癒月ちゃんと出会ったのは3年前。
私が中学に入学して間もない頃。
柄の悪い先輩達に絡まれた時だった。
多分、ナンパ目的だったんだと思う。
「君等、新入生?俺達とカラオケでも行かない?」
「すいません……用事があるので」
「いいじゃん!ちょっとだけだから!」
「ちょっと!この子、嫌がってんじゃん!」
「ほんの少しだけだから!」
「止めてって!!離して!!」
コミュ力には昔から自信がある私だったけど、その先輩達は凄くしつこくて、全然引いてくれなくって。
断ろうとする度、空気がどんどん悪くなって、いつの間にか、一触即発の空気にまでなっちゃって。
流石の私も、肝が冷えたのをよく覚えてる。
その頃はまだ、あんま強く無かったし。
先生達も、その時は近くには居なかったし。
そんな時に、あの子はフラッと現れた。
保健室に行った帰りだったらしい。
「何ですか?貴方達?そんな所で密集して。感染の元ですから、互いに距離を取って下さい。不衛生です」
「ん?君も新入生?この子達の友達?」
「いえ、初めて会いました。どうも」
「……ど、どうも。初めまして」
「……だったら、何処か行ってくれない?」
「そうは言っても、彼女等の顔色が悪いようですし」
癒月ちゃんは、その頃から癒月ちゃんだった。
助けに来たのかもだけど、なんかズレてた。
周りの空気なんて、これっぽっちも気にしない。
先輩達に絡まれ、酷い顔色になってた私達を心配し、迷う事なく、即座に保健室へ連れて行こうとした。
本気で体調不良だと、初めは思ったらしい。
当然、先輩達はより機嫌を悪くした。
そして、地雷を思いっきり踏んだ。
「……何ですか、その手は?不衛生極まりない。というか、貴方達、さては保健室を度々不当に占拠するという病原体ですか?先生が大変困っていると聞きました」
「保健室?それがどうした?別にいいだろ」
「サボり場所ぐらいしか、役に立たないしな」
「……手を洗い、保健室の先生に直ぐ謝罪を」
「何だお前?調子に乗るな───」
「只今から治療を開始します」
「や、山田が宙に飛んだ!!?」
「な、何だ、此奴!?」
後で話を聞いた所、先輩達は校内では指折りの不良で、弱みを握って悪質な苛めを繰り返してたらしい。
その上、親がかなりのお偉いさんという事で、先生達も強く言えず、学校内でもやりたい放題だったとか。
癒月ちゃんは、そんなのお構いなしだったけど。
翌日の呼び出しも、正論で大人を論破していた。
やった事自体も、一応正当防衛だし。
ついでに、私と友達も証言していたし。
良い意味で、やりたい放題だった。
殴り掛かってくる先輩達を、片っ端から投げ飛ばし、無表情で制圧していく絵面は、本当に酷かったけど。
「治療完了。後は先生達に引き渡すだけですね。現行犯ですから、言い逃れも出来ません。それはそうと、貴方達は怪我をしていませんか?どうか隠さずに」
「う、うん。ちょっと強く掴まれたぐらいかな」
「三奈……無茶してたもんね」
「それは大変です。……これはどうか内密に」
そして癒月ちゃんは、私に個性を使った。
初めは驚いたけど、アザが消えたのを見て安心した。
家族になんて言えばいいか、分からなかったし。
一緒に居た私の友達にも、同じ事をしてくれた。
変な子だけど、悪い子じゃないって思った。
「治してくれてありがと。そういや名前は?」
「癒月波音。ヒーロー志望兼医者志望です」
「そっか。私、芦戸三奈!改めてよろしくね!」
「はい。よろしくお願いします」
それが、あの子との奇妙な出会いだった。
「オイオイ!入学して早々に苛めか!何やってんだ!」
「貴方、誰ですか?治療を終えた所です」
