2 協力は手術の基本
季節は巡り春一歩手前。
雄英高等学校一般入試、実技試験当日。
手に持ったラムネで糖分補給をしつつ、雄英の無駄に大きい上に、金が掛かってる校門を私はくぐった。
去年の文化祭以来の来校だが、流石に人が多い。
ここまでの多人数となるとお婆様も大変だろう。
というか、雄英はお婆様を酷使しすぎだ。
もう少し休みを増やしてあげて欲しい。
「遂に来たぜ試験日当日!!緊張してきた!!」
「問題ありません。私達の合格は決定事項ですから」
「自信満々だね!私も当然そうだけど!」
私と共に来た芦戸さんと切島君も意気込みは十分。
健康状態もモチベーションも全員完璧。
極度の緊張でヘマしなければ大丈夫だろう。
何時も通りやれる職務を全てやるだけだ。
「じゃあ、早速!説明会の会場にレッツ───」
「お待ちなさい。2人とも。大事な事を一つ忘れています。此処まで人数が密集している以上、風邪などの感染は十分に起こり得ます。会場へ向かう前に、こちらで手洗い、うがい、アルコール消毒を忘れずに」
「おっと、出た。癒月のハイパー予防対策」
「入試当日でも発動するんだね、それ。癒月ちゃんらしいっちゃ、らしいけどさ。はい、これでいい?」
「ええ、問題ありません。バッチリです」
「俺達も随分これに慣れちまったよな」
「予防対策の習慣化は、とても良い事です」
私達は試験会場に入る前に予防対策を行った。
何時いかなる時も、これを忘れてはいけない。
日々の予防対策は健康管理の基本だ。
周囲の人間がざわざわと、好奇の目で手洗い場に居る私を見つめるが、そんなものは知った事じゃない。
寧ろ貴方達はしないのかと問い質したいくらいだ。
する気が無いなら、治療する事を前提で。
試験前なので
「今日は俺のライブにようこそー!!!エヴィバディヘイセイ!!!」
(((シーン………)))
「こいつァシヴィー!!!受験生のリスナー!今から実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!アーユーレディ?YEAHHH!!!」
「なんて声量。なんて量の飛び散る唾。非常に不衛生。不潔です。改善もしくは治療を直ちに───」
「やめろ、やめろ。試験前に失格になる」
「一旦堪えて深呼吸。座ったままでいようね」
「私は常に冷静かつ落ち着いていますが」
ボイスヒーロー、プレゼントマイク。
直接見るのは初めてだが、とても五月蠅い。
そして声量に合った、唾の飛び散り具合だ。
飛沫感染リスクを考慮して欲しい。
私はバッグの中から新品のマスクを取り出し、せめてもとプレゼントマイクに付けに行こうとした。
けれど、隣の2人に全力で止められた。
がっちりガードされ、立つ事が出来ない。
なんて屈辱。目の前の病源体を駆除出来ないとは。
医療現場の敗北を、この目で見た気がする。
「リスナーにはこの後10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!!武器の持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!」
仕方なく、机に置かれたプリントを見てみると、試験会場を示すアルファベットが記載されていた。
受験番号が連番にも関わらず、芦戸さんと切島君とは全員、それぞれ別の会場に割り振られている。
(つまり2人との連携は不可能。単独行動でロボを各個撃破し、ポイントを稼ぎつつ、怪我をした他の受験者の治療及び、救助を行うのが最適解。一人で行うには中々のハードワークですね。索敵系の個性の方に協力を頼めれば、サーチアンドデストロイで、ロボを殲滅する事も可能ですが、試験である以上、それは現実的ではない。地道にコツコツ……やるしかないか)
プリントを注視し、行動マニュアルを脳内で作成。
試験時における、最適な医療プランを思考する。
試験内容自体は非常にシンプル。
ロボを倒し、ポイントをひたすら稼ぎ続ける。
合格のみを目指すのであれば、
だが、それは、私の流儀に反する。
私にとっての合格ラインは
負傷した者に対する
おばあ様の負担を少しでも多く減らす事だ。
それが出来なければ、何の意味もない。
もし出来なければ、合格したとしても蹴る。
合格が決定事項である以上、私が見るのはその先。
病める世界を癒す、薬になる事だけだ。
「───おい。おい、癒月。話聞いてるよな?」
