ブルーアーカイブ─吉原炎上篇─   作:いちごミルク

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第三話『晴れの日とか関係なくレールガン出すやつには御用心』

 降り注ぐクナイの雨。金属同士が激突する甲高い音が、地下の路地裏に鳴り響った。

 ユズは怯えながらも必死にココナを背中に庇い、アリスは巨大なスーパーノヴァを盾としてクナイを防ぎ、ミドリは竹刀で飛来する殺意を薙ぎ払う。

 

「なんで!? なんで私たちが自警団に狙われなきゃいけないの……!?」

 

「知りませんよぉ! 私はただ、お姉ちゃんに会いたいだけなのに!」

 

「言ってる場合じゃありませんよ! 早くココナを連れて逃げて──」

 

 アリスが言いかけた瞬間、鋭いクナイの一本がスーパーノヴァの銃口に正確に突き刺さった。さらに間髪入れず、ルミが短刀を手にアリスへと肉薄する。

 

「くっ……!」

 

 アリスは重い一撃を受け止めるが、着慣れない着物と高下駄のせいで、いつもの踏ん張りが利かない。ミドリは他の百華を牽制しつつ、その隙にとユズはココナを連れて逃げ出した──。

 

「ユズ──!」

 

 しかし──その進路を塞ぐように百華の生徒たちが壁を作っていた。

 

「私の狙いは──初めからアンタだよ!」

 

 冷徹に告げられた言葉と同時に、無数のクナイがココナへと放たれた。ユズも反応が遅れて庇えない。死の牙が彼女の喉元へ迫った──その直前。

 

「──よっと!」

 

 ──猫のように飛び出してきたモモイは木刀を一閃。たった一振でクナイを叩き落とした。

 

「モモイ!」

 

 希望に満ちた声を上げたユズへとモモイは余裕の笑みを浮かべて振り向いた。

 ……刺さっている。額のど真ん中にクナイが刺さっている。

 

「待たせちゃったね」

 

 キメ顔で言うものの、額からは血がタラリと流れ、地面にボトボトと滴り落ちている。

 

「……も、モモイ? その、さ……刺さってる、よ」

 

「え? 何が?」

 

 一瞬の静止の後、無表情のまま額のクナイを強引に引き抜き、背中に隠した。

 

「いや……今、完全に刺さってたよね。大丈夫なの?」

 

「え? 何言ってんの? 刺さってないよ? 何も、ほら」

 

「いや、ほら……血だらけだし。無理しない方がいいよ。大丈夫? ほんとに」

 

 アリスとミドリは戦いを止めてジト目でモモイを見ていた。

 

「だから刺さってないって言ってんじゃん。これはあれだよ? ちょっと掠って血が出た、みたいな? 断じて刺さってないからね?」

 

「いやでも……」

 

「刺さってないって言ってるじゃん! そんなにユズは私のこと刺したいのか! あー分かったよ! じゃ刺さったことにしといてあげるよ! 刺さってないけどね、ほんとは!」

 

「いや、完全に刺さってたよね」

 

 さっきまで激しく敵対していたルミや百華の生徒たちまでもが、掛ける言葉が見つからないといった様子で、いたたまれない視線をモモイに送っている。

 

「いい加減にしなよユズ! 刺さってないって刺さった本人が言ってるんだから刺さってないことでいいじゃん!」

 

「……今認めたよね?」

 

「あのさぁ……ユズさ、ほんとにさ、空気読んでよ。ここは流してよ。刺さってない空気出しとこうよ。めっちゃカッコ悪いじゃん。完全に全部打ち落とした顔してたじゃん。めっちゃ恥ずかしいじゃん」

 

 モモイはユズの肩を組んで背を向ける。

 

「……やばい。私ちょっと恥ずかしくて振り向けないよ。笑ってない? みんな笑ってない? 大丈夫?」

 

「あっ、大丈夫だよ。笑ってない笑ってない」

 

「──私の攻撃を全部打ち落とすなんて。貴女、何者?」

 

 ルミの言葉にモモイは顔を赤くした。

 

「気を使ってくれてる!? 全部打ち落としたことにしてくれてるよ! いい人だよ、あの人、すっごくいい人だよ!」

 

 首を鳴らしながら、何事もなかったかのようにルミに向き直した。

 

「攻撃? そいつは悪かったね。私はクナイがのんびりお散歩でもしてるのかと思ったよ。どう? こんな物騒なものより、私ともっといい忍者のゲームでも──」

 

