お寺さんからのお礼に柿を
10月も終わりに近づき諏訪の町にも少しずつ秋の気配が深まってきた。
ついこの間まで暑い暑いと言っていたはずなのに今では朝晩の冷え込みが随分と厳しくなっている。
日中は太陽が顔を出していればそれなりに暖かいもののひとたび風が吹けば思わず肩をすくめてしまうほど冷たい。
空を見上げれば夏の頃とは違った高い青空が広がっていた。
雲は薄く風に引き伸ばされたような形をしている。
遠くに見える山はまだ大部分が緑色のままだ。
紅葉と呼ぶには少し早いのだろう。
それでもよく目を凝らしてみるとところどころに黄色や赤色が混じっているように見えた。
季節というものはある日突然変わるわけではないらしい。
昨日まで緑色だった木々が一晩で赤く染まるわけでもなければ今日から秋ですと誰かが宣言してくれるわけでもない。
こうして毎日少しずつ気づかないうちに変わっていくのだろう。
「すっかり涼しくなりましたね」
隣を歩いていた早苗が、空を見上げながらそんなことを言った。
「涼しいというか…いやもう寒いくらいだが」
「そうですね。朝なんて布団から出るのが少し大変になってきました」
「早苗でもそういうことあるんだな」
「ありますよ?私だって寒いものは寒いんですから」
少し不満そうに頬を膨らませる早苗に俺は思わず笑ってしまった。そんな俺を見て早苗も小さく笑う。
今日は学校が休みの日だ。
普段なら守矢神社に遊びに行くところだが今回は早苗と一緒にとあるお寺へ向かっている。
そのお寺には夏休みの頃一度お世話になったことがあった。
正確にはお世話になったというより俺たちが手伝いをしたというべきだろうか。
あの頃はまだ夏真っ盛りで少し外を歩くだけでも汗が噴き出すような暑さだった。
そんなある日、腰を痛めてしまった住職に代わって俺と早苗はお寺にあるお地蔵様を綺麗にすることになったのだ。
境内の片隅に並んでいた六体ほどのお地蔵様。
長い間、雨風に晒されていたせいか頭や肩には土埃が積もりところどころには苔も生えていた。
早苗が用意してくれたバケツやスポンジ、雑巾、それから歯ブラシまで使って二人で一体ずつ丁寧に磨いていったのを覚えている。
あの日も随分と暑かった。
何度も水を汲み直し、額の汗を拭いながら作業を続けた。
その甲斐あってお地蔵様は見違えるほど綺麗になり住職にも大変喜んでもらえた。
そして今回その住職から改めてお礼がしたいと連絡があった。
なんでもお寺の敷地にある柿の木が実をつけたらしくよければ好きなだけ採っていってほしいとのことだった。
「それにしても柿狩りですか」
「俺柿狩りなんて久しぶりだ」
「私は柿の木から直接採るのは初めてかもしれません」
「そうなのか?」
「はい。食べたことは何度もありますけど柿ってお店で買うことの方が多いですから」
そう言って早苗は少し楽しそうに笑った。
たしかに果物狩りといえば苺や葡萄、林檎なんかを思い浮かべることが多い。
柿だって立派な果物なのだが柿狩りという言葉はあまり耳にしない気がする。
もっとも今回は観光農園などではなく住職のご厚意で採らせてもらうだけなのだが。
そんな話をしているうちに目的のお寺が見えてきた。
夏に訪れた時と変わらない昔ながらの小さなお寺だった。
門をくぐると境内にはひんやりとした空気が漂っていた。
夏には青々としていた木々の葉も今では少しずつ黄色く色づき始めている。
地面には落ち葉が何枚か散らばっており風が吹くたびに乾いた音を立てながら転がっていった。
境内の片隅にはあの時綺麗にしたお地蔵様たちが変わらず並んでいた。
「あっ、お地蔵様です」
早苗が嬉しそうに声を上げる。
「覚えてるか?」
