ブルーアーカイブ─吉原炎上篇─   作:いちごミルク

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第二話『綺麗な薔薇には棘がある』

 地下都市・吉原桃源郷。そこは地上のキヴォトスとは隔絶された、欲望と硝煙が入り混じる不夜城。

 今日この街の静寂は下卑た笑い声によって破られた。ゲヘナ学園から迷い込んできた不良たちが肩をそびやかし道を行く遊女生徒を突き飛ばして闊歩している

 

「ケッ、しけた面してんねぇ。あんたらみたいな下女に用はないのよ。えーっと、シュン太夫だっけ?  まずはその高嶺の花さんにあたしたちの飲み物でもついでもらおうかなぁ?」

 

 不良たちの言葉に、突き飛ばされた遊女が気丈に言い返した。

 

「……あんたたちみたいな田舎娘、シュン太夫は目もくれないわよ! 門前払いがお似合いね!」

 

「んだとコラァ!」

 

 激昂した不良が遊女の胸ぐらをつかみ、拳を振り上げた――その時。

 いつの間にか、路地の壁にもたれかかり、旨そうに肉まんを頬張っている少女が立っていた。──朱城ルミ。彼女は不良たちを冷ややかな目で見つめている。

 

「いいじゃなーい。ねぇあんた、いくらよ? 買ってあげるわよ」

 

 不良たちがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてルミに近寄る。ルミは最後の一口を飲み込むと、短く答えた。

 

「──もう、貰ってるよ」

 

 ──鈍い音と共に、先ほど遊女に掴みかかっていた不良の右手が地面に落ちた。

 

「……あ? ああああ、あああああああ!?」

 

 一瞬遅れて襲いくる激痛と絶望。不良たちがパニックに陥る中、その顔を見た一人が恐怖に震えながら叫んだ。

 

「お、お前……吉原自警団『百華』の……! 朱城、ルミ……!」

 

 かつては玄武商会として名を馳せた彼女たちは、今やこの街の秩序を守る冷徹な自警団となっていた。

 不良たちが一斉に襲いかかるが、ルミの動きは速い。正確無比に放たれたクナイが不良たちの腕を射抜き、彼女が横を通り過ぎるたびに、見えない刃が肉を切り裂く。

 

「薔薇にはそっと触れないと、トゲが刺さるよ?」

 

 背後で不良たちが血の薔薇を咲かせながら倒れ伏す中、ルミは一度も振り返ることなく闇に消えていった。

 

 

* * *

 

 

 同じ頃、地上のミレニアムサイエンススクール。夕暮れの陽光が差し込むセミナー室で、モモイとユウカは静かに言葉を交わしていた。

 

「随分と粘ってるっぽいねー。ココナがここに来てから、もうどれくらい経つっけ?」

 

「とんだ拾い物をしたわね、モモイ。あの子、小器用で素直だし、仕事の飲み込みも驚くほど速いわ。……貴女に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいよ」

 

「後半は余計。……ま、あとがないことが自分でも分かってるんだろうね。子供の割には、今まで汚いものも辛いものも、たくさん見てきたっぽいし」

 

「……変わったわよ、ココナは。何より目つきが良くなった。元々、真っ直ぐで可愛い目はしていたけれど」

 

 モモイはユウカのボールペンをクルクルと回しながら、思い詰めたように視線を落とす。その様子を見てユウカは小さく溜息をついた。

 

「……行くの?」

 

「何の話?」

 

「吉原っていう場所の意味、分かってるの?」

 

「人の性欲っていう名のモンスターを沈める場所……でしょ?」

 

 モモイは茶化すように言うが、ユウカの表情は晴れない。

 

「そうじゃないわよ。吉原には『裏の顔』があるっていうこと。あそこはキヴォトスの法が通じない治外法権の地。それを可能にしているのは、ある少女一人の力によるものよ」

 

 ユウカは声を潜めて続ける。

 

「──夜王『竜華キサキ』。吉原桃源郷の楼主にして、吉原を統べる最高権力者。今やシャーレはおろか、ゲヘナやトリニティですら手出しできない常夜の国の女王。呼び方は様々だけど、とにかく関わっちゃいけない、やばいヤツだって話よ」

 

 モモイはシレッとボールペンを懐に入れて立ち上がり、首をポキリと鳴らした。

 

「ヤツに目をつけられた者は、二度と日の光を拝むことはない……そう呼ばれているそうよ」

 

「夜王……ね」

 

 モモイは足を止めることなく入り口へと向かう。その背中にユウカは少しだけ寂しそうな、それでいて祈るような声で告げた。

 

「──行ってらっしゃい」

 

 振り返ることなくモモイは軽く手を挙げるのだった。

 

 

* * *

 

 

 吉原の喧騒の中、ココナが毎日のようにお金を預けていた見世番の生徒が、友人と団子を頬張りながら下世話な話を咲かせていた。

 

「そういえば最近、トンと見かけなくなったわね。あの小汚い女の子はどうしたの?」

 

