ブルーアーカイブ─吉原炎上篇─   作:いちごミルク

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第七話『人生は選択の連続』

「参ったなこれは……。もしやとは思ったが、その武器、その肌……ったく、勘弁してくれよ。ミサイルのボタンを押す趣味はないんだがね」

 

 ミナは瓦礫の中からゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。ほとんどダメージを感じさせない様子で、軽口を叩きながら肩に仕込み傘を担ぎ直す。その視線は、鋭い闘志を燃やすアリスへと向けられていた。

 

「これも殺戮兵器の宿命かね。死ぬまで戦い続ける、呪われた人形……」

 

 アリスは無言で首を鳴らしながら一歩前へ踏み出した。

 

「モモイ。ここはアリスに任せてください。先に行ってください」

 

「バカ? 四人がかりでもヤバい相手だよ!」

 

 モモイの叫びを遮るようにユズが叫んだ。

 

「──行って、モモイ!」

 

「アリスちゃんは、私たちが守るから」

 

 ミドリもまた、アリスの隣に並び立って武器を構える。

 

「何を言っているのですか! アリス一人で十分です! 早く行ってください!」

 

「アリスちゃんが足手まといだって、モモイ!」

 

「アリスちゃんがこの前お姉ちゃんのパンツ盗んだのはアリスです、って言ってるよ!」

 

「二人に言ってるのです! というかミドリ! 勝手に罪を擦り付けないでください!」

 

 わちゃわちゃといつものように喧嘩を始める三人。その光景を見て、モモイは呆れたように大きな溜息をついた。

 

「ったく……。三人とも! 待ち合わせの場所は、分かってるんだろうね?」

 

 当たり前、と言わんばかりに三人は不敵に笑った。

 

「次会う時は──」

 

「日の下で!」

 

「でしょ?」

 

 モモイは三人の背中を一度だけ強く見つめ、力強く頷いた。

 

「──上等!」

 

 

 風のように走り出したモモイを見送り、三人は改めてミナの方向に体を向け、それぞれの得物を構える。

 

「人生ってのは重要な選択肢の連続なんていうがね、これだけはっきりババを引いたヤツは初めて見たね。あちらさんはハズレだ。門主様を一人で相手になんて、この世に一欠片の肉片も残らんよ。お前たちが正解だ。助かったねぇ──三人仲良くミンチにしてやるよ」

 

 アリスはスーパーノヴァを、ユズは薙刀を、ミドリは竹刀をミナに向けた。

 

「ハズレは貴女です」

 

「その粗末なもの──」

 

「──あらびきウインナーにしてやる!」

 

 

* * *

 

 

「裏切り者に死を!」

 

 叫び声と共に、百華の生徒たちがルミに向かって無数のクナイを投げつけた。ルミは二本の短刀を閃かせてそれらを捌くが、多勢に無勢。額を切り裂かれ、太ももを深く抉られる。

 しかし──ルミは決して反撃をしなかった。

 

「なぜ反撃しない? なぜ黙って打たれるままでいる!」

 

 生徒の一人が叫んだ。

 

「私に……貴女たちを殺す権利はないからだよ。今まで私は吉原を守るため、貴女たちと共に掟を犯す者を裁いてきた。そんな所業を重ねてきた私が、掟に背きながら己だけのうのうと生き残れるとは思っていない。殺していいよ、私を──だけど、時間は稼がせてもらう」

 

「己が身を挺して賊を守るというのか!」

 

 再び放たれるクナイの嵐。ルミは必死に弾くが、身体は限界に近い。頬を裂き、腹を刺し、手首を貫かれ、クナイが次々と身体に突き刺さっていく。

 この街に守る価値などない。そう思いながらもキサキの傀儡となり、吉原を、掟を守ってきた。変わらない日常、変わらない絶望。せめてシュンのいるこの場所を守り抜くことだけが、自分に残された唯一の使命だと信じて剣を振るってきた。

 

「私は何も……守ってなんてなかった。私が守ってきたのはシュンでもこの街でもない。自分の……心の檻だ」

 

 ルミはどろりとした血を吐き、膝をつく。

 

「吉原に檻を張ったのは、誰でもない。私たちだよ。キサキを恐れるあまり、変わることも変えることもせずに全てを諦観し、己が心に檻を張ったんだ。その檻を必死に守っていただけだった。吉原を守る、シュンを守る。全ては言い訳だ。私は自分の臆病さを隠すために、シュンを利用したんだ」

 

 ──あの頃から、自分は何も変わっていなかった。

 

「シュン……私はもう逃げないよ。檻を破るために、私は戦う……!」

 

 血塗れの視界の中で思い出したのは、自分を救ってくれたシュン。そして──馬鹿正直に太陽を信じているモモイの姿だった。

 

「私は諦めない! 最後まで、太陽に向かって真っ直ぐに立ち続ける!」

 

「やれぇぇ!!」

 

 号令と共に、百華の生徒たちが一斉にクナイを放とうとした。ルミは静かに目を閉じ、最期の衝撃を──。

 ──しかし、聞こえてきたのはクナイが肉を打つ音ではなく、床に虚しく落ちる硬い音だった。

 

「もうできない……」

 

「やりたくないよ、こんなこと……」

 

 生徒たちの間から声が上がる。

 