「もちろんです。あんなに一生懸命磨いたんですから」
そう言って早苗はお地蔵様の前まで歩いていった。
俺もその後についていく。
六体のお地蔵様は夏の頃より少しだけ落ち葉を被っていたものの、綺麗な状態が保たれていた。
あの時、歯ブラシを使って汚れを落とした顔や耳の辺りもまだ綺麗なままだ。
「なんだか懐かしいですね」
「まだ三ヶ月くらいしか経ってないんだけどな」
「ふふっ、そうですね。でもあの頃はすごく暑かったですから。今こうして見ると随分昔のことみたいに感じます」
早苗はそう言ってお地蔵様の前で静かに手を合わせた。
俺も隣に並び軽く頭を下げる。
別に何かお願い事があるわけではない。
ただ久しぶりに会ったのだから挨拶くらいはしておこうと思っただけだ。
「おや、お二人とも。よくいらっしゃいました」
背後から声が聞こえた。
振り返るとそこにはあの時の住職が立っていた。
夏には腰を押さえながらゆっくり歩いていたのだが今日は随分と足取りが軽い。
「こんにちは。お久しぶりです」
「こんにちは!」
二人で挨拶をすると住職は穏やかに笑った。
「いやいや、今日はわざわざありがとうございます。お二人ともお元気そうで何よりです」
「住職さんもお元気そうですね。腰の具合はもう大丈夫なんですか?」
早苗が尋ねる。
「ええ、おかげさまで。まだ無理はできませんが普段の生活には困らなくなりました」
「それはよかったです」
「夏には本当にお世話になりました。あれだけ綺麗にしていただいて改めてお礼をと思っていたのですがなかなか機会がなくて」
「いえ、そんな。俺たちも大したことはしてませんから」
「そうですよ。お地蔵様を綺麗にしただけですから」
「その『だけ』が私には大変ありがたかったのですよ」
住職はそう言って目を細めた。
「さて、それでは早速ですが、柿を採りに行きましょうか。ちょうどよく実っておりますよ」
そう言って住職は境内の奥へと歩き始めた。
俺たちもその後についていく。
お堂の横を通り抜け少し開けた場所へ出るとそこには一本の柿の木が立っていた。
「おお……」
思わず声が漏れた。
そこにあったのは想像していたよりもずっと立派な柿の木だった。
太い幹から何本もの枝が伸びその先には橙色に熟した柿がいくつも実っている。
葉の間から顔を覗かせているものもあれば枝の先で重たそうにぶら下がっているものもあった。
緑色の葉と少し赤みを帯びた葉に鮮やかな橙色の実。
その色合いが秋の青空によく映えていた。
「わあ……!すごいですね!」
早苗が目を輝かせる。
「こんなに実ってるとはな…」
「毎年よく実をつけてくれる木なんですよ。今年もなかなかの豊作でしてね」
住職は嬉しそうに柿の木を見上げた。
「こちらは甘柿ですからそのまま食べられます。日当たりのよいところに実ったものは特に甘くなっていますよ」
「それならありがたいな」
「高いところに実っているものもありますから木に登って採っていただいても構いませんよ。もちろん気をつけていただきたいですが」
住職はそう言った。
俺は改めて柿の木を見上げる。
枝はそれなりに太く登れないこともなさそうだ。
しかし柿の実がたくさんついている枝を見るとなんとなく不安になってしまう。
体重をかけた瞬間に枝が折れてしまったら申し訳ないどころの話ではない。
「いや、やめておこうかな」
「あれ登らないんですか?」
「枝を折っちゃいそうだからな。それに落ちたら危ないし」
「ふふっ、護くんらしいですね」
「どういう意味だよ」
「いえ、ちゃんと考えているなあと思いまして」
早苗はそう言って笑った。
住職も笑いながら頷く。
