中間テスト三日目。
六月の雨は相変わらず空を覆っていた。
朝から曇天。
教室の窓には細かな雨粒が張り付き校舎全体がどこか薄暗く感じられる。
「眠い……」
俺は机に突っ伏した。
「昨夜、勉強したんですか?」
「いや…」
「ゲームですか?」
「いや……」
「では?」
「考え事をな」
「考え事ですか」
前の席の早苗が振り返る。
「昨日の女の子です?」
「ああ。」
「……」
「顔が見えなかったのが気になるんだ」
「私は、顔が見えなくて良かったと思います」
「そうか?」
「はい。なんとなくです」
「そうか」
東風谷の"なんとなく"は案外当たる。
だから俺もそれ以上は聞かなかった。
昼休み。
次の現代文の教科書を持って昨日と同じ窓際へ移動する。
雨音。
遠くの運動部の声に湿った風。
その時。
「ねぇ」
「聞いた?」
女子生徒達の話し声。
「二年の子がさ、三番目のトイレで変なの見たんだって」
「えぇ?」
「赤いスカートの子!」
「怖っ」
「しかも返事したらしいよ」
「やめてよー!」
笑いながら去っていく。
「……」
「……」
俺と早苗は顔を見合わせた。
「昨日より増えてますね」
「噂が広がってるな」
「ですね」
そして。
「返事をした…三番目のトイレ。おかっぱ頭か」
「護くん?」
俺は小さく呟いた。
「やっぱりトイレの花子さんか?」
「だからなんですそれ?」
やっぱり知らないらしい。
「ほんとに知らないのか?」
「知りませんよ」
「学校の怪談で…」
「怪談」
「女子トイレの三番目の個室に出るんだ」
「三番目…」
「そして呼ぶと返事をする」
「返事?」
「赤い服で…」
「赤…」
「で女の子」
「女の子と…」
「それが花子さん」
「花子さん」
早苗は真剣に整理して、
「なるほど。わかりました」
「そうか」
「女子トイレに住んでいる人なんですね」
「違う違う違う」
「違うんですか?」
「怪異だ」
「なるほど」
「納得した顔するな」
「でも…」
早苗は首を傾げる。
「怪異なら、どうしてトイレなんでしょう」
「それは知らない」
「不便じゃないですか?」
「住んでるわけじゃないんだ」
「そうなんですか」
真面目な顔で聞いてくるので少し調子が狂う。
「護くん」
「ん?」
「その花子さんは害があるんですか?」
「地方による」
「地方…?」
「優しい話もあるし怖い話もあるし連れていかれる話もあるし襲う話もある」
早苗は小さく頷いた。
「つまり…よく分からない都市伝説だから」
「そうだな」
しばらく考え込んだ後。
「では調べてみましょう」
「調べる?」
「ええ。本当に花子さんなら放っておくわけにはいきません」
「もし違ったら?」
「その時はその時ですよ。それになんだか困っているような気がするんです」
「まだ何も分かってないぞ?」
「はい。でも…そんな気がします」
やっぱり早苗の"なんとなく"だ。
そしてその日の放課後。
図書委員の仕事で職員室へ向かっていた俺達は偶然二年生の女子二人の会話を耳にすることになる。
「また今年もなんだって」
「え?」
「家庭科室の包丁」
「一本ないらしいよ」
「去年も?」
「うん、三年前から毎年テスト期間になると一本だけなくなるんだって」
「やだ……」
「しかも見つからないんだって」
二人は青い顔で去っていった。
「三年に毎年1本…」
早苗が呟く。
俺も頷く。
偶然にしては出来すぎている。
そして祖父の言葉を思い出した。
――人の噂が毎年繰り返される時。
――そこには理由がある。
「護くん」
「ああ」
「調べましょう」
「……そうだな」
「テストが終わったら」
「うん」
「その花子さんに会いに行きましょう」
その時の俺達はまだ知らなかった。
二年生の間で囁かれている花子さんには普通の怪談にはないもう一つの噂があることを。
『百点の答案用紙を見せると消える』
という、どこか奇妙でそして悲しい噂を。