治療狂人のヒーローアカデミア   作:熊田ラナムカ27

20 / 20
20 愚患者は実に考えもの

 

「ウチの焦凍には、オールマイトを超える義務がある。君との試合は、テストベッドとしてとても有益なものとなる。くれぐれもみっともない試合はしないでくれ」

 

 試合が始まる直前、エンデヴァーはそう言った。

 

 まるで轟君に全てを押し付けるかのように。

 

 その事実に、どうしようもなく腹が立った。

 

「……僕は、オールマイトじゃありません」

 

「そんなものは当たりま───」

 

「当たり前の事ですよね。……でも、だから、轟君も貴方じゃない」

 

 癒月さんは、轟君が病気だと言った。

 

 その意味が、本当の意味で分かった気がする。

 

 どうして彼が、あんな顔をしていたのか。

 

 そんな彼を、僕は放っておけない。

 

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち今!!緑谷対(バーサス)轟!!STARTッ!!』

 

 そして試合が遂に始まった。

 

 轟君は開始直後に、氷結をぶっ放した。

 

 僕はフルカウルを起動し、斜め横へ跳ぶ。

 

 氷結の規模は、瀬呂君の時程じゃない。

 

 おそらくはフルカウルを警戒しての様子見だ。

 

 どうにか凍り付くのを避け、そのまま着地する。 

 

『おオオオ!!避けたああああ!!障害物競走の時から分かってたがすげぇ跳躍力!!入試の時と比べて、ほんと見違えたな!!』

 

『初めが酷過ぎただけな気もするがな』

 

 轟君は続けざまに、氷結を放った。

 

 氷結の規模はついさっきよりも大きい。

 

 動きを見つつ、決め手を探っているようだ。

 

(長期戦になったら、こっちに勝ち目は無い!!)

 

 僕はついさっきの氷を足場に、前へ跳んだ。

 

 地面の氷が服を掠めるも、構わず突っ込む。

 

 機動力ならこっちの方が遥かに上だ。

 

 それに轟君は攻撃すればするほど、自分で作った氷壁で視界が遮られて、僕の姿が見えにくくなる。

 

 そうなれば、接近出来る機会も倍増する。

 

 受けに回って、ジリ貧になるよりは良い。

 

 僕は新たな氷壁を足場に、その眼前に近づく。

 

 そして拳を、彼に向けて放った。

 

「……ゴリ押しだけじゃ、キツそうだな」

 

(ちょっと掠っただけ!!一旦下がるしかない!!)

 

 けれど、拳は顔を掠めただけで終わった。

 

 個性は勿論だけど、反射神経も良い。

 

 僕は即座に、背後の氷壁を蹴って離脱する。

 

 その直後に、僕の居た場所が氷で飲まれた。

 

 一瞬遅れていたら、僕も凍り付いていただろう。

 

 轟君は静かながらも、こっちを警戒している。

 

 同じ手はきっと通じない。

 

「だったら、動き回れないようにするだけだ」

 

『轟、氷結させた足場に乗って緑谷を強襲!!細かい氷結の連打で息つく暇を与えない!!緑谷、必死に避けるも攻撃に移れない!!あっという間に氷塗れ!!』

 

『機動力は兎も角、総合力じゃ轟の方が上だな』

 

(駄目だ!!回避に専念するしかない!!)

 

 そして案の定、轟君は攻め方を変えてきた。

 

 自ら氷に乗って接近し、氷結を放って来る。

 

 確かに動きながらなら、視界は塞がらない。

 

 攻撃しようものなら、直ぐ対応されてしまうだろう。

 

 攻めに回ったつもりが、ひっくり返された。

 

 僕は跳躍を繰り返し、何度も氷結を躱した。

 

 その間、リング中がみるみる凍り付く。

 

 砕こうにも、今の出力じゃ時間が掛かる。

 

 氷壁だらけで、着地するのも苦労する有様だ。

 

(いや、待て!!それが狙いか!!)

