風の祝が奇跡を運んでくれることを   作:ミスブルー

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雷が落ちた木には酒が鳴る

7月。学校では待ちに待ったプール開きの日を迎えていた。

 

朝から気温は高く、窓の外では蝉が絶え間なく鳴いている。

 

昨夜は雷雨だった。

嘘のように空は青く晴れ渡っていたが道路のあちこちにはまだ雨水が残り、水溜まりへ夏空が映り込んでいる。

 

昨夜はずいぶん激しい雷だったな。

窓ガラスを震わせるほどの轟音を何度も聞きながら眠ったことを思い出す。

 

放課後、教室で帰り支度をしていると早苗が鞄を抱えながら申し訳なさそうに笑った。

 

「護くん、今日も図書委員のお仕事がありますので一緒には帰れそうにありません…」

 

「そうなのか」

 

「終わる頃には最終下校近くになってしまうと思います」

 

「分かった。じゃあ先に帰るよ」

 

「はい。また神社で」

 

そう言って早苗は図書室へ向かっていった。

俺は委員会というものには入っていない。

部活動もしていない。

だから放課後は比較的自由だ。

同じ景色が見える者同士と言ってもこういうところは早苗の方がずっと真面目だと時々思う。

 

校門を出て歩き始める。

最近は自分の家へ帰るより少し遠回りになるにもかかわらず、自然と早苗の通学路を歩くようになっていた。理由なんて特にない。

 

ただ何となく、その道を歩きたくなるだけだった。

 

守矢神社へ続く石段が見えてきた時だった。

 

「おかえり、高校生」

 

「おかえり、祓い屋。早苗はー?」

 

石段の途中で神奈子と諏訪子が並んで座っていた。

二柱ともどこか遠くを眺めている。

 

――おかえり。

 

その言葉が妙にくすぐったかった。

 

「あぁ……ただいま」

 

ぎこちなくそう返すと神奈子は満足そうに笑った。

 

「早苗は図書委員だ。帰りは遅くなるってさ」

 

「真面目だねぇ」

 

諏訪子が肩をすくめる。

 

「いいことじゃないか」

 

神奈子も頷く。

俺も思わず笑ってしまった。

 

「そうだな。でも二人はこんなところで何してるんだ?」

 

「いい質問だね」

 

神奈子は立ち上がると空を見上げた。

 

「昨夜、雷が落ちただろう?」

 

「あぁ落ちたな。すごかった」

 

「だから見に行くんだよ」

 

諏訪子も立ち上がる。

 

「そこにいくんだよー場所も遠くないからさ。祓い屋、ちょっと準備しておくれよー、

祓い屋、お猪口とぐい呑みを持ってきて」

 

「……おい待て。何しに行くんだ?」

 

俺が思わず聞き返すと神奈子は楽しそうに笑った。

 

「一緒に来れば分かるさ。私らの遊びにちょっと付き合いな」

 

俺は少し考えて肩をすくめた。

 

「分かったよ」

 

神社で言われた通り、お猪口とぐい呑みを持つと二柱の後ろについて歩き始めた。

 

住宅街を抜け、さらに山道へ入る。

思っていた以上に奥へ進んでいく。

木々は濃く生い茂って空はほとんど見えない。

 

「祓い屋、着いておいで。」

 

諏訪子が軽やかに歩いていく。

山の道に足を踏み入れて思ったより険しいな…こんな広かったかこの山道と考えていると、しばらく歩いたところで神奈子が振り返った。

 

「不思議だろう?高校生。でもお前は見える人間だ。ここがどこだか察しが付くんじゃないか?」

 

その言葉に周囲を見渡す。

 

空気が違う。

 

木々が違う。

 

森そのものが呼吸しているような濃い妖気。

 

見覚えのない景色なのに、どこか知っているような感覚。

 

「……妖の森か?」

 

思わずそう呟いた。

 

「俺初めて来た」

 

神奈子は嬉しそうに笑った。

 

「そうさ。人の子は神隠しなんて呼ぶ場所だ。森だけじゃない。山にも家にも学校にも、こういう場所は存在する。こういう場所が存在することを高校生に知ってほしかったんだ」

 

諏訪子も続ける。

 

「私たちからの贈り物だよ、祓い屋」

 

