ブルーアーカイブ─吉原炎上篇─   作:いちごミルク

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第八話『「マジきれそうだわ」を多用する奴はまずキレない』

 ──ミナは心底めんどくさそうにため息をついた。

 

「余計な心配はいりません。……ケイは、アリスのことなんてどうでもいいのです。自分を育ててくれた先輩や、お姉ちゃんのアリスも、殺そうとしてきました」

 

「そこに師匠と、一応友人も付け加えておくといい」

 

 ミナは自嘲気味に笑った。

 

「どうやら私たちは、似た者同士らしいな。あのバカに振り回されている被害者だ。姉妹も友人も変わらないな。片方がちゃらんぽらんだと、もう片方はしっかりするもんだ」

 

 ──アリスがスーパーノヴァを構えた。

 

「そこをどいてください。バカをやらかした妹を躾けるのが、お姉ちゃんの役目です」

 

「悪いな。馬鹿やらかした友人の尻を拭くのが、友達の役目だ」

 

 ミナもまた、傘を構え、半身に構えた。

 

「アリスちゃん……」

 

 後ろで見守るユズとミドリの不安を切り裂くように──アリスとミナは同時に地を蹴り出した。

 

 

 激突。スーパーノヴァの重厚な砲身と、ミナの傘が火花を散らす。アリスの渾身の猛攻を、ミナは最小限の動きで回避。地面に叩きつけられたスーパーノヴァの砲身をブーツで踏みつけた。

 

「甘い!」

 

 サマーソルトキックがアリスの顎を捉える。アリスは天井まで蹴り飛ばされたが、激突の瞬間に両腕で天井を押し、反動を利用して弾丸のようなキックを繰り出した。

 ミナは怯むことなく、飛来したアリスの足を空中で掴み、そのまま怪力で投げ飛ばす。アリスは隣、またその隣の部屋まで壁をぶち壊されながら投げ飛ばされた。

 

「アリスちゃん!」

 

 ユズが叫ぶ。激しい砂煙の奥からアリスはゆっくりと歩いてきた。

 

「プッ……」

 

 口の中から、血と共に小さな肉片が。

 ミナが自分の耳に手をやると、裂傷から鮮血が溢れていた。投げ飛ばされる刹那、アリスはミナの耳を噛みちぎっていたのだ。

 

「フフッ」

 

「フフッ……、フフフフ!」

 

 アリスとミナ。二人は狂気混じりの笑みを漏らした。

 野生の獣のようなアリスの戦い方。本来の、殺戮兵器としての片鱗。ユズとミドリはその変貌に戦慄していた。

 

「ろくに戦場に出たこともないガキが、私に食らいついてくるとはね。やはり双子というべきか。ケイとそっくりだ」

 

 ミナは耳の血を指で拭い、それを舐める。

 

「悪いことは言わない。お引越しをオススメするよ。こんなシャバい奴らとぬるま湯に浸かっていたら、その一級品の才能が潰れるぞ。なんなら、私が間に入って姉妹喧嘩、仲裁してやろうか?」

 

 ──アリスの蹴りがミナを襲った。右腕でガードしたものの、凄まじい衝撃に地面を削りながら後退する。

 

「貴女たちと一緒にするな、と言っているのです。アリスは、自分の戦場は自分で決めます! その邪魔をするというのなら、妹だろうがなんだろうが、アリスが倒します!」

 

 アリスは咆哮を上げ、ミナに殴りかかった。拳を振り上げ、蹴りを繰り出し、矢継ぎ早に連続攻撃を放つ。ミナはこれを片手で捌き、鋭いカウンターを差し込んだ。

 血の命ずるままに戦うケイ。心の命ずるままに戦うアリス。和解という選択肢は、初めからこの場には存在しなかった。

 

「だが残念ながらお嬢さん。そんなことでは一生かかっても、あのケイには勝てないよ」

 