 

「ようやく、そこに動いたか」

 

 次の瞬間、僕の両側に氷壁が出現した。

 

 さながら、僕を囲い込むかのように。

  

 いや、実際、そのつもりなのだろう。

 

 僕の背後にあるのは、リング外を示す線。

 

 アレを超えてしまえば、僕の負けだ。

 

 幾度もの氷結で、此処まで誘導された。

 

 両側の氷壁を跳び超えるにしても、破壊するにしても、轟君が次に出す氷結までには対処が間に合わない。

 

 完全に逃げ道を塞がれてしまった。

 

「ありがとう。緑谷。此処まで耐え抜いてくれて。お陰で……奴の顔がかなり曇った。終わりにしよう」

 

 轟君は歩みを進めつつ、僕にそう言った。

 

 軽く震える彼は、エンデヴァーを見ていた。

 

 轟君にとって、これはただの通過点。

 

 勝敗なんて、端から興味無いのだろう。

 

 エンデヴァーさえ、完全否定出来るのなら。

 

(なんだよ、それ……ふざけるなよ!!)

 

 轟君は、トドメの氷結を僕に放った。

 

 この氷結を避ける術はもう無い。

 

 パキパキと冷気が徐々に迫った。

 

 このままだと、僕は負ける。

 

 でも、それ以上に、また腹が立った。

  

『分かっていると思いますが、今の貴方の個性の許容出力上限は5%。それを超えれば、以前のように体が持ちません。況して、フルカウルは現状、未完成の技。骨折等の大ダメージを負えば、個性をコントロール出来ず、十全には使えなくなります。愚かな行動は慎むように』

 

 あの日、癒月さんは訓練の最後にそう言った。

 

 医者志望の彼女の言葉だ。

 

 間違いないし、破ればタダでは済まない。

 

 実際、第1試合の時もそうだった。

 

 ほんの少しだけど、フルカウルの発動が遅れた。

 

 とてもじゃないけど理性的じゃない。

 

 それぐらいの事は分かってる。

 

 こんなやり方、間違ってるって。

 

(それでも、僕は………ッ!!)

 

 僅かに躊躇いながらも、僕は指を弾いた。

 

 すると、次の瞬間、物凄い突風が発生する。

 

 迫る氷結が砕けるのと同時、激痛が走った。

 

 右手の指が一本、今ので完全に折れた。

 

 言葉にならない声が、口から漏れ出る。

 

「……てめェ……何でそこまで」

 

「震えてるよ。轟君」

 

 僕はそのまま、轟君目掛けて跳躍した。

 

 フルカウルの発動は、案の定遅れた。

 

 個性のコントロールが痛みで上手く行かない。

 

 ついさっきまでなら、格好の的だっただろう。

 

 けれど、轟君も氷結を出すまで一瞬遅れる。

 

 ほんの僅かの差で、僕の拳が先に届いた。

 

「フルカウル5……いや……8%ッッ!!」

 

「ぐっ……っ!!……お前ッ!!」

 

『モロだぁ!!生々しいの入ったあ!!』

 

 またも痛みが、全身を走って襲った。

 

 指が折れた時程じゃないが、それでも痛い。

 

 コントロールが利かず、許容上限を超えた。

 

 今の痛みで、フルカウルが解除された。

 

 もう一度発動させるのは無理だろう。

 

 でも、そんな事は、関係ない。

 

「何を考えてやがる……?そんなんになってまで……。クソ親父に……金でも握らせられたか……?イラつくな……!何の……つもりだ……!?」

 

「それは……こっちの台詞だ……ッ!!」

 

 轟君は腹を押さえながら、氷結を放った。

 

 しかし、その勢いはまるでない。

 

 初めに放った氷結の半分にも満たないだろう。

 

 彼の身体は、もう冷気に耐えられてない。

 

「全力でやらなきゃ……君の負けだぞ……ッ!!」

 

 僕は右手の無事な指を、親指を除いて全て弾いた。

 

