「ウチの焦凍には、オールマイトを超える義務がある。君との試合は、テストベッドとしてとても有益なものとなる。くれぐれもみっともない試合はしないでくれ」
試合が始まる直前、エンデヴァーはそう言った。
まるで轟君に全てを押し付けるかのように。
その事実に、どうしようもなく腹が立った。
「……僕は、オールマイトじゃありません」
「そんなものは当たりま───」
「当たり前の事ですよね。……でも、だから、轟君も貴方じゃない」
癒月さんは、轟君が病気だと言った。
その意味が、本当の意味で分かった気がする。
どうして彼が、あんな顔をしていたのか。
そんな彼を、僕は放っておけない。
『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち今!!緑谷
そして試合が遂に始まった。
轟君は開始直後に、氷結をぶっ放した。
僕はフルカウルを起動し、斜め横へ跳ぶ。
氷結の規模は、瀬呂君の時程じゃない。
おそらくはフルカウルを警戒しての様子見だ。
どうにか凍り付くのを避け、そのまま着地する。
『おオオオ!!避けたああああ!!障害物競走の時から分かってたがすげぇ跳躍力!!入試の時と比べて、ほんと見違えたな!!』
『初めが酷過ぎただけな気もするがな』
轟君は続けざまに、氷結を放った。
氷結の規模はついさっきよりも大きい。
動きを見つつ、決め手を探っているようだ。
(長期戦になったら、こっちに勝ち目は無い!!)
僕はついさっきの氷を足場に、前へ跳んだ。
地面の氷が服を掠めるも、構わず突っ込む。
機動力ならこっちの方が遥かに上だ。
それに轟君は攻撃すればするほど、自分で作った氷壁で視界が遮られて、僕の姿が見えにくくなる。
そうなれば、接近出来る機会も倍増する。
受けに回って、ジリ貧になるよりは良い。
僕は新たな氷壁を足場に、その眼前に近づく。
そして拳を、彼に向けて放った。
「……ゴリ押しだけじゃ、キツそうだな」
(ちょっと掠っただけ!!一旦下がるしかない!!)
けれど、拳は顔を掠めただけで終わった。
個性は勿論だけど、反射神経も良い。
僕は即座に、背後の氷壁を蹴って離脱する。
その直後に、僕の居た場所が氷で飲まれた。
一瞬遅れていたら、僕も凍り付いていただろう。
轟君は静かながらも、こっちを警戒している。
同じ手はきっと通じない。
「だったら、動き回れないようにするだけだ」
『轟、氷結させた足場に乗って緑谷を強襲!!細かい氷結の連打で息つく暇を与えない!!緑谷、必死に避けるも攻撃に移れない!!あっという間に氷塗れ!!』
『機動力は兎も角、総合力じゃ轟の方が上だな』
(駄目だ!!回避に専念するしかない!!)
そして案の定、轟君は攻め方を変えてきた。
自ら氷に乗って接近し、氷結を放って来る。
確かに動きながらなら、視界は塞がらない。
攻撃しようものなら、直ぐ対応されてしまうだろう。
攻めに回ったつもりが、ひっくり返された。
僕は跳躍を繰り返し、何度も氷結を躱した。
その間、リング中がみるみる凍り付く。
砕こうにも、今の出力じゃ時間が掛かる。
氷壁だらけで、着地するのも苦労する有様だ。
(いや、待て!!それが狙いか!!)
「ようやく、そこに動いたか」
次の瞬間、僕の両側に氷壁が出現した。
さながら、僕を囲い込むかのように。
いや、実際、そのつもりなのだろう。
僕の背後にあるのは、リング外を示す線。
アレを超えてしまえば、僕の負けだ。
幾度もの氷結で、此処まで誘導された。
両側の氷壁を跳び超えるにしても、破壊するにしても、轟君が次に出す氷結までには対処が間に合わない。
完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「ありがとう。緑谷。此処まで耐え抜いてくれて。お陰で……奴の顔がかなり曇った。終わりにしよう」
轟君は歩みを進めつつ、僕にそう言った。
軽く震える彼は、エンデヴァーを見ていた。
轟君にとって、これはただの通過点。
勝敗なんて、端から興味無いのだろう。
エンデヴァーさえ、完全否定出来るのなら。
(なんだよ、それ……ふざけるなよ!!)
