風の祝が奇跡を運んでくれることを   作:ミスブルー

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溺れる

夜の午後八時。

 

 

 

昼間の蒸し暑さも少し和らぎ校舎の周囲には虫の鳴き声が響いていた。

 

昼間のうちに母さんには伝えた。

 

 「こんな時間に学校に?」

 

 

 

「まぁ、うん」

 

 

 「ほどほどにね」

 

 

それだけだった。

 

 

 

 

 

「こんばんは護くん」

 

 

 

校門の前で待っていたのは制服姿の早苗だった。

白いブラウスに少し短めにしてあるスカート。

そしていつもの笑顔。

 

「悪い、待ったか?」

 

「私も今来たところですよ」

 

「神奈子や諏訪子達は?」

 

「今日はお留守番です。たまには二人で頑張ってきなさいって」

 

「そっか」

 

そうして俺達は夜の校舎へ向かった。

職員室には事前に届けを出してある。

 

 「忘れ物を取りに来ます」

ということになっている。

 

 

 

嘘は言っていない。

探しに来たのは忘れられた想いだ。

 

 

「夜の学校って静かですね」

 

「ああ、ほんとそうだな」

 

昼間の賑やかさが嘘みたいだった。

 

 

「護くん」

 

「なんだ?」

 

「怒っていませんよね?」

 

「何が?」

 

「その……もし怪異だったとしても可哀想だなって思っちゃう自分にです」

 

俺は少し笑った。

 

「別に怒ってないよ。早苗らしいなと思うよ」

 

「……そうですか?」

 

「早苗、花子さんの時もそうだっただろ」

 

 

「うぅ……だって苦しいまま終わるのは寂しいじゃないですか」

 

「……そうだな。」

 

 

 

そして校舎を抜けプールへ続く扉を開けた。

 

 

「……」 

 

夜のプール。

 

月明かり、水面は静かで風もない。

 

「何もありませんね…?」

 

「だな…」

 

 

その時

 

 

ぺた。

 

 

 

「!」

 

 

 

ぺた。

 

 

 

ぺた。

 

 

 

濡れた足音が聞こえた。

 

プールサイドに誰もいないはずの場所。

 

「聞こえます……」

 

「ああ。俺も聞こえたよ」

 

 

そしてばしゃんと水しぶきが上がった。

 

 

「飛び込んだのか……」

 

しかし水面には誰もいない。

 

だが俺には見えていた。

 

プールの中央に一人の少女。

紺色のスクール水着。

肩で切り揃えられた髪。

 

水の中でただ浮かんでいた。

 

 

「……」

 

「護くん」

 

 

「ああ、いる。女の子だ」

 

 

すると少女が顔を上げた。

そしてゆっくりとこちらを見る。

 

その顔に恐ろしさはなかった。

むしろ泣きそうな顔だった

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

 

「助けて。」

 

 

 

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

 

「護くん!」

 

早苗も感じたらしい。

 

 

「うん。」

 

 

俺はゆっくり前に出る。

 

 

「お前は誰なんだ?」

 

 

だが少女は答えない。

 

ただ水の中で何かを探すように何度も何度も前へ進み泳ぎ始めた。

静かに苦しそうで必死に溺れながら。

 

 

「……」

 

「護くん」

 

 

「あぁ…分かった。

この子は泳いでるんじゃない。泳ごうとしてる」

 

 

早苗の表情が変わった。

 

 

「……え?泳ごうとしてる?」

 

そして風祝である少女は悲しそうに呟いた。

 

「もしかしてこの子は……まだ終われていないんですか……?」

 

 

 

月明かりのプールに誰もいない水面。

そこで一人、少女は今も何かを求めるように泳ぎもがき続けていた――。

 

 

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