 続けざまに突風が3連続で、氷結ごと轟君を襲う。

 

 ほぼ同時、折れた3本の指の痛みも続けて走った。

 

 危険信号とばかりに、目がチカチカする。

  

「てめぇには……関係ないだろ……!!」

 

「関係あるさ……っ!!皆、本気なんだ……っ!!」

 

 氷壁を背に、突風を凌いだ轟君に僕は接近した。

 

 轟君は直ぐ迎撃しようとするも、やはり発動が遅い。

 

 僕は至近距離で、残る親指を轟君に向けて弾いた。

 

 その反動に耐えきれず、僕の身体は後ろに吹き飛ぶ。

 

 そして、轟君もまた、真正面から突風を至近距離で受け、自ら背にしていた氷壁へと叩きつけられた。

 

 衝撃に耐えきれず、氷壁が砕け散る。

 

「本当に、どうかしてんじゃねぇのか……!?」

 

 そのまま場外へ吹き飛ばされるかと思われたが、轟君は咄嗟に新たな氷壁を生成し、それをストッパーとする事でリングに踏み止まって、窮地を逃れた。

 

 それでも、無傷では済まなかったらしい。

 

 突風が直撃した腹部を押さえ、彼は顔を歪ませる。

 

 その身体を覆う霜が、更に濃くなる。

 

「勝って目標に近づく為に……一番になる為に!!皆、本気で戦ってる!!なのに、半(・)分(・)の力で勝つ!?全力も出さないで一番になって………完全否定なんてフザけるなよ!!君は何の為に……此処に居るんだ!?」

 

「うるせぇ……お前に、何が分かる……!?」

 

「分からないよ……!!君の境遇も、君の決(・)心(・)も、僕なんかに計り知れるもんじゃない……。でも、僕は……君を超えて!!君に勝って!!期待に応える為に……!!笑って応えられるような……かっこいい人(ヒーロー)にな(・)り(・)た(・)い(・)から……此処に居る……っ!!君もそうだろ……!?」

 

 僕は左手の指を、またも続けて弾いた。

 

 守りを固める轟君の氷壁を全て砕く。

 

 彼が背にしていた氷壁にまたもヒビが入った。

 

 氷が次々と砕け、塵と消える。

 

 指の骨が、次々と折れてヒビが入る。

 

 今にも倒れそうな程、脚がガクガクする。

 

「俺は、親父を───」

 

 轟君はきっと、僕に似ていた。

 

 オールマイトと出会う前の僕に。

 

 僕もずっと、夢から目を逸らしていた。

 

 仕方ないって、言い訳ばかりして。

 

 なりたい自分にはなれないって。

 

 本当は誰よりもなりたいクセに。 

 

「君の!!力じゃないか!!」

 

 その瞬間、眼前で炎が舞い上がった。

 

 周囲の氷壁が、あっという間に溶けていく。

 

 その中から、彼は歩いてきた。

 

「勝ちてぇくせに……ちくしょう……敵に塩送るなんてどっちがふざけてるって話だ…………」

 

 そう呟く彼の言葉には、呆れが混じっていた。

 

 でも、同じぐらい、轟君は笑っていた。

 

 僕と同じか、もしかするとそれ以上に。

 

「俺だって……ヒーローに……!!」

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「皆さん、放して下さい。治療が必要です」

 

「駄目!!絶対駄目!!マジで駄目!!」

 

「ヤベェ!!何時もの3倍はヤベェ!!」

 

「敵(ヴィラン)顔負けに目がイッちゃってる!!」

 

「どうか容赦を!!彼の命だけは!!」

 

「安心して下さい。殺してでも救います」

 

「いや、殺しちゃ意味ねぇ!!」

 

 私は芦戸さん達を引きずって、医務室に向かった。

 

 皆して止めようとしているが、それどころではない。

 

 第4試合は最終的に、轟君が逆転勝利。

 

 水蒸気爆破で、リングごと緑谷君を吹き飛ばした。

 

 彼の左側の力は想像以上と言って良い。

 

