放課後。
窓の外では薄曇りの空が広がっていた。
梅雨特有の湿った風が校舎を抜けていく。
「それで、相談って?
というかどうして俺なんです?他に相談相手はいるでしょう先生とか」
俺と早苗は二年生の先輩――三隈真莉先輩と一緒に中庭のベンチへ移動していた。
「そうだよねごめんね、一年生なのに。でも書本くんの家は…」
三隈先輩は言いかけて申し訳なさそうに笑った。
祓い人の家、でももう落ちぶれてしまった家。
きっとその伝手をどこかで知ったのだろう。
「別にいいですよ。聞くだけなら」
俺はそう言った。
早苗はぺこりと頭を下げる。
「東風谷早苗です」
「よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
三隈先輩は優しそうな人だった。
水泳部らしく髪は短め。
日に焼けた健康的な肌。
後輩にも気さくに接する、そんな普通の二年生という印象だ。
三隅真莉、水泳部。
この学校は7月になると部活動が始まる。
毎年この時期の1年生はプール清掃をやらされるのだ。
準備や掃除道具は水泳部が準備をするということらしい。
「実はね、最近水泳部で変な話があって」
「夜のプールですか?」
俺がそう言うと、
「え?」
三隈先輩は驚いた。
「知ってるの?」
「昼休みに話してる人がいましたから」
「そう……」
先輩は少し顔を曇らせる。
「最初はみんな噂だと思ってたの。でも本当に聞こえるの」
「足音が?」
「うん。それに水の音も。誰もいないはずなのに」
「……」
「昨日プールの鍵を閉めて帰ったあと職員室に忘れ物をして戻ったら飛び込みの音が聞こえたの。ばしゃんって音。でも誰もいなくて…水もないのに…」
そう言った先輩の顔には、恐怖というより困惑が浮かんでいた。
「警備員さんにも相談したんだけど異常なかったみたい。先生達も誰かの悪戯だろうって。でもなんだか可哀想な気がして」
「可哀想…ですか」
俺が聞き返す。
「うん。変かな?。怖いよりも寂しそうな感じがするの」
「!」
その言葉に、早苗が小さく目を見開いた。
「先輩もですか?」
「え?」
「私もそう思ったんです」
「怖いというより……寂しい感じが…」
「東風谷さんも?」
「はい」
三隈先輩は少し安心したように笑った。
「よかった。私だけ変なのかと思った」
「そんなことありませんよ」
早苗は優しく微笑む。
「寂しいって感じるのはきっと優しいからですよ」
「そうかな?」
「はい」
その笑顔を見て三隈先輩も少し笑った。
「ありがとう。なんだか元気出た」
そう話し三隅先輩は戻っていった。
どうしたものかと考えた時、風が吹いた。
六月の生暖かい風だ。
「……?」
俺は思わず顔を上げた。
今の風…
「護くん?」
早苗も気付いたらしい。
これは風じゃなく誰かが通った。
そんな感覚。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
そう聞こえた。
中庭の向こうの誰もいない渡り廊下から濡れた足で歩くような音だ。
しかし誰もいないし姿はない。
「護くん……」
「……ああ」
だが俺には見えていた。
渡り廊下の向こう。
夕陽に照らされた校舎の陰。
そこに紺色のスクール水着姿の少女が静かにこちらを見ていた。
けれど敵意はない感じないし憎しみもない。
ただどこか悲しそうな顔をしてまるで「誰か私を見つけて」そう願うように――。
「……早苗」
「はい」
「今夜、一緒に行くか」
早苗は小さく頷いた。
「もちろんです」
夕暮れの風が二人の間を静かに吹き抜けていった。