「多分、後ろの見て勘違いしてる」
「問答無用!お前の相手は俺だ!」
「ちょっと待って!少し話を───知らない人!!いきなり顎アッパーは駄目でしょ!!顎アッパーは!!」
「こうするのが合理的と思いまして」
ついでに切島とも、そのタイミングで出会った。
不幸な行き違いで、即座に気絶させられたけど。
我ながらおかしな人間関係だと思う。
『芦戸攻める!!攻める攻める!!蹴り技のラッシュで攻撃の隙を与えない!!その姿はさながらダンサー!!ノンストップダンス!!チェケラッ!!』
『少しは真面目に実況しろ』
試合が始まった直後から、私は攻め続けた。
酸による加速と、それを活かした蹴り技の応酬で、癒月ちゃんに仕掛けるタイミングを決して与えない。
騎馬戦で見せた、癒月ちゃんの新技。
アレを発動されたら、こっちは不利だ。
多分だけど、私の個性全般が効かなくなる。
絶対に発動させる訳にはいかない。
「腕を上げましたね、芦戸さん。蹴り技だけなら、既に私を超えているでしょう。強くなりましたね」
「全部防ぐか、捌いてるのによく言うよ!」
それに対し、癒月ちゃんは左腕で常にガード。
右腕は下に降ろし、反撃に特化した構えを取った。
その姿は歴史の教科書で読んだ、スパルタだとかの大きな盾と槍で武装した、大昔の兵士の姿を思わせる。
何時もながら、個性抜きの戦い方とは思えない。
こうなると、近づくのも苦労する。
「しかし、その技の基礎を教えたのは私。独学で技の幅や精度をかなり高めたようですが、対処法は分かり切っています。況してや、正面からの打ち合いなら、こちらが遥かに有利。少しずつ、確実に、押し込むまでです」
癒月ちゃんの拳が、頬を掠めて空を切った。
まともに当たれば、一発でアウトだ。
癒月ちゃんは腕を引き、再び構えを取る。
まるで、大きな弓を引き絞るみたいに。
「そういうとこ!たまにカチンとくる!」
私はそれでも、攻めを継続した。
此処で下がったら、余計に不味い。
癒月ちゃんには、基本何もさせちゃ駄目だ。
少しでもペースに飲まれたらゲームオーバー。
そうやって、何度も負けてきた。
いくら逃げても、勝ちはやって来ない。
だったら、勝ちを取りに行くしかない。
『手数の芦戸に対し!!癒月は一撃必殺で対抗!!その一発一発が大砲級!!一定のリズムで轟音が響く!!』
『芦戸の蹴りを左腕だけで捌く、癒月も大概だが……あの馬鹿げた一撃を至近距離で避け続ける、芦戸も相当だな。どっちも1年の技術とは思えん』
『ぶっちゃけ俺っち、細かい事は分からん』
『この距離だとな。目で追うのでやっとだ』
『えっ、追えんの?怖っ………』
そうは言っても、厳しいものは厳しい。
ついさっきも言われたけど、純粋な打ち合いで癒月ちゃんに勝つには、正直なところかなりキツイ。
まともには当たってないけど、既に何回か掠った。
対して、私の蹴りは一度も当たっていない。
全部避けられるか、左腕に受け止められてる。
最初の一発目みたいに、詰められないのが痛い。
どんな攻撃も当たらなきゃ意味が無い。
それこそ何時もの、練習の時みたいに。
「どうしました?これで終わりですか?」
私の思考を読んでか、癒月ちゃんはギアを上げる。
右拳の回転速度が、一気に増した。
その光景はさながら、拳による大波。
もしかしなくても、このまま押し切る気だ。
「そんな訳ないじゃん!全部出すって言ったでしょ!」
対して私は、足先から出す酸液の量を増やした。
ブレーキは利きにくくなるけど、今は速さ優先。
このままじゃ、遅かれ早かれ負ける。
どうやっても避けられないなら、突き進むしかない。