「頭……。あんたは臆病者なんかじゃない。あんたは、何も守っていなくなんてない。──守ってくれたじゃないか、私たちを!」

 

 かつて吉原から逃げ出そうとした生徒たち。客が取れなくなった者たち。掟を犯した者たち。それらを始末したように見せかけ、密かに百華の構成員として紛れ込ませ、生きる場所を与えていたのは、他でもないルミだったのだ。

 

「私は……貴女たちが女として生きる道を奪った。貴女たちを殺してきたのに」

 

「ここに売られてきた時点で、既に女などは捨てています」

 

「物としてではなく、人として生きる道を作ってくれたのは貴女です」

 

 そこにいる全ての生徒たちが、ルミが守り抜いてきた光そのもの。空に輝くのは太陽だけではない。太陽も月も、この常夜の街を照らすかけがえのない光。

 ルミは彼女たちの言葉を聞いて、どこか安心したように微笑み、そのまま背後へと倒れ込んだ。心配して駆け寄ってくる少女たちの顔を見ながら──ルミは呟く。

 

「道は照らしたよ……。吉原を、シュンとココナを頼むね……モモイ」

 

 ココナの元へと走るモモイは、預かった肉まんをじっと見つめた後、一口だけかじり、熱い息を吐いて再び走り出した。

 

 

* * *

 

 

「「「うぉぉぉ!!」」」

 

 ミドリ、ユズ、アリスの三人が同時にミナへと襲いかかった。

 ──しかし、ユズの薙刀は紙一重でかわされ、アリスのスーパーノヴァの砲撃は傘で軽くいなされる。ミドリの竹刀に至っては、ミナはガードすら必要とせず、その身に受けながらも眉一つ動かさなかった。

 

「ふんっ!」

 

 ミナのカウンターが炸裂。アリスを傘で殴り飛ばし、ミドリを正面から蹴り飛ばし、ユズには流麗な回し蹴りを叩き込んだ。

 三人はそれぞれ襖や壁を突き破り、別の部屋へと叩きつけられる。

 

「ふっ、どうした? あらびきウインナーはまだできんのか?」

 

「……っ」

 

 ユズは血を吐き捨てながら、必死に立ち上がる。あのアリスですら軽くあしらわれている──これほどまでに実力差があるのか。

 

「あれと同じならば思い出しな。金や義理なんかでは動かない。人形が動く時、それはそこに血の匂い煙る戦場がある時だけだ──なんて、言われてたのは昔の話、らしいんだけどね。どうにもあのバカは、普通に戦いに来てるっぽいわ。ただ……お前があの子供を助けるために戦うのは、少しばかり予想外だな」

 

 アリスは口元の血を乱暴に拭い、ミナを射貫くような目で見つめた。

 

「どこですか?」

 

「ん?」

 

「ケイは……アリスの妹は、どこにいるって聞いてるんですよ」

 

 ミナはその言葉を聞いて一瞬だけ真顔になり、空を見上げました。

 

「……まさか、ね」

 

 

* * *

 

 

 ──ココナは必死に逃げていた。

 百華の追手に見つかったココナは迷路のような廊下を必死に駆け抜ける。しかし、背後からは無数の足音。もう捕まる、そう確信して目を閉じた瞬間──背後で、百華の生徒たちから鮮血が噴き出した。

 何が起きたのか分からず、ココナが恐る恐る振り向くと、そこには返り血を浴び、両手を赤く濡らした少女──ケイが立っていた。

 

「奇遇ですね。こんな所で何をしているんですか? ひょっとして、お姉ちゃんでも探しているんですか?」

 

「……っ」

 

 ココナは恐怖で泣き出しそうになりながら、後ずさり。「どうしたのですか?」と近づいてくるケイを、首を振って拒絶する。

 

「そんなに会いたいなら、ついて来ますか? 会わせてあげますよ、シュンに」

 

「あ、貴女は……貴女は私たちの味方じゃないです……! キサキの味方でもない……! 一体、何なんですか!」

 

「……あいにく、吉原にもビジネスにも興味はないんです」

 

 その時、周囲を百華の集団が取り囲んだ。雄々しい雄叫びをあげながら薙刀が一斉にココナとケイに切りかかる。ココナが悲鳴を上げた──その刹那、そこにいたはずの二人の姿が消えた。

 

「会いたくなったんですよ。あの夜王キサキを、腑抜けになるまでたらしこんだ女に」

 

 声は頭上から。ケイは天井の梁を片手で掴み、小脇にココナを抱えてぶら下がっていた。そして手を離す──。

 重力に従い着地した瞬間、ケイの周囲にいた百華の生徒たちは、何が起きたのかを理解する暇もなく、全て処理されていた。

 

「会いたくなりました。吉原中の生徒たちから太陽と呼ばれ、縋られる女に」

 

 背後では大量の血を吹き出しながら地面へと転がっている。ケイは優しく、唖然としているココナの着物の乱れを整えてあげた。手は血で汚れているのに、動作はひどく洗練されている。──それがなおのこと恐ろしい。

 

「私はどうやら、今まで探し人を間違っていたらしいです。さぁ、会いに行きましょうか」

 

 ケイは狂気とも純粋とも取れる微笑を浮かべ、ココナの肩を抱いた。

 

「吉原で最も美しく、強い女に」

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