 とはいえ、今は試合結果などどうでもいい。

 

「あの愚患者には何を言っても無駄だとよく理解しました。私が散々、使うなと言った許容量以上の力を使うなど、看過できません。こうなればベッドへ拘束し、彼を強制入院させます。そして病が治るまで、隔離処置及び治療を永続的に行います。これはもう決定事項です」

 

「それ全部、敵(ヴィラン)のやる事だって!!」

 

「法律関係は分かんねぇけど、多分アウトだ!!」

 

「洒落になっとらん!!警察に捕まってまう!!」

 

「そもそも何処に入院させる気かね!?」

 

「私の母の所です。嬉々としてやると思います」

 

「余計にヤバさが倍増した!!」

 

 そんなこんなで、私達は医務室に向かった。

 

 次は私と飯田君の試合だが、時間はまだある。

 

 なにせ、あの水蒸気爆破の後だ。

 

 リングの修復にはもう少し掛かるだろう。

 

 それまでに、処置を済ませれば問題ない。

 

 愚患者一人どうにか出来なくて、何が医者だ。

 

「失礼します。緊急治療を開始します」

 

「おぉ!?癒月少女!?それに切島少年に芦戸少女……飯田少年に麗日少女まで……。……随分、いや、かなりご立腹だね。というか、緊急治療って………」

 

「初対面だけど、オジサン逃げて!!」

 

「このままじゃ癒月の治療に巻き込まれるぞ!!」

 

「ユ、ユヅキサン……ゴメンナサイ………」

 

「謝って済んだら、医者は要りません」

 

 私が入って早々、緑谷君は顔を青くした。

 

 彼の両腕はギプスで固定されている。

 

 粉砕骨折は免れたようだが、それでも大怪我だ。

 

 この分だと、お婆様でも長丁場になるだろう。

 

 全くもって度し難い。

 

「彼の治療に手術は必要ですか?」

 

「何とも言えないね。外科的処置は必要ないようだが、全身の骨と筋肉を酷使し過ぎた。個性のコントロールが利かないってのに、無茶するからだ。治癒の前にあちこち検査が必要さね。少し手を貸して貰えるかい?」

 

「分かりました。直ちに準備を」

 

「あれ……ベッドに縛り付けたりはしないんだ?」

 

「てっきり、僕等は、直ぐ手を出すものかと……」

 

「症状次第ではやりますが、怪我の処置が優先です」

 

((((症状次第ではやるんだ………))))

 

(私も他人事じゃないが……緑谷少年も苦労するね)

 

 私は怒りをどうにか抑え、早速検査を開始した。

 

 拘束等も必要とあればやるが、処置が先だ。

 

 目の前の怪我人を見逃すなど、あってはならない。

 

 お婆様が芦戸さん達を一旦部屋の外に出し、空気を読んでか、見慣れないガリガリの人も一度退出すると、医務室には私と緑谷君だけが残された。

  

 痛みに苦しむ緑谷君を横目に、黙々と検査を続ける。

 

「癒月さんが言ってた通り、轟君は自分のしがらみに苦しんでた……。それでつい、腹が立って……余計なお世話を……考えてしまって……本当にごめん。周りも先も……見えなくなって……。………ごめんなさい」

  

 朦朧とする意識の中で、緑谷君はそう謝罪した。

 

 悔しさから、彼の頬を薄っすらと涙が伝う。

 

 私はそれに何も返さず、ただ黙って聞いた。

 

 しばらくの間、医務室は静まり返った。

 

 その後、戻って来たお婆様と共に、残りの検査を一通り終えると、私は医務室を出て軽く息を吐く。

 

 そんな私に、お婆様はラムネを数粒差し出した。

 

 緑谷君には、ガリガリの人こと八木さんが付いてる。

 

 どうやら彼とお婆様の知り合いらしい。

 

「意外だね。アンタが矛を納めるなんて」

 