「それなら低いところの実を採っていただければ。ほらあちらにもたくさんありますから」
示された方向を見ると確かに手の届きそうな高さにも柿が実っていた。
木の外側へ伸びた枝にはいくつもの柿がぶら下がっている。
これなら木に登らなくても十分に楽しめそうだ。
「では、こちらを使ってください」
住職が渡してくれたのは小さな園芸用の鋏と収穫用の籠だった。
柿は無理に引っ張って採ろうとすると枝を傷めてしまうため鋏を使って実の少し上を切るとよいらしい。
簡単に使い方を教えてもらい住職は何かあれば声をかけてくださいと言って少し離れたところで見守ることになった。
「さて、それじゃあ採るか」
「はい!」
俺と早苗はそれぞれ籠を持ち柿の木へと近づいた。
間近で見ると柿は思っていたよりも大きかった。
橙色の皮には艶があり太陽の光を受けて綺麗に輝いている。
なかにはまだ少し青みが残っているものもあったがほとんどは十分に色づいていた。
「どれにしましょうか……」
早苗は真剣な顔で柿を見つめていた。
一本の枝にいくつも実がついているものだからどれを採ろうか迷っているらしい。
「好きなのを採ればいいんじゃないか?」
「そうなんですけど…せっかくなら一番美味しそうなのを採りたいじゃないですか」
「それはそうだな」
「護くんはどれにします?」
「俺は……これかな」
そう言って目の前にぶら下がっている柿を指差した。
大きさは手のひらに収まるくらいだが綺麗な橙色をしている。
ほかの実と比べてもなかなか美味しそうに見えた。
片手で柿を支えもう片方の手に持った鋏を枝の付け根近くへと伸ばす。
そして少し力を込めて小さな音とともに柿が枝から離れた。
「おお採れた」
「わあ!綺麗ですね!」
早苗が隣から覗き込んでくる。
採れたばかりの柿を手のひらに載せると思っていたよりもずっしりとした重さがあった。
表面はひんやりとしていて、少しだけ硬い。
「はい、早苗」
「えっ?」
「最初の一個」
そう言って差し出すと早苗は少し驚いた顔をした。
「いいんですか?」
「いいよ。まだたくさんあるんだ」
「ありがとうございます!」
早苗は嬉しそうに受け取り籠の中へと大切そうに入れた。
「それじゃあ今度は私の番ですね」
そう言って早苗は少し離れた場所にある柿へと目を向けた。
どうやら気になる実を見つけたらしい。
枝の先にぶら下がっているその柿は先ほど俺が採ったものよりも一回り大きく形も綺麗だった。
「これにします!」
早苗は鋏を握り柿へと手を伸ばす。
しかし…
「んっ……」
ほんの少しだけ届かない。
早苗は爪先立ちになりもう一度手を伸ばした。
「むむむ……」
「無理しなくても、ほかにあるぞ?」
「もう少しなんです。あとちょっとで……」
そう言いながら背伸びをする早苗だったが鋏の先は柿の枝へ届きそうで届かなかった。
まるで目の前にある柿がわざと早苗から逃げているようにも見える。
「……護くん」
「ん?」
「もう少しだけ、背が欲しいです」
「俺に言われてもな」
思わず笑ってしまった。
早苗は少し頬を膨らませたもののすぐに自分でも笑い出した。
「もう、笑わないでくださいよ」
「悪い悪い。俺が採ろうか?」
「……お願いします」
少し残念そうな声だった。
俺は早苗の隣に立ち手を伸ばす。
俺の身長なら爪先立ちになることもなく届いた。
枝を傷つけないように鋏を入れ柿を一つ採る。
「ほら」
「ありがとうございます。……でもやっぱり自分で採りたかったですね」
「じゃあ次はもう少し低いところにしよう」
「はい。今度こそ自分で採ります!」
そう言って早苗は再び柿の木を見上げた。
その表情は妙に真剣だった。
……柿狩りってこんなに真剣にやるものだったけ。
