春。それは高校生活の始まりの季節。
オールマイトから個性を受け継ぎ、雄英に無事合格した僕にとっても、それは決して例外じゃない。
そしてそんな大事な初日、僕は迷っていた。
「1-A……1-A……広すぎる」
雄英の敷地はとにかく広い。
屋外施設への移動はバスが当たり前。
屋内施設も他校とは比べ物にならない。
初見とはいえ案内図を見たのにこの有様だ。
時間的にもそろそろ不味い。
「誰かに案内して貰えれば……楽なんだけど」
思わずそんな言葉が。口をついた。
けれど、見渡しても、人影は一つもない。
今日は初日だから、上級生は来てないのだろう。
同じ新入生も、既に教室に居るのだろう。
自分以外、頼れる人なんて一人もない。
仕方ないから、自分で探す事にする。
「おい、不味いって。そろそろホームルームの時間だろ?手洗いなんてしてる場合じゃなくね?」
「でも、あの子、手洗いすらしない人間の言う事なんて、絶対聞かないじゃん!それどころか外に連れ出して、無理矢理にでも、洗わせようとするし。だったら先に、済ませておいた方がまだマシでしょ」
「そりゃそうだけどさ。どうも嫌な予感がプンプンすんだよ。ラインもさっきから既読が全然つかねぇし。まさか彼奴、俺達が来る前にやらかしたんじゃ……」
そう思って、角を曲がったその最中。
赤髪の尖った髪型の男子と、角の生えた明るめな女子が、手洗い場で呑気に手を洗いつつ話していた。
おそらく僕と同級生だろう。
遅刻ギリギリにも関わらず、何故手を洗っているかは分からないけど、地獄に仏とは正にこのこと。
若干気まずいけど、背に腹は代えられない。
「あ、あの、すいません。1-Aに行きたいんですけど、場所分かります?行こうとしたら迷っちゃって」
僕は思い切って2人に話し掛けた。
ふと、勝っちゃんと眼鏡の人が思い浮かぶ。
話し掛けた後だけど不安になってきた。
なにせあの数の受験者数から選ばれた人達。
色んな意味で個性的なのは間違いないだろう。
あの2人が特別飛び抜けてるだけなのかもだけど、もしかしたら話も聞いて貰えないかもしれない。
内心緊張しつつも2人の返事を待つ。
「1-Aの教室?それだったら、あそこの階段上がって直ぐだ。って事は、もしかして、お前もA組!?」
「絶対そうじゃん!そうに決まってるよ!クラスメートだ!私、芦戸三奈!今日からよろしくね!」
「俺ぁ切島鋭児郎!こっちもよろしく!」
けど、そんな心配も必要なかった。
芦戸さんと切島君は快く道を教えてくれた。
雰囲気的からして、間違いなく良い人だ。
(よく考えたら、僕を含めて皆ヒーロー志望。ヒーローになる為に、この学校に来てる。勝っちゃんや眼鏡の人みたいな怖い人は居るかもだけど……頭のネジがぶっ飛んだ人なんて居る訳ない。緊張し過ぎだな)
僕は内心そう思いつつ、胸を撫で下ろした。
2人のお陰で緊張が楽になった気がする。
多少個性的でも同じヒーロー志望。
話していけばきっと仲良くなれる。
寧ろ気負い過ぎたら逆に損だ。
物怖じせず、ガツガツいこう。
僕はそう密かに心に決める。
「教えてくれてありがとう。僕は、緑谷出久。一番好きなヒーローはオールマイトで、目標にしてます。あと大ファンです。2人とも、今日からよろしく」
「おぉ!よろしくな緑谷!ヒーロー志望なら、やっぱ憧れるよな!オールマイト!俺も好きだ!ちなみに俺の目標のヒーローは、だいぶ古いけど
「……って、やば!?そんなこと話してる場合じゃないじゃん!!早く教室に行かないと不味いって!!」
「おっと、そうだった!!悪い、話はまた今度な!!ゆっくり話してる場合じゃないの、忘れてた!!」
けど、そんな決意の束の間。
2人は大慌てで教室に行ってしまった。
どうも明らかに様子がおかしい。
まるで何かを警戒してるみたいだった。
何だか妙に嫌な予感がする。
けど、行かない訳にもいかない。
やや億劫になり、少しだけ足取りが重くなりつつ、僕は2人を追って1-Aの教室に向かった。
扉の先はもう既に騒がしい。
「やめるんだ!もういい!もう十分だから放すんだ!反省を促すにしても、流石にやり過ぎだ!」
「いいえ、やめません。彼が机の上に足を置かないと誓うまで、私はこの病原体に治療を施す義務があります。さぁ早く、二度とやらないと誓って下さい。簡単でしょう?言えばいいだけなんですから。10秒以内に誓わないなら、私はあなたに更なる治療を行います」
「癒月ちゃん、それは駄目!!絶対駄目!!シャレにならないって!!初日から停学になっちゃう!!」
「くっそ!!とんでもねぇ馬鹿力だ!!」
「ピンク髪……お前ぜってぇ殺す………!!」
教室ではピンク髪の三つ編み女子が、勝っちゃんを裸絞めし、半ば脅しのようなものを掛けていた。
治療と言い張ってるけど、絶対違う。
眼鏡の人と切島君、芦戸さんが、3人がかりでその腕を勝っちゃんから、引っ剥がそうとしているけど、三つ編み女子はその場から微動だにしていない。
それどころか、更に力を込め締め上げている。
勝っちゃんのあんな姿を見るのは、初めてだ。
圧倒的力に、一方的にねじ伏せられている。
正直、中学時代の僕よりも、絵面が酷い。
「僕……このクラスでやっていけるのかな?」