「あっ、すいません。考え事してました。大体の内容は把握してます。配管工がキノコの化物と亀を蹴り飛ばし、食人植物を退けたはいいものの、巨大な岩にやられた話ですよね?早期のコンテニューが必用かと」
「うん、一個も合ってない。マジで何の話?」
「さっき縮れ毛の奴が真面目そうな眼鏡に大声で、注意されてたってのに、それも聞いてなかったのかよ」
「はい。まるで興味が無かったので」
私が思考してる合間に説明はほぼ終わっていた。
切島君と芦戸さんは大呆れしている。
必要ない説明はスキップするのが一番だ。
新しいゲームを買った時も何時もそうしている。
「俺からは以上だ! 最後にリスナーに我が校の“校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」
「
そうこうしているうちに説明会は終わった。
私達は会場を出てバス乗り場に向かう。
ここから先は、正真正銘、別行動だ。
「では、2人とも。怪我には気をつけて」
「おうよ!いっちょやってやるぜ!」
「じゃあ、今度こそ、会場にレッツゴー!試験終わった後の待ち合わせ場所は、駅前のマックね!」
「はい。打ち上げを楽しみにしています」
バスに揺られて数十分。
私は割り振られた会場へと到着した。
見た限り多くの受験生が浮足立ってる。
個性を思う存分使える貴重な場だからだろう。
(試験だからといって、現場を舐めてる)
『ハイ!スタートー!』
予告も無しにプレゼントマイクの声が響いた。
スターダッシュの要領で、私は全力で走る。
これにより後続から大幅にリードを取った。
事故も事件も起こる時は一瞬。
事件現場であれ、医療現場であれ。
数コンマの遅れが、生死を大きく分ける。
本気でそれを志すなら、これぐらいやれて当然だ。
(そういう意味で、あの方は多少見所がある。見たところ汎用性の高い個性のようですし使い方も上手い。才能マンなのでしょう。それはそうと、顔が怖い)
「チィッ!!クッソォッ!!出遅れた!!女、待ちやがれぇ!!」
ヤンキー擬きの叫びを無視して、私は街を駆ける。
駆動音から察するに、ロボは左方向と右方向。
より数が多いであろう左方向を即座に選択し、待ち構えるロボの群れを視界の先に捉えロックオン。
走りながら構えを取り、戦闘を開始する。
相手はロボなので、加減も治療も不要だ。
『標的補足!!ぶっ殺───』
「殺菌!滅菌!消毒!無菌!防疫!」
『ギギッ!?こいつ容赦ナイッ!!』
『何故、衛生管理の言葉を───』
「お黙りなさい。大人しく壊れてください」
『『『理不尽………ッ!!』』』
私は前方の1Pロボをとび膝蹴りで破壊。
続け様に横方向の3Pロボを裏拳で粉砕。
破壊した3Pロボの残骸をそのまま掴み上げ、振り回し、周囲のロボをまとめて蹴散らす。
金属同士のぶつかり合う音が辺りに響いた。
空気の読めない輩はさっさと処理するに限る。
「な、なんだ彼奴!?増強型の個性か!?」
「ここ一帯のロボを、全滅させる勢いだ!!」
「あっちに居る爆破個性の奴もやべぇけど、こっちも十分やべぇ!急がねぇと、ロボが消えちまう!」
「早い者勝ちなんてレベルじゃねぇ!!」
私はひたすら前進し、眼前のロボを破壊した。
怪我を予防するには原因の排除が一番。
そもそも治療などせず済む方が良い。
患者も医者も、そっちの方が楽に決まってる。
「大丈夫ですか?どこも痛くありませんか?」
「あ、ああ。お陰様で。こ、転んだだけだ」
「もう、大丈夫。貴方を蝕む病源体はもう居ません。尻餅をついただけのようなので、私は行きます。怪我した際は直ぐに呼んで下さい。治療を行いますので」
「あ、あ、ありがとうございます……」
故に、患者を生み出す存在は、全て排除する。
眼前のロボを全機破壊し、私は周囲を見渡した。
ロボの位置、患者の位置、周囲の状況。
それらを瞬時に把握し、最適な治療を行う為だ。
事前に組んだ医療プランを状況に合わせ更新する。
追い詰められた患者が居れば、直ちに急行し、ロボの排除し、患者への処置を慌てず急いで正確に行う。
それが完了すれば、次の場所へ。
ロボを破壊。状況を把握。敵を排除。治療の実施。
そして、再びロボを破壊。
この一連を休む事なく繰り返す。
予想通りのかなりのハードワークだ。
だが、まだ止まれない。
「1Pロボと2Pロボを確認。患者に向かって背後から接近中。緊急治療をこれより開始します」
真の意味で合格する為には、まだ足らない。
足も腕も既に重さを感じているが、関係ない。