「納めてなどいません。説教はまた後日行います。強制入院についても経過観察次第で即座に実行します。今はただ、患者の回復を優先しただけです」

 

「ああ、そうかい。優しい子だね」

 

「医者志望としての仕事をしただけです」

 

 私はラムネを口にすると、その場を立ち去った。

 

 緑谷君のやった事は、何もかも間違っている。

 

 人を救う為に、自分を犠牲にしては意味がない。

 

 人一人を犠牲にして、救える命などたかが知れてる。

 

 例え救えたとしても、そのツケはいずれ回る。

 

 彼のやり方を、私が認める事は無い。

 

(それでも……その気持ちは間違ってませんから)

 

 そしてリングの修復が終わり、Aグループ2回戦。

 

 第2試合、私VS飯田君の準備が整った。

 

 修復されたリングの中央へ、私達は向かう。

 

『大波乱の第1試合に続き第2試合!!片や堅物眼鏡!!片や治療狂人の対決だ!!飯田天哉対(バーサス)癒月波音!!』

 

「試合前に聞いておくが、彼はどうなった?」

 

「両腕と両手の損傷は案の定、激しかったですが心配には及びません。検査の結果、お婆様の治癒で今日中に回復可能な範疇でした。手術も必要ありませんし、傷跡も大して残らない筈です。今頃、治療を受けているかと。尤も、ギプスはしばらく外せないでしょうが」

 

「……そうか。良くはないが、一先ず安心した。経緯はどうあれ、彼の治療に協力してくれた事に感謝する」

 

「仕事ですから。どうか気にせず」

 

 飯田君は安堵の表情を一瞬見せつつ、構えを取った。

 

 私もまた意識を切り替え、構えを取る。

 

 治療の成否と戦いの勝ち負けは別問題だ。

 

 況して、彼は患者ではない。

 

 治療すべき対象は、未だ別に居る。

 

 こんな所で負ける訳にはいかない。

 

『よっしゃぁ行くぜ!!STARTッ!!』

 

 試合開始直後、飯田君は加速し突撃してきた。

 

 対する私は、即座に治療天使の白衣(ナイチンゲール・コート)を展開する。

 

 芦戸さんとの戦いで、実戦での感覚は掴んだ。

 

 前回のように、後手はもう踏まない。

 

 彼の蹴りと、私の障壁がぶつかり合う。

 

「予想以上に堅い!!ヒビが入っただけか!!」

 

「威力だけなら、芦戸さんより上ですね」

 

 一瞬拮抗した後、私達は共に弾き飛ばされた。

  

 大したダメージは無いが、受け止め切れなかった。

 

 追撃に移り着地の隙を狙うも、直ぐ距離を取られる。

 

 弾き飛ばされたせいで、一瞬行動が遅れた。

 

 何より、彼の逃げ足が思っていた以上に速い。

 

 芦戸さん戦の時のように、反撃狙いは難しいだろう。

 

 飯田君は、私の一撃を余程警戒しているらしい。

 

「正面切って遣り合う気は無いという訳ですか」

 

「あの脳無と1対1で殴り合い、芦戸さんをたった数撃で倒した君だ。真正面から戦って勝てると考える程、自惚れてはいないさ。正攻法ではないが削らせて貰う!!」

 

「こっちの消耗狙いですか。面倒ですね」

 

 飯田君はそう言うや否や、再び突撃してきた。

 

 私はというと、ヒビの入った障壁を一度破棄。

 

 新たな障壁を纏い、防御の構えを左腕で取った。

 

 またも蹴りと障壁が、激しくぶつかり合い拮抗する。

 

 その間に、私は空いていた右拳を振るった。

 

 障壁で拮抗している今なら、射程内に入っている。

 

 追うのが無理なら、この隙を狙うしかない。

 

 その拳が、彼の脚目掛けて迫る。

 

「言ったはずだ!!正面から遣り合う気はないと!!」

 

「これでは埒が明きませんね」

 

 けれど、私の拳は直撃する直前で弾かれた。

 

