風の祝が奇跡を運んでくれることを   作:ミスブルー

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多々良小傘、再び

七月に入ってから守矢神社はますます忙しくなっていた。

 

七夕まであと少し。

昨日作った短冊や飾りもまだ全部は終わっていない。

今日は学校が終わったら神社へ向かう約束になっている。

 

ただ一つだけ昨日と違うことがあった。

今日は早苗が図書委員の仕事を頼まれていて先に学校を出られないのだ。

 

「護くんすみません。少し遅れますので先に神社へ行っていてください」

 

昼休みにそう言われていた。

だから今日は一人で坂道を歩いている。

 

一人で帰るなんて久しぶりだな。

そんなことを考えながら商店街へ入ると金物屋の扉が開いた。

 

店の中から誰かが出てきて俺と目が合う。

 

「あっ…!」

 

「げ!!」

 

思わず顔をしかめたその相手を見て俺も足を止めた。

 

「……お前は……!!」

 

「祓い屋!!」

 

「唐傘お化け!!」

 

「違う!多々良小傘だよ!」

 

元気よく傘を振り回しながら小傘が頬を膨らませる。

 

「毎回それ言うよね!」

 

「いや見た目がそのままだし…」

 

「名前で呼んでよ!」

 

相変わらず騒がしい妖怪だった。

 

「それより何してるんだこんな所で…」

 

俺が尋ねると小傘は得意そうに胸を張る。

 

「仕事!」

 

「…仕事?」

 

「私今ここで働いてるんだよ」

 

そう言って後ろの金物屋を指差した。

 

「妖怪なのに働くのか…」

 

「妖怪なのにって何さ!」

 

周囲を歩く人達は俺達を見ながら普通に通り過ぎていく。

 

誰も驚いていない。

 

「……そういえば」

 

俺は改めて小傘を見る。

 

「お前、人に姿を見せられるのか」

 

「だからお前じゃなくて小傘!」

 

また訂正された。

 

「そうだよ。私は人に姿を見せられる妖なんだ」

 

得意そうに鼻を鳴らす。

 

なるほど。

だからこうして店番まで出来るのか。

 

「そんなことより祓い屋」

 

「何だ」

 

「今日は彼女は?」

 

「今日は一緒じゃない。神社で合流する」

 

「やっぱり彼女なんじゃん」

 

「違う」

 

「えぇー。ああいう子は逃さない方がいいよ」

 

「だから違うって」

 

小傘はにやにや笑いながら俺を見る。

からかわれているだけなのは分かるが何となく調子が狂う。

 

「まぁそれはそれとして祓い屋」

 

急に声を潜める。

 

「妖が作ったお祓い道具に興味はない?」

 

嫌な笑顔だった。

 

「何を企んでる」

 

「企んでないよ!私も商売なの!」

 

そう言うと店の奥から小さな木箱を持ってくる。

 

蓋を開けると中には細い銀色の針が何本も並んでいた。

 

「昔は鍛冶だってやってたんだからね。武器だって作ってたんだよ」

 

一本手に取る。

見た目は普通の投げ針だ。

 

「これ妖術が掛かってるの。一度投げたら力を発揮して消えちゃうけど妖怪にはちゃんと効くよ」

 

「効く?」

 

「やり方次第では祓えるくらいにはね」

 

俺は針をじっと眺める。

普段持ち歩くには札や紙人形だけでは対応出来ない場面もある。

これくらい小さいなら邪魔にもならない。

 

「いくらだ」

 

「毎度あり!」

 

小傘は満面の笑みで代金を受け取る。

 

「祓い人が妖怪から退魔道具を買うなんて変な話だね」

 

「……確かにな」

 

思わず苦笑した。

すると小傘が何かを思い出したように手を叩く。

 

「あっ!そうだ!」

 

「今度は何だ」

 

「もうすぐ七夕だよね」

 

「ああ」

 

「末広商店街で七夕祭りやるんだよ。今年で最後なんだって」

 

「最後?」

 

「七十年続いたお祭りだけど今年で終わるらしいよ」

 

俺は少し驚いた。

そんな長く続いた祭りが終わるのか。

 

「歩行者天国になって屋台もいっぱい出るよ。金魚すくいに綿あめ、五平餅、焼きもろこし、クレープもあるしスポーツボールすくいもあるんだ」

 

「随分詳しいな」

 

「商店街で働いてるからね」

 

小傘は笑ってから俺を指差した。

 

「良かったら彼女さんと来なよ」

 

「彼女じゃない」

 

「はいはい」

 

全然信じていない顔だった。

 

「…でも聞いてみるよ」

 

その一言だけ返すと小傘は満足そうに笑う。

 

「ぜひ来てね!」

 

「じゃあ俺は行く。あんまり悪さするなよ」

 

「失礼だなー!」

 

後ろからそんな声が聞こえた。

振り返ると小傘はもう金物屋の中へ戻っていた。

 

俺は守矢神社への坂道を登る。

境内へ入ると神奈子と諏訪子が縁側でのんびりしていた。

 

「おっ来たな」

 

「護〜、お茶入れてー」

 

「いや酒だ、酒を入れろ」

 

「こんな時間から飲むな」

 

そう言いながら社務所へ入り急須にお茶を淹れる。

 