この光景を前に思わずそんな感想が漏れた。
言ってる内容的に、彼女は多分悪い人ではない。
何かしらの理由があってやっているのだろう。
でも、それを差し引いても色々とあれだ。
理不尽の具現化みたいな性格をしている。
とりあえず、勝っちゃんのように地雷を踏み抜いて、彼女を怒らせるような事だけはしたくない。
「……あっ、しまった。彼、気絶しました」
「何やってんの!?駄目って散々言ったのに!!」
「おい君!!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「まだ始まってすらねぇのに、そりゃないぜ!!」
「心配ありません。この程度なら数分で起きます」
このクラス、色んな意味で幸先不安だ。
「まずは雄英にようこそ。俺は担任の相澤消太だ。合理性を欠くから、こういう事はなるべくしたくないんだが……爆豪を何故、気絶させた?必要性がない」
「そうですね。ご尤も。あれに関しては、完全に私の医療ミスです。失礼しました。彼が私の想定以上に頑固かつ、物分かりが悪い方だったので、力を入れ過ぎました。次はもっと、手加減して治療を行います」
(((いや、それ煽りだし、反省してねぇ……)))
クラス全員が揃っての初めてのホームルーム。
そんな大事な場での最初の話題は医療ミスだった。
入学早々、医者志望としてあるまじき失態だ。
自分と相手の力量を見誤るなんて。
「あのピンク髪……俺を舐めやがって………!!」
あのヤンキー擬き、爆豪君はかなりの強敵だ。
今まで相手してきた病原体達とは訳が違う。
ただのヤクザ擬きではない、筋金入りのヤクザだ。
それ程までに、彼の病は進行している。
さっきの行動に対し、反省の色も見えない。
これは極めて厄介な症例だ。
今は相澤先生の目もあるし、授業の邪魔をする訳にもいかないので、経過観察を行うしかないが、いずれ彼には誓いだけではなく、再度治療が必要だろう。
その為の準備を、進めておかなければ。
「婆さんから話は多少、聞いてたが……こうも面倒な奴だとはな。寝袋を仕舞っておいて正解だった」
相澤先生は半ば諦めつつ話を切り上げた。
何もかも面倒になったという感じだ。
何やら不潔な気配を感じたが、気のせいだろう。
もしそうなら、私は私を抑えられる自信がない。
「まぁそんな事は正直どうでもいいんで、早速、
「うっせぇよ!!んなこと分かってる!!」
「喧嘩ではありません。あくまで治療です」
「どっちでもいいから、早くしろ」
そんなこんなで相澤先生は出て行った。
噂通りの合理主義っぷりだ。
爆豪君に終始睨まれながらも、私は机から体操服を取り出し、更衣室に向かってそれに着替えた。
試着もしてないはずだが体によく馴染む。
「「「個性把握……テストぉ!?」」」
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間ないよ。雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側も然りだ」
グラウンドで私達を待ってたのは個性把握テスト。
種目はボール投げ、100m走、エクセトラ。
所謂、個性ありの体力テストのようなものだった。
そして予め聞かされていた予定は全て立ち消える。
一応入学式を楽しみしていたのに、残念だ。
「まぁ百聞は一見に如かず。爆豪、お前中学の時のソフトボール投げの記録は何mだった?」
「ざっと67m」
「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何をしてもいい。早よ。思いっ切りな」
そんな事を考え、私がボーっとしていると、相澤先生は軽い説明とともに、ボールを爆豪君に手渡した。
入試主席は私だが、まぁ確かに彼が適任だろう。
個性ありとはいえ、私の場合活かしようがない。
結果は中学時代とさほど変わらないはずだ。
ある程度鍛えたので、伸びてると嬉しいが。
「んじゃまぁ……死ねぇ!!!」
そして爆豪君はボールを投げた。
彼の個性によって、手から爆破が発せられる。
ボールは爆風に押し出され、一直線に空を裂いた。
入試の時もそうだったが、相変わらず派手な個性。
その上、顔に似合わず妙に小器用だ。
むやみに爆破させるだけでは、こうはならない。
強面なだけのヤクザではなかったらしい。
「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」
相澤先生が示した記録は、705.2m。
500m越えの大記録に、歓声が一気に上がった。
超人社会ならではの、超常的記録だ。
オリンピックが徐々に廃れたのも分かる気がする。
こんな記録軽々出るなら、張り合いもなくなる。
入試したての生徒で、この記録なのだから。
「なんだこれ!!すげー
「705.2mってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ!流石ヒーロー科!」
生徒達が盛り上がる一方、相澤先生は静かだった。
まぁ確かに……そうなる気持ちは分かる。
個性が使える?流石ヒーロー科?面白そう?