そんなものは所詮、体が発するのアラート。
心が折れない限りは、幾らでも無視出来る。
患者に迫る2機のロボを、私は瞬時に破壊する。
「貴方、大丈夫ですか?見たところ外傷は見られませんが、あるようなら言って下さい。治療に行います」
「いや、大丈夫だ。問題ない。ロボが壁を壊し、背後から接近してる事には気づいていたが、前方のロボを相手に手一杯だった。お陰で助かった。ありがとう」
「礼には及びません。困ってる患者を救うのは医者の役目です。ヒーローの役目でも同時にありますが」
試験終了まで残り6分程度。
ロボの数もかなり少なくってきた。
ついさっき助けた多腕の個性の方の周囲を、念には念を入れて警戒しつつ、私は辺りの様子を伺う。
0Pロボは、未だ影も形も見えない。
プリントの記載通りならかなりの巨体。
どうやっても見逃すはずがない。
途中で出すにしても、登場が遅すぎる。
「……なんだ?この地響きは?あっちの方からか?」
そんな最中に多腕の彼はそう言った。
耳や目を巨大な腕から複製出来るらしい。
ついさっきのヤンキー擬きといい、流石は雄英。
優れた個性を持つ人物が揃っている。
私は彼が示した方向へ視線を向けた。
すると次の瞬間、ビルの一つが動き始める。
見かけないと思ったら、擬態していたようだ。
「……予算の無駄遣いがすぎる」
0Pロボは街を破壊しながら動き出した。
余波だけで幾つもの建物が倒壊していく。
今壊れたビルだけで……幾らの赤字だろう。
多くの受験生がその脅威に逃げ惑う。
他者を押し抜け我先にと走っている。
このままだと二次被害が発生しかねない。
病源体の早期排除が必要。
だが、まずは避難誘導と救助が優先。
救える命を救う方が先だ。
しかし、初撃の被害が予想以上に大きい。
避難誘導に回れば、救助が間に合わない。
だが、避難誘導をしないのは論外。
一次被害より二次被害の方が質が悪い。
最悪避難場所を巡って乱闘が起きる。
とてもじゃないが、一人では手が回らない。
「俺の時のように他の受験生を助けに行くつもりか?なら、俺も手伝おう。何をすればいい?」
走りながら思考していると、多腕の彼は言った。
相手は0Pロボ。メリットは一切無い。
にも関わらず、彼の目に曇りは一切ない。
本気で私に協力しようとしている。
「いいのですか?試験終了まで残り僅かですが」
「ああ、構わない。ここで逃げる者を見捨てたら、雄英を受けた意味がない。アンタには借りもあるしな」
「では、その巨体を活かし、避難誘導をして下さい。あのロボは今のところ一方向にしか動いていない。闇雲に逃げるより、進行方向の側面へ逃げた方が遥かに安全です。私は倒壊した建物周囲にいる受験生の救助へ向かいますので、そちらはお願いします」
「了解した。互いに受かっていたら、また会おう」
「きっと必ず会えますよ」
私と多腕の彼は逆方向に迷わず走った。
これ以上の言葉は要らない。
倒壊した建物周囲は道路あちこちに瓦礫が散乱し、移動するだけでも困難な状況だった。
それらを乗り越え、瓦礫を時に破壊し、要救助者が居ないか耳を澄ませ目を凝らし、気配を慎重に探る。
ある程度進むと奥から戦闘音が聞こえた。
大急ぎで戦闘音が聞こえた方向に走ると、そこではオレンジ髪の女性がロボ数体を相手に苦戦している。
「突然ですが、助太刀失礼!」
私は近くの電柱を引っこ抜き、思いっきり投げた。
鈍い音ともに、電柱は3Pロボに直撃する。
装甲が大きくへこみ、僅かに火花が散った。
ロボはそのまま動きを止め沈黙する。
オレンジ髪の女性は私の登場に一瞬驚くも、気持ちを直ぐ切り替え、巨大化させた拳をロボに振るった。
衝撃とともに、残りのロボ数体も沈黙する。
0Pロボ以外の脅威はもう存在しない。
「悪いな。手を貸して貰って。あっちの瓦礫の下に埋もれてる奴を助けようとしてたら、囲まれて苦労してたんだ。ミイラ取りがミイラになるところだった。ついでで悪いけどそっち瓦礫、持ち上げてもらえる?」
「ええ、勿論。喜んで。手を貸させて頂きます。私が此処に来たのは、あの要救助者を治療する為なので」
「デカいロボが来てる上に、ポイントにもならないのに?アンタ、変わってるな。人のこと言えないけど」
私は倒壊した建物の瓦礫をゆっくり持ち上げた。
その隙にオレンジ髪の女性が身を滑り込ませ、瓦礫の下で気絶していた男性をどうにか引き上げる。