轟君は、トドメの氷結を僕に放った。
この氷結を避ける術はもう無い。
パキパキと冷気が徐々に迫った。
このままだと、僕は負ける。
でも、それ以上に、また腹が立った。
『分かっていると思いますが、今の貴方の個性の許容出力上限は5%。それを超えれば、以前のように体が持ちません。況して、フルカウルは現状、未完成の技。骨折等の大ダメージを負えば、個性をコントロール出来ず、十全には使えなくなります。愚かな行動は慎むように』
あの日、癒月さんは訓練の最後にそう言った。
医者志望の彼女の言葉だ。
間違いないし、破ればタダでは済まない。
実際、第1試合の時もそうだった。
ほんの少しだけど、フルカウルの発動が遅れた。
とてもじゃないけど理性的じゃない。
それぐらいの事は分かってる。
こんなやり方、間違ってるって。
(それでも、僕は………ッ!!)
僅かに躊躇いながらも、僕は指を弾いた。
すると、次の瞬間、物凄い突風が発生する。
迫る氷結が砕けるのと同時、激痛が走った。
右手の指が一本、今ので完全に折れた。
言葉にならない声が、口から漏れ出る。
「……てめェ……何でそこまで」
「震えてるよ。轟君」
僕はそのまま、轟君目掛けて跳躍した。
フルカウルの発動は、案の定遅れた。
個性のコントロールが痛みで上手く行かない。
ついさっきまでなら、格好の的だっただろう。
けれど、轟君も氷結を出すまで一瞬遅れる。
ほんの僅かの差で、僕の拳が先に届いた。
「フルカウル5……いや……8%ッッ!!」
「ぐっ……っ!!……お前ッ!!」
『モロだぁ!!生々しいの入ったあ!!』
またも痛みが、全身を走って襲った。
指が折れた時程じゃないが、それでも痛い。
コントロールが利かず、許容上限を超えた。
今の痛みで、フルカウルが解除された。
もう一度発動させるのは無理だろう。
でも、そんな事は、関係ない。
「何を考えてやがる……?そんなんになってまで……。クソ親父に……金でも握らせられたか……?イラつくな……!何の……つもりだ……!?」
「それは……こっちの台詞だ……ッ!!」
轟君は腹を押さえながら、氷結を放った。
しかし、その勢いはまるでない。
初めに放った氷結の半分にも満たないだろう。
彼の身体は、もう冷気に耐えられてない。
「全力でやらなきゃ……君の負けだぞ……ッ!!」
僕は右手の無事な指を、親指を除いて全て弾いた。
続けざまに突風が3連続で、氷結ごと轟君を襲う。
ほぼ同時、折れた3本の指の痛みも続けて走った。
危険信号とばかりに、目がチカチカする。
「てめぇには……関係ないだろ……!!」
「関係あるさ……っ!!皆、本気なんだ……っ!!」
氷壁を背に、突風を凌いだ轟君に僕は接近した。
轟君は直ぐ迎撃しようとするも、やはり発動が遅い。
僕は至近距離で、残る親指を轟君に向けて弾いた。
その反動に耐えきれず、僕の身体は後ろに吹き飛ぶ。
そして、轟君もまた、真正面から突風を至近距離で受け、自ら背にしていた氷壁へと叩きつけられた。
衝撃に耐えきれず、氷壁が砕け散る。
「本当に、どうかしてんじゃねぇのか……!?」
そのまま場外へ吹き飛ばされるかと思われたが、轟君は咄嗟に新たな氷壁を生成し、それをストッパーとする事でリングに踏み止まって、窮地を逃れた。
それでも、無傷では済まなかったらしい。
突風が直撃した腹部を押さえ、彼は顔を歪ませる。
その身体を覆う霜が、更に濃くなる。
「勝って目標に近づく為に……一番になる為に!!皆、本気で戦ってる!!なのに、
「うるせぇ……お前に、何が分かる……!?」
「分からないよ……!!君の境遇も、君の
僕は左手の指を、またも続けて弾いた。
守りを固める轟君の氷壁を全て砕く。
彼が背にしていた氷壁にまたもヒビが入った。
氷が次々と砕け、塵と消える。
指の骨が、次々と折れてヒビが入る。