 アリスは力強い叫びを上げながら、ミナの顔面をぶん殴った。手応えはある。直撃したはず。しかし──ミナは微塵も怯んでいない。

 

「さて、問題だ。倒す拳と、殺す拳。一体どっちが重いかな?」

「正解は──殺す蹴りだ!」

 

 ──鈍い音が響いた。アリスの腹部にミナの重い蹴りが突き刺さる。アリスは襖を突き破り床に叩きつけられた。

 

「がはっ……、ぁ……」

 

 腹を抑え、悶絶するアリス。

 

「腕力よりも脚力の方が強いからね。え? 詐欺だって? 固いこと言うなよ、たかがクイズじゃないか」

 

 ミナはゆっくりと歩み寄ります。

 

「……気が付かないか? お前は無意識のうちに、拳に急ブレーキをかけている」

 

 立ち上がろうとするアリスの左腕を──ミナが容赦なく踏み潰した。

 

「っ──ぁぁぁああぁあああ!?」

 

「殺戮兵器の本能を抑えようとするあまり、拳が私に届く前に死んじまってるのよ」

 

 鈍い音と共に骨が折れた。叫ぶアリスを冷たく見下ろし、ミナは折れた腕をさらに踏み続ける。

 

「人を傷つけたくない。人を殺したくない。大層立派な考えだ。ぬるま湯に浸かったミレニアムの考えではな」

 

 足を上げたミナは。今度はアリスの顔を強く踏みつけた。

 

「だが戦場ではそんなもの通じない。迷った者から死んでいく。血を拒絶するお前と、それを誇るケイ。最初から勝負になんてなりはしないんだよ!」

 

 床に蜘蛛の巣のようなヒビが刻まれる。アリスの顔からも血が流れ、必死にミナの足首を掴みますが、その力は動かない。アリスが呻き声を上げた──その時だった。

 

「アリスちゃんを……アリスちゃんを、離せ!!」

 

「その汚い足を退けて!」

 

 背後から飛び出したユズとミドリ。ユズの薙刀はミナの横腹へと突き刺され、ミドリの竹刀は的確に喉へと叩きつけられる。

 自分から飛び出した刃。痛む喉。ミナはニヤリと笑った。

 

「……今のは良かった。殺す気満々だった。だけど──」

 

 ミナは貫通した薙刀の刃を掴むと、力任せに引き寄せた。ユズは体ごと引きずられ、そのまま天井へと押し付けられる。

 

「そっちはもう無いんだよ」

 

 薙刀が刺さっていたのは本来左腕があった場所。しかし今のミナに左腕はない。薙刀は空振りしていたのだ。

 

「ユズ──!」

 

 助けようと咄嗟に竹刀を振るうが──竹刀を振るった右手首にミナは噛み付いた。

 

「が……は、ぁぁ……!?」

 

「あ、ぁあああぁぁ!!」

 

 薙刀の柄頭が腹にめり込み、ユズは天井とミナの腕に挟まれる形で固定される。肉を噛み裂く音が響き、ミドリは激痛に叫びながら暴れる。

 天井で悶え苦しむユズ。手首を噛み切られそうになりながら血を流すミドリ。

 

「ユズ! ミドリ!」

 

 アリスの絶叫が虚しく響いた。

 

「さぁ、ここでまた選択肢だ。誰が、先に死ぬ?」

 

「や、やめて……やめてください! 二人を、二人を離してください!」

 

「そんな選択肢はない。言っただろ? 人生は重要な選択肢の連続だ。後悔しないように、ベストな選択肢を選ぶんだな!」

 

 アリスは踏みつけている足を退かそうと必死に悶えるが足は離れてくれない。その時──ミナの頭上から捻り出すような声が聞こえてきた。

 

「お、お前……が……死ね……っ!」

 

「硬いこと、言わないでよ……っ。たかが、クイズでしょ……!」

 

