「ルカリオ、それ取ってくれない?」
「……ルクァ」
ルカリオから手渡された箱を手に取る。ミアレの英雄の写真が印刷された、そのパッケージに書かれているのは、「アラモード・オ・レ」という商品名。
「そういえば、この街ってカフェが有名なんだっけ?お土産にちょうどいいかも……。」
ここはミアレシティのとある売店。僕がホウエン地方から、はるばるこの都市に訪れたのには理由がある。それは、とある人物からの要請があったからだ。今僕の隣にいる女性、チャンピオンのアイビーさんからの要請が。彼女は呆れたように、僕を見て言う。
「まさかホントにこんな所で待ち合わせとはね。そんなにお土産が買いたかったのかい?」
「滅多にミアレに来ることがありませんから。どうせなら買っておこうと思いまして。」
「かの有名なへーリム博士きっての要望だから受けいれたけれど、流石に私も驚いたよ。まさかこれから仕事をするっていうのに、こんなとこでショッピングに付き合うことになるなんて。」
「わざわざすみません。あぁ、そういえばアイビーさん、この辺りに郵便局ってありますか?お土産を全部僕の研究所へ送りたいんですけど。」
「……すぐそこにあるよ。後で案内してあげる。」
彼女は耳飾りのメガストーンを小さく揺らして、肩をすくめた。ウルフカットの白い綺麗な髪がなびいて、彼女の青い瞳を隠す。
端正な顔立ち、スラッとした立ち姿と透き通った声。彼女がパルデアでチャンピオンとモデルを兼業している理由がよく分かる。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。と言っても、博士はもう私のことを知っているのだろうけれど。」
「えぇ、まぁ貴方はカルネチャンピオンや、シロネチャンピオンに並ぶ知名度がありますから。エンタメに疎い僕でも名前と顔なら、当たり前に知っていますよ。」
「その二人に並べてもらえるとは光栄だね。改めまして、私はアイビー。パルデア地方のチャンピオンであり、そこそこ有名なモデルでもある。これからよろしくね。」
「えぇ、よろしくお願いします。僕はへーリム。ホウエン地方にて研究を行っている博士の一人です。」
「ふふ……これで自己紹介は終わりだね。さぁ、早く買い物も済ませてしまおう。目的地までの道のりで、今回の仕事についてお話させてもらうからさ。」
「分かりました。ルカリオ、もう会計にいこう。」
僕はルカリオの手を引っ張ってレジへと向かう。一通りのお土産を買い揃え、郵便局で郵送手続きを終えた後、僕たちはアイビーさんの手配したアーマーガアの空飛ぶ車に乗り込んで、ミアレシティの遥か上空を飛行していた。
「これから何処に行くかは、先日のメールで知っているよね?」
彼女の問いに、僕は首を縦に振る。
「カロス地方を北西に行った地点、一地方程度の大きさを誇る大森林『アヴァロン』。」
「その通り。現在カロス地方とその近辺の地方が合同で管理しているあの場所は、あらゆる地方のポケモンが生息している自然の理想郷だ。しかし、最近あそこで問題が起こった。」
「凶暴化したポケモンが大量発生したのでしょう?ニュースにもなっています。それにより、一般開放していた森林の一部も完全封鎖。ポケモン凶暴化の真相を探るために、あなたを含む調査チームが派遣された。」
「話が早くて助かるね。そう、私たちは複数人のチームを形成し原因の調査へと駆り出された。初めにしたのは一般開放されていた地域の調査と、森林の奥地へ向かうための中継地点にキャンプを作成すること。事は順調に進んでいたよ。」
そこまで言って、彼女は深くため息をつく。そしてその後に付け加えるように「初めはね」と、言葉を漏らした。
「しばらくして、キャンプ作成を行っていたチームのメンバーが行方不明となった。それと同時期に、凶暴化したポケモンが一般開放されていた地域に大量に居座り、そこの調査も難しくなった。私たちは手詰まりになったわけさ、情けないことにね。」
「……だから、僕を呼んだんですか?」
「キミだけじゃない。あらゆる地方から選りすぐりのメンバーを集めた。ガラルのチャンピオン、最強と謳われるドラゴン使い、アローラの四天王。」
「今のアヴァロンはそんなに危険なんですか?あまりに過剰な戦力だと思うのですが……。」
「私はそれくらい危惧してるってことさ。それに関しては見てもらった方が早いかな。ほら、そろそろ到着だよ。」
そう言われて、僕は窓の外を眺める。眼下に広がるのは一面の緑。鬱蒼と生い茂る木々と、森林の中央に鎮座した、他とは一線を画す巨木。その姿は、この森がいかに獰猛な自然を内包しているのかを端的に表していた。
「これが……アヴァロン……」
壮麗たる景色に思わず息を呑み込む。ここが「自然の理想郷」などと言われるその故を今、僕はこの眼でまじまじと感じているのだ。
「さぁ、ここからは降りて徒歩で向かうよ。森林に入って少しのところにキャンプがあるんだ。」
少しずつ、高度が下がり緑が近づいてくる。
