風の祝が奇跡を運んでくれることを   作:ミスブルー

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第七章 正しい本当の迎え

 

怪異は笑っていた。

黒い影の塊。

 

舟の形をした何か…。

 

それは明らかにこちらへ気付いていた。

 

だが動かないし襲ってもこない。

 

ただ笑っている。

まるでこちらが何をするのか見物しているようだった。

 

「護くん」

 

早苗が小さく呼ぶ。

 

「逃げますか?」

 

俺は首を横に振った。

「違う」

 

白い人影達を見る。

 

誰も黒い舟を見ていない。

いや見えている。

 

だが気付いていない。

 

迎えを待つことだけに集中している。

 

「見えてないのか…」

 

俺は呟いた。

 

「何がです?」

 

「偽物だってことが」

 

その時だった。

 

 

「見えない」

 

声。

白い女だった。

 

いつの間にか二人のすぐ近くに立っている。

 

 

雨の中、濡れているはずなのに服は少しも重そうに見えなかった。

 

「待っている人は」

 

女は湖を見つめる。

「迎えを信じる」

 

静かな声だった。

 

「長く待つほど」

 

「疑えなくなる」

 

俺は言葉を失う。

 

でもその一言で。

怪異の正体が少し分かった気がした。

 

あれは騙しているのではない。

待ち続ける想いに寄り添っている。

だから厄介なんだ

 

「あなたは誰なんですか」

 

早苗が聞く。

女はしばらく考えた。

本当に思い出そうとしているようだった。

 

「……分からない」

 

その答えに俺も早苗も驚かなかった。

 

もう何となく分かっていた。

長い年月待ち続けて名前も年齢も忘れてしまったのだ。

 

覚えているのは…迎えを待つことだけ。

 

「じゃあ」

早苗が続ける。

 

「何を待っているんですか?」

 

女は少しだけ笑った。

寂しい笑みだった。

 

「約束」

 

風が吹いて雨が横殴りになる。

 

「迎えに来るって」

 

女は湖を見る。

「言ったから」

 

その瞬間、俺の頭の中で何かが繋がった。

 

「約束……」

 

待っているのは人じゃない。

舟でもない。

約束なんだ。

 

だから神様達も覚えていた。

でも人の名前は忘れた。

出来事も忘れた。

けれど約束があったことだけは覚えていた。

 

「護くん?」

 

早苗が振り返る。

俺は石碑を見ていた。

 

『迎え』

その二文字。

 

そして白い女の言葉。

 

約束。

迎え。

雨の日。

湖。

 

 

「違う」

 

 

俺は呟いた。

 

「最初から迎えじゃない」

 

「え?」

 

「迎えを待ってるんじゃない」

 

早苗が目を見開く。

 

俺はさらに続ける。

 

「迎えに来る側だったんだ」

 

沈黙。

 

雨音だけが響き白い女の表情が変わった。

 

初めて驚いたような顔。

「……あぁ」

小さな声。

「そうだ」

 

女は目を見開く。

何かを思い出したように。

 

「そうだった…」

雨が降る。

「私達が」

 

涙を流しそうな顔で女は笑った。

「迎えに行くはずだった」

 

俺と早苗は息を呑む。

待っていたのではない。

待たされていたのでもない。

 

 

彼女達は誰かを迎えに行く約束をしていた。

 

だが何かが起きて約束だけが残った。

 

そして待つ側と迎える側が入れ替わってしまった。

その時湖上の偽の舟が大きく揺れた。

 

まるで知られてはいけない真実を暴かれたかのように黒い影達がざわめく。

 

初めて焦っているように見えた。

 

そして俺の懐の中の紙舟が再び青白く光る。

 

今度は湖の別の方向を指していた。

偽の舟じゃない。

 

もっと奥だ。

霧の向こう。

 

何かがある。

 

本当に探すべきものが。

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