異世界現場監督の定時退勤プラン ~魔法が神秘? バカ言え、ただの設備不良(バグ)だ。物理法則と工学知識でファンタジーを完全論破(デバッグ)する~ 作:ゆばのくさ
誤字報告ありがとうございます!修正しました。
女子寮の廊下は、阿鼻叫喚の巷と化していた。
非常用電源の赤い回転灯だけが明滅する中、パジャマ姿の女子生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「きゃあああ! 魔物が! 窓から入ってきたわ!」
「暗い! 何も見えない!」
結界の消失に伴い、学園の結界外に生息していた
実害は大したことないが、暗闇という環境が恐怖を増幅させている。
『バッッッ!!!!』
その混沌を、俺の
「うわっ、 まぶしっ!?」
「ひぃっ! 光る巨人!?」
またその呼び名か。
俺は無視して人混みをかき分け、凛とリリスの部屋の前へ到着する。
「凛! リリス! いるか!」
「さ、 佐藤さん!?」
ドアが開く。
凛は杖を構えたまま震えており、リリスは俺が渡したサイリウムを両手で握りしめていた。
「こ、 怖かったですわ……! 急に電気が消えて、 外から変な音が……」
「……(フルフル)」
完全にパニック状態だ。
このままでは使い物にならない。俺は即座に現場監督の顔に切り替える。
「注目! これより
俺は腹から声を出した。現場の朝礼と同じ、 通り一遍の号令。
その場違いな響きに、二人がビクッとして俺を見る。
「状況確認。大魔導灯の火災により結界消失。現在、 学園内各所でボヤと魔物の侵入が発生中」
「か、 火災……!?」
「そうだ。これは世界の危機じゃない。ただの
俺は指を立てて、
1. パニック状態の生徒による
2. 火災現場での有毒ガスおよび落下物。
3. 魔物との接触。
「……た、 対策は?」
「
俺の事務的な口調に、凛がハッとして表情を引き締める。
得体の知れない恐怖が、具体的な「対策可能なリスク」へと変換された瞬間だ。
「……は、 はい! ヘルメット、 着用よし!」
「……ポンチョ、 よし」
「よし。震える手で杖を持つな。深呼吸しろ。……行くぞ、 ご安全に!」
◇
俺たちは女子寮を出て、中庭へのルートを走った。
だが、前方が塞がれている。
パニックを起こした男子生徒数人が、暗闇に向かって魔法を乱射していた。
「来るな! あっち行けぇぇ!」
「死ね! 死ねぇ!」
火球や氷礫がデタラメに飛び交う。
このまま進めば、
「どいてください! 危ないですわ!」
凛が叫ぶが、 聞こえていない。
一人が錯乱した様子で、こちらに杖を向けた。
「あ、 あぁぁ! 魔物だ! 光る魔物が来たぁぁ!」
「ッ!? 馬鹿、 味方ですわよ!?」
凛が防御魔法を展開しようとする。
だが、それより早く、俺が懐に入り込んだ。
「邪魔だ、
俺は腰から抜いた塩ビパイプ――自作の
前世のゲーム知識で言えば、パニック状態の味方は例外処理が未実装のエラー個体だ。デバッグしている時間はない。最短工程で
スイッチ、 オン。
『バチチチチチッ!!!!』
青白いアーク放電が炸裂する。
昇圧された数万ボルトの電圧が、
「あが……ッ!?」
生徒は白目を剥き、 一瞬で崩れ落ちた。
残りの数人も、何が起計か分からず呆然としている間に、次々と処理して道を開ける。
「さ、 佐藤さん!? 気絶させましたわよ!?」
「パニックを起こした素人は、 モンスターより危険な動く障害物だ。言葉が通じないなら、 物理的に
俺は倒れた生徒を足で道の端に寄せ(気道確保はしてやった)、先を急ぐ。
リリスが、倒れた生徒と俺のバトンを交互に見て、何かを学んだようにコクコクと頷いている。
……「不具合個体は強制停止させるのが効率的」だと学習したらしい。システムとしての最適化速度が速すぎる。教育者としては複雑な気分だが、今は有能な部下であることを優先しよう。
◇
中庭に到着した俺たちが見たのは、地獄絵図だった。
高さ100メートルの大魔導灯。
その中腹、地上50メートル付近のデッキから、黒煙と赤い炎が噴き出している。
「水だ! 水魔法で消せ!」
「放水班、 急げ!」
教師たちが叫び、一斉に
大量の水が炎に直撃する。
だが、火は消えるどころか――。
