風の祝が奇跡を運んでくれることを   作:ミスブルー

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24日はお地蔵様の日ということで

夏休みに入って数日。

朝から照りつける太陽は容赦なく蝉の鳴き声が空いっぱいに響いていた。

坂道を上り見慣れた守矢神社の鳥居をくぐると、境内には夏の風がゆっくりと吹き抜けていく。

風鈴が涼しげな音を立てるものの、その音とは裏腹に空気は熱を帯び、立っているだけでも汗がにじんでくる。

 

「暑いな……」

 

思わずそんな言葉が口をつく。

石段を上りきる頃には制服ではない軽装でも背中は汗ばんでいた。

 

「こんにちは、護くん」

 

聞き慣れた声に顔を上げると社務所の前で早苗がしゃがみ込み、大きなバケツを用意していた。

横には柔らかそうなスポンジ、雑巾、歯ブラシ、それから柄杓や手桶まで並べられている。

何やら忙しそうに準備をしていて、こちらに気付くと少し申し訳なさそうに笑った。

 

「悪い、何か作業中だったか?」

 

「すみません。せっかく来てくださったのに」

 

早苗は手を止めて頭を下げる。

 

「実は近くのお寺の住職さんが腰を痛めてしまったそうなんです。それで、お地蔵様のお掃除をお願いできないかと相談を受けまして…」

 

そう言いながら並べられた道具を見る。

……いや、俺は心の中で少し笑ってしまった。

バケツは二つ。スポンジも二つ。雑巾も二枚。歯ブラシまでちゃんと二本ある。

 

最初から一人でやるつもりじゃない。

 

「早苗」

 

「はい?」

 

「最初から俺が来ると思ってただろ」

 

「えっ?」

 

一瞬だけ目を丸くした早苗はすぐに視線を逸らした。

 

「そ、そんなことは……」

 

「道具が全部二人分なんだけど」

 

そう言うと早苗は困ったように笑い、小さく肩をすくめた。

 

「……もしかしたら来てくださるかなとは思っていました」

 

やっぱり。

 

「掃除道具まで用意してくれてるなら、俺もやるよ。二人でやった方が早いだろ」

 

「ですが……」

 

「今日は暑すぎる。一人でやるには大変だ。それに困ってる人を放っておく理由もない」

 

そう言うと早苗の表情がふっと柔らかくなる。

 

「ありがとうございます。それでは一緒にお願いします」

 

俺はバケツを一つ持ち上げる。

 

「じゃあ行こうか」

 

「はい」

 

神社を出ると二人でゆっくりと寺へ向かって歩き始めた。

 

住宅街を抜けるとすぐ近くに昔からある小さなお寺が見えてくる。立派な山門ではないが地域の人たちが毎日手を合わせに来るような静かな寺だった。

 

境内へ入ると住職が腰に手を当てながら待っていた。

 

「いやぁ、本当に助かります。情けない話ですがこの腰ではしゃがむことも難しくて」

 

「無理はなさらないでください」

 

早苗が丁寧に頭を下げる。

 

「今日は私たちでお掃除します」

 

「ありがとうございます」

 

住職は何度も頭を下げ、本堂の中へ戻っていった。

 

境内の片隅には六体ほどのお地蔵様が並んでいた。

夏の日差しや雨風を何年も受け続けた石肌には土埃や苔が少しずつ付いている。

 

早苗はその前に静かに立つと両手を合わせた。

俺も隣に並ぶ。

 

『これからきれいにしますね。よろしくお願いします。』

 

心の中でそう伝え、軽く頭を下げる。

 

「まずは周りからですね」

 

早苗は落ち葉を集め始めた。

俺もほうきを手に取り小枝や枯れ葉を掃き集める。

 

古くなった花や空になった湯呑みを片付け周囲が少しずつ整っていく。

「これだけでもずいぶん違いますね」

 

「お地蔵様も気持ちよさそうだ」

 

「ふふっ、そうですね」

 

周囲がきれいになると今度は桶に水を汲む。

俺は柄杓でゆっくりとお地蔵様の頭から水を流した。

早苗は柔らかいスポンジを水に浸し、上から順番に優しく石肌をなでるように汚れを落としていく。

 

「強くこすらないように、ですね」

 

「ああ。石も長い年月で少しずつ傷むからな」

 

顔の細かな溝や耳の周りには土が入り込んでいる。

俺は歯ブラシを使って少しずつ汚れをかき出す。

 

「この辺り、細かいですね」

 

「意外と時間がかかるな」

 

「でも、少しずつきれいになっています」

 

確かに最初は灰色だった石が水を含むたびに本来の色を取り戻していく。

額も、頬も、衣のしわも少しずつ表情がはっきりしてきた。

蝉の声だけが境内に響く。

 

二人ともほとんど無言だった。

けれど不思議と気まずさはない。

 

スポンジをすすぐ音、水の流れる音、風鈴のように葉が揺れる音。

そんな夏の音だけが静かに流れていた。

 

やがて最後のお地蔵様まで洗い終えると柄杓で透き通った水をゆっくりとかけ、石に残った泡や汚れを流していく。

 

日差しを浴びたお地蔵様はどこか穏やかな表情に見えた。

 

早苗は再び両手を合わせる。

 

「ありがとうございました」

 

俺も隣で静かに頭を下げた。

住職は外へ出てくると目を細めながら並んだお地蔵様を見渡した。

 

「いやぁ……本当に見違えました。ありがとうございます」

 

「少しでもお役に立てたならよかったです」

 

住職は何度も礼を言い冷えた麦茶を用意してくれた。

 

冷たい麦茶を飲み終えてお寺を後にすると照り返しの強い道を二人で守矢神社へ戻る。

歩きながら早苗が少し照れくさそうにこちらを見た。

 

「改めて今日は来てくださってありがとうございました」

 

「気にするな」

 

「これからごはんを作るんですが……もしよろしければ食べていきませんか?」

 

俺は少しだけ笑う。

 

「あぁ、食べようかな。ありがとう」

 

「はい」

 

夏の青空の下、二人は並んで石段を上り守矢神社への帰り道をゆっくりと歩いていった。




お地蔵さん(地蔵菩薩)の縁日は「毎月24日」です。
という感じで今回書きました。
神社の巫女が地蔵を掃除ってどうなんだ?とはいろいろ思いましたがそこはまぁいいかと思っています。

ここまで読んでくれてありがとうございました
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