 ユズは血を吐きながら、ミドリは血を吹き出しながら。煽るように。脂汗をダラダラ流しながら言い放った。

 

「決まりだな」

 

 ミナはさらに薙刀を突き上げ、顎に力を込めた。

 

「がぶ、ぉ、ぉご、ぶぅぁ……っ!」

 

「づっ、ぎ、ぁぁああああ!」

 

 ユズは嘔吐し、意識が遠のく。ミドリの手首からは噴水のように血が溢れ、意識が遠のく。

 

「やめ……て……」

 

 少しづつ。少しづつアリスの瞳から、光が消えていった。懇願するような声も無視。アリスの中に黒いモヤが現れ──。

 

「やめてぇぇぇぇ──!!」

 

 

 プツン、と。アリスの中で、何かが音を立てて壊れた。両手が力なく床に落ちる。ミナが不審に思い足元に目を向けた──その刹那。

 

 アリスがミナの軸足を拳でへし折った。ミナの足から鮮血が噴き出す。

 

「なっ……!?」

 

 足から脱出したアリスは、流れるような動作で足払いを決め、倒れ込むミナに強烈なアッパーを叩き込む。

 ミナの体が天井へと衝突。アリスは即座に跳躍し、落下してくるミナの顔面へ空中で回し蹴りを叩き込んだ。

 壁に叩きつけられたミナは大量の血を吐き出す。

 

「動きが突然……何があった……!?」

 

「ア、アリスちゃん……?」

 

 ミドリは震える手で自分の手首を止血しながら、アリスを見上げた。

 

 ──そこには、自分たちの知るアリスはいなかった。

 アリスの瞳は、燃え盛るような赤色に変貌。天真爛漫な笑顔は消え、ただ無表情に、極北の氷河のように冷たい目を向けている。

 

「鎖がちぎれたか。……人を殺めることを抑えるあまり、殺戮兵器としての能力を無意識に溜め込んでいたリミッターが、仲間の危機と共に弾けたようだな」

 

 アリスは床の畳を粉々に踏み壊す勢いで、ミナに肉薄する。

 

「ようやく目を覚ましたか──獣がぁ!」

 

 ミナは残った力を振り絞り、アリスの飛び蹴りを回避。蹴りが当たった厚い壁は、爆発したかのように粉々に砕け散った。

 

「待っていたぞ、お前が来るのを! ちょうど腕一本じゃ、ハンデが足りないと思っていたところだ!」

 

 ミナは砂煙の中から飛び出した。その手には、先ほど奪い取ったユズの薙刀が握られている。ミナはその刃をアリスの胸元へ突き刺した──しかしアリスはそれを避けない。

 アリスは自らの左手を差し出し、薙刀の刃をわざと受け止めた。左手を貫通する刃。噴き出す鮮血。

 

「何っ!?」

 

 アリスは貫通したままの手で薙刀を固定し、そのままミナの懐へ──ミナは咄嗟に足払いを見舞い、倒れたアリスの顔面に拳を振り上げる。

 

「理性どころか知性も吹っ飛んだか!? 両手を無くせば攻めも守りもままならないぞ!」

 

 ミナの拳がアリスの腹部に振り下ろされた。轟音と共に床が抜け、煙が立ち込める。

 

「所詮、獣は獣でも、子兎か?」

 

 煙が晴れた時──ミナの顔に冷や汗が流れた。

 アリスはノーダメージ。ミナの全力の拳を受けたまま、無表情を一切変えずにそこにいた。

 

「結構マジだったんだが……傷つくなぁ、おい」

 

 ──起き上がると同時に、アリスはミナに強烈な頭突きを見舞った。ミナは為す術なく叩き飛ばされる。

 

 あれだけ強かったミナを、アリスが一人で圧倒している。しかし、ユズとミドリは駆け寄ることができない。あれは──本当に自分たちの知るアリスなのか。

 