それがなんだ。私達はただのヒーロー志望。
スタートラインに立っただけに過ぎない。
何時までも中学生気分では困る。
「……これ多分、ヤバい時の前振りだよな?」
「訓練の時の癒月ちゃんの目と……そっくりだし」
切島君と芦戸さん異変を早々に察していた。
仮にも私がそれなりに鍛えたのだ。当然だろう。
相澤先生と私の思考は、おそらく一致している。
ヒーローと医者に弱卒は必要ない。
「……
「「「………はあああ!?!?」」」
「ちょっと待ってください!最下位除籍って……入学初日ですよ!?いや、そうじゃなくても……理不尽すぎます!」
「自然災害、大事故、身勝手な
そうは言っても戸惑う生徒が殆ど。
一部冷静な生徒は居るがそれも一握り。
誰も彼も困惑の表情を隠せない。
(まぁでも、やる事は何時も通り変わらない。自分のやれる事を全力でやる。やるべきをやるだけだ)
そんな中、私はそう自分に言い聞かせた。
人間に出来る事なんて所詮その程度。
どんな状況になってしまおうが関係ない。
目の前の仕事をただ実行するのみ。
(といっても、個性抜きでですが)
「50m走。記録。4.54秒デス」
その後、記録測定は順調に進んだ。
ロボの声が今の結果を告げる。
周囲が派手な中で私は地味だ。
中学より記録は伸びてるけどパッとしない。
最下位は絶対ないがそれだけ。
まぁぶっちゃけ、退屈の極みだ。
こんな事なら何か道具でも持ってくれば良かった。
丈夫な紐とかあったら多少記録を伸ばせるのに。
「あっ、どうも。お久しぶりです。貴方もA組に配属されていたんですね。元気でしたか?」
「まぁまぁってとこだ。お前も凄いな」
「握力測定。記録。232Kgデス」
「見た目普通でも中身ゴリラか!?流石の馬鹿力!!」
「キツイ女ってのも……良いよね」
まぁそれはそれとして、周囲との交流は進んだ。
受験時に合った障子君に、しょうゆ顔の瀬呂君。
「ふっ……僕がやればこんなものさ」
「立ち幅跳び。記録。4.31mデス」
「レーザー出すと腹下すって……不便ですよね」
「強い個性だし、派手さもあるのにな」
「まぁそういう個性だし。……あっ、またトイレに」
「おい!!そこ!!次の測定に移らないか!!」
「横から見る乳も……よし」
セレブ?そうな青山君に、チャラそうな上鳴君。
あとツッコミ気質そうな耳郎さん。
堅物委員長眼鏡の飯田君、などなど。
測定の合間に割と沢山の人と話せた。
正直、初手のバッドコミュケーションで、切島君と芦戸さん以外との交流は難しいと思っていたのだが、この危機的状況を前に注目の的がズレたらしい。
さもなくば、そういう人だと割り切ったのだろう。
中学でもそういう事は割とあったし。
「反覆横跳び。記録。121回デス」
「揺れる乳なら……なおよ───」
「何なんです?真剣にやってる傍で。この変質者は」
「私の時もそのような事を言ってました」
「女の敵ってやつね」
「私には……そんなこと言ってない」
「癒月ちゃん。そいつは治療していいよ」
「了解です。治療を開始します」
「あ、頭の骨!!頭蓋骨にヒビが入る!!」
あとはまぁ、明確な
というか、この説が一番最有力だ。
私は
ついさっきから横から出て来て鬱陶しい。
私は気にしないが、乳だ何だと、何様のつもりだ。
ヒーロー志望以前に、人として駄目だろう。
世の中おかしな人も身近に居るものだ。
「ボール投げ。記録。236mデス」
そんなこんなで残るテストはごく僅か。
持久走と上体起こし、長座体前屈を残すのみ。
トップは無理だろうが上位には入れるだろう。
個性抜きでやったにしては上出来だ。
「癒月お疲れ。その様子だと調子良さそうだな」
「切島君こそお疲れ様です。そうは言っても、中学時代から少し伸びただけですけどね」
「まぁ確かに、テスト向けの個性じゃないもんな。素のスペックが純粋に高いせいで、若干個性染みてるけど。何人かそういう個性だって勘違いしてたし」
「何でもかんでも個性で解決しないで欲しいですよ」
私達は互いに互いを軽く労わった。
何時もなら芦戸さんも居るが今は居ない。
フットワークの軽い彼女の事だ。
私以上に他の人と交流しているのだろう。