 飯田君は、残していた片方の脚で再度加速。

 

 その勢いを活かして、蹴りを放っていた脚を軸に、空中で身体を捻るように回転し、拳を無理矢理振り払う。

 

 そして彼は、またも距離を一度取った。

 

 言うまでもない事だが、射程範囲外だ。

 

 何より、障壁が崩壊寸前になっている。

 

 私は治療天使の白衣(ナイチンゲール・コート)を再展開せざるを得ない。

 

 このままではジリ貧待った無しだ。

 

 ジワリと体力を削られていくのを感じる。

 

『障壁に阻まれつつも、ヒット&アウェイで確実に攻める飯田!!対する癒月は、度々仕掛けるも攻撃が当たらない!!距離を取られるせいで、芦戸の時みたく無理矢理ひっくり返すのも厳しい状況!!飯田の策と眼鏡が光る!!光る!!眼鏡はやっぱ侮れねぇ!!』

 

『癒月の攻撃手段は基本、拳か蹴り。その両方を封じるか、一撃離脱に徹すりゃ、そりゃ優位に立てる。どんな攻撃も当たらなきゃ意味ねぇ。それに障壁も無限には出せん筈だし、治癒による自己回復にもある程度の時間が要る。ある種、彼奴の数少ない弱点だな』

 

『そういや彼奴の個性、一応治癒系だっけ?バーサーカーモードで何時も暴れるから、うっかり忘れてた』

 

『……そこは忘れんなよ。実況として』

 

 それから幾度となく、蹴りと障壁がぶつかり合った。

 

 お互い外傷は見られないが、私の方がやや息が荒い。

 

 障壁を再展開出来る回数は、体力的に残り僅かだ。

 

 私の個性は、元より体力に依存したもの。

 

 発動する度、他の多くの個性より体力を消耗する。

 

 一歩間違えば、疲労でその場に倒れかねない。

 

 この手の消耗戦との相性は悪い。

 

「未だ崩し切れんとは!!それでも俺は諦めん!!」

 

 一方、飯田君は戦意高々に突撃を続けた。

 

 どうやら、彼の個性は長期戦でも問題ないらしい。

 

 おそらく、私とは異なり、個性を使う為のエネルギー源が、体力以外にも存在しているのだろう。

 

 そうでなければ、こんな戦術はとても取れない。

 

 それに速さの方も、突撃の度に上がっている。

 

 どうやらギアが、文字通り上がってきたらしい。

 

 速さは、そのまま技の威力に直結する。

 

 このままでは遅かれ早かれ、障壁が破られる。 

 

 個性そのものの勝負では、勝ち目が無いようだ。

 

「ならば、技で打ち破るまで」

 

 私は深く息を吐き、意識を集中させた。

 

 飯田君の癖は、身体に文字通り刻み込んだ。

 

 そして彼の個性は、発動型と異形型の複合。

 

 脚のノズルは兎も角、基本的な身体構造は私と同じ。

 

 純異形系の個性でない以上、構造の把握は容易い。

 

 筋肉の収縮、関節の動き、重心の移動。

 

 それらを診れば、次の動作をおおよそ予測出来る。

 

「そこです。ようやく捉えました」

 

「……ッ!!蹴りの動きに合わせて先に……!!」

 

『受けずに、蹴られる前に殴った!!』

 

 私は飯田君の脚を、蹴る動作に入る前に殴りつけた。

 

 不十分な蹴りと障壁が、またもぶつかり合う。

  

 当然、押し勝ったのは私だった。

 

 飯田君は、空中で弾き飛ばされた。

 

 そんな彼目掛けて、私は一気に踏み込む。

 

「っぐッ……!!まぐれでは無いという訳か……!!」

 

「言ったはずです。ようやく捉えたと」

 

『2度目のクリーンヒット!!飯田、場外寸前だ!!』

 

 飯田君は、私を迎撃しようとして蹴りを放った。

 

 しかし、それも、完全に蹴り切る前に潰す。

 

