自分が浮遊している感覚に襲われる。
なんとなくこれは夢だと俺はそう思っていた。
日本家屋が並び薄暗いオレンジの灯りが居間を照らしていた。
外を見ると夜だ。
こんな作りは今の日本にはあまり多くはないだろう。
俺は夏頃の時の夢をみているらしい。
今も夏だが…。
俺は階段を上がり廊下に出る。
外を見ると夜だ。
ガヤガヤと声が聞こえる。
ずいぶん賑やかで騒がしい。
俺は手を伸ばし襖を開ける。
土埃なのか分からないが薄いカーキ色や白色の長袖シャツっぽい服や農業で使うのらぎを着て日に焼けた男達が騒いでいた。
窓側に薄い緑の汚れた軍服のような物が目に付いた。
「お、来たか!まぁ座れ!今夜は無礼講だ!」
「無礼講??」
俺はそう言ったつもりだったが俺の声は出なかった。
そういえばなんで俺はこんなところにいるんだ。
明日も早苗に会うのに。
違う男が酒の瓶を取り出した。
「よっし飲むぜ!」
「おい、あんたお酌しろお酌」
なんで俺がそんなことを?。
というか俺は飲まないぞ。
でも声は出なかった。
酒瓶を渡され受け取った。
酒瓶を持ち男達に酒を注ぐ。
すごく濃度が高いものだと分かった。
同時に視界が揺らぐ。
身体を触られたり揺らされたりしているようだ。
受け取った際に少し思ったが俺の腕はあんな細かったか…?
あぁ…こんな夢早く覚めてほしい。
俺は目を閉じる。
そう思って数秒経った時だ。
実際どのくらい経ったのかわからないが1人の男が言った。
「今日の夕食えらい豪勢だぞ」
「なんだなんだ」
周りの男達が騒ぐ。
俺の視界が高くなった。
立ち上がり帰ろうとしているらしい。
「おいおい!どこ行くんだよ今日の!今日も頼むよー」
男の力はかなり強く座らされてしまう。
俺の左右と後ろには男達が俺を羽交い締めにしていた。
そうしてる間に豪勢だのなんだの言っていた男が戻ってきた。
「見ろ!今日は肉だ…!!」
「いよっ!日本一!」
男達は拍手をする。
だが俺は唖然とした。
肉、そう呼ばれたものは丸くて太く牛肉とも豚肉とも鶏肉とも言えないような形をしていた。
それが4つも皿に乗っている。
1人の男が言った。
「さぁほらほらあんた食べろ食べろ」
男達は肉を刃物らしき何かで切り分け食べ始める。
「ほら、食べろ。食べさせてやるよ。そこから今日も回すんだから」
そう言って俺を押さえ肉を突き出される。
やめろ…!やめろ!
俺の口にそれが入るその瞬間。
ガバッ!と俺は身体を起こした。
見慣れた天井、知っている部屋。
あぁ…俺の部屋だ。
嫌な夢だった。
俺は洗面所に言って顔を洗う。
それにしてもリアルな夢だった。
まるで戦時中を見ているような気分だった。
現代っ子にこの感覚はキツい。
俺は部屋に戻り再び寝る。
そこから先、夢を見ることはなく朝を迎えた。
昼頃になり俺は早苗の元へ、守谷神社に訪れる。
階段を上がると手水舎の前に神奈子と諏訪子がいた。
「いらっしゃい高校生」
「祓い屋今日も来てくれたか」
「あぁ、こんにちは2人とも」
「早苗は中だよ」
「今日は米炒めてたよ〜」
チャーハンかな?。
そんなことを思いながら俺は向かった。
おじゃましますと言いながらまずは早苗の元へ向かうとフライパンで早苗は米をあおっていた。
おぉすごいな。
「あ、護くん。いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
「来たくて来てるから俺の方こそありがとう。もしかしてチャーハン?」
「そうです。野沢菜チャーハンです」
「美味しそうだ」
俺はそう言ったが早苗は少し元気がないように見えた。
ちょっとだけだが隈が見えた。
「ありがとうございます。もう少しで出来ますから」
「せっかくだから出来上がるまでここにいていいかな?」
「えぇ…?いいですけど…」
「運ぶのも手伝うから」
俺はどことなく早苗の元気がないのが気になってしまった。
「わかりました。じゃあ…お皿の用意をお願いしてもいいですか?」
準備してチャーハンが出来上がり俺と早苗は神奈子と諏訪子、早苗と俺の分を持ち居間へ。
「「「「いただきます!」」」」
四人でいつもの挨拶だ。
諏訪子は食べながら言った。
「ん?これはじゃこ??お肉は?」
「あ…その、すみません諏訪子様。今日は護くんも来てますから長野風ってことで」
「そっかぁ。でも美味しいからありだね」
「はい、護くんどうですか?」
「すごく美味いぞ」
「よかったです」
俺達のそのやり取りを見ている神奈子と諏訪子は顔を見合わせて微かに微笑む。
片付けは一緒に行う。
食器を洗いそろそろ一段落する時に俺は何気なく聞いた。
「なぁ早苗…最近寝れてるか?」
「え?」
「目元に少し隈が出来ている」
そう言って俺はそっと早苗の目尻へ指先を添えた。
早苗は少しだけ目を丸くしてそれから困ったように笑う。
「あぁ…これです?大丈夫ですよ私」
「そうか…?俺毎日来てるだろ?早苗朝いつも早いはずだ。こうしてご飯までごちそうになってさ。さすがに毎日はやっぱりーーー」