『癒月の連打を掻い潜って、芦戸強襲!!ピンチから一転!!一気に反撃の間合いだ!!よく躱したな!!』
『躱した訳じゃない。大方、個性で受け流しただけだ』
「よしっ!なんとか詰めた!」
そして、拳の大波の中に、敢えて体を滑り込ませ。
私は無理矢理、大波を掻い潜って眼前まで近づいた。
全身のあちこちが超痛いけど、急所は守れてる。
酸液を薄く体に纏っておいて、正解だった。
攻撃を上手く滑らせたお陰で、ダメージは最小限だ。
「ですが、そこも射程圏内です」
けれど、距離を詰めたのも束の間。
癒月ちゃんは、守り一辺倒だった左腕で構えを取る。
右腕を戻すのでは間に合わないと、判断したらしい。
まるで棍棒のように、左腕が勢いよく振るわれた。
守りを一度捨て、無理矢理でも振り払う気だ。
また距離を取られれば、全部水の泡。
同じ手で詰めるのは、もう無理だろう。
その対応力は、流石としか言えない。
「でも、こっちはそれを待ってた!」
私は即座に、迫る左腕を足場に側転をした。
すると左腕は空を切り、その背後を私は取る。
ほぼ同時、癒月ちゃんの左腕と右足には、スライムにも似た粘り気のある酸液が、べったりと纏わりついた。
すれ違い様に、どうにか当てられた。
そう来る事は、何となく分かっていた。
これぐらいなら、動きは読める。
「こっからが第2ラウンドってやつだよ!」
何せこっちは、その背中をずっと追い駆けて来た。
癒月ちゃんが強いのは知ってるけど、それはそれ。
負けたままなのは、純粋に嫌だ。
ヒーロー志望としての強さも、心の強さも。
助けられっぱなしは、もう嫌だ。
「そんじゃあ今度は、こっちの番!」
だって私、癒月ちゃんと友達で居たいから。
小学校時代。私には友達が居なかった。
皆、私を変わり者だと遠ざけていた。
あの出来事があってからは、より一層。
端的に言うなれば、孤独だった。
「ところでお婆様。此処を教えて下さい」
「また医学書を命の部屋から拝借したのかい?……此処はだね、過去の似た症例と症状を当てはめて───」
「普通、宿題を教わるとかじゃないの?」
「それはもう終わりました。父様、五月蠅い」
とはいえ、それを苦に感じた事は全くない。
正直、私としても学校は退屈だったし。
あくまで保健委員の仕事の為に、行ってただけだ。
それで一層、変わり者だと思われたらしいが。
今振り返っても、全く興味がない。
「というか、お前が直ぐに手を出すせいなんだけど」
「保健室で遊ぶなんて事をする、あちらが悪いです」
「そりゃそうだが、お前なぁ………」
「落書きだらけの人体模型の写真を見ます?」
「正論しか言ってないから、注意しにくい………」
そんなこんなで、私は中学生になった。
そして保健委員となり、早速職務を遂行した。
ヤンキーは面倒だなと、その時初めて思った。
そして、芦戸さんと出会う事になった。
ついでに、気絶させた切島君とも。
それからしばらくして、私は2人と友達になった。
言いたくないが、2人は変わっていると思う。
(これは酸液……?皮膚の炎症は認められませんが……剥がれない。先程の急接近は……これが狙いでしたか)
「ほらほら!考えてる暇なんてあると思う!?」
私が思考する暇もなく、芦戸さんは再び迫った。
それを迎え撃とうとするも、即座に構えが取れない。
右足の酸液のせいで、踏ん張りが利かない。
「よしっ!!本日2度目!!」
「厄介な技を……生み出しましたね」
私は芦戸さんの蹴りを、右腕でガードした。
けれど、受け止め切れず、反動で吹き飛ばされる。
踏ん張りが利かない以上、片腕だけでは無理だ。
ついさっきまでの戦法は、もう使えない。
息をつく暇も無く、芦戸さんは私を追撃。