今にも倒れそうな程、脚がガクガクする。
「俺は、親父を───」
轟君はきっと、僕に似ていた。
オールマイトと出会う前の僕に。
僕もずっと、夢から目を逸らしていた。
仕方ないって、言い訳ばかりして。
なりたい自分にはなれないって。
本当は誰よりもなりたいクセに。
「君の!!力じゃないか!!」
その瞬間、眼前で炎が舞い上がった。
周囲の氷壁が、あっという間に溶けていく。
その中から、彼は歩いてきた。
「勝ちてぇくせに……ちくしょう……敵に塩送るなんてどっちがふざけてるって話だ…………」
そう呟く彼の言葉には、呆れが混じっていた。
でも、同じぐらい、轟君は笑っていた。
僕と同じか、もしかするとそれ以上に。
「俺だって……ヒーローに……!!」
「皆さん、放して下さい。治療が必要です」
「駄目!!絶対駄目!!マジで駄目!!」
「ヤベェ!!何時もの3倍はヤベェ!!」
「
「どうか容赦を!!彼の命だけは!!」
「安心して下さい。殺してでも救います」
「いや、殺しちゃ意味ねぇ!!」
私は芦戸さん達を引きずって、医務室に向かった。
皆して止めようとしているが、それどころではない。
第4試合は最終的に、轟君が逆転勝利。
水蒸気爆破で、リングごと緑谷君を吹き飛ばした。
彼の左側の力は想像以上と言って良い。
とはいえ、今は試合結果などどうでもいい。
「あの愚患者には何を言っても無駄だとよく理解しました。私が散々、使うなと言った許容量以上の力を使うなど、看過できません。こうなればベッドへ拘束し、彼を強制入院させます。そして病が治るまで、隔離処置及び治療を永続的に行います。これはもう決定事項です」
「それ全部、
「法律関係は分かんねぇけど、多分アウトだ!!」
「洒落になっとらん!!警察に捕まってまう!!」
「そもそも何処に入院させる気かね!?」
「私の母の所です。嬉々としてやると思います」
「余計にヤバさが倍増した!!」
そんなこんなで、私達は医務室に向かった。
次は私と飯田君の試合だが、時間はまだある。
なにせ、あの水蒸気爆破の後だ。
リングの修復にはもう少し掛かるだろう。
それまでに、処置を済ませれば問題ない。
愚患者一人どうにか出来なくて、何が医者だ。
「失礼します。緊急治療を開始します」
「おぉ!?癒月少女!?それに切島少年に芦戸少女……飯田少年に麗日少女まで……。……随分、いや、かなりご立腹だね。というか、緊急治療って………」
「初対面だけど、オジサン逃げて!!」
「このままじゃ癒月の治療に巻き込まれるぞ!!」
「ユ、ユヅキサン……ゴメンナサイ………」
「謝って済んだら、医者は要りません」
私が入って早々、緑谷君は顔を青くした。
彼の両腕はギプスで固定されている。
粉砕骨折は免れたようだが、それでも大怪我だ。
この分だと、お婆様でも長丁場になるだろう。
全くもって度し難い。
「彼の治療に手術は必要ですか?」
「何とも言えないね。外科的処置は必要ないようだが、全身の骨と筋肉を酷使し過ぎた。個性のコントロールが利かないってのに、無茶するからだ。治癒の前にあちこち検査が必要さね。少し手を貸して貰えるかい?」
「分かりました。直ちに準備を」
「あれ……ベッドに縛り付けたりはしないんだ?」
「てっきり、僕等は、直ぐ手を出すものかと……」
「症状次第ではやりますが、怪我の処置が優先です」
((((症状次第ではやるんだ………))))
(私も他人事じゃないが……緑谷少年も苦労するね)
私は怒りをどうにか抑え、早速検査を開始した。
拘束等も必要とあればやるが、処置が先だ。
目の前の怪我人を見逃すなど、あってはならない。
お婆様が芦戸さん達を一旦部屋の外に出し、空気を読んでか、見慣れないガリガリの人も一度退出すると、医務室には私と緑谷君だけが残された。
