中間テスト二日目。
昨日降り始めた雨は夜の間に本降りになり朝になっても止む気配はなかった。
窓ガラスを叩く雨音を聞きながら、そんなことを考えながら次の科目の準備をしていると
「そういえばさ」
教室の後ろで誰かが話していた。
「二年で変な噂あるらしいよ」
「また?」
「知らない女子がテスト受けてたって」
「なにそれ」
「俺の兄ちゃんも見たって」
「え、怖」
「しかもおかっぱ頭」
「昭和かよ」
笑い声。
昨日と同じだ。
笑い話。
ただの噂のはず…それなのに。
「護くん」
早苗も気付いたらしい。
「またですね」
「ああ…まただな」
昨日だけの話じゃない。
違う人間から、同じような話が出てきている。
それも"見た"ではない。
"見たらしい"。
"いた気がする"。
曖昧なままで、まるで霧の中の人影みたいに。
「……気味が悪い」
「ええ、そうですね」
その時チャイムが鳴った。
次の試験の開始を告げる音。
生徒達は一斉に席に着き、教室は静まり返る。
やがて教師が答案用紙を配り始めた。
そして試験が始まる。
カリカリと鉛筆の音だけが響く教室。
窓の外では雨。
どれくらい時間が経っただろう。
ふと…
顔を上げた。
ただの気のせいだったと思う。
けれど教室の窓ガラスに映る廊下の、その向こうに誰かが立っていた。
黒髪。
肩の辺りで揃えられたおかっぱ頭。
制服姿。
俯いていて顔は見えない。
「……?」
一瞬。
本当に一瞬だけ俺は視線を向けた。
次の瞬間にはいなかった。
「……」
試験中だ。
疲れているだけかもしれない。
俺は小さく頭を振り再び答案用紙に目を落とした。
放課後。
雨はさらに強くなっていた。
昇降口で傘を開きながら早苗がこちらを見る。
「護くん」
「ん?」
「顔色が悪いですよ」
「そうか?」
「ええ、悪いです。寝不足ですか?」
「……いや」
少し迷ってから、
「さっき試験中に誰か見えたんだ」
「誰か?」
「廊下にだ」
早苗は真顔になった。
「先生ですか?」
「違うな…女子生徒だった」
「……」
「おかっぱ頭だった」
雨音が強くなる。
早苗はしばらく黙り込んだ。
「護くん、その子の顔は見えましたか?」
「いや…見てない」
「そうですか」
「……」
「見えなくて良かったです」
「早苗?」
「なんでもありません」
そう言ったものの彼女の表情はどこか固かった。
そして帰り道。
傘を並べて歩きながら、
早苗は不思議そうに首を傾げた。
「ところで」
「ん?」
「昨日から気になっていたんですが」
「なんだ?」
「その『トイレの花子さん』というのはなんですか?」
「……はい?」
「昨日、護くん『案外そういう噂から化ける』
とか言っていましたよね?」
「ああ。言ったな…?」
「つまり知っているんでしょう?」
「有名だぞ?」
「有名なんですか?」
「知らないのか?」
「いえ知りません。
神奈子様も諏訪子様も教えてくれませんでした」
「いや、あの二柱に聞く話じゃないだろうに……」
『興味ないなー』
『興味ないな。初めて知ったよ』
そう答える2人が頭に浮かんだ。
「それで?」
早苗は興味津々といった顔になる。
「どんな怪異なんですか?」
「学校のトイレに出る女の子」
「トイレ?」
「の花子さん」
「花?」
「子な」
「……?」
「呼ぶと返事をする」
「怖いんですか?」
「いや、地方によって違うんだ」
「地方?」
「優しいのもいれば異界に連れて行くやつもいる」
「色々いるんですね」
「都市伝説だからな」
すると早苗は少し考え込んで
「つまり…」
「なんだ」
「日本全国に花子さんがいるんですか?」
「……たぶん?」
「大人気なんですね」
「違うそうじゃない」
思わず笑ってしまう。
だが笑いながら俺は気付いてしまった。
試験中。
廊下に立っていたあの女子生徒。
顔は見えなかった。
けれどあの制服にあの古い型のスカート。
そして妙に白かった足。
まるで。
今の高校の生徒ではなく――
もっと昔の誰かのようだったように見えた。
そしてその夜、二年生の間である噂が流れ始める。
「今年も三番目のトイレに花子さんが出た」
そのことをまだ俺達は知らなかった。