「……ありがとう。」
花子さんが初めて笑った。
涙で濡れた顔。
ぐしゃぐしゃになったおかっぱ頭。
けれどその笑顔はさっきまでの恐ろしい怪異のものではなくどこにでもいる一人の女の子のものだった。
「……」
「……」
静かな雨音。
窓を叩く六月の雨。
そして少女の身体を淡い光が包み始める。
「護くん」
「ああ。終わったみたいだな」
紙人形達も役目を終えたように一枚一枚床へ落ちていく。
「……」
花子さんは大事そうに胸に答案用紙を抱いた。
『よく頑張った』
『お疲れさま』
そう書かれた、たった二行、それだけだった。
けれどそれはこの子が何十年も欲しかった言葉だった。
「……ねえ。」
「?」
「私。」
花子さんが顔を上げる。
赤かった目はもう元に戻っていた。
「百点、取れたかな」
「……」
「どう思う?」
答えたのは俺より先に早苗だった。
「百点ですよ」
「……!」
「百点満点ですよ。いっぱい頑張りました。いっぱい苦しかった。いっぱい泣きました。だから百点です。」
「……」
「私、風祝が保証します」
花子さんの目からまた涙が零れた。
でも今度の涙は悲しいものではなかった。
「……そっか。うん。百点か。うん。えへへ」
少女は少し照れ臭そうに笑った。
「じゃあ私。卒業しなきゃ」
「……」
「そうですね、卒業です」
花子さんは立ち上がる。
いつの間にか古びた制服も血の染みも錆びた包丁も消えていた。
そこにいたのは普通のどこにでもいそうな。
おかっぱ頭の女の子。
「東風谷さん。」
「はい」
「書本さん。」
「あぁ」
「ありがとう」
「……」
「置いていかなかったね」
「当たり前です」
早苗が笑う。
「友達ですから」
「……うん、友達。」
花子さんは少し嬉しそうに呟いた。
「卒業式、間に合っちゃった。」
そう言ってふわりと笑った。
六月の夜の校舎に優しい風が吹いた。
窓の外ではいつの間にか雨が止んでいた。
翌朝。
「ねえ」
「聞いた?」
「なに?」
「家庭科室の包丁」
「見つかったんだって」
「マジ?」
「どこ?」
「元の場所」
「誰か戻したんじゃない?」
「さあ?」
笑い声にいつもの学校。
「そういえば。」
「なんだ?」
「知らない女子いたよな?」
「誰?」
「いや……」
「気のせいか」
「なんの話?」
「忘れた」
「ははは」
誰も覚えていないようだった。
包丁もおかっぱ頭の少女も百点の噂も。
まるで最初から存在しなかったように。
昼休み。
窓際、六月の空は久しぶりに晴れていた。
「終わりましたね!」
「ああ」
「寂しいですか」
「少しな」
「そうですね」
風が吹く。
すると一枚の紙がふわりと俺達の足元へ落ちた。
「?」
「護くん」
拾い上げる。
古い答案用紙だ。
そして裏側に丸い字でたった一言。
『ありがとう』
「……」
「……」
「早苗」
「はい」
「見えるか?」
「見えてますよ」
二人で顔を見合わせる。
そして少しだけ笑った。
窓から吹く六月の風。
青空と白い雲。
その向こうにほんの一瞬だけ。
おかっぱ頭の少女が百点の答案用紙を胸に抱いて笑いながら手を振ったような気がした。
俺は小さく呟く。
「卒業おめでとう」
「はい」
早苗も優しく微笑んだ。
「おめでとうございます」
その姿はもう見えなかった。
だけどきっとあの子はもう一人じゃない。
トイレの花子さん編これでおしまいです
百点のあの子、3番目のあの子とも言う場合もあるようですね。
ここまで読んでくれてありがとうございました