痛みに苦しむ緑谷君を横目に、黙々と検査を続ける。
「癒月さんが言ってた通り、轟君は自分のしがらみに苦しんでた……。それでつい、腹が立って……余計なお世話を……考えてしまって……本当にごめん。周りも先も……見えなくなって……。………ごめんなさい」
朦朧とする意識の中で、緑谷君はそう謝罪した。
悔しさから、彼の頬を薄っすらと涙が伝う。
私はそれに何も返さず、ただ黙って聞いた。
しばらくの間、医務室は静まり返った。
その後、戻って来たお婆様と共に、残りの検査を一通り終えると、私は医務室を出て軽く息を吐く。
そんな私に、お婆様はラムネを数粒差し出した。
緑谷君には、ガリガリの人こと八木さんが付いてる。
どうやら彼とお婆様の知り合いらしい。
「意外だね。アンタが矛を納めるなんて」
「納めてなどいません。説教はまた後日行います。強制入院についても経過観察次第で即座に実行します。今はただ、患者の回復を優先しただけです」
「ああ、そうかい。優しい子だね」
「医者志望としての仕事をしただけです」
私はラムネを口にすると、その場を立ち去った。
緑谷君のやった事は、何もかも間違っている。
人を救う為に、自分を犠牲にしては意味がない。
人一人を犠牲にして、救える命などたかが知れてる。
例え救えたとしても、そのツケはいずれ回る。
彼のやり方を、私が認める事は無い。
(それでも……その気持ちは間違ってませんから)
そしてリングの修復が終わり、Aグループ2回戦。
第2試合、私VS飯田君の準備が整った。
修復されたリングの中央へ、私達は向かう。
『大波乱の第1試合に続き第2試合!!片や堅物眼鏡!!片や治療狂人の対決だ!!飯田天哉
「試合前に聞いておくが、彼はどうなった?」
「両腕と両手の損傷は案の定、激しかったですが心配には及びません。検査の結果、お婆様の治癒で今日中に回復可能な範疇でした。手術も必要ありませんし、傷跡も大して残らない筈です。今頃、治療を受けているかと。尤も、ギプスはしばらく外せないでしょうが」
「……そうか。良くはないが、一先ず安心した。経緯はどうあれ、彼の治療に協力してくれた事に感謝する」
「仕事ですから。どうか気にせず」
飯田君は安堵の表情を一瞬見せつつ、構えを取った。
私もまた意識を切り替え、構えを取る。
治療の成否と戦いの勝ち負けは別問題だ。
況して、彼は患者ではない。
治療すべき対象は、未だ別に居る。
こんな所で負ける訳にはいかない。
『よっしゃぁ行くぜ!!STARTッ!!』
試合開始直後、飯田君は加速し突撃してきた。
対する私は、即座に
芦戸さんとの戦いで、実戦での感覚は掴んだ。
前回のように、後手はもう踏まない。
彼の蹴りと、私の障壁がぶつかり合う。
「予想以上に堅い!!ヒビが入っただけか!!」
「威力だけなら、芦戸さんより上ですね」
一瞬拮抗した後、私達は共に弾き飛ばされた。
大したダメージは無いが、受け止め切れなかった。
追撃に移り着地の隙を狙うも、直ぐ距離を取られる。
弾き飛ばされたせいで、一瞬行動が遅れた。
何より、彼の逃げ足が思っていた以上に速い。
芦戸さん戦の時のように、反撃狙いは難しいだろう。
飯田君は、私の一撃を余程警戒しているらしい。
「正面切って遣り合う気は無いという訳ですか」
「あの脳無と1対1で殴り合い、芦戸さんをたった数撃で倒した君だ。真正面から戦って勝てると考える程、自惚れてはいないさ。正攻法ではないが削らせて貰う!!」
「こっちの消耗狙いですか。面倒ですね」
飯田君はそう言うや否や、再び突撃してきた。
私はというと、ヒビの入った障壁を一度破棄。
新たな障壁を纏い、防御の構えを左腕で取った。
またも蹴りと障壁が、激しくぶつかり合い拮抗する。
その間に、私は空いていた右拳を振るった。
障壁で拮抗している今なら、射程内に入っている。