交友関係が広いというのは良い事だ。
「次はあの緑髪の彼。私同様、個性を一度も使ってない方ですか。今のところ最下位だったはず」
「ガッツはそこそこありそうな気はするけど、それをイマイチ活かし切れてないって感じだな」
私の視界の先で緑谷君はボールを握った。
残す種目は長距離以外、結果を出しにくい。
ここで記録を出せなければそれまで。
文字通り崖っぷちの瀬戸際だ。
「ボール投げ。記録。46mデス」
そんな状況下での第1投目。
緑谷君の記録は平凡そのもの。
何処にでもいる常人の記録だった。
超常が求められるヒーローの記録ではない。
だが、何か様子がおかしい。
「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
「は?何言ってんだ?正真正銘、彼奴は無個性だ」
横から飯田君と爆豪君の会話が聞こえた。
真偽はともかく、何やら訳ありらしい。
相澤先生ことイレイザーヘッド。
彼の個性の発動がそれを証明している。
(可能性があるとすれば個性の制御不可。ヒーローを目指す上でそれは致命的。この程度の壁、超えられないようでは、ヒーローになっても何の役にも立たず、早死にするのが関の山。残念ですが此処まで───)
そう思って私は緑谷君を見限ろうとした。
でも、それは、彼の目を見て覆される。
私はこれまで沢山の人を診察してきた。
その過程で多くの目を見た。だから、分かる。
あれは決して、諦めの目などではない。
「力の調整……僕にはまだ出来ない……!この一投で出来る可能性に懸けるのか?オールマイトも言ってたのに?一朝一夕にはいかないって……!ダメだ……ダメだ!それならただ!!全力で!!」
緑谷君は何かを小声で呟いていた。
まるで自分で言い聞かせるようだった。
ついさっきとは明確に違う。
そして彼は運命の2投目を投げた。
すると次の瞬間、突風が吹き荒れる。
「マジかよ!?急にドカンと行った!!」
「ボール投げ。記録。705.3mデス」
緑谷君の記録は今度こそ超人。
ヒーローが出すべき記録だった。
よく見ると彼の指は腫れ上がってる。
個性を制御出来た訳ではないのだろう。
だが、それでも、彼はそれを成し遂げた。
自らの弱さを自覚し壁を越えた。
それは紛れもなく賞賛に値する。
久しぶりに面白いものを見た気がする。
「どーいうことだこら!!ワケ言え!!デク───」
「怪我人に対し、何をしようとしているんです?衛生観念の不足だけでなく、頭に何か障害でも?これ以上暴れるなら、今度はそのつもりで落としますよ」
「クソがぁ!!離しやがれピンク髪!!」
そんな緑谷君に対し爆豪君は何故かキレた。
個性を使ってそのまま襲い掛かる勢いで。
まぁその前に、私は彼に羽交い絞めをした。
まったくもって、学習能力が無い。
やはり早期の再治療が必要だ。
「癒月さん。ありが───」
「お黙りなさい、愚か者。というか、貴方、あのアホ以上のアホですね。結果の為に死力を尽くすのは結構ですが、いくら軽度な怪我でも自爆したら、元も子もないでしょう。次、こんな怪我をしたら、私が貴方を保健室送りにします。死なない程度に壊してでも。二度とこんな事は、やらないように。良いですね?」
「アッ、ハイ。分カリマシタ。ゴメンナサイ」
そして爆豪君を相澤先生に引き渡した後。
私は緑谷君ににじり寄って説教をした。
面白いものは見れたが、それはそれだ。
こういう馬鹿は同じ事を何度もする。
自分を犠牲に誰かを救おうとする。
典型的な自己犠牲病の患者だ。
治療する医者の身にもなって欲しい。
それで傷つく者も確かに居るのだから。
「一先ず、応急手当を施します」
私は掌を指に向け個性を使った。
半透明なエネルギーが指を包み込む。
彼の指は見た目以上に内部の損傷が酷い。
お婆様なら兎も角、私では完治は無理だ。
正確には可能だが、時間が掛かり過ぎる。
彼一人の治療に10分も時間は割けない。
あくまで痛み止めだけの最低限に留める。
「す、凄い!痛みがかなり楽になった!」
