ブルーアーカイブ─吉原炎上篇─   作:いちごミルク

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これにて完全決着。次で最終回です。正直書いてて泣きそうになっちゃった


第十五話『絆の色は十人十色』

 崩壊した城の屋根の上。降り注ぐ黄金の陽光の中で、吉原の『夜』さ静かにその終わりを告げようとしていた。

 その場にいた者一人残らず、膝をつくシュンと、その腕の中で事切れようとしているキサキを言葉を失って見つめている。

 

「やっと……見せてあげられた。ずっと、ずっと貴女に見せてあげたかったの……この空を」

 

 シュンの震える声が、澄み渡る空気に溶け込んでいく。シュンは優しく、慈しむように、キサキの冷たくなりかけた頬を撫でた。

 

「言ったでしょう? きっとお日様と仲直りさせてあげる、って。約束、守れたかな……」

 

 キサキはゆっくりと重い瞼を開けた。かつてあれほどまでに恐れ、憎み、拒絶し続けてきた太陽の光。それが今、キサキの瞳を焼き、視界を白く染めていく。けれど、不思議と痛みはなかった。

 

「私、知っていたのよ。貴女がどんなに威張り散らしたって。どんなに酷い、残酷なことをしたって。……貴女は本当は、『夜王』なんて大層なものじゃないことくらい」

 

 シュンの声は、かつての幼い頃に語りかけた時と同じ、無垢で温かな響きを持っていた。

 

「貴女はただ、こうしたかっただけなのよね。ただ日向で、何も考えずに居眠りしたいだけの、普通の女の子なのよね。ただそれだけなのに。……なのに、こんな馬鹿げた街を作って。みんなを敵に回して、自分を追い込んで……」

 

 ──ポトリ、と。シュンの目から溢れた涙が、キサキの額に滴り落ちた。

 

「馬鹿な人……本当に……」

 

 キサキの意識を取り巻いていた真っ黒な暗闇を、純白の光が優しく、力強く照らし出していく。シュンの腕の中で、キサキはゆっくりと顔を上げた。

 そこにはもはや『夜王』なんて刺々しく、哀しい肩書きを背負った少女の面影はなかった。積もりに積もった憑き物が落ちたような、清々しく、年相応に愛らしい、一人の少女の笑顔が。そこにはあった。

 

「馬鹿な子……」

 

 シュンの呟きを聞きながら、キサキはその光の方向へと、確かな足取りで歩み始めた。

 

 ──静かに事切れたキサキの顔には、柔らかな微笑みが刻まれている。それは、かつて山海経の理想を掲げ、他校と積極的に交流し、妖艶でありながらも子供のような無邪気さを見せていた、あの頃の彼女の笑顔だった。

 シュン、ルミ、そして百華の生徒たち。死闘を演じたモモイもまた、荒い息を整えながら、その穏やかな最期を静かに眺めていた。

 

 

* * *

 

 

 その神聖なまでの静寂を、乾いた拍手の音が無情に切り裂いた。

 

「お見事ですね。実に鮮やかなお手前。……とは言い難いナリですか。ですが、実に恐れ入りましたよ」

 

 ケイは屋根の縁に立ち、貼り付けたような笑顔でこの惨状を見渡していた。

 

「小さき火が集いに集まって、ついに夜王の鎖を断ち切り、吉原を照らす太陽にまでなった。……フフッ。まさか本当に、あの夜王を照らし出すなんて。遠くまで来た甲斐がありましたよ。久しぶりに、面白いものを見せてもらいました」

 

 ケイは視線を、全身ボロボロになりながらも立っているモモイへと固定した。

 

「だけど、こんなことをしても吉原は変わらないと思いますよ。吉原に降りかかる闇は、夜王一人だけではない。私たち『春雨』に、ゲヘナやトリニティの中央暗部。闇は限りなく深く、そして濃い。また第二、第三の夜王が生まれることでしょう。貴女は、その闇を全て祓えるとでも? 本当に、この吉原を変えられると思っているのですか?」

 

 その冷徹な問いに、モモイはぐっと拳を握り、真っ直ぐに言い返す。

 

「変わるよ。人が変われば、街だって変わるんだ。……これから、お天道様だって機嫌を損ねて、雲から顔を出さない日だってあるだろうけど。それでも、この人たちの中に灯った光は、もう二度と消えないよ!」

 

「フフッ、そうですか。大した自信ですね。……ならば早速、この『第二の夜王』と開戦と──」

 

 ケイが手をかけた瞬間、空間を歪ませるような轟音と共に、光の弾丸が連射された。──アリスの放ったレールガン。ケイはそれを見ることすらせず、最小限の動きで紙一重に回避する。

 

「ケイ!! 貴女の相手はアリスです!!」

 

 屋根の破片を跳ね除け、管制室から駆けつけたアリスが飛び出してきた。

 

「そのねじ曲がった根性、お姉ちゃんであるアリスが叩き直して差し上げます!!」

 

「ダメだって、アリスちゃん! まだ傷が開いてるんだから!」

 

「その体じゃ無理だよ、アリスちゃん!」

 

 戦おうとするアリスの両腕を、後ろからミドリとユズが必死になって抑え込んでいた。そのドタバタ劇を冷ややかに見つめていたケイはフッと自嘲気味に笑う。

 

「こいつは驚きました。まだ生きていたのですか。少しは丈夫になったようですね」

 