今度は左拳で迎え撃つも、当たらなかった。
というより、纏わりつく酸液で拳が滑る。
横腹に当たりかけるも、掠っただけだ。
お返しとばかりに、蹴りが胴に直撃する。
まともに喰らったのは、これが初めてだ。
「なんてったって、癒月ちゃん対策のとっておきだからね。全然溶かせないけど、スライムみたいですっごい邪魔でしょ。今は手からしか出せないけど」
「それでも十分……面倒ですよ」
芦戸さんは止まる事なく、追撃を続けた。
私は仕方なく守りを捨て、右拳で応戦する。
踏ん張りが利かない以上、守りなど無意味だ。
こうなってくると、相手をするには苦労する。
蹴りの利点は、そのリーチの長さと威力だ。
間合いを保たれると、殴るより先に蹴られる。
仮に殴れても、ステップで簡単に躱される。
はっきり言って、理不尽極まりない。
「そのフィジカルでも、これはキツイでしょ!」
それに蹴りは、基本殴りよりも威力が大きい。
脚力と体重を乗せやすい分、攻撃が重い。
私の特異体質故のフィジカルなら、大抵の攻撃は無理矢理突破し、そのまま押し切る事は出来るが、こうも蹴りを連打されてしまうと、流石に押し通れない。
押し切る前に、吹き飛ばされる。
ジワジワと、ダメージが蓄積する。
(全くもって、自分の甘さに嫌気が差します)
だからこそ、私は間合いの外から攻撃した。
反撃特化の構えで、距離を取った。
芦戸さんの連打を防ぐ策を取った。
その策自体は、間違ってなかったと思う。
(しかし、その成長ぶりを侮っていた)
『状況は一転!!癒月、防戦一方!!場外までざっと5メートル!!リング中央から、芦戸の連打と個性による妨害で押し込まれた!!リング際の大接戦!!』
『このままなら、芦戸の勝ちだな』
恐らく、この酸液は濃度を極限まで抑える代わりに、その粘度を大幅に高め、対人戦用に特化させてある。
そして、芦戸さんの個性は酸液を出すだけではなく、その酸の濃度や粘度を思うが儘に調整する事が可能。
苦手だった対人戦での個性使用、その克服策。
彼女なら、これぐらいやってのけて当然だ。
事実、ヒーローの資質では負けているのだから。
「どうして彼女を庇ったのですか?あのまま怪我するリスクもあったというのに。勇気と無鉄砲は違いますよ」
「厳しい事をズバズバ言うなー。そういう癒月ちゃんは、真正面から先輩達を張り倒しに行ったじゃんか」
「私の場合、職務ですから」
「人を投げ飛ばす職務って何?」
「以前にも言った通り治療です」
芦戸さんと出会ってから数日後。
昼食がてら、私達はそんな会話をした。
自己犠牲病かどうかの確認も兼ねてだった。
尤も、それはただの杞憂だったが。
「何でって、そりゃ友達が目の前でピンチなのに放っておける訳ないじゃん。適当なこと言って、さっさと逃げるつもりだったし。まぁ結局、無理だったんだけど」
「それでも実力が無ければ、それはただの無謀です。下手な治療で症状が悪化するケースは幾らでもあります。少なくともアレは、芦戸さんの力量を超えてました」
「うーん……本当に耳が痛い」
実際、私は自分に出来る事しかやらない。
やれる事は最大限やるが、それだけ。
無論、その範囲は日々広げるがそれまで。
医療において非合理性は排除すべきもの。
同じ立場なら、人を呼ぶのが精々。
私が動くのは、医者志望の立場だからだ。
同じ行動を取る発想すら出てこない。
「でも、そうしなきゃって思ったから」
そんな私に、芦戸さんは当然のように言った。
何処か気まずそうに、少し目を逸らして。
非合理的な答えだなと直ぐに思った。
それと同時に、少し羨ましかった。
だって、それは、私には選べない答えだから。