 キメ台詞を吐こうとして自分の顎に触れた瞬間──自分の手の甲にもう一本クナイが深々と刺さっていることに気がついた。即座にモモイはユズと肩を組んで背を向ける。

 

「ヤバいよ。腕にも刺さってた。今の、絶対に見られた。完璧に見られたよ!」

 

「モモイ、結局全然打ち落とせてないじゃん!? あちこち刺さりまくってるじゃん!」

 

「ヤバい、どうしよう。笑ってるでしょ。あの人たち、絶対に笑ってるよ。もう無理だ、帰るわ私。病院行くわ」

 

「落ち着いてモモイ! 『打ち落とした感じ』にしようとするから恥ずかしいの。ここは、身を呈してココナちゃんを庇ったことにしよう!」

 

「──身を挺して子供を庇うなんて。貴女、何者?」

 

 モモイの顔はまたもや紅潮した。

 

「聞いてくれた!? 計画聞いてくれたよ!? いい人だよ! あの人やっぱりいい人だよ!」

 

 わざとらしくフラフラと千鳥足になりながら、もう一度前を向いた。

 

「なんて攻撃……盾になるのが精一杯だったよ……。ちょっと、大丈夫、ココナ──」

 

 視線を落とした先には──クナイが刺さっていたココナが地面にへばりつくように倒れていた。

 

「……ココナ、ちゃん〜?」

 

「嘘……え、嘘……!?」

 

「コ、ココナ……?」

 

「ココナちゃん!」

 

 ユズ、ミドリ、アリスは悲鳴を上げながらココナに駆け寄った。

 

「あぁ……モモイ! これ、ちょ、これ!? 刺さってるよ完全に!? 颯爽と助けに来て結局思いっきりぶっ刺さってるよ!? 何しに来たのほんとに!?」

 

 しばしの沈黙。そしてモモイは木刀を握りしめながらルミを睨みつけた。

 

「貴女たち……! 貴女たち、死ぬ覚悟はできてるんだろうねぇ!?」

 

「誤魔化した!? 自分のミスで怒って、結局全部人のせいにしたよ、この人!」

 

 百華の生徒たちが武器を構え、現場に再び緊迫した──その時、百華の生徒の一人が、申し訳なさそうに弱々しく手を挙げた。

 

「あの……すみません。私、見ちゃったんですけど。さっき、あの子が助けに入った時に弾いたクナイの一本が……軌道が変わって、そのままあの子に刺さってました」

 

 モイは全身をワナワナと震わせ、冷や汗を滝のように流しながら直立不動になる。

 一人の言葉を皮切りに、他の生徒たちも口々に言い始めた。「私も見た……」「あれ、弾かなかったら刺さってなかったよね?」「じゃあ、あの子が殺したようなもんじゃない?」という無慈悲な言葉が次々と連打されていく。

 

「……モモイ? ちょっと、モモイ?」

 

 ユズが恐る恐る声をかけた──モモイは何も聞こえないふりをして、再び背を向ける。

 

「貴女たち……! 貴女たち、死ぬ覚悟はできてるんだろうねぇ!?」

 

「なかったことにしてる! 前のやり取りを丸々なかったことにして、再編集しようとしてるよ、この人!」

 

 ルミは一つ溜息をつくと、冷たい無表情で言った。

 

「……君も私のクナイの餌食になるといいよ。私が『殺した』あの童のところに、今すぐ連れて行ってあげる」

 

「超気を使ってくれてるよ!? くどいくらいに自分がやったことにしてくれてるよ!? いい人だよ、あの人やっぱりいい人だよ!」

 

 ただ流石にもう恥ずかしすぎる。モモイの顔は耳の裏まで真っ赤っかになっていた。

 

「ちょっと、もうそれ以上、気ぃ遣わないで……。優しくされると、私、泣きそうになるから……」

 

「何めんどくさいこと言ってんの!?」

 

「気なんて使っていない。私がクナイを投げなければ、こうはならなかった。過程はどうあれ、原因を作ったのは私だ。私が殺した」

 

「やめて本当に! 貴女の気持ちは分かったから! 私がやったの!」

 

「いいえ、私だ」

「いーや、私!」

「私だ」

「だから私!」

「私だ!」

「私──!!」

 

 ──その瞬間。三本目のクナイが鈍い音を立てて突き刺さった。モモイはそのまま白目を向いて直立不動のまま、背中から地面へとぶっ倒れる。

 

「モモイ!?」

 

「え、投げられたんですか!?」

 

「今の流れで!? 今の流れで投げられるの──」

 