「どうぞ」

 

「うん美味しい」

 

「酒じゃないがまあいいか」

 

二柱は満足そうだった。

その時、石段の方から聞き慣れた声が聞こえる。

 

「今日もお願いします護くん!」

 

振り向くと少し急ぎ足で帰ってきた早苗が笑顔で手を振っていた。

 

「図書委員は終わったのか」

 

「はい、お待たせしました」

 

七夕まであと少しだからな。

夕方になる頃には今日予定していた七夕の準備も一段落していた。

 

昨日作った輪飾りや吹き流しは笹へ取り付けられ境内には少しずつ七夕らしい景色が出来上がり始めている。

 

まだ短冊はほとんど結ばれていない。

それでも風が吹くたびに飾りが揺れ、数日前とはまるで違う神社になっていた。

 

「これで明日から皆さんを迎えられますね」

 

早苗は少し離れた場所から境内を眺めながら満足そうに頷いた。

 

「まだ全部じゃないんだろ」

 

「はい。でも大きな準備はほとんど終わりました」

 

「それなら少し安心だな」

 

「護くんのおかげですよ」

 

そう言って笑う早苗を見ながら俺は昼間のことを思い出していた。

 

末広商店街。

 

小傘が話していた七夕祭り。

 

今年で最後になる祭り。

屋台が並んで歩行者天国になって大勢の人が集まると言っていた。

 

……せっかくだ。

そう思ったところで一つ気付く。

 

あれ…俺は誰を誘うつもりなんだ。

目の前には早苗がいる。

 

つまり俺は今から早苗を祭りへ誘おうとしているわけで。

 

……待て…それってデートじゃないか?

 

いや違う落ち着け俺。

高島城祭にも一緒に行ったし紫陽花を見に行ったこともある。

今さら祭りへ行くだけで何を考えているんだ。

そう自分へ言い聞かせる。

 

「護くん?」

 

早苗が不思議そうに首を傾げた。

 

「あ……いや」

 

ここまで考えたならもう聞くしかない。

 

「実は今日聞いたんだけど末広商店街で七夕祭りをやるらしいんだ」

 

「商店街で……七夕祭りですか」

 

早苗は少し驚いたように呟く。

 

「今年で最後になる祭りらしいんだ」

 

「最後……」

 

その言葉に早苗は境内を見渡した。

 

笹。

 

飾り。

 

短冊。

 

拝殿。

 

まるで頭の中で予定を組み立てているようだった。

 

「準備は……」

 

小さく呟きながら指折り数えている。

 

「明日なら飾り付けも終わっていますし……短冊も十分ありますし……」

 

俺は返事を待つ。

その時間が妙に長く感じた。

 

その時だった。

 

「デートか少年」

 

後ろから神奈子の声が飛んできた。

俺の思考が止まる。

続けて縁側から諏訪子がにやりと笑う。

 

「私達の目の前で愛娘を祓い屋がデートに誘うなんてねぇ」

 

「でっ……!」

 

思わず声が裏返る。

 

「デ、デート……ですか!?」

 

早苗まで真っ赤になっていた。

 

「ち、違う!」

 

「ち、違います!」

 

二人の声が綺麗に重なる。

神奈子は腕を組んだまま豪快に笑った。

 

「息ぴったりじゃないか」

 

「若いねぇ」

 

諏訪子まで笑いを堪えている。

 

「本当に違うんです!」

 

「俺はただ祭りに……」

 

言えば言うほど言い訳みたいになる。

早苗も顔を赤くしたまま俯いてしまった。

しばらく境内には神奈子と諏訪子の笑い声だけが響く。

やがて笑いが落ち着くと諏訪子が優しい表情になった。

 

「でも息抜きは大事だよね」

 

その一言で空気が少し変わる。

 

「七夕を迎える側は忙しいからね。でも忙しいからって季節を楽しめないのは少し寂しい」

 

早苗は諏訪子を見る。

 

「行ってきても……いいんですか」

 

諏訪子は笑顔で頷いた。

 

「もちろん。早苗が行きたいなら行っておいで」

 

神奈子も大きく頷く。

 

「準備は十分進んでいるしな」

 

そう言ったあと空を見上げながら笑った。

 

「どうせ七日は雨だ雨。あっはっは!」

 

「神奈子さま!」

 

「縁起でもないな!」

 

俺と早苗の声がまた同時に重なる。

 

「おお、また揃った」

 

「本当に仲がいいねぇ」

 

二柱はますます楽しそうだった。

早苗は少しだけ頬を膨らませたあと小さく息を吐く。

それからゆっくり俺の方を向いた。

まだ少しだけ頬は赤い。

 

「……では」

 

一度言葉を切る。

 

「もし護くんがよろしければ」

 

少し照れたように笑った。

 

「明日一緒に七夕祭りへ行きましょうか」

 

俺も思わず笑みがこぼれる。

 

「ああ 行こう」

 

「はい」

 

短い返事だった。

それだけなのに夕暮れの境内は少しだけ明るく見えた。

風が吹く。

笹の葉がさらさらと揺れ、飾りが夕日に照らされて静かに踊る。

 

明日は商店街の七夕祭り。

 

守矢神社とは少し違うもう一つの七夕が二人を待っていた。

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