水底の足音
六月も終わりに近付いていた。
梅雨の雨は少し落ち着き、雲の隙間から青空が見える日も増えてきた。
中間テストも終わり、生徒達の話題は次第に期末テスト……ではなく、もうすぐ始まるプールの授業へと移り変わっていた。
昼休み。
「そういえば、飯食ったらプール掃除だってよ」
「うわぁ……」
男子達から嫌そうな声が上がる。
「去年、ヤゴいっぱい出てきたんだよな」
「今年もいるんじゃない?」
そんな会話を聞きながら俺は窓際で弁当を広げていた。
「護くん」
向かいから早苗が微笑む。
「今年は私達プール掃除ですね」
「ああそうだな」
「楽しみです」
「楽しみなのか?」
「はい」
「どうして?」
「なんだか夏が近づいている気がするじゃないですか」
そう言って早苗は嬉しそうに卵焼きを口に運ぶ。
季節の変化を楽しめるのはこいつのいいところだな。
「私は好きですよ?プール」
「泳ぐのが?」
「小さい頃に神奈子様と諏訪子様に教えていただきました」
「へぇ」
「でも競争は苦手ですね」
「早苗らしい」
「護くんは?」
「普通だ」
「普通ですか?」
「泳げるけど好きでも嫌いでもないな」
「ふふっ、護くんらしいです」
そんな他愛のない話をしていると、
教室の後ろで二年生の先輩達の声が聞こえてきた。
「……だから本当に聞こえたんだって」
「また言ってる。」
「いや、マジで。」
「夜のプールから足音!」
「は?」
「誰もいないのにさ、ぺたっぺたっって」
「それで飛び込みの音までしたんだって」
「怖っ……」
「水泳部の先輩も聞いたらしいぞ」
「やめろよ、こっからプール掃除あるのに」
「絶対行きたくねぇ……」
「……」
「……」
俺と早苗は顔を見合わせた。
「護くん」
「聞いてたか?」
「はい」
早苗は少し不思議そうな顔をしている。
「でもなんでしょう。怖いというより……寂しい感じがします」
「寂しい?」
「はい」
「なんとなくですけどね…」
早苗の"なんとなく"はよく当たる。
だから俺も笑わなかった。
その時、教室の扉が開く。
「失礼します。」
入ってきたのは二年生の女子生徒だった。
「あの、一年A組で書本護くんっていますか?」
「俺ですけど…」
「よかった……」
彼女は少し安心したように息を吐いた。
「突然ごめんなさい。私、二年の三隈真莉です。水泳部なんだけど……」
そして困ったような顔で、
「ちょっと相談したいことがあるの。放課後、時間ある?」
とそう言った。
「……」
「……」
早苗が小さく首を傾げる。
俺もなんとなく嫌な予感がした。
嫌な予感というより誰かが助けを求めているようなそんな気がした。
そしてこの時、俺達はまだ知らなかった。
夜のプールに残る足音が決して誰かを傷つけるためのものではなく…
もう一度だけ泳ぎたかった
そんな小さな願いから始まっていたことを