「あぁ、ココナのこと? どうも最近、ちゃんとした雇い先が決まったみたいでね」

 

「え!? あんな子を雇ってくれる物好きがいるの?」

 

 茶をすすりながら、鼻で笑う。

 

「毎日来ることはなくなったけど、相変わらず週一くらいでやってくるよ。まとまった金を持ってね。以前は小汚い子猫みたいな顔してたのに、最近はすっかり小綺麗になっちゃってさ。表情も子供らしく柔らかくなったよ」

 

「んで? いくら溜まったのよ、その金。毎日毎日、シュン太夫を太陽みたいに拝んでたでしょ? お茶くらい一緒に飲む金はできたんじゃない?」

 

 その問いに、見世番は頬を掻きながら目線を逸らした。

 

「あぁ……それね……」

 

「ま、まさかアンタ……」

 

「い、いやだって、もともとあんな野良猫がシュン太夫に会おうなんて、どだい無理な話だったのよ。私たちだって直接口も利けない存在だよ? それにさ、あのお金、ちょうど一日一回お茶と団子を食べるのに手頃な額だったのよねぇ」

 

「おいおい、ヒデェやつだねぇ! じゃあ本当に、一銭も残ってないの?」

 

「ん、ないね。まぁ構うことはないよ! どうせあの野良猫のことだし、ろくでもないことをして掴んだ金に違いないんだから。文句を言われる筋合いはないわ」

 

 二人が「ははは!」と下卑た笑い声をあげた──瞬間。背後に座っていたモモイが黙ったまま、みたらし団子の串を食いちぎるようにして食べ終えた。

 

「んじゃ、次きた時は私も誘ってよ」

 

「おっと、言わなきゃ良かったかな?」

 

 二人が笑いながら立ち上がった刹那──モモイの手にした木刀が目にも止まらぬ速さで二人の後頭部を正確に捉えた。ゴッ、という鈍い音と共に、二人は何が起きたか理解することもなく卒倒。

 

「……はぁ。そんなことだろうと思ったよ」

 

 モモイは串を咥え、頭を掻きながら倒れた二人に歩み寄った。

 

「まぁいいか。最初から、お金で買えるような相手とは思っちゃいなかったし。──お姉さん、いくら?」

 

「お代は結構です。見ていてスッキリさせてもらえたので」

 

 店主である糸目の生徒は微笑みながら言いました。モモイは「ココナの知り合い?」と聞きながら、倒れた二人の懐をまさぐる。

 

「ここでは有名でしたから。あんな小さい子が来るような場所ではないのでね。……貴女も、少し小さい気がしますけれど」

 

「余計なお世話だよ」

 

 二人の財布から中身をぶちまけるが、出てきたのはわずかな小銭と二枚の札のみ。

 

「これっぽっちか……」

 

 モモイは舌打ちしながら、その金を全部自分の懐に収めた。

 

「ココナとシュンを会わせようとしているのですか?」

 

「うるさい子供にいつまでも住み着かれたら困るの。身寄りでもいないかと探しに来ただけだよ」

 

 空になった財布をゴミのように地面に捨て、モモイは真剣な目で問いかけた。

 

「……金のないヤツがシュンに会うには、どうすればいい?」

 

「シュンはこの吉原最高位の太夫。よほどの上客でなければ、姿を見ることも叶いません。諦めた方がよろしいかと。……この吉原桃源郷は、地上のキヴォトスとは別の法で縛られた一個の国。キヴォトスの常識は、一切通じません」

 

 店員の生徒はゆっくりと手を後ろに組み──着物の裾からクナイを取り出した。

 

「ここのルールに従っていかなければ、二度と上へは戻れなくなりますよ」

 

「悪いね──私は上でも下でも、自分のルールで生きてるの」

 

 

 ──瞬間、店主生徒は飛び上がった。着物を揺らしながら放たれた無数のクナイがモモイに向かって降り注ぐ。モモイはこれを──バク宙で回避。そのまま逆さの状態で生徒の顎を木刀で撥ね上げた。

 

「がはっ……!?」

 

殴り飛ばされる生徒を見送りながら、モモイは着地。すると周囲から「曲者だ!」「捕らえろ!」と叫び声が上がり始めた。

 

「あぁもう、めんどくさいことになってきたなぁ……!」

 

 モモイは舌打ちをしながら闇夜の路地へと走り出した。

 

 

 その頃、騒がしくなった大通りの裏側で、ココナは「何の騒ぎでしょう?」と首を傾げていた。

 

「ちょ……ちょっと待ってよ、ココナちゃん……これ、歩きにくいよ」

 

 ユズは情けない声を上げながらコツコツと高下駄を鳴らす。ココナと共にやってきたユズ、アリス、ミドリの三人は色鮮やかな着物に身を包み、髪を美しく整えていました。

 

「こら! シャキシャキ歩いてください、ユズ……あ、そうでした。ユズ太夫!」

 