追うのが無理なら、この隙を狙うしかない。
その拳が、彼の脚目掛けて迫る。
「言ったはずだ!!正面から遣り合う気はないと!!」
「これでは埒が明きませんね」
けれど、私の拳は直撃する直前で弾かれた。
飯田君は、残していた片方の脚で再度加速。
その勢いを活かして、蹴りを放っていた脚を軸に、空中で身体を捻るように回転し、拳を無理矢理振り払う。
そして彼は、またも距離を一度取った。
言うまでもない事だが、射程範囲外だ。
何より、障壁が崩壊寸前になっている。
私は
このままではジリ貧待った無しだ。
ジワリと体力を削られていくのを感じる。
『障壁に阻まれつつも、ヒット&アウェイで確実に攻める飯田!!対する癒月は、度々仕掛けるも攻撃が当たらない!!距離を取られるせいで、芦戸の時みたく無理矢理ひっくり返すのも厳しい状況!!飯田の策と眼鏡が光る!!光る!!眼鏡はやっぱ侮れねぇ!!』
『癒月の攻撃手段は基本、拳か蹴り。その両方を封じるか、一撃離脱に徹すりゃ、そりゃ優位に立てる。どんな攻撃も当たらなきゃ意味ねぇ。それに障壁も無限には出せん筈だし、治癒による自己回復にもある程度の時間が要る。ある種、彼奴の数少ない弱点だな』
『そういや彼奴の個性、一応治癒系だっけ?バーサーカーモードで何時も暴れるから、うっかり忘れてた』
『……そこは忘れんなよ。実況として』
それから幾度となく、蹴りと障壁がぶつかり合った。
お互い外傷は見られないが、私の方がやや息が荒い。
障壁を再展開出来る回数は、体力的に残り僅かだ。
私の個性は、元より体力に依存したもの。
発動する度、他の多くの個性より体力を消耗する。
一歩間違えば、疲労でその場に倒れかねない。
この手の消耗戦との相性は悪い。
「未だ崩し切れんとは!!それでも俺は諦めん!!」
一方、飯田君は戦意高々に突撃を続けた。
どうやら、彼の個性は長期戦でも問題ないらしい。
おそらく、私とは異なり、個性を使う為のエネルギー源が、体力以外にも存在しているのだろう。
そうでなければ、こんな戦術はとても取れない。
それに速さの方も、突撃の度に上がっている。
どうやらギアが、文字通り上がってきたらしい。
速さは、そのまま技の威力に直結する。
このままでは遅かれ早かれ、障壁が破られる。
個性そのものの勝負では、勝ち目が無いようだ。
「ならば、技で打ち破るまで」
私は深く息を吐き、意識を集中させた。
飯田君の癖は、身体に文字通り刻み込んだ。
そして彼の個性は、発動型と異形型の複合。
脚のノズルは兎も角、基本的な身体構造は私と同じ。
純異形系の個性でない以上、構造の把握は容易い。
筋肉の収縮、関節の動き、重心の移動。
それらを診れば、次の動作をおおよそ予測出来る。
「そこです。ようやく捉えました」
「……ッ!!蹴りの動きに合わせて先に……!!」
『受けずに、蹴られる前に殴った!!』
私は飯田君の脚を、蹴る動作に入る前に殴りつけた。
不十分な蹴りと障壁が、またもぶつかり合う。
当然、押し勝ったのは私だった。
飯田君は、空中で弾き飛ばされた。
そんな彼目掛けて、私は一気に踏み込む。
「っぐッ……!!まぐれでは無いという訳か……!!」
「言ったはずです。ようやく捉えたと」
『2度目のクリーンヒット!!飯田、場外寸前だ!!』
飯田君は、私を迎撃しようとして蹴りを放った。
しかし、それも、完全に蹴り切る前に潰す。
蹴りと拳が再度ぶつかり合い、私がまた押し勝った。
彼は場外寸前まで、後退せざるを得ない。
けれど、その闘志が揺らぐ事は無かった。
まるで、切り札を残していると言わんばかりに。
「温存していたが、此処で使う!!騎馬戦での借り……返させて貰うぞ!!レシプロ……バーストッッ!!」
次の瞬間、飯田君は凄まじい速度で加速した。
風を切る音が、瞬く間に迫って来る。