そんなことを思いながらも俺は自分の籠へ柿を一つ入れた。
それからしばらく二人で柿を採り続けた。
低い枝に実った柿を探し色や大きさを比べながら一つずつ収穫していく。
簡単そうに見えてこれがなかなか難しい。
大きくて綺麗な柿ほど高いところにあったり葉の陰に隠れていたりするのだ。
逆に何気なく覗き込んだ枝の裏側に思いがけず立派な柿が実っていることもあった。
「あっ、護くん!見てください!」
早苗が嬉しそうな声を上げた。
振り返ると早苗は両手で大きな柿を持っていた。
綺麗な橙色をしており先ほどまで採っていたものよりも明らかに大きい。
「これはでかいな」
「でしょう?葉っぱの陰に隠れていたんですよ」
「よく見つけたな」
「ふふん、私の勝ちですね」
「いつの間に勝負になったんだ」
「今です!」
得意そうに胸を張る早苗。
どうやら本人の中ではすでに勝負が始まっていたらしい。
「じゃあ俺も大きいのを探してみるか」
「負けませんよ?」
「そもそも何を競ってるんだ」
そんな他愛もない話をしながら俺たちは柿の木の周りを歩いていった。
時折風が吹く。
枝についた葉がざわざわと揺れ何枚かの枯れ葉が舞い落ちた。
そのうちの一枚が、早苗の髪に引っかかった。
「早苗、ちょっと動くなよ」
「えっ?」
俺は手を伸ばし早苗の髪についていた葉を摘まんだ。
黄色く色づいた小さな葉っぱだった。
「葉っぱがついてた」
「あら、本当ですね」
「柿を探すのに夢中になりすぎだろ」
「だって楽しいんですから」
早苗はそう言って少し照れくさそうに笑った。
そして俺の手にある葉を覗き込む。
「綺麗な黄色ですね」
「もう秋だな」
「そうですね」
早苗は山の方へと視線を向けた。
遠くの山々にはまだ緑色が多く残っている。
それでも夏の頃に比べれば確実に色が変わり始めていた。
「もう少ししたらあの山も赤くなりますね」
「あと何週間かすれば随分違って見えるんじゃないかな?」
「楽しみですね」
風が吹き早苗の髪が揺れた。
夏にはあんなに暑かったこの場所も今では上着が欲しくなるほど涼しい。
同じ場所に立っているのに季節が違うだけで景色も空気もまるで変わってしまう。
それでもお寺は変わらずここにあってお地蔵様も変わらず並んでいる。
そして俺の隣にはあの夏と同じように早苗が立っている。
「……護くん?」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そう答えると早苗は少し首を傾げたもののそれ以上は聞いてこなかった。
代わりにまた柿の木へと視線を戻す。
「さあさあ、もう少し採りましょう!」
「ああ」
俺たちは再び柿狩りを始めた。
気がつけば籠の中には随分と柿が溜まっていた。
最初は一つ二つと数えていたものの途中から数えるのも面倒になるほどだった。
とはいえまだ木にはたくさんの実が残っている。
これだけ実がついているのだから住職も収穫するのが大変だろう。
「……これくらいにしておくか?」
「そうですね。あんまり採りすぎても食べきれませんし」
早苗も籠を覗き込みながら頷いた。
俺たちは道具を片づけ住職のところへ戻ることにした。
「おや、たくさん採れましたね」
籠を見た住職が嬉しそうに笑う。
「おかげさまで。ありがとうございます」
「すごく楽しかったです!」
「それはよかった。まだまだ実っていますから遠慮せず採っていただいてもよかったのですが」
「こんだけあれば十分ですよ」
「そうですか。それなら少し休んでいかれませんか?お茶でも淹れましょう」
せっかくのお誘いだったので俺たちはありがたく休ませてもらうことにした。
案内された縁側には柔らかな秋の日差しが差し込んでいた。