 蹴りと拳が再度ぶつかり合い、私がまた押し勝った。

 

 彼は場外寸前まで、後退せざるを得ない。

 

 けれど、その闘志が揺らぐ事は無かった。

 

 まるで、切り札を残していると言わんばかりに。

 

「温存していたが、此処で使う!!騎馬戦での借り……返させて貰うぞ!!レシプロ……バーストッッ!!」

 

 次の瞬間、飯田君は凄まじい速度で加速した。

 

 風を切る音が、瞬く間に迫って来る。

 

 防御の構えを取った時には、彼の姿は眼前にあった。

 

 両腕のガードを弾き飛ばし、彼の蹴りが突き刺さる。

 

 治療天使の白衣(ナイチンゲール・コート)は、拮抗する間も無く破られた。

 

 障壁の残滓が塵となって消える。

 

『飯田のとっておきが癒月にヒット!!場外寸前からリング中央まで蹴り返した!!しかし癒月、今の一撃を喰らってもなお健在!!なんちゅうタフネス!!』

 

『破られこそしたが、障壁がクッションになったんだろう。ガードも間に合ってたしな。それなりのダメージは入っただろうが、あの程度じゃ彼奴は倒れん』

 

「だったら、次で決めるまで!!」

 

 横方向に飛ばされつつ、私はどうにか踏み止まった。

 

 飯田君は追撃の為、更に速度を上げる。

 

 彼のエンジンが、一気に唸りを上げた。

 

 蹴られた衝撃で、内臓が未だ揺れ動いている。

 

 次を障壁無しで、耐えるのは難しいだろう。

 

 それ以前に、張るのも間に合わないだろうが。

 

「それでも、今ので再び捉えました」

  

 私は加速を続ける飯田君を、その目で診た。

 

 彼が来るよりも先に、拳を小さく振るう。

 

 まるで、拳を通り道に置くかのように。

 

「なん、だと………ッ!?」

 

『ワッツ!?飯田が逆に倒された!!?』

 

「これで、もう詰みです」

 

 そして、迫る飯田君の腹部に拳が直撃した。

 

 彼はそのまま、体勢を崩して前に倒れ込む。

 

 そんな彼を、私は床に押し付け拘束した。

 

 関節技で身動きを完全に封じる。

 

 多少の抵抗も、力技で無理矢理無力化した。

 

 しばらくすると、エンスト音のような音がする。

 

 飯田君の抵抗する力が、一気に弱まった。

 

 どうやら、個性を使えなくなったらしい。

 

「騎馬戦の借りを返すどころか……増やす事になるとは。それより、どうやって……レシプロの加速に対応した?一撃受けただけで……動きを読むだなんて」

 

「貴方の速度は、確かに脅威でした。ですが、動きがやや一直線になる癖があります。それに加速から蹴りの動作に移るまでの数コンマ、ほんの僅かですが隙がありました。おそらくは、経験の少なさ故でしょうが、対人相手では致命的です。私はそこを突いたまで」

 

 飯田君の速度の根幹は、あくまで個性。

 

 例えるなら、レーシングカーの高性能エンジンを脚部に取り付け、その勢いで走っているようなもの。

 

 走る動作は、あくまで補助に過ぎない。

 

 そのせいか、方向転換にやや難があった。

 

 フェイントを入れなかったのも、そのせいだろう。

 

 飯田君は早いが、動きはほぼ直線的。

 

 どれだけ速度を高めても、それは同じだ。

 

 蹴りの予備動作さえ分かれば、先読みは容易い。

 

「更に言えば、蹴り主体の相手と戦うのは慣れてます。芦戸さんは蹴りの一発の威力が低い分、的確に急所を狙ってきますから。何処の部位を守れば、即座に反撃へ移れるかは把握済みです。一日の長というやつですね」

 

「……なるほど。君は俺より、ずっと先に歩みを進めていたという訳か。道理で、あれだけ打ち込んでも一向に崩れない訳だ。……この勝負、俺の負けだ」

 