服を脱がせ、心拍、呼吸等を検査し、念のため外傷が無いか確認も行ったが、頭のたん瘤とロボと戦った際に出来たのだろう、擦り傷以外は大した事はない。
辛うじて軽傷のようだ。
たん瘤から察するに逃げようとした最中、瓦礫が頭に直撃し、そのまま埋もれる形で気絶したのだろう。
なんとも運の悪い患者だ。
『終了~!!!そこまで~!!!』
要救助者の救助も済み、避難誘導もそろそろ終わったであろう事を考え、最後の病源体の排除に移ろうかと考えていると、プレゼントマイクの合図が響いた。
0Pロボは合図とともに機能停止する。
……どうやら、そういう
ヒーローの篩い分けとしては合理的だ。
そこから見える、大前提が確かにある。
(しかし、もう二度とやらないで欲しい)
でも、それはそれ、これはこれだ。
医者目線からすれば、常軌を逸してる。
治療に長けたおばあ様がいくら居るといっても、対策をしてるとしても、万が一があってからでは遅い。
そもそも、建物を壊す必要が何処にある。
演出ならもっと低予算なものに差し替えろ。
無駄遣いするくらいなら医療費に回せ。
人の命と予算を何だと思っているのだ。
この試験を考え、実行した奴はどうかしてる。
直ちに頭を切開して、治療してやりたい。
「ア、アンタ……大丈夫?顔怖いよ」
「あっ、すいません。つい顔に出てしまいました。今から校長室に殴り込みに行く算段を付けていたので」
「詳しい事は聞かないけど、それはマジで止めときな。不合格になるどころか、警察に余裕で捕まるよ」
「問題ありません。私が行うのは治療です」
「それ絶対、殴る蹴るのやつだろ!!」
校長室向かおうとするも全力で止められた。
巨大な手に引っ張られて動けない。
自分自身既に分かっていた事であるが、ヒーローとして、医者として、私はまだまだ未熟らしい。
次は必ず、この手を振りほどいてみせる。
「そういえば、つい先ほどあなた達に行ったのは検査で、治療の方はまだでしたね。ジッとして下さい」
「えっ、治療?これぐらい大丈夫だって。掠り傷みたいなもんだし。ちょっと肘を擦りむいたけど───」
「いいから、ジッとしてて下さい」
私はオレンジ髪の女性を無理矢理座らせた。
下手に動かれては治療が滞る。
私は自らの手を2人の方向に向ける。
「病める誰かを見捨てる事は、私は決してしません」
そして自らの個性を発動し治療を開始した。
意識を集中させ、半透明なエネルギーを放出する。
次第にエネルギーは2人の体を包む込む。
「これって……治癒の個性………!?」
私の個性はヒーリングオーラ。
体内で生成したエネルギーを手から放出し、それに触れた相手の治癒力を活性化させ、傷を癒すとともに、私が病源体と判断したウイルス等をはじき飛ばし、滅菌消毒する事が出来るというものだ。
この程度の傷なら直ぐに治せる。
ただし、おばあ様のものほど回復効率は良くない。
私の修練と経験が純粋に不足しているからだ。
齢15歳の若造が目上に勝てる訳もない。
「てっきりアンタ……増強型の個性かと思ったけど、治癒の個性だったんだ。テレビ以外で初めて見た」
「何故か初対面の方には、増強型の個性だと良く間違えられるんです。鍛えただけでそんな力は無いのに」
「いや、待て。鍛えただけ?普通鍛えただけで、瓦礫を持ち上げたり、電柱を投げ飛ばしたりするのは、どう考えても無理だろ。念の為に聞くけど、ほんと?」
「鍛える過程で多分にズルはしましたが」
オレンジ髪の女性は私の言葉にドン引きした。
最前線に立つ為にはこれぐらいは必要。
傷つくヒーローを、市民を、ヴィランを癒す為に。
だから、鍛え動けるようにした。
それだけなのに、驚く事があるだろうか?
私からすれば不思議でしかない。
生かす為に死ぬほど準備するなんて皆やる事だ。
ヒーローであるなら、医者であるなら尚更。
その準備不足で容易に人が死ぬのだから。
「では、私は治療が済んだので行きます。友人と待ち合わせをしているので。帰りは怪我のないように」
「あっ、そうだ。アンタ名前は?」
「癒月波音。ヒーロー志望であり医者志望です」
「そっか。私は拳藤一佳。じゃあ、またな!」
「ええ。今度は同じ学び舎の下で」
私は拳藤さんと別れてその場を去った。
彼女とも此処でまた会えるだろう。
今日の試験でそれを改めて確信した。
この世界は病みあまりにもアンバランス過ぎる。
「その為にも、もっと強くならないとですね」
機能停止した0Pロボは夕焼けに照らされていた。
いずれ超える自らの壁を、暗示するかのように。