 アリスは慣れない高下駄を器用に履きこなし、胸を張る。

 

「アリスちゃん、楽しそうだね……。でもお姉ちゃん、大丈夫かな?」

 

 

* * *

 

 

 ──吉原の頂点。遊郭の最奥には見上げるほどに巨大な城が建てられていた。街の通りと比べれば華美さにはかけるものの、見る人々を圧倒させるだけのオーラをどこからが感じ取ることができる。

 そんな無骨な城の中。街を見渡せる展望のような部屋で──『夜王』竜華キサキは部下であり護衛でもある近衛ミナからの報告を聞いていた。

 

「百華を動かしておるのか」

 

「はっ。妙なミレニアム生が一匹潜り込んでいるようで、百華の者が一人やられました。相当な手練です。……聞けば、シュンを探しているとか」

 

 薬酒を口に運ぼうとしたキサキの手が、わずかに止まった。

 

「フッ……珍しい話ではあるまい。あれはこの常夜の国の太陽。女たちが囲われ者として扱われるこの牢獄にあって、あの女の瞳にだけは、諦めも卑しさも憂いも見えない。この地下にあってもなお、その魂だけは堕ちることはない。決して、真の美しさを失わない」

「皆、シュンを敬愛し、愛し、求めておる。だが……手など届きはしないがな」

 

 薬酒を芸者に注いでもらいながらキサキはそう言った。

 

「いいえ。どうもそのミレニアム生は、シュンに会おうとしているのではなく、あの『童』に雇われたらしく……」

 

 ──キサキの脳裏に薄汚れたココナの姿が浮かびあがった。

 

「シュンに会おうと息巻いてウロチョロしておった、あの童か。詮なきことと捨ておいたが、やはりあの童……」

 

「調べましたところ、間違いございません。五ヶ月前の、あの童でございます」

 

「フフフッ、そうか。どこぞで野垂れ死んだものと思っていたが、まさかシュンの匂いを嗅ぎつけてここまでやって来るとはな……」

 

「シュンと童を合わせるのは危険かと。もし再会すれば、シュンは再びあの童を連れて逃げ出すやもしれません」

 

「逃がしはせんさ。シュンは地上で生きていくには、地下の闇を知りすぎた。あの女は死ぬまで、この常夜にいてもらわねばならん。──ルミを使え。いかなる手立てとて、あれには勝てまい」

 

 薬酒の盃を盆に置いた。

 

「その童とミレニアム生──生かして地上に返すな」

 

 

* * *

 

 

「な、なんですって!? 私のお金が使い込まれてたんですか!?」

 

「うん……ココナちゃんがお金を預けていた見世番さん、手癖の悪いことで有名だったみたい。ココナちゃんのお金、全部自分の飲み食いに使っちゃったんだって」

 

 ミドリの申し訳なさそうな言葉にココナの目から涙が溢れてきた。

 

「心を入れ替えて、あんなに真面目に働いて貯めたのにぃ! 全部、無駄だったんですか……っ!」

 

「……無駄なんかじゃないよ。私たちはちゃんと見てた。スリなんかしてたらお姉さんに顔向けできないって、一生懸命働いていたココナちゃんを」

 

 泣きじゃくるココナの頭をユズは優しく撫でる──が、ココナはその腕を振り払い、手の中にあったしわくちゃの札と小銭を地面に投げ捨てた。

 

「そ、そんなの何の意味があるんですか! お金がなきゃ、お姉ちゃんに会えないんですよ! 何の意味も……ないんですよ……っ!」

 

「──意味ならあるよ」

 

 ユズ、アリス、ミドリの三人が、力強く立ち上がった。

 

「これで堂々と、お姉さんに会いに行けるでしょ?」

 

「元々、家族に会うのに金がいるなんてのがおかしな話なんです。会いたい時に会うのが、姉妹ですよ!」

 

 投げ捨てられた小銭を拾い上げる。

 

「ユウカがそんなくだらないお金を稼がせるためにココナを働かせていたと思いますか? 依頼金は──しっかりゲーム開発部が頂きました!」

 

 アリスはコインを高く弾き飛ばし──華麗にキャッチした。

 

「む、無理です! 金もなしに花魁に会おうなんて、ここは地上の常識が通じる場所じゃ──」

 

 

 ──黒い雨。アリスはココナを抱えて一気に階段を飛び降りた。咄嗟に反応したユズとミドリもジャンプ──した瞬間、四人のいた場所に無数のクナイが突き刺さる。

 

「な、なに!?」

 

 声と目線を上げたユズの瞳に──大きな耳を持った少女が映った。その横からは武装した無数の生徒たちが幽霊のように現れる。

 

「あ、あの耳は……!」

 

「誰ですか?」

 

「吉原の掟を犯す者を処罰する自警団『百華』。その百華を率いる吉原最強の番人……『死神太夫』と恐れられる──」

 

 少女は飛び上がり、両手から複数のクナイを取り出した。

 

「──ルミだよ。以後、よしなにね」

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