自分の考えが間違ってるとは思わないけど。
「……芦戸さんは、変な人ですね」
「癒月ちゃんだけには言われたくないんだけど!?」
「おーい。頼まれたパンとおにぎり買って来たぞ」
「ありがとうございます。代金と駄賃です」
「切島!!癒月ちゃんが急に酷い!!」
「えっ、どゆこと………?」
芦戸さんは、十分過ぎる程強い。
そんな事は初めから分かり切ってる。
私に無い強さを、彼女は持ってる。
その力量を見誤るなど、大き過ぎる失態だ。
(ですが、貴方自身を侮った事は一度も無い)
私は自分の右足を、リングの床へ突き刺した。
床の一部が砕け、右足が膝辺りまで埋まる。
これで右足は、完全に固定された。
こうしてしまえば、滑る心配はない。
「蹴りは貴方の専売特許ではありません」
『右足を地面に突き刺したかと思えば、癒月、突然の上段蹴り!!散々蹴られた鬱憤ばらしってか!?実況席からでも分かる凄まじい威力!!』
『それ以前に、普通突き刺せねぇだろ』
私はもう片方の足で、上段蹴りを放った。
技術では負けていても、威力なら私の方が上。
もし蹴り合いになっても、無理矢理競り勝てる。
どの部位でも当たってしまえば、こちらのものだ。
「そんな雑な攻撃、当たる訳ないじゃん!!」
しかし、私の左足は虚しく空を切った。
芦戸さんは咄嗟の宙返りで、蹴りを躱す。
押し負けるなら、そもそも相手にしなければ良い。
私が同じ立場でも、同じ事をしている。
あまりに合理的な、当然の帰結だ。
その効果は、僅かに怯ませた程度に過ぎない。
「ですので、こっちが本命です」
「ちょっ!?頭突きって!?もう慣れたけど、ほんと無茶苦茶!!ポケ◯ンじゃあるまいし!!」
「手も足も出ないなら、頭ですよ」
「それ色々と意味違う!!」
けれど、私にとってはそれで十分だった。
固定した足を強引に引き抜き、宙へ跳ぶ。
一瞬怯んだ事で、跳躍に必要な溜めが確保出来た。
そのまま、芦戸さん目掛けて頭突きを放つ。
捨て身もまた、芦戸さんの専売特許ではない。
これは流石に予想外だったのか、頭突きが直撃する。
芦戸さんは、リング中央付近まで吹っ飛んだ。
そのままリング際から離れ、私は個性を発動する。
「ここからが最終ラウンドです」
『癒月、渾身のロケット頭突きが芦戸に炸裂!!その勢いのまま反撃の突撃!!しかし、芦戸も黙っちゃいない!!吹っ飛ばされこそしたが意識は残ってる!!』
『何分、頭突きを喰らったのが空中だったからな。見た目こそ派手に吹っ飛んだが、大して効いてないんだろ』
「そんなのやらせる訳ないでしょ!!」
私は個性を発動させつつ、芦戸さんに突っ込んだ。
狙うは何時も通り、急所である腹部だ。
直線に進むだけなら、左足だけで事足りる。
況してや、芦戸さんは先の頭突きで直ぐ動けない。
それなりの勝算があっての事だ。
「こっちにはこれがあるって忘れてない!?」
『此処で芦戸のスライム酸液!!突っ込む癒月の全身に直撃!!左腕や右足のみならず、全身酸液塗れ!!』
「こうなっちゃえば、こっちのもの!!」
それに対し、芦戸さんは例の酸液で対抗。
手から投げ掛けられた酸液が、私の全身を覆う。
直線にしか動けない以上、避けようがない。
無事だった右腕や左足も、酸液に吞み込まれた。
それに伴い、私は一瞬体勢を崩す。
芦戸さんはそこを狙って、蹴りの構えを取った。
全身酸液塗れでは、まともに立つ事も難しい。
『いいや。癒月自身は少しも浴びちゃいねぇよ』
「残念ながら、今はこちらの番です」
「……ッ!!なんで……っ!?」
だからこそ、私は個性を一度解除した。
すると、酸液の一部が剥がれ、地面に落ちる。