悪いし、少し来る回数を減らそうか。
そう言いかけた瞬間だった。
早苗の手が俺の手をぎゅっと握った。
思わず言葉が止まる。
細い手なのに、その力は驚くほど強かった。まるで離してしまえば何か大切なものまで失ってしまうとでも言うよう、必死に俺の手を握っている。
「大丈夫ですよ…本当に。本当ですから」
その声は笑っていた。
でもその笑顔の奥にある震えだけは隠しきれていなかった。
「寝れているか?早苗」
俺はそれでも聞くことにした。
思えば早苗はここ最近あまり眠れてないのかも?或いは風邪かな?と神奈子や諏訪子が話してくれていた。
それはきっと聞くべき相手が自分達ではないと分かっていたからなのかもしれない。
俺の言葉に早苗は返事をしなかった。
代わりに目を伏せる。
「俺ちゃんと来るから。早苗が寝不足だろうともご飯作ってなくても」
「護くん……」
早苗は少しだけ笑って、それから視線を落とした。
「ご飯を作らないと、どのみち神奈子様と諏訪子様がしょげてしまいます……」
「そ…そうか、そうだね、うん」
そのやり取りに少しだけ空気が和らいだ。
けれど早苗はその笑顔を長くは続けられなかった。
静かに息を吸い、小さな声で呟く。
「実はあまり眠れてません…」
そう早苗は話した。
「夢を見るんです…」
早苗はゆっくり話し始めた。
古い日本家屋。
夜。
大勢の男達。
酒瓶。
無礼講だと騒ぐ声。
自分はそこへ行き、酒を注がされる。
逃げようとしても逃げられない。
無理やり座らされる。
男達に無理やり羽交い締めにされ、そして最後には何かを無理やり食べさせられそうになる。
「その先は……」
早苗は首を横に振った。
「思い出したくありません……」
俺はその話を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
昨夜見た夢とそのものだった。
あれは早苗が見ていた夢だったんだ。
俺と早苗は居間に戻り、神奈子と諏訪子に俺の口から伝えた。
「早苗が見たその夢は昨日俺も見たんだ。「あの夢、俺は自分の夢だと思ってた。でも身体が違った。腕も細かった。声も出なかった」
そこでようやく答えに辿り着く。
「あれは……」
俺が言いかけると早苗が静かに続けた。
「私だったから…ですね」
その一言が居間に落ちる。
神奈子は腕を組み、しばらく黙っていた。
「しかし早苗の夢を高校生も見る、か」
「ん?どういうことだ」
「きっとそれも奇跡なのさ。「本来なら起こり得ないことさ。夢っていうのは、その人だけの世界だ。他人が同じ夢を見るなんてまずあり得ない。きっとその夢は早苗にしか見えない。
早苗は今、妙な妖怪に目を付けられているってことなんだ。
私達も気付けなかった。情けないねぇ…。
でも早苗は奇跡を起こせる現人神なんだ。
早苗が無意識のうちに奇跡を起こし、夢を他人へ繋げた」
「……俺に」
「そう」
諏訪子が頷く。
「早苗が助けてって夢を通して祓い屋に伝えたんだよ。私達にじゃない。護、あなたになんだ」
俺は早苗を見る。
早苗は俯いていた。
だけど早苗はゆっくりと俺の手を再び握った。
さっきよりも弱い力だった。
だけどその震えだけははっきり伝わってきた。
俺は今度はこちらから握り返す。
少しでも安心してほしくて。
少しでも一人じゃないと思ってほしくて。
ようやく早苗は顔を上げる。
早苗はゆっくりと話した。
「眠れない夜が……とても怖いんです」
その声は震えていた。
「目を閉じるとまたあそこへ行く気がするんです」
少し息を吸う。
「ずっと……ずっとあの夢が頭から離れなくて……。図々しくてごめんなさい……護くん」
首を横に振る。
そんなことあるわけがない。
「でも……頼らせてほしいんです」
早苗は震える声で続けた。
「護くん……私、どうすればいいか分からないんです」
その瞳が真っ直ぐ俺を映す。
「どうか……助けてください」
早苗の瞳が俺を映した。
翡翠のような綺麗な瞳が陽炎のように揺れていた。
神奈子と諏訪子も立ち上がった。
二柱はゆっくりと俺の前へ来る。
そして静かに頭を下げた。
「私からも」
「同じく私からも」
神奈子が口を開く。
「高校生……いや」
少しだけ笑って。
「護」
諏訪子も続ける。
「私達の娘を」
神奈子。
「どうか」
諏訪子。
「「この悪夢の妖から救ってやってほしい」」
二柱の神様が頭を下げる姿など本来なら誰も見ることはないかもしれない。
神である二人が一人の高校生へ娘を救ってほしいと願うなんて。
俺は迷わなかった。
神奈子と諏訪子が言わなくても早苗が例え頼まなかったとしても。
俺はこう言うつもりだった。
俺は早苗の手をしっかり握り返す。
「分かった、必ず助けるよ」
その言葉を聞いた早苗は小さく頷いた。
張り詰めていた表情がほんの少しだけ和らぐ。
だが悪夢はまだ終わっていない。
まだその夢の正体も早苗を狙う妖怪の正体も知らない。
それでも必ず終わらせる。
そう胸の中で静かに誓った。