中間テスト最終日。
五日間続いた試験もようやく終わりを迎えていた。
最後のチャイムが鳴った瞬間。
教室中から歓声が上がる。
「終わったぁ!」
「自由だ!」
「ゲーム!」
「寝る!」
「カラオケ行こうぜ!」
解放感に包まれた教室。
窓の外では相変わらず六月の雨が降っている。
「終わりましたね」
隣で早苗が小さく息をついた。
「終わった……」
「護くん、お疲れ様です」
「生きて帰れた」
「大袈裟ですよ」
「高校生って大変なんだな」
「まだ期末テストがありますよ?」
「やめろ」
せっかく終わったのに。
そんな会話をしながら帰り支度をしていると、
「あれ?」
教室の前で二年生の女子生徒が一年生の担任を訪ねてきた。
「先生います?」
「今職員室だよ」
「そっかぁ。」
「どうした?」
「いや、友達にノート返すだけ」
他愛もない会話。
だが廊下へ戻っていく二年生達の話が耳に入った。
「そういえばさ」
「今年も見た?」
「え?」
「あの子。」
「ああ……」
「おかっぱの頭の?」
「うん」
「三番目のトイレ。」
「やめてよ!」
「でも今年はテスト中に教室いたって。」
「怖っ!」
「しかも。」
「百点見せると消えるんだって。」
「なにそれ。」
「知らない。」
「先輩から聞いた。」
「マジ?」
「さあ?」
笑いながら去っていく。
「……百点?」
早苗が首を傾げた。
「護くん新しい話ですね」
「百点で消えるらしい…」
「面白いですね」
「面白いのか?」
「はい」
「なんだか不思議です」
「包丁の話は怖いのに百点で消えるなんて変ですよ」
「まぁ確かにな」
百点。
テスト。
そして花子さん。
どうにも結びつかないな。
放課後。
「調査ですよ」
「調査だな」
俺達は二年生から話を聞くことにした。
とは言っても知り合いは少ない。
まず声をかけたのは図書委員会で顔見知りになった二年生の女子だった。
「花子さん?」
「聞いたことあります?」
「あー……」
彼女は少し嫌そうな顔をした。
「あるにはある」
「本当なんですか?」
「それは知らない。でも去年、友達が見たって。おかっぱの子。あと百点の答案用紙見せたら消えるって」
「やっぱり…」
「先輩から聞いた」
「毎年言われてる」
「百点じゃないと駄目なんですか?」
早苗が尋ねる。
「さあ…?」
「九十点じゃ駄目とか」
「なんかそんな感じ」
「へぇ」
「あと…」
二年生の女子は少し声を潜めた。
「包丁。」
「包丁?」
「家庭科室にある包丁が一本なくなる。それも毎年。」
「……」
「私、それ嫌。」
「だからテスト終わるとすぐ帰るの。夜までなんて残らない」
「なんでですか?」
「さあ…でも昔からそう言われてる。テスト終わった後に残ると花子さんに会うって。」
「……」
「……」
廊下を歩きながら俺は考えていた。
「護くん」
「ん?」
「百点」
「うん」
「変です」
「変だな…」
「どうして百点なんでしょうか…」
「うーん…」
「それに」
早苗は指を折って整理する。
「おかっぱ頭。女子トイレ。包丁。テスト。百点。…共通点がありません」
「いや、あるぞ」
「え?あるんですか?」
「全部どれも学校だ」
「!」
早苗が目を丸くする。
「そうですね」
「学校…そしてテスト」
「……」
その時。
「書本くん?」
後ろから声がした。
振り向くと。
二年生の女子生徒が立っていた。
「さっきの図書委員の…」
「先輩」
「ごめん。さっきの話一つ思い出した」
「?」
「そのおかっぱの女の子、追試ばっかりだったらしいよ」
「追試…?」
「うん、すごく勉強できなくて、いつも一人で。みんな卒業したり進級したりしても、その子だけ置いていかれて…」
「……」
「そんな話」
「誰から聞いたんです?」
「先輩の先輩。…だから本当か分からないけど…ごめんね」
そう言って去っていく。
残された俺と早苗。
「追試に…置いていかれる…」
「なんだか悲しいですね」
「まだ噂だ」
「はい、でも……」
早苗は雨の降る窓の向こうを見つめた。
「もし…本当にそんな子がいたのなら…その子はずっとテストを受けてるんでしょうか」
俺は答えられなかった。
祖父の言葉だけが頭をよぎる。
――怪異というのは。
――強い恨みから生まれるものもある。
――だが。
――寂しさから生まれるものもある。
そして。
この日の帰り道。
俺達はまだ知らなかった。
「百点の花子さん」の正体が恨みよりもずっと深い、「置いていかれたくなかった」という想いから始まっていたことを。