『飯田君、降参!!癒月さん、3回戦進出!!』

 

 私は宣言と同時に、拘束を解いた。

 

 飯田君は少し間を置き、自分で立ち上がる。

 

 拳を強く握り、何かを呟いていた。

 

 そんな彼を背にして、私はリングを後にした。

 

 医者志望として、プライバシーは厳守する。

 

「すまないが、少しいいかね?」

 

「出ましたね。病原体E」

 

「……なんだ、その仇名は」

 

 そんなこんなで、私が廊下を歩いていると。

 

 曲がり角付近で、病原体E(エンデヴァー)と遭遇した。

 

 どうやら、私を待っていたらしい。

 

「とりあえず、貴方を治療します」

 

「君は一体何なんだ?少し話を聞け」

 

「断ります。治療を直ちに受けなさい」

 

 病原体Eの姿を見るや否や、私は構えを取った。

 

 何時か必ず治療しようと思っていたところだ。

 

 タイミングとしては申し分ない。

 

 多少の抵抗はあるだろうが知った事か。

 

 今この場で、直ちに拘束する。

 

「本当に……どうかしているのか?」

 

 私は病院体Eに迷わず突撃した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

着替えろヴィラン!!魔法少女なんてどうだ?(作者:運命決定)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ヒーローになるための学校らしいが▼気付いたら着せ替えばかりしている気もする▼まあいい▼服は楽しいからな▼今日も誰かが着替える▼多分爆豪だと思う▼AIに描いてもらった主人公ビジュ▼【挿絵表示】▼


総合評価:1476/評価:8.12/連載:37話/更新日時:2026年08月16日(日) 13:53 小説情報

闇なる鴉はかく語りき(作者:とんこつラーメン)(原作:僕のヒーローアカデミア)

あの日、俺が『彼女』と出会ったのは偶然だったのかもしれない。▼けど、出会ったこと自体は決して間違いではなかったと今でも思っている。▼彼女がいなかったら、色んなことが変わっていたかもしれないから。▼これは、そんな闇の中で生きて、闇の中で育ってきた『彼女』と、アングラな俺が出会ったことで始まる物語だ。▼


総合評価:1084/評価:7.71/連載:32話/更新日時:2026年10月16日(金) 22:03 小説情報

地獄の氷叢さん家(作者:M.T.)(原作:僕のヒーローアカデミア)

地獄の轟くん家以上に地獄の氷叢分家の女の子がヒーローを目指すお話。▼燈矢くんや外典くんを見て、氷叢の血が濃くなりすぎた末路が気になって執筆した作品です。▼※注意▼・女主です。▼・お話の都合上、青山くんが出てきません。すまんな。▼・他作品のクロスオーバーをやり出す可能性があります。▼・オリ主の必殺技や一部設定のみ、以下のキャラの要素があります。▼ ・クザン(O…


総合評価:2162/評価:7.81/連載:78話/更新日時:2026年10月22日(木) 18:16 小説情報

個性「炎」(作者:ドゥルガー)(原作:僕のヒーローアカデミア)

何処にでもあるような個性で、何処にでも居るような少年が夢を追う物語。▼主人公の立ち絵です。▼【挿絵表示】▼


総合評価:559/評価:7.5/連載:31話/更新日時:2026年10月18日(日) 22:59 小説情報

個性、海賊。ヒーロー向きじゃないって?これ以上ない英雄の個性だろ!(作者:紡縁永遠)(原作:僕のヒーローアカデミア)

事の始まりは中国、軽慶市。『発光する赤児が産まれた』というニュースだった。▼ 以降各地で「超常」は発見され、いつしか「超常」は「日常」に、「架空(ゆめ)」は「現実」となった。世界総人口の約八割が何らかの「特異体質」である現在、個性を悪用する敵(ヴィラン)により混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が、脚光を浴びていた。そう、「ヒーロー」と呼ば…


総合評価:1076/評価:6.44/連載:10話/更新日時:2026年09月21日(月) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>