除し、 物理的な金属線でバイパスを作り、 絶縁処理まで施してある。魔力の
高度な修復魔法ではない。
あまりに原始的で、泥臭く、しかし工学的最適解に基づいた物理処置。
「学園内に、 とんでもない『現場のプロ』が紛れ込んでいるぞ……! この手際、 ただの学生ではない!」
教授の視線が、手元の報告書に落ちる。
担当者:佐藤航。
作業内容:『軽微な接触不良を修正』。
「軽微だと……? ふふ、面白い。久々に骨のある職人が現れたようじゃな」
クリスタルが放つ光の下で、教授はニヤリと笑った。
この一件が、俺の平穏な裏方ライフを脅かすフラグになったことを、帰路につく俺はまだ知らない。
本日も一日ご安全に!