防御の構えを取った時には、彼の姿は眼前にあった。
両腕のガードを弾き飛ばし、彼の蹴りが突き刺さる。
障壁の残滓が塵となって消える。
『飯田のとっておきが癒月にヒット!!場外寸前からリング中央まで蹴り返した!!しかし癒月、今の一撃を喰らってもなお健在!!なんちゅうタフネス!!』
『破られこそしたが、障壁がクッションになったんだろう。ガードも間に合ってたしな。それなりのダメージは入っただろうが、あの程度じゃ彼奴は倒れん』
「だったら、次で決めるまで!!」
横方向に飛ばされつつ、私はどうにか踏み止まった。
飯田君は追撃の為、更に速度を上げる。
彼のエンジンが、一気に唸りを上げた。
蹴られた衝撃で、内臓が未だ揺れ動いている。
次を障壁無しで、耐えるのは難しいだろう。
それ以前に、張るのも間に合わないだろうが。
「それでも、今ので再び捉えました」
私は加速を続ける飯田君を、その目で診た。
彼が来るよりも先に、拳を小さく振るう。
まるで、拳を通り道に置くかのように。
「なん、だと………ッ!?」
『ワッツ!?飯田が逆に倒された!!?』
「これで、もう詰みです」
そして、迫る飯田君の腹部に拳が直撃した。
彼はそのまま、体勢を崩して前に倒れ込む。
そんな彼を、私は床に押し付け拘束した。
関節技で身動きを完全に封じる。
多少の抵抗も、力技で無理矢理無力化した。
しばらくすると、エンスト音のような音がする。
飯田君の抵抗する力が、一気に弱まった。
どうやら、個性を使えなくなったらしい。
「騎馬戦の借りを返すどころか……増やす事になるとは。それより、どうやって……レシプロの加速に対応した?一撃受けただけで……動きを読むだなんて」
「貴方の速度は、確かに脅威でした。ですが、動きがやや一直線になる癖があります。それに加速から蹴りの動作に移るまでの数コンマ、ほんの僅かですが隙がありました。おそらくは、経験の少なさ故でしょうが、対人相手では致命的です。私はそこを突いたまで」
飯田君の速度の根幹は、あくまで個性。
例えるなら、レーシングカーの高性能エンジンを脚部に取り付け、その勢いで走っているようなもの。
走る動作は、あくまで補助に過ぎない。
そのせいか、方向転換にやや難があった。
フェイントを入れなかったのも、そのせいだろう。
飯田君は早いが、動きはほぼ直線的。
どれだけ速度を高めても、それは同じだ。
蹴りの予備動作さえ分かれば、先読みは容易い。
「更に言えば、蹴り主体の相手と戦うのは慣れてます。芦戸さんは蹴りの一発の威力が低い分、的確に急所を狙ってきますから。何処の部位を守れば、即座に反撃へ移れるかは把握済みです。一日の長というやつですね」
「……なるほど。君は俺より、ずっと先に歩みを進めていたという訳か。道理で、あれだけ打ち込んでも一向に崩れない訳だ。……この勝負、俺の負けだ」
『飯田君、降参!!癒月さん、3回戦進出!!』
私は宣言と同時に、拘束を解いた。
飯田君は少し間を置き、自分で立ち上がる。
拳を強く握り、何かを呟いていた。
そんな彼を背にして、私はリングを後にした。
医者志望として、プライバシーは厳守する。
「すまないが、少しいいかね?」
「出ましたね。病原体E」
「……なんだ、その仇名は」
そんなこんなで、私が廊下を歩いていると。
曲がり角付近で、
どうやら、私を待っていたらしい。
「とりあえず、貴方を治療します」
「君は一体何なんだ?少し話を聞け」
「断ります。治療を直ちに受けなさい」
病原体Eの姿を見るや否や、私は構えを取った。
何時か必ず治療しようと思っていたところだ。
タイミングとしては申し分ない。
多少の抵抗はあるだろうが知った事か。
今この場で、直ちに拘束する。
「本当に……どうかしているのか?」
私は病院体Eに迷わず突撃した。