異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~ 作:ゆばのくさ
AIが超危険武器を製造する所でした。
放課後の旧校舎裏。「部室(仮)」として占拠している空き教室。
西日が差し込む埃っぽい部屋で、俺は黙々と作業に没頭していた。
「……納得いきませんわ」
向かいの席で、北条凛が不満げに頬を膨らませている。
彼女の手には、学園新聞の号外が握られていた。
『スクープ! 地下水道に現れた謎の救世主!? 頭部が発光する正体不明の巨人、壊れたインフラを素手で修復して去る!』
「誰が巨人ですの! しかも頭部が発光って……これじゃまるで、 私がピカピカ光る化け物みたいじゃありませんか!」
「事実だろ。ヘッドライトをつけてたんだから」
俺は新聞を一瞥もしない。
手元にあるのは、前回回収した腐食した魔導ケーブルの束だ。
カッターナイフで表面の腐った被膜を丁寧に剥ぎ取ると、中から鈍い銀色の輝きを放つ芯線が現れる。
「……美しいな」
俺はうっとりと芯線を撫でた。
「オリハルコン合金線」。
魔力伝導率は銅の100倍。超伝導に近い性質を持つ、幻のレアメタルだ。
市場価格はグラム数万円。それが今、俺の手元に数百グラムはある。
「噂なんてどうでもいい。今は資産運用だ。こいつを精錬して売れば、 当面の活動資金になる。……そして、 一部は自分用に確保する」
「自分用? 何に使いますの?」
「護身用具だ。俺たちは目立ちすぎた。これから厄介ごとは増える一方だぞ」
例の号外ニュースのせいで、他クラスの連中も俺たちを得体の知れない強力なユニットとして認識し始めた。
今はまだ噂の段階だが、これは将来的なギルド構築や外注元開拓に向けた良質な
目立つリスクを最小化しつつ、
俺はニッパーで合金線をパチンと切り出し、次の工程へと移った。
◇
コンコン、とドアがノックされ、返事を待たずに東条カイが入ってきた。
彼は相変わらず、人を食ったような薄い笑みを浮かべている。
「やあ。噂の光る巨人さんたち」
「……茶化すなら帰れ。今、 細かい半田付けの最中だ」
カイは俺の前の席に座り、コーヒー(俺が持ち込んだインスタント)を勝手に淹れ始めた。
「地下水道の件、 現場検証の結果が出たらしい。誰があんな完璧な処置をしたんだって、 職員室は大騒ぎだよ。魔法の痕跡が一切ない、 物理的な
「さあな。通りすがりの親切な電気工事士じゃないか?」
俺はシラを切る。
カイは肩をすくめ、話題を変えた。
「まあいいさ。それより航、 君の予測通りだ」
「何がだ?」
「大魔導灯だよ。最近、 出力が不安定なんだ。夜になると
俺の手が止まった。
大魔導灯。学園の中央にそびえ立つ、高さ100メートルを超える白亜の塔。
この学園都市全体の結界を維持し、夜の闇を照らす
「……やっぱりか。あの灯台、 設置から50年ノーメンテだろ? ガタが来て当然だ」
「先生たちは星の巡りが悪いとか古の呪いとか言ってるけどね」
「呪い? 馬鹿か。ただの
俺は工具を置いた。
嫌な予感がする。地下水道のブラウンアウトは、あくまで支線のトラブルだ。
だが、大魔導灯は幹線。あれが落ちれば、学園都市の機能は麻痺する。
◇
夕暮れ時。
俺はカイと凛、リリスを連れて中庭に出た。
見上げる先には、巨大なクリスタルの塔。その頂点が、夕闇の中で輝き始めている。
「わぁ……やっぱり綺麗ですわね」
「永遠の輝きだね」
凛や、周囲の生徒たちがうっとりと見上げている。
だが、
(……ズーム、 倍率10倍。外観検査開始)
俺の視界が拡大される。
クリスタルを支える台座。そこに接続された高圧魔導ケーブル。
その
「……汚ねぇな」
「えっ? 何か見えますの?」
「碍子の表面だ。真っ白だろ。あれは塩だ」
俺は海の方角を指差す。
ここは極東魔導管理特区。四方を海に囲まれた島国だ。
常に潮風が吹き付けているにも関わらず、あの塔は50年間、一度も洗浄されていない。
「『
耳を澄ませる。
風の音に混じって、『ジジジ……ジジッ……』という、湿った虫の羽音のような音が聞こえる。
「コロナ放電の音だ。リーク電流が漏れ出している証拠だ」