 ──ユズ、アリス、ミドリの胸にも流れ作業のようにクナイが突き刺さった。三人は糸が切れた人形のように、モモイと同じく直立不動のまま倒れ伏した。

 

「……奴らは全員、私が始末した。そうキサキに伝えて。後始末は私がしておく」

 

 ルミの低い命令に、百華の生徒たちは黙って一礼し、闇の中へと消えていった。

 

 

 静まり返った路地裏。残ったルミはなぜか少し涙ぐんでいるモモイの側に歩み寄る。

 

「……ちょっと。早く起きて。早くしないと、次は本物のクナイを叩き込むよ?」

 

 ルミがモモイの額に刺さっていたクナイを──小気味よい音と共に引き抜いた。ルミが投げたのは柔らかな吸盤になっているオモチャのクナイである。

 

「……あり? 私、生きてる?」

 

 モモイを筆頭に、ココナ、ユズ、ミドリ、アリスの五人が、のそっと起き上がるのだった。

 

 

* * *

 

 

「こっち。急いで」

 

 五人はルミに案内され、吉原桃源郷の側面を這う巨大な排気パイプの上に立っていた。

 

「門には見張りがいる。このパイプの中を通っていきな。地上へは一日半あれば出れるはず」

 

 灰色のハッチをこじ開ける。

 

「さっさとここから逃げて。次に来たら、本当に殺すよ」

 

「……部下を引かせて、私たちを逃がすために芝居を打ってくれたんですか?」

 

「百華の頭である貴女が……どうして?」

 

「私は吉原の番人。騒ぎを起こすヤツを消す。それだけだよ」

 

 ココナは拳を握りながら叫んだ。

 

「わ、悪いですが、消えることはできませんし、消される覚えもありません! 私は姉さんに……シュン太夫に会いに来ただけなんです!」

 

「だったらなおさら、帰りな。私に貴女たちを逃がせと頼んだのは……他でもない、そのシュンだよ」

 

「お姉ちゃんが……! お姉ちゃん、私のことを知っているんですか!? 私がここにいることを!?」

 

 パッと明るくなるココナだったが反対にルミの表情は重いままだった。

 

「楼主のキサキは、貴女とシュンが接触することを病的に恐れている。ここにいれば、貴女の命はないよ」

 

「なんでですか!? 姉妹が会うのを邪魔される義理なんてありません!」

 

 怒ったのはアリス。憤慨を隠すことなく怒鳴るが、臆することなく遠い目をしながらルミは口を開いた。

 

「……シュンが吉原から逃げるかもしれないからだよ。五ヶ月前、何も知らずに眠っているココナを連れて、この街を抜け出そうとした時のようにね」

 

 

 ──七か月前。外なる世界からやってきた「天人」からキヴォトスを守るために行われた攘夷戦争。モモイも参加した攘夷戦争だったが結果としてはキヴォトスの敗北。キヴォトスは天人の手により開国されることとなってしまった。

 

 竜華キサキが変わったのもこのタイミングから。かつては穏健派だったはずのキサキだが、その圧倒的な武力をもって百鬼夜行の勢力を掌握し、無理やりこの『吉原桃源郷』を作り上げた。

 ここはシャーレやゲヘナ、トリニティといった巨大勢力ですら黙殺せざるを得ない、超法規的な空間。故に、地上では決して公にできない『政の秘事』や『悪政の温床』を育む場として利用されるようになってしまった。

 花魁ともなれば、各学園のパワーバランスを左右しかねない重要機密を握ることも珍しくない。だからこそ、遊女たちは一度ここに入れば、二度とお天道様を拝むことは許されないのである。

 行き場を失った生徒たちは『商品』として繋がれ、使い物にならなくなるまで酷使される。価値がなくなれば野垂れ死に、逃げようとする者は容赦なく始末される。

 

 ──この街が『常夜』と呼ばれるのは、単なる歓楽街だからではない。

 ここにいる全ての生徒たちが、二度と希望に満ちた朝を迎えることができない、終わることのない絶望の夜に閉じ込められているから。

 

「……でも、そんな絶望の中に、たった一人だけ違う目をした人がいたんだ」

 

 

* * *

 

 

 ルミは、かつての自分を思い出していた。

 キサキに反逆したことにより、薬によって体を小さくされ、力を奪われていたあの頃。自暴自棄になっていたルミは、亀吉という女の元で暴れ、折檻部屋に監禁されていた。

 

 薄暗い部屋で簀巻きにされ、何も見えないような暗闇の中。──そこへ一人の少女が入ってきた。

 