『ボワァァァァン!!!!』
爆発的に炎上し、火のついた油が周囲に飛散した。
スロップオーバー現象。油火災に水をかければ、水蒸気爆発と共に油が拡散するのは常識だ。
「きゃぁぁっ!?」
「な、 なぜ消えないんだ!?」
教師たちが逃げ惑う中、一人だけ声を張り上げている女性がいた。
タイトなスーツに眼鏡。キャリアウーマン風の女性。
「馬鹿! やめなさい! 水はダメ! あれは『
彼女の指示は正しい。だが、パニック状態の現場には届かない。
彼女――学園運営局の事務官、
「くっ……指揮系統が死んでる……! このままじゃタワーが崩壊するわ!」
◇
「アンタが現場責任者か?」
俺は榊の前に歩み寄り、声をかけた。
榊が驚いたように振り返る。
「学生!? 避難しなさい! ここは遊び場じゃないのよ!」
「見れば分かる。
専門用語。
榊の目の色が変わった。彼女は俺の作業着と、腰の装備を一瞬で観察し、尋ねる。
「……貴方、 ただの学生じゃないわね。その装備、 そして今の判断……」
「原因は塩害によるトラッキングだ。碍子が絶縁破壊を起こして、冷却用の那由他オイルに引火した。……違うか?」
榊が息を呑む。
それは、彼女がたった今、端末で確認した事故原因と完全に一致していたからだ。
(……まさか、 先日の地下水道の報告書にあった『謎の職人』?)
榊は瞬時に思考を切り替えた。
彼女もまた、優秀な管理者だ。使えるリソースなら、学生だろうが悪魔だろうが使う。
「……直せるの?」
「直すんじゃない。止めるんだ。火を消すのは無理だ。燃料の
俺は燃え盛る塔を見上げる。
火元のさらに上、オイルタンクからの供給弁を閉める必要がある。
「俺なら行ける。……ただし、条件がある」
俺は榊の目を真っ直ぐに見た。
「俺はボランティアはしない主義だ。
本来のゲーム『アストラル・レジメン』において、榊のような事務員NPCは、初期階層でアイテムを支給するだけの「平役」に過ぎなかった。だが、この混乱に乗じて彼女から『現場指揮権』と『特権的アクセス権』を毟り取れれば、それは中盤以降のメインシナリオをスキップするに等しいアドバンテージになる。コンプライアンスの隙を突き、NPCの裁量を限界まで拡張させる――これこそが、メタ知識を利用した真の攻略だ。
火事場泥棒と言われても構わない。
責任と権限、そして報酬。これが明確でない仕事は事故の元だ。
榊は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにフッと笑みを浮かべた。
それは、頼もしい部下を見つけた上司の顔だった。
「……いいわ。貴方に現場の指揮権を委譲します。報酬は私が保証するわ。……何とかしなさい、 現場監督!」
「
◇
俺は即座に振り返り、 狼狽える教師たちを一喝した。
「おい素人共! そこを退け! 二次災害の元だ!」
ドスの効いた怒声に、教師たちがビクッとして道を空ける。
「リリス! 塔の入り口に物理障壁を展開! 落下物を防ぐ
「……マスターの
「凛! 風魔法だ! ただし普通の風を送るな! 酸素を供給したら火が広がるぞ!」
「えっ!? じゃ、 じゃあどうすれば……!?」
凛が戸惑う。当然だ、普通の魔法使いは成分など気にしない。
だが、今の俺たちには化学知識がある。
「成分をイメージしろ! 『
「……っ! やってみますわ!」
凛が杖を振る。放たれたのは透明な風だが、それは炎を煽ることなく、重くのしかかるように煙を押しのけた。
不活性ガスによる窒息消火と
完璧な連携だ。それを見た榊が、感嘆の息を漏らす。
「(あの子たち……完全に統率されている……)」
俺はマスクのフィルターを締め直し、ヘルメットのライトを最大光量にした。
目の前には、燃え盛る塔への入り口。
熱気が肌を焼く。
「
俺は榊に親指を立てて見せると、黒煙の中へと飛び込んだ。
「精々、 ご安全に!」
背後で、榊が呆れたように、しかし祈るように呟くのが聞こえた。
「……あの子、 本当に学生なの? まるで歴戦のレスキュー隊じゃない……」
さあ、残業だ。
学園のシンボルだろうが何だろうが、俺の現場になった以上、定時(夜明け)までには鎮火させてやる。
本日も一日ご安全に!