夏休み
終業式の日。
朝から照りつける夏の日差しは校舎の窓ガラスを白く輝かせ廊下には蝉の鳴き声が絶え間なく響いていた。
一学期最後の日ということもあり教室はどこか落ち着かない空気に包まれている。
「宿題終わる気しないな」
「海行こうぜ」
「祭り楽しみだな」
そんな声があちこちから聞こえてきて誰もがこれから始まる長い夏休みに胸を躍らせていた。
ホームルームを終えた担任が教室を見回し、小さく笑う。
「事故だけは本当に気を付けろよ。九月にまた全員そろって会えるのを楽しみにしてる。それじゃ、解散!」
その一言と同時に教室は一気に賑やかになった。
「またな!」
「良い夏休み!」
「宿題写させろよ!」
笑い声が広がり、生徒たちは次々と教室を出ていく。
友達同士で遊ぶ約束をする者、部活動へ向かう者、家族旅行の話をする者。
それぞれが思い思いの夏へと歩き始めていた。
俺も机の中を確認しながら鞄へ教科書をしまう。
一学期も終わったのかと少しだけ感慨に浸っていると隣で同じように荷物をまとめていた早苗が静かに声を掛けてきた。
「護くん」
「ん?」
振り向くと早苗はいつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
しかしその笑顔の奥にはどこか寂しそうな色が混じっているようにも見えた。
「終わってしまいましたね。一学期」
「ああ。なんかあっという間だった気がする。いろいろあった」
「はい。本当に……あっという間でした」
二人の周りにはもうほとんど人がいない。
窓から吹き込む夏の風がカーテンを揺らし机の上のプリントをさらりと鳴らした。
早苗は窓の外へ目を向ける。
どこまでも青い空。
大きく膨らんだ入道雲。
校庭では運動部が早速練習を始めていた。
太陽の光が早苗の緑の長い髪を照らして揺らした。
「今日から夏休みです」
「そうだな」
「学校があれば毎日護くんにお会いできていましたけど……」
そこで言葉が止まる。
少しだけ俯き小さく笑ってみせる。
「しばらく学校ではお会いできなくなりますね……少し寂しいです」
その言葉は決して大げさではなく本当に素直な気持ちだった。
俺は少しだけ目を丸くした。
早苗がこんなふうに自分の気持ちを口にすることはあまり多くない。
だからこそその言葉がとても嬉しかった。
「そうか」
「……はい」
「でもさ」
俺は少し笑う。
「学校が休みになるだけだ」
「……え?」
「別に会えなくなるわけじゃない」
早苗は不思議そうに俺を見る。
「夏休みでも学校でも関係ない。会えばいい。というか守矢神社に行けば早苗はいるだろ?」
「はい。それはもちろんです」
「だったら夏休み一緒に過ごそう」
一瞬、時間が止まったようだった。
早苗はぱちぱちと目を瞬かせる。
「早苗に会いに行くよ。どうせ俺も予定があるわけじゃないから」
早苗が嬉しそうにふわりと表情が明るくなる。
「本当ですか?」
「ああ」
「それでしたら……」
早苗は嬉しそうに胸の前で手を合わせた。
「冷たいお飲み物を用意しておきます。お昼になりましたらお食事もお作りしますね」
「それはありがたい。助かる」
「神奈子様と諏訪子様もきっと喜びます」
「賑やかになりそうだ」
「はい。きっと、とても楽しい夏休みになります」
教室の窓から風が吹き込み、二人の制服を優しく揺らした。
これまで学校で過ごしてきた時間も楽しかった。
けれどこれから始まる夏には学校では見られない景色がきっと待っている。
蝉時雨の境内、青い空の下の守矢神社、夕暮れの参道、夜の星空、夏祭り、そして二人だけではなく神奈子や諏訪子も交えた賑やかな毎日。
そんな夏を思い浮かべるだけで自然と笑みがこぼれる。
荷物を持ち二人は教室の扉へ向かって歩き出した。
「それでは護くん」
早苗は足を止めて俺の方を向いて柔らかく微笑む。
「夏休み、よろしくお願いします」
俺も頷いた。
「あぁ、こちらこそよろしく」
二人は並んで教室を後にする。
窓の外にはどこまでも続く夏の青空。
長い長い夏休みが今、始まった。