酸液を浴びたのは、あくまで表面だけだ。
肌には少したりとも付着していない。
直様、体勢を整え、右拳を腹部に放つ。
今度は滑って、掠るような事は無かった。
芦戸さんは鈍い声を上げ、地面に転がる。
そして私は、再び個性を発動させる。
「……それって、服ぐらいの大きさに出来るんだ」
「騎馬戦のアレが、寧ろこれの応用です」
今の私には、身体を覆うように障壁が張られている。
あっちが広範囲かつ大人数を守る為の技なのに対し、こっちは私個人を守る為の技である事が最大の特徴。
防御範囲こそ狭いが、その強度は鉄板並み。
加えて、発動に必要な溜めも、
やろうと思えば、使い捨てのような運用も可能。
ついさっきも、酸液から肌をこれで守った。
イメージするなら、簡単に替えが効く鎧だ。
尤も今回は、使う暇が中々無かったが。
「さしずめ、
「1日に2つも新技披露って……ズル過ぎ」
「そうでもしないと、貴方には勝てませんから」
元より新しく生み出した技は両方とも、芦戸さんを始めとする遠距離系の個性への対策として作ったものだ。
芦戸さんが私を警戒して新技を生み出したのと同様、私の側が彼女等を警戒しない理由など欠片もない。
これぐらいの準備はして当然だ。
友人として、簡単に負ける訳にはいかないのだから。
「それでどうしますか?負けを認めますか?」
私は構えを取りつつ、そう言い放った。
障壁は、左腕と右足をも覆っている。
個性による阻害は、これで無くなった。
新たな酸液も障壁で弾ける。
芦戸さんの勝ち目は、事実上無い。
「……まさか。最後までやるに決まってるじゃん」
そんな状況で、芦戸さんは立ち上がった。
息も絶え絶えで、足も僅かに震えているというのに。
とはいえ、そう来る事は分かっていた。
彼女は決して、諦めが良い訳じゃない。
そうでないと逆に困る。
「ならば、次で終わらせます」
私は地面を蹴り、最後の突撃を行った。
そんな私に、芦戸さんは真っ向勝負を挑む。
拳と蹴りがぶつかり合い、一瞬拮抗した。
けれど、パワー勝負なら私の方が上だ。
芦戸さんは、リング際まで押し飛ばされた。
そして私は、追撃を加えようと距離を詰める。
「私にだって……意地はある……ッ!!」
すると芦戸さんは、足先から酸液を出した。
迫る私の勢いを、逆に利用する気らしい。
その場で回転し、回し蹴りを放つ。
酸による加速で、威力が底上げされている。
咄嗟にガードするも、障壁にヒビが入った。
濃度の高い酸を、足に纏わせたらしい。
障壁の蹴られた部分が、煙を上げている。
「それでも、私の勝ちです」
ガードに使った腕を、私はそのまま振り抜いた。
右拳が、彼女の胸元に直撃する。
芦戸さんは、リング外へと吹っ飛んだ。
そして私は、個性を解除する。
「……あーあ。また負けちゃった」
『芦戸さん、場外!!癒月さん、2回戦進出!!』
ミッドナイトは、そう大きく宣言をした。
やや遅れて、拍手と歓声が響き渡る。
とはいえ、私にとってはどうでも良かった。
怪我の程度を確認し、芦戸さんをロボに預ける。
念の為、検査したが問題は無かった。
あの傷ならば、5分程度で全快するだろう。
芦戸さんの姿が、反対側の通路に消える。
後の事は、お婆様に任せておけばいい。
尤も、私は側に居られないが。
「……やはり、貴方は強いですね」
そして私は、通路を通りリングを出た。
最後に蹴られた部分を、軽く押さえて。
痛みは無いが、衝撃はまだ残っている。
芦戸の新技のイメージは、ワールドトリガーの黒壁です。
原作後半でも、それっぽい技を使ってたので。
それと、癒月の障壁の堅さ目安です。
オールマイトは、やっぱりヤバい。