日陰に入れば肌寒いものの太陽の光が当たっている場所は心地よく暖かい。
住職がお茶を用意してくれている間、俺と早苗は並んで腰を下ろした。
「ふう……」
思わず息が漏れる。
「お疲れ様です、護くん」
「早苗もお疲れ」
「ふふっ、なんだか思っていた以上に楽しかったです」
「そうだな。俺も久しぶりだったけど楽しかったよ」
「今度は林檎狩りなんかもしてみたいですね」
「林檎か。あったかな?でもそっちもいいな」
「葡萄もいいですし、梨もいいですよね」
「ん?全部やるつもりか?」
「機会があれば、ぜひ!」
早苗は楽しそうに笑った。
そのうち果物狩りだけで一年が終わってしまいそうだ。
そんなことを考えていると住職がお盆を持って戻ってきた。
「お待たせしました。どうぞ」
お盆の上には温かいお茶と小皿に盛られた柿が並んでいた。
皮を剥いて食べやすい大きさに切られた柿は鮮やかな橙色をしている。
「こちらも今朝採った柿です。よければ召し上がってください」
「ありがとうございます!」
早苗は嬉しそうに手を合わせた。
俺もお礼を言い柿を一切れ口に運ぶ。
しゃくっと小さな音がした。
ほどよい歯応えがあり噛むたびに優しい甘さが口の中へと広がっていく。
「……甘いな」
「本当ですね!すごく甘いです!」
早苗も目を丸くしていた。
普段スーパーで買う柿も十分に美味しいのだがこうして採れた場所で食べるとなんだか特別な味がする気がする。
「今年はよく実ってくれましてね。味もなかなかよいでしょう?」
「はい。とっても美味しいです」
「それは何よりです」
住職は嬉しそうに頷いた。
温かいお茶を一口飲む。
冷えた指先に湯呑みの熱が伝わり少しずつ身体が温まっていく。
縁側から見える庭には穏やかな秋の日差しが降り注いでいた。
風が吹くたびに木々の葉が揺れ、乾いた落ち葉が地面を転がっていく。
遠くからは鳥の鳴き声も聞こえる。
「そういえばあのお地蔵様ですが」
住職がふと思い出したように口を開いた。
「夏にお二人が綺麗にしてくださったおかげで今でも随分と綺麗なままなんですよ」
「さっき見てきました」
早苗が答える。
「ちゃんと綺麗なままでなんだか嬉しくなりました」
「ええ。私も毎朝見ておりますがお地蔵様も喜んでおられることでしょう」
住職はそう言って微笑んだ。
「昔からああして境内の隅で見守ってくださっているお地蔵様ですから。やはり大切にしなくてはいけませんね」
「そうですね」
早苗は静かに頷いた。
「また汚れてしまったらいつでも声をかけてください」
「おや、よろしいのですか?」
「はい!護くんと一緒にお掃除しますから」
「俺も決定なのか?」
「もちろんです!」
早苗は当然のように答えた。
俺は苦笑いしながら肩をすくめる。
「まあ、別にいいけどさ」
「ふふっ。ありがとうございます」
住職は穏やかに笑った。
「それではまたその時にはお願いしましょうか」
そんな話をしながら俺たちはしばらくお茶と柿をご馳走になった。
やがて日が少し傾き始めた頃に俺たちはお寺を後にすることにした。
収穫した柿は住職が袋に分けてくれた。
最初は二人で分けるつもりだったのだが住職がもう少し持っていきなさいと言って追加してくれたため結局かなりの量になっていた。
「本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!とても楽しかったです!」
「いえいえ。こちらこそ今日は来ていただいてありがとうございました。またいつでもいらしてください」
住職に見送られ俺たちは門をくぐった。
行きよりも少し重くなった袋を手に俺と早苗は並んで歩いていた。