「あら、ルミですね。また暴れたんですか? まったくもう……」

 

 春原シュン。シュンは困ったように微笑みながら、縛られていたルミの側に腰を下ろした。

 

「腹が立つのも分かるけれど、逆らってばかりだと殺されてしまいますよ? ここは、子供だからって容赦はしてくれませんから」

 

「……殺したければ殺せばいい。こんな牢獄で『物』に成り果てるくらいなら、死んだほうがマシだよ」

 

「牢獄……ね。地上に行けば自由になれると思う? 所詮、人間なんて地球っていう檻に入れられた猿みたいなものですよ。上も下も、変わりはしない。本当の不自由っていうのはね……心に檻を張ることですよ」

 

 シュンは厳しい口調で、しかしどこか優しい顔で言い切った。

 

「死ぬだなんだと喚いている暇があったら、檻の中で戦いなさい。自分自身と」

 

 目の前に一つのおにぎりが置かれ、そのままシュンは部屋を後にした。

 

 ──次の日、ルミは噂を耳にした。シュンが亀吉に公然と喧嘩を売ったという話を。

 酷く痛めつけられて冷たい折檻部屋で拘束されているシュン。こっそりと戸を開けてルミはシュンの前にある物を差し出した。

 

「……勘違いしないで。これは昨日、貴女が置いていったもの。貴女の物を返しただけ。私は何も、悪いことはしてないよ」

 

「……そうですか。私は、おにぎりを作るのがそんなに上手でしたかね」

 

 それは傷だらけの指で塩の痛みと苦しみに耐えながら作った、不格好で歪なおにぎりでした。手が使えないシュンの口に、ルミは不器用におにぎりを運んであげました。

 

「禿は、姉様の世話をするのが仕事ですよ。……今日から、私が貴女の姉様です」

 

 常夜の闇の中にいたルミ、いや、死んだような目をしていた遊女たちに小さな太陽ができた。やがてその小さな太陽はこの吉原を照らす大きな光となる。そう、それが──それこそがシュンだった。

 

 

* * *

 

 

 ──五ヶ月前。激しい雨が叩きつける橋の上で、シュンは追っ手に捕まっていた。その腕の中にあったはずのココナの姿はどこにもない。

 遅れてやってきたキサキに、ミナが報告する。

 

「……既にどこかに引き渡した後かと思われます」

 

 キサキはシュンの顎を掴み乱暴に引き寄せた。

 

「……殺しなさい。あの子を連れて逃げた時から、覚悟はできています」

 

 一点の曇りもない覚悟の瞳。だがキサキはそんな覚悟を嘲笑うかのように小さく口角を上げ、冷たく放り投げた。

 

「残念じゃったの。まだ楽にはさせない。お主には死ぬまで、あの地獄で苦しんでもらう。まだまだ、利用価値はあるからの」

 

 ──シュンは配下が手にしていた薙刀の刃を、素手で迷いなく掴んだ。鮮血が滴るのも構わず、その刃を自分の首に押し当てる。

 

「冗談じゃない……。貴女の操り人形なんて、真っ平御免です」

 

「……分からんのか? 全てはお主次第だということが。たかが童一人、見逃すことなど容易い話。ただ──橋の下を調べさせ、その小娘ごと切り捨てるのも、また容易な話じゃ。二つに一つ。どちらかを選ぶとよい」

 

「……っ」

 

 シュンがルミたちにとって常夜を照らす太陽だったように。シュンにとってのココナも特別な存在だった。

 ──太陽は晴天でなければ輝けない。

 溢れる涙を拭うこともできず、ココナの命と引き換えに、シュンは再び闇の奥深くへと戻る決意をしたのだった。

 

 

* * *

 

 

「私が百華に入ったのは遊女になるのが嫌だったわけでも、吉原を守るためでもない。──シュンを守るため。そしてそのシュンが命を賭けて守ろうとしたココナ。君も私は必ず守らなくちゃならない」

 

 何も言えない。ココナはただ黙ったまま俯くだけ。反論しようとしても喉を動かすことはできなかった。

 

「帰って。君が死ねば、シュンの今までの辛苦が水の泡になる」

 

 ココナのため。シュンのため。ここは言われた通りに逃げるしかない──そう、思った時であった。

 モモイは苦い顔をしながら後ろを向く。

 

「過分な心遣い痛み入るけど──もう、手遅れっぽいよ」

 

 そこに居たのは──フードを深々と被り、そしてレールガンを背負っている少女であった。

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