「妖の森をプレゼントされるとは思わなかった」

 

俺が笑うと二柱も声を上げて笑った。

 

「高校生、お前は妖の森をどこで知った?」

 

「家の蔵の文献だよ。でも本物を見るのは初めてだ」

 

「それなら連れてきて良かった」

 

諏訪子は満足そうだった。

 

ふと別の山道へ目を向ける。

見たことのない道がどこまでも続いている。

その道がとても気になった。

 

「気になるかい高校生?」

 

神奈子が尋ねる。

俺は頷いた。

 

「そうさ。高校生、見える奴や妖、神は帰り道がちゃんと分かるんだ。やっぱり良い目を持ってるね高校生」

 

唐突に神奈子に褒められた。

褒められて返す言葉が見つからなかった。

 

「……ありがとう」

 

ようやくそれだけ口にできた。

 

「神奈子、もう少しだよ」

 

「おっ、いい味になってそうだ」

 

ほんと何言ってるんだ?。

二柱は急に足取りが軽くなる。

俺はお猪口を持たされている時点で何となく嫌な予感しかしなかった。

 

そして目的地へ着いた瞬間、その意味を理解した。

 

雷に裂かれた一本の大木。

その幹の裂け目から、透き通った酒が泉のように溢れ出していた。

 

「うわぁ……!」

 

思わず引く。

 

「酒だ!」

 

「酒だ酒だー!」

二柱は俺から荷物をひったくて酒をお猪口に入れて飲んで飲んで呑みまくって、木から溢れる酒を注いでは飲み、また注いでは飲み始めた。

 

「うまい!」

 

「今年も最高!」

 

あまりの勢いに俺はただ呆然と見守るしかない。

 

――俺はこの2人の酒癖にはもしかしたら早苗は楽しそうに…でも少し苦労しているかもしれないなと感じた。

 

そんなことを思った。

 

二時間ほど経つ頃には酒は止まり神奈子と諏訪子は完全に出来上がっていた。

 

「あー……飲んだ飲んだ。」

 

「もう歩けないよー。」

 

諏訪子はその場へ寝転び神奈子も大きく息を吐く。

 

「帰りは誰が連れていくんだ……」

 

そう口にした瞬間、自分で答えが分かった。

 

「……俺か」

 

諏訪子を背負い神奈子に肩を貸す。

 

2人はとてもあたたかった。

いや酒のせいか?もう熱かった。

 

「悪いねぇ」

 

「本当だよ」

 

苦笑しながら妖の森を後にした。

不思議なことに帰り道は迷わなかった。

見えるものには自然と歩くべき道が分かる。

神奈子の言葉は本当だった。

 

背中におぶった諏訪子はいつの間にか眠っていた。

子供みたいな寝顔だったが本人に言ったら怒られそうなので黙っておく。

 

その時だった。

 

「ありがとう」

 

神奈子が静かに言った。

 

「二人とも飲み過ぎだよ。どういたしましてだ」

 

そう返すと神奈子は首を横へ振る。

 

「あぁ……違う。そうじゃなくて……ありがとうね」

 

俺はどのことを言っているのかわからなかった。

でも神奈子は楽しそうに…嬉しそうに笑った。

諏訪子も良い寝顔だった。

 

やがて見慣れた守矢神社の鳥居が見えてくる。

 

その時。

 

「護くーん!」

 

聞き慣れた声が夕暮れへ響いた。

 

「早苗ー!」

俺もその声に早苗の名前を呼んだ。

 

その声に神奈子と諏訪子の2人は笑っていた。

 

早苗が駆けてくる。

そして俺たちを見るなり目を丸くした。

 

「また飲んだんですか!!」

 

その声に神奈子と諏訪子は顔を見合わせて笑う。

 

「護くん、本当にごめんなさい! 神奈子様と諏訪子様をそのまま神社までお願いしてもいいですか?」

 

「もちろん。一緒に行こう」

 

「ありがとうございます」

 

夕日に染まる石段を四人でゆっくり登っていく。

 

背中では諏訪子が再び穏やかな寝息を立て、肩を預けた神奈子は鼻歌を歌っている。

 

守矢神社へ吹き抜ける夏の風は、ほんの少しだけ酒の香りがした。

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