俺は空を見上げた。
今夜は曇り。湿度は90%を超えている。
「今夜は湿度が上がる。塩が水分を吸って、 絶縁性能が限界まで落ちるぞ。……今夜あたり、トラッキング現象で火を噴くかもしれん」
トラッキング現象。
コンセントに溜まった埃が湿気を吸って発火する現象の、超高圧魔力版。
規模が違う。あれがショートすれば、学園の夜は終わる。
◇
「……帰るぞ。準備が必要だ」
俺は足早に部室へ戻り、作業を再開した。
大規模な
丸腰では安全を守れない。
「航、 何を作っているの?」
リリスが覗き込んでくる。
俺が組み立てているのは、 塩ビパイプを加工した長さ60センチほどの棒だ。
先端には、さっき精錬した「オリハルコン線」がコイル状に巻かれている。
「護身用具だ。……完成」
俺はグリップのスイッチを入れた。
『バチチチチチッ!!!』
青白いアーク放電が激しくスパークする。
空気がイオン化し、オゾンの臭いが立ち込める。
「ひゃうっ!?」
リリスが飛び上がって逃げた。
普段は無機質な彼女だが、この高電圧のパルスノイズだけは本能的に拒絶している。自身の
「……悪いな、リリス。お前をデバッグするつもりはない」
「名付けて『
「そ、 そんな高電圧、 触ったら死んでしまいますわよ!?」
凛が青ざめて叫ぶ。俺は首を振った。
「死なない。
俺はバトンを空中で振った。残像が青く光る。
「魔法使いは、魔法に対する防御は高い。だが、物理的な電気抵抗はない。……神経系に直接ノイズを流し込めば、どんな大魔導師でも一撃で落ちる」
物理と魔力のハイブリッド兵器。
これがあれば、魔法が使えない停電下でも、俺たちの安全は確保できる。
「……えげつないですわね、 相変わらず」
「生存戦略と言え。……よし、 装備チェック完了。今日は早めに寮に戻るぞ」
俺は窓の外の不安定な大魔導灯を見上げた。
この脆弱なインフラは、今後さらに劣化を加速させるだろう。そんな不確かな世界で、凛のような22歳で接続を切られる側の存在が生き抜くには、付け焼刃の魔法などより、こうした工学的な冗長性を叩き込んでおく必要がある。
彼女を『高可用性な現場パートナー』に育て上げること。それが、このチームにおける俺の当面の
◇
その日の夜。
時刻は22:00。
俺は寮の自室で、
窓の外には、大魔導灯が輝いている。
だが、その光は不安定に揺らぎ、時折赤黒い火花を散らしている。
「……来たな」
カップを置いた、その瞬間だった。
『カッッッ!!!!』
窓の外が、真昼のように青白く閃光した。
遅れて、腹に響くような重低音が轟く。
『ズドオオオォォォォン……!!!』
大魔導灯の頂上付近から、黒煙と火花が噴き出した。
直後、学園中に
ウゥゥゥゥゥ――!!
「きゃあああ! 電気が消えた!?」
「結界が落ちたぞ! 魔物が来る!」
寮の廊から、生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。
部屋の照明も落ち、非常灯の赤い光だけが点滅している。
完全な
「……言わんこっちゃない。塩害で絶縁破壊を起こしたな」
俺は慌てもせず、ヘルメットを被り、腰に絶縁破壊棒と懐中電灯を吊るした。
パニック映画の開幕だ。
だが、プロはここですぐには動かない。俺は脳内で
(危険源の特定。①頭上からの落下物。②パニックによる暴徒化。③結界消失による魔物の侵入)
(リスク見積もり。重大性『極大』×頻度『高』=リスクレベル『Ⅴ(許容不可)』)
単独での現場入りは自殺行為だ。リスクを許容範囲まで下げるには、低減措置が必要となる。
「……管理的対策として『単独行動の禁止』および『班員との合流』を採用」
俺は懐から通信用の魔導端末を取り出し、登録済みの回線を開いた。
「こちら佐藤。凛、 リリス、 聞こえるか。……状況は
『は、 はい! 真っ暗で怖いですわ……待ってます!』
『……(コクコク)』
応答確認、よし。
装備よし、手順よし、リスク対策よし。
安全が担保されて初めて、俺たちは現場に入れる。
「さて……緊急呼び出しの時間だ。深夜・休日の
俺は暗闇の中でニヤリと笑うと、混乱の渦中にある学園へと足を踏み出した。