 ──アリスの猛攻は止まらない。ミナは隙間なく放たれ続ける攻撃に防戦一方。

 防御のために視界が塞がれた一瞬の隙を突き、アリスは左手に刺さったままの薙刀を抜き取り、それを投擲。薙刀はミナの肩を貫通し、背後の壁までミナを縫いつけた。

 

 アリスはそのまま外の屋根へとミナを殴り飛ばし、落下するミナの体に上空から追撃。薙刀をさらに深く食い込ませ、屋根の瓦を粉々に粉砕する。

 

「ククク……。参ったね、こりゃ。私が解いた鎖に繋がれていたのは、獣なんかじゃなく……化け物だったらしい」

 

 血を流しながらミナは観念したように笑った。

 

「戦場では迷った者から死ぬと、説教垂れておきながら……。どうやら迷っていたのは、私の方だったようだ。お前を見ていると、ケイの姿がチラついて仕方ない」

 

 だらりと右手を垂らすミナ。アリスは顔色を一切変えることなく足を上げた。

 

「殺すがいい。本能のままに。どれだけ血に抗ったところで、お前はケイと変わらない。死ぬまで戦い続ける……それが、殺戮兵器としての宿命だ!」

 

 そしてミナの顔面に向かって足裏は下ろされた──。

 

 

 アリスの脚が下ろされたのは、ミナの顔の上──ではなく、その真横の屋根だった。激しい砂煙の中、アリスの体を、ボロボロになったミドリとユズが必死に抱きしめていた。

 

「……なんの真似だ?」

 

「貴女のためじゃない!」

 

「お姉ちゃんと約束したの! アリスちゃんは、私たちが守るって!」

 

 ユズとミドリはボロボロの肉体を必死に動かし、暴れようとするアリスを止めている。赤い視線にはまだ殺意が籠っていた。

 

「私が、私たちが信じるアリスちゃんを守るんだ! 殺戮兵器でも、イカれた妹の姉でもない!」

 

「ぶっきらぼうで! ノンデリで! 強引で! でもとっても優しくて、明るくて、可愛いアリスちゃんを守るんだ! お前なんかのために、アリスちゃんの手を汚させはしない!」

 

 自分たちの傷なんて関係ない。二人はアリスを必死に説得し続ける。

 

「目を覚まして、アリスちゃん! アリスちゃんの敵は……私たちの戦う相手は……!」

 

「こんなチンケな相手じゃないはず!」

 

「「──アリスちゃぁぁぁん!!」」

 

 

 ──必死の叫びが、アリスの深層意識に届いた。

 プツン、と、赤い色が瞳から消え去る。アリスは元の蒼い瞳を取り戻し、そのまま崩れるように膝をついた。

 

「つくづく甘い奴らだな。戦場じゃ、殺すのを迷ったヤツから死んでいくんだってのに」

 

 ──直後、戦いの衝撃で耐えきれなくなった屋根が、大きな音を立てて崩落。四人は暗い奈落へと落下していく。

 

「──さて、ここでまた選択肢だ」

 

「え……」

 

 ユズが見たのは──落下する自分たちを、ミナが全力で建物の内部へと殴り飛ばす姿。ミナ自身は暗い奈落へと堕ちていく。

 

「キサキを殺さずに、キサキに殺されるか。キサキを殺そうとして、キサキに殺されるか。──さて、どっちを選ぶ?」

 

三人は屋根の上へと叩きつけられた。ミナは、不敵な笑みを崩さぬまま、奈落の闇へと溶けていく。

 

「え? どっちも結局殺されるって? 固いこと言うなよ、たかがクイズだろ? 人生は重要な選択肢の連続だ。お前たちの甘い選択肢で、どこまで行けるかやってみるがいい」

 

「お前……っ!」

 

 ユズは、闇に消えていくミナの姿を必死に追った。そんなユズにミナは──乾いた笑みを見せた。

 

「ハハッ──私は後輩を殺すのは嫌いなんだよ」

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