「ですが、中身は治っていません。腫れは引きましたが、骨は折れたまま。動かさないように。それと治療の過程で貴方の体力を使ったので、直ぐに相応の疲労感が出るはず。副作用だと思って我慢して下さい。この授業が終わり次第、お婆様の所へ行くように」
「なんで僕みたいに個性を使わないのか、不思議に思ってたけど、治癒の個性だったんだ。有名どころだとリカバリーガールしか持ってない激レア個性!こうやって目にするのは初めてだ!貴重な体験だな!それに女子の手を初めて握ぎちゃった!……んっ?ちょっと待って。お婆様?」
「はい。リカバリーガールは私の祖母なので」
「えぇ!?リカバリーガールのま───」
「さっきから五月蠅いですよ。傷に響きます」
(((その理屈でビンタするのはいいんだ)))
私は緑谷君の頬をやや強めに叩いた。
ブツブツと喋られては気が散る。
これでは落ち着いて指に包帯も巻けない。
爆豪君に続き、彼にも頭に障害が?
こうなったら両方手術した方が良いかもしれない。
そしてしばらく経った後、全ての測定が終わった。
「んじゃパパッと結果発表」
相澤先生のスマホから結果が映し出される。
私の成績は全体の6位で、切島君は9位。
芦戸さんは10位で、爆豪君は3位。
1位は八百万さんで彼女の圧勝だ。
文明の利器相手では勝ち目がない。
緑谷君は最下位の20位。除籍の対象だ。
ボール投げ以外の種目の結果が全て壊滅的だったし、後の種目も体力切れでグダグダだったので妥当。
予想通りと言えば予想通りだ。
「ちなみに除籍は嘘な」
「「「は?」」」
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「「「は―――――――――!!!??」」」
でも、除籍になる生徒は居なかった。
生徒達はその言葉に思わず絶叫する。
緑谷君に至っては震えのあまり残像を作ってる。
「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ……」
八百万さんは呆れたようにそう言った。
彼女はそう思ったらしい。
それでベストが出せたならそれも良しだ。
(いや、絶対……それも嘘じゃん)
(見込み無いなら……落とす気だったな)
(私だったら100%落とす。じゃあ嘘ですね)
一方、芦戸さん達は何とも言えない顔になった。
私が特訓にあたって言い聞かせたからだろう。
なにせ現役ヒーローの死亡率は毎年1割弱。
オールマイトの登場によってかなりマシにはなったが、それでも10人に1人が毎年亡くなっている。
これが輝かしい栄光の裏の現実だ。
弱卒も奢った強者もヒーローには必要ない。
その時その瞬間に全て出し切り、命を決して捨てない者にこそ、ヒーローを名乗る資格はある。
戦闘中、自爆特攻し戦闘不能になるなど論外だ。
そんな奴は初めから居ない方が良い。
緑谷君はそういう意味でギリギリだ。
彼もこの事を理解しているのだろうけど。
「これにて授業は終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから、目ぇ通しとけ。緑谷は分かっているだろうが、さっさと保健室に行け。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ。それじゃあ今日は解散」
こうして初日の授業は幕を閉じた。
これぞかの雄英高校。
トップヒーローを育てる為の学校。
来た甲斐があったというものだ。
明日もお望み通り頑張って行きたい。
「これがリカバリーガール。こっちが癒月ちゃん」
「似てるような……似てないような………」
「癒月の場合、母親の血が強いもんな」
「癒月ちゃんのお母さん?どんな人?」
「社会の現実を齢4歳に叩き込む鬼畜」
「母親も母親で……だいぶキャラ濃そう」
「悪い人ではありませんよ。変な人ですが」
ちなみに帰り際の話題は殆どお婆様だった。
あまり似てないと思われたらしい。
心外だったので、試しに若き日のお婆様の写真を見せると、それはそれで集まった全員が絶句した。
男連中に至っては悲しい目をしていた。
時の流れは非情で残酷だとか何とか。
まったくもって、失礼なクラスメートである。