「たくさんいただいちゃいましたね」
「しばらく柿には困らなさそうだな」
「帰ったら神奈子様と諏訪子様にも食べていただこうと思います」
「それがいいな」
「そのまま食べるのもいいですけど何かお菓子にしてみるのもよさそうですね」
「柿のお菓子か。何があるんだ?」
「そうですね……柿のケーキとか、ジャムとか。あとは柿を使ったパウンドケーキなんかもありますよ」
「へえ、結構あるんだな」
「はい。でもまずはそのまま食べてみたいです」
「結局そこに戻るのか」
「だってあんなに甘かったんですから」
早苗はそう言って笑った。
俺もつられて笑う。
確かにあの柿は美味しかった。
何かに加工してしまうのもいいがせっかくならそのままの味を楽しみたい気持ちもわかる。
「それにしても……」
早苗がふと口を開いた。
「夏にお地蔵様を綺麗にしたことがこうして秋の柿狩りにつながるなんてなんだか面白いですね」
「そうだな。あの時はこんなことになるなんて思ってなかった」
「私もです」
早苗は袋の中の柿を見つめながら少し嬉しそうに微笑んだ。
「お手伝いをした時はただお地蔵様を綺麗にしたいと思っただけだったんですけど……こうしてまたお寺に行けて住職さんにも会えて美味しい柿までいただけました」
「ああ」
「なんだか得した気分ですよ」
「それはそうだな」
「ふふっ」
早苗は小さく笑った。
風が吹くと少し冷たい風だった。
道端の木々が揺れ、黄色くなり始めた葉が一枚ひらひらと地面へ落ちていく。
空はまだ青く遠くの山も緑色のままだ。
けれど夏の頃とは明らかに違っている。
「護くん」
「ん?」
「また来年の夏もお地蔵様のお掃除に行きたいですね」
「そうだな。住職がよければだけど」
「はい。それでまた秋になったら柿狩りをさせてもらえたら嬉しいです」
「もう来年の柿を狙ってるのか?」
「ち、違いますよ!そういうわけじゃありません!」
早苗は慌てて否定した。
しかしすぐに少し考えるような顔になる。
「……でもまた採れたら嬉しいです」
「やっぱり狙ってるじゃないか」
「もう護くん!」
早苗は少し頬を膨らませた。
それでもすぐに笑い出してしまった。
俺も笑った。
道の先にはいつもと変わらない諏訪の町が広がっている。
特別なことがあったわけではない。
暑い夏の日に一生懸命磨いたお地蔵様は今でも変わらずあのお寺に並んでいる。
そして季節が巡り秋になった今、俺たちの手にはあの時のお礼としていただいた柿がある。
あの夏の日にした小さな親切が秋になって実を結んだ。
……少し大げさだろうか。
「護くん、どうしました?」
隣から早苗が俺を見上げた。
「いや、なんでもないよ」
「さっきからそればっかりですよ」
「そうか?」
「そうですよ。何か考え事ですか?」
「ちょっとだけな」
「変な護くんですね」
そう言って早苗は笑った。
その笑顔を見ていると別に何を考えていたのか説明する必要もない気がした。
俺たちは再び歩き出す。
柿の入った袋が歩くたびに小さく揺れた。
風は冷たいが日差しはまだ暖かい。
夏が終わり秋が深まり、やがて冬がやってくる。
その頃には今はまだ緑色の山々もすっかり違う景色になっているのだろう。
そんなことを考えながら俺は隣を歩く早苗に声をかけた。
「早苗」
「はい?」
「帰ったら俺が採った柿も一つ切ってみるか」
「あっ、いいですね!私が採ったのと食べ比べしましょう!」
「どっちが甘いか勝負か?」
「はい!負けませんよ!」
「だからなんで勝負になるんだよ。」
また二人で笑った。
どうやら今日の柿狩りは家に帰ってからも続くらしい。
紅葉にはまだ早い。
それでも秋は確かにやって来ていた。