風の祝が奇跡を運んでくれることを   作:ミスブルー

6 / 39
書本家の蔵

夜の諏訪は静かだ。

 

学校からの帰り道、街灯の下を歩きながら俺は腕時計を見た。

 

21時12分。

 

「……また遅くなってしまったか」

 

小さく呟く。

最近はこれが普通になっていた。

早苗と湖へ行ったり、学校に残ったり、怪談の場所を見に行ったり。

気が付くとあっという間に時間が過ぎている。

 

家の門が見えた。

 

書本家の屋敷。

昔はそれなりに名のある家だったらしい。

今はただの古い家だ。

門を開ける。

玄関の灯りがついていた。

 

「……あ」

 

嫌な予感がした。

引き戸を開ける。

 

「ただいま」

 

間を置かず声が飛んできた。

 

「護」

 

父だ。

居間に座っている。

腕を組んでいる。

これは怒っている顔だ。

 

「最近」

父が言う。

「帰りが遅いな」

俺は靴を脱ぎながら言う。

 

「部活だよ」

 

「お前部活やってないだろ」

 

即座に返された。

しまったな…。

父はため息をつく。

 

「学校は五時には終わる」

 

「最近は九時になったんだ」

 

「何をしてる」

 

俺は肩をすくめた。

 

「友達と話してるだけ」

 

父の目が細くなる。

「……本当か」

沈黙。

父が低い声で言った。

 

「護」

 

「まさか」

 

「お前祓い屋なんてこと、してないだろうな」

 

空気が止まった。

母が台所から顔を出す。

 

「あなた」

 

父は構わず続ける。

 

「もう関わるなと言ったはずだ。書本家は終わったんだ」

 

俺は笑った。

わざと軽く。

「父さん、俺にそんなこと出来るわけないだろ」

父は黙った。

しばらくして言う。

 

「……そうだな。お前にそんな力はない」

胸の奥で何かが引っかかった。

でも俺は何も言わなかった。

 

母が言う。

「ご飯、温め直すね」

「ありがとう」

 

それで話は終わった。

でも父の視線は少しだけ疑っていた。

 

夜。

家の中が静かになる。

時計が十二時を回った。

俺は布団から起きた。

廊下に出る。

足音を立てないように歩く。

裏口を開ける。

冷たい夜風。

庭の奥に小さな建物がある。

蔵。

書本家の蔵。

子供の頃は入るなと言われていた。

今は誰も来ない。

 

鍵はかかっていない。

扉を押す。

ギィ……

そんな古い音がする。

中は暗い。

懐中電灯をつける。

光が棚を照らした。

埃。

木箱。

巻物。

古い道具。

ここにはまだ残っている。

祓い屋だった頃の書本家。

棚の一つに紙束がある。

俺は一枚取った。

ヒトガタ。

今使っているのと同じ形。

でも紙の質が違う。

 

古い和紙。

箱の中には札がある。

「封」

「鎮」

「縛」

墨で書かれた文字。

別の棚には壺が並んでいる。

小さな壺。

蓋には紙が貼られている。

封印の札。

俺は一つを持ち上げた。

中から微かな音。

カタ…

俺はそっと戻した。

 

「……まだあるのか」

昔、祖父が言っていた。

この家は紙使いだった。

 

札。

ヒトガタ。

結界。

 

それで怪異を祓っていた。

 

でも血が薄れた。

誰も見えなくなった。

誰も祓えなくなった。

それで終わった。

 

蔵の奥に机がある。

古い陣が描かれていた。

円。

文字。

結界の線。

俺は懐中電灯を机に置いた。

 

ヒトガタを一枚出す。

指で持つ。

少し息を吐く。

ヒトガタが微かに揺れた。

……やっぱり。

俺にはまだ残っている。

完全に消えたわけじゃない。

 

「護」

 

声がした。

俺は振り向いた。

蔵の入口に父が立っていた。

懐中電灯の光が止まる。

 

沈黙。

 

 

父が言う。

 

 

「やっぱり来たか」

俺はヒトガタをポケットに入れた。

 

「……眠れなくて」

 

父はゆっくり中に入る。

 

棚を見る。

壺を見る。

巻物を見る。

そして言う。

 

「全部…昔の残り物だ」

俺は黙っていた。

父が言う。

 

「祓い屋なんてろくなものじゃない」

 

「怪異に関わるそして人も死ぬ」

 

「家も壊れる」

 

父は蔵の奥を見る。

 

「だから終わらせた。終わったんだ」

 

静かな声だった。

 

怒っていない。

ただ疲れている。

 

「護」

 

父が言う。

「怪談も幽霊も忘れろ。それが一番だ」

 

俺は少し笑った。

「そうだな」

 

それで話は終わった。

父は蔵を出ていく。

扉が閉まる。

また静かになった。

俺は机に手を置いた。

懐中電灯の光が揺れる。

ポケットからヒトガタを出す。

 

指で挟む。

「……忘れろ、か」

 

頭に浮かぶのは

 

緑色の髪。

 

諏訪湖の夜。

 

氷の道。

 

早苗の声。

――護くん。

 

 

俺は小さく息を吐いた。

 

「無理そうだな」

 

ヒトガタを折りたたむ。

ポケットに戻す。

蔵の奥にはまだある。

封印の壺。

祓いの札。

結界の陣。

書本家の道具。

全部眠っている。

 

でもそのうちまた使う。

まだ怪談が怪異がある。

そしてあいつはきっとまた言う。

 

「護くん」

 

「次の怪談、行きませんか?」

 

俺は懐中電灯を消した。

 

蔵は暗くなる。

でも不思議と怖くはなかった

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。