 ケイは再びモモイへと向き直った。

 

「出来の悪い姉ですが、よろしく頼みますね。せいぜい、強くなってください。……あと、貴女ももっと修行しておいてくださいね、才羽モモイ」

 

「ちょっ、貴女……!」

 

「私は、好物のおかずは取っておいて、最後に食べるタイプなんですよ。つまり……気に入ったんですよ、貴女を」

 

 ケイはモモイに──狂気と情熱が混ざり合ったような薄ら笑いを見せた。

 

「ちゃんと怪我、治してくださいね。まぁ色々あると思いますが……死んじゃダメですよ。──私に、殺されるまでは」

 

そのままケイは「それでは、ミレニアムの侍さん」と軽やかに告げると、迷いなく屋根から飛び降りた。

 

「待って! ケイ! ケイィィ!!」

 

 アリスの叫び声は快晴の空の下に消えていくのであった。

 

 

* * *

 

 

 城の下層──落日の如き混乱の最中、ミナは瓦礫の影で空を仰いでいた。

 

「たまげたな……。吉原に、お日様が昇ってやがるとは。あれが昇ってるってことは、沈んだのは『夜王』の方ってわけか、ケイ?」

 

 ミドリ、ユズ、アリスを助けて城から落下したミナは、何とか一命を取り留めていた。しかしその体は満身創痍。冷たいコンクリートの壁に背を預け、荒い呼吸を繰り返している。

 

「さぁ? 私は負けた奴には興味がありませんよ、ミナ」

 

「こいつは手厳しいな、ははっ」

 

 ミナの軽口に対しケイは氷のような冷たい視線を向けたまま、無感情に言い放った。

 

「ミナ。悪い癖が出ましたね。私とやり合った時もそうだ。年下を大切にするのは結構ですが、加減したまま力を出し切らずに負けるなど、愚の骨頂。それは最も恥ずべき、相手を侮辱する行為です。……言ったでしょう。弱い奴に用はない、と」

 

「……はは、手加減なんてした覚えはないがな。だがあの逸材を、こんなところで消すのは勿体ないと思ったのは事実だよ。アンタと会った時と同じ感覚だった、ケイ。……実に、面白い姉妹だよ」

 

 ミナは乾いた笑い声を漏らす。

 

「私には関係ないはずなのに、なんだか嬉しいものだな。有望な後輩が、続々と現れてる。……私たちの未来は、明るいようだよ。これからは、貴女たち一年生の時代だ。私たち古い人間は、そろそろ月にでも帰るとするよ……」

 

 ミナの意識が遠のいた──が、衝撃は来ない。ケイは無言のまま、動けなくなったミナの体を肩に担ぎ、歩き出していた。

 

「……どういう風の吹き回しだ? お前らしくもない」

 

「ミナ。私も貴女と同じです。先が気になって放っておけなかった少女がいました。真の強者とは、強き肉体と強き魂を兼ね備えた者。……ですが、あの少女はそれとは程遠い。弱い肉体と、くだらないしがらみに囚われる脆弱な精神を持つ少女でした」

 

 担がれながらミナは不思議そうにケイの横顔を見ていた。ケイはいつになく、饒舌に語り続けます。

 

「だが、それでもあの少女は夜王に勝った。何度潰されても立ち上がり、圧倒的な実力差を覆し、最後は戦場で生き残った。……面白いでしょ? やっぱり、キヴォトスは広いですね。私たちが最強を自称するには、まだまだ早かった。ここには、私たちとは全く別の形の強さを持った連中がいる」

 

 ケイの瞳に、獲物を見つけた猛獣のような光が宿りました。

 

「『侍』という、殺戮兵器に匹敵する力を持つ修羅。……ワクワクするじゃないですか。あの獲物は、私のものです。誰にも手出しはさせない」

 

「ふふ、随分と入れ込んでるな……」

 

「吉原の変を知れば、上は黙っちゃいません。そうなれば、あの少女たちはタダでは済まないでしょう。私は世渡りが苦手なんです。……夜王も死んだことですし、どうせ手は空いているでしょう? ミナ」

 

「つまり……上を黙らせて、あの少女たちを死なせないための手を考えろ、と?」

 

 ミナは呆れたように笑いました。

 

「冗談はよせ。なんで私が、他校の蛮族のためにそこまでしなきゃならないんだ?」

 

「だってミナは言っていたでしょう? 『宇宙の海賊王への道を切り開いてくれる』って」

 

「あれは門主様に対して言ったことだ! というか、それとこれとは別だろう! ……ちょ、おい! スットコドッコイ! もっと優しく運べ!」

 

 文句を言うミナの声を無視し、ケイはふと、先ほどのキサキの最期の言葉を思い出した。

 

 ──貴様もいずれ知るだろう。後ろを振り返った時、何も無いことに。

 

(キサキ殿。私は、それで結構です。欲しいものなどありません。振り返ることなどありません)

 

 ケイは、沈みゆく吉原の廃墟を見ることなく、真っ直ぐに前を見据えていた。

 

(前しか見えない。眼前に広がる新たな戦場、それこそが私の求めしもの。誰よりも強くなるために行き、何よりも強くなるために進む)

 

 ──たとえ、その先に守るべきものなど何も無くとも。

 ケイの心に宿った冷たく鋭い「火」は、消えることなく燃え続けていた。

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