「キャンプまでは護送車が行くから安心して………………博士!危ない!」
アイビーさんが叫んだその刹那、車全体を地震のような揺れが襲う。外を見ると、こちらに向かって飛んでくる無数の黒い巨大な何か。
「あれは……岩石か!?」
全長2mはありそうな岩の塊が、こちらに向かっていくつも飛んできている。あれがマトモに当たれば間違いなくこの車が撃墜されるだろう。そうなれば、僕たち二人は足下の森林へと真っ逆さまに落ちていくことになる。
アーマーガアは岩が届かない所まで高度をあげようとするが、それでも尚その上を行くように、岩の弾丸は確実にアーマーガアに狙いを定めていた。僕は急いで車のドアを開ける。
「ルカリオ、波動弾!」
「エンニュート、ベノムショック!」
横にいるルカリオが波動弾を放ったのと同時に、アイビーさんがボールから出したエンニュートにベノムショックの指示を出す。弧を描いた2つの技が、岩の群れの中心で爆発し、殆どを撃ち落とした。しかし、その猛攻を掻い潜ったひとつの岩石がアーマーガアに直撃する。
先程のものとは比べ物にならないほど強い衝撃で、車そのものがひっくり返った。その拍子に、アイビーさんが外へと吹き飛ばされる。
「博士!」
「ルカリオ!彼女を守れ!」
「ルガァ!!」
ルカリオは勇ましく吠え、車から飛び出した。そしてアイビーさんの身体を抱えて、そのまま森林へと落ちていく。この高度であれば、ルカリオが居れば彼女が怪我をすることはないだろう。問題は僕とエンニュートだ。
「エンニュート、ここから出て振り落とされないようにアーマーガアの背中に乗れるかい?」
エンニュートは、不安そうに扉の奥を眺めていた。
「大丈夫、ルカリオがアイビーさんを守ってくれるよ。僕たちは僕たちで、ちゃんと生きて彼女に会えるようにしないとね。そのために、僕に協力してくれ。」
不安を纏った眼差しが、僕の方をじっと見ている。しばらくの沈黙、その後「ニュート……」という力強くも凛々しい鳴き声が僕の耳に届く。目の前にいるポケモンは、覚悟を決めたように真っ直ぐな瞳で頷いた。
「よろしい。先ずはこの重い車を捨てないとね。」
そう言うと、エンニュートは扉から壁を這って外へと出ていく。僕が見を乗り出すと、こちらに細長い手が差し伸べられた。その手を取って、引かれるがままにアーマーガアの上に跨る。
「ありがとう、エンニュート。」
続いて、今現在僕たちに乗られているアーマーガアへと声をかけた。
「もう車の中に人はいない!アーマーガア、これは捨てても大丈夫だ!」
その指示通り、アーマーガアは足で掴んでいた車体を離す。落ちてゆく鉄の塊を見送って、僕は先程大量の岩が飛んできた方向を見る。その時丁度、奥の方から3つの岩石がこちらに向かって飛来していた。
「アーマーガアは回避に集中して。僕たちのことは気にしなくて構わない。エンニュートはアーマーガアが避けられ無さそうな岩のみをベノムショックで撃墜するんだ。」
「……ニュート」
「グァァ!」
エンニュートがアーマーガアに張り付き、いつでもベノムショックを撃てる状態で待ち伏せる。一弾目、二弾目の岩はアーマーガアが身体を蛇行させながら華麗に避け、三弾目をエンニュートが撃ち落とした。
「いいぞ、その調子だ。」
無数に飛んでくる攻撃の数々をいなしながら、アーマーガアはゆっくりと高度を下げてゆく。そしてもうすぐそこに緑の葉の冠が見えてくる頃には、攻撃は止んでいた。そのまま、アーマーガアが慎重に森の中に着陸する。
「グァァ……」
降りていいよと言わんばかりの態度に従って、僕はアーマーガアの背中からひょいと降りた。そして地面にしっかりと踏みしめて、ようやく安堵のため息を漏らす。
「なんとか生き延びたねぇ。二人とも、怪我は無い?」
そうは聞いたものの、双方元気はある程度余っているように見える。それどころか、僕の方がヘトヘトだ。しかし、ここで立ち止まってはいられない。早くキャンプに向かわなければ。
「エンニュート、拠点まで案内してくれないかな。」
その言葉に、エンニュートは僕の前を先導するように歩き始める。その後を追って、アーマーガアと僕はゆっくりと歩を進めた。
「いやぁ、散々だったねぇ。今日は早く目的地に行こう。きっとアイビーさんも到着してるよ。」
そうやって前へ前へと向かっていると、突然先頭が脚を止める。「どうしたの?」と僕が聞く前に、エンニュートは口元に人差し指を当てて静かにするよう言ってきた。
静寂の中、僅かにミシミシという音が聞こえる。それはまるで木を折った時のような鈍い音。だんだんと早く、そして大きくなる。何か来ている……そう直感したころには、もう遅かった。
「キィィーーーーーー!」
けたたましい轟音。弾け飛んだ木々と共に、一匹のポケモンがこちらに拳を構えながら、僕の視界に乱入してくる。明確な殺意を持った眼光が、飢えた獣の害意が、僕たちの前に立ち塞がる。
「キテルグマ…………」
そう認識した直後、僕の眼前には既に拳が突きつけられていた。