治療狂人のヒーローアカデミア   作:熊田ラナムカ27

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4 頭の検査はやって損はない

 

 春。それは高校生活の始まりの季節。

 

 オールマイトから個性を受け継ぎ、雄英に無事合格した僕にとっても、それは決して例外じゃない。

 

 そしてそんな大事な初日、僕は迷っていた。

 

「1-A……1-A……広すぎる」

 

 雄英の敷地はとにかく広い。

 

 屋外施設への移動はバスが当たり前。

 

 屋内施設も他校とは比べ物にならない。

 

 初見とはいえ案内図を見たのにこの有様だ。

 

 時間的にもそろそろ不味い。

 

「誰かに案内して貰えれば……楽なんだけど」

 

 思わずそんな言葉が。口をついた。

 

 けれど、見渡しても、人影は一つもない。

 

 今日は初日だから、上級生は来てないのだろう。

 

 同じ新入生も、既に教室に居るのだろう。

 

 自分以外、頼れる人なんて一人もない。

 

 仕方ないから、自分で探す事にする。

 

「おい、不味いって。そろそろホームルームの時間だろ?手洗いなんてしてる場合じゃなくね?」

 

「でも、あの子、手洗いすらしない人間の言う事なんて、絶対聞かないじゃん!それどころか外に連れ出して、無理矢理にでも、洗わせようとするし。だったら先に、済ませておいた方がまだマシでしょ」

 

「そりゃそうだけどさ。どうも嫌な予感がプンプンすんだよ。ラインもさっきから既読が全然つかねぇし。まさか彼奴、俺達が来る前にやらかしたんじゃ……」

 

 そう思って、角を曲がったその最中。

 

 赤髪の尖った髪型の男子と、角の生えた明るめな女子が、手洗い場で呑気に手を洗いつつ話していた。

 

 おそらく僕と同級生だろう。

 

 遅刻ギリギリにも関わらず、何故手を洗っているかは分からないけど、地獄に仏とは正にこのこと。

 

 若干気まずいけど、背に腹は代えられない。

 

「あ、あの、すいません。1-Aに行きたいんですけど、場所分かります?行こうとしたら迷っちゃって」

 

 僕は思い切って2人に話し掛けた。

 

 ふと、勝っちゃんと眼鏡の人が思い浮かぶ。

 

 話し掛けた後だけど不安になってきた。

 

 なにせあの数の受験者数から選ばれた人達。

 

 色んな意味で個性的なのは間違いないだろう。

  

 あの2人が特別飛び抜けてるだけなのかもだけど、もしかしたら話も聞いて貰えないかもしれない。

 

 内心緊張しつつも2人の返事を待つ。

 

「1-Aの教室?それだったら、あそこの階段上がって直ぐだ。って事は、もしかして、お前もA組!?」

 

「絶対そうじゃん!そうに決まってるよ!クラスメートだ!私、芦戸三奈!今日からよろしくね!」

 

「俺ぁ切島鋭児郎!こっちもよろしく!」

 

 けど、そんな心配も必要なかった。

 

 芦戸さんと切島君は快く道を教えてくれた。

 

 雰囲気的からして、間違いなく良い人だ。

 

(よく考えたら、僕を含めて皆ヒーロー志望。ヒーローになる為に、この学校に来てる。勝っちゃんや眼鏡の人みたいな怖い人は居るかもだけど……頭のネジがぶっ飛んだ人なんて居る訳ない。緊張し過ぎだな)

 

 僕は内心そう思いつつ、胸を撫で下ろした。

 

 2人のお陰で緊張が楽になった気がする。

 

 多少個性的でも同じヒーロー志望。

 

 話していけばきっと仲良くなれる。

 

 寧ろ気負い過ぎたら逆に損だ。

 

 物怖じせず、ガツガツいこう。

 

 僕はそう密かに心に決める。

 

「教えてくれてありがとう。僕は、緑谷出久。一番好きなヒーローはオールマイトで、目標にしてます。あと大ファンです。2人とも、今日からよろしく」

 

「おぉ!よろしくな緑谷!ヒーロー志望なら、やっぱ憧れるよな!オールマイト!俺も好きだ!ちなみに俺の目標のヒーローは、だいぶ古いけど(クリムゾン)で───」

 

「……って、やば!?そんなこと話してる場合じゃないじゃん!!早く教室に行かないと不味いって!!」

 

「おっと、そうだった!!悪い、話はまた今度な!!ゆっくり話してる場合じゃないの、忘れてた!!」

 

 けど、そんな決意の束の間。

 

 2人は大慌てで教室に行ってしまった。

 

 どうも明らかに様子がおかしい。

 

 まるで何かを警戒してるみたいだった。

 

 何だか妙に嫌な予感がする。

 

 けど、行かない訳にもいかない。

 

 やや億劫になり、少しだけ足取りが重くなりつつ、僕は2人を追って1-Aの教室に向かった。

 

 扉の先はもう既に騒がしい。

 

「やめるんだ!もういい!もう十分だから放すんだ!反省を促すにしても、流石にやり過ぎだ!」

 

「いいえ、やめません。彼が机の上に足を置かないと誓うまで、私はこの病原体に治療を施す義務があります。さぁ早く、二度とやらないと誓って下さい。簡単でしょう?言えばいいだけなんですから。10秒以内に誓わないなら、私はあなたに更なる治療を行います」

 

「癒月ちゃん、それは駄目!!絶対駄目!!シャレにならないって!!初日から停学になっちゃう!!」

 

「くっそ!!とんでもねぇ馬鹿力だ!!」

 

「ピンク髪……お前ぜってぇ殺す………!!」

 

 教室ではピンク髪の三つ編み女子が、勝っちゃんを裸絞めし、半ば脅しのようなものを掛けていた。

 

 治療と言い張ってるけど、絶対違う。

 

 眼鏡の人と切島君、芦戸さんが、3人がかりでその腕を勝っちゃんから、引っ剥がそうとしているけど、三つ編み女子はその場から微動だにしていない。

 

 それどころか、更に力を込め締め上げている。

 

 勝っちゃんのあんな姿を見るのは、初めてだ。

 

 圧倒的力に、一方的にねじ伏せられている。

 

 正直、中学時代の僕よりも、絵面が酷い。

 

「僕……このクラスでやっていけるのかな?」

 

 この光景を前に思わずそんな感想が漏れた。

 

 言ってる内容的に、彼女は多分悪い人ではない。

 

 何かしらの理由があってやっているのだろう。

 

 でも、それを差し引いても色々とあれだ。

 

 理不尽の具現化みたいな性格をしている。

 

 とりあえず、勝っちゃんのように地雷を踏み抜いて、彼女を怒らせるような事だけはしたくない。

 

「……あっ、しまった。彼、気絶しました」

 

「何やってんの!?駄目って散々言ったのに!!」

 

「おい君!!大丈夫か!?しっかりしろ!!」 

 

「まだ始まってすらねぇのに、そりゃないぜ!!」

 

「心配ありません。この程度なら数分で起きます」

 

 このクラス、色んな意味で幸先不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「まずは雄英にようこそ。俺は担任の相澤消太だ。合理性を欠くから、こういう事はなるべくしたくないんだが……爆豪を何故、気絶させた?必要性がない」

 

「そうですね。ご尤も。あれに関しては、完全に私の医療ミスです。失礼しました。彼が私の想定以上に頑固かつ、物分かりが悪い方だったので、力を入れ過ぎました。次はもっと、手加減して治療を行います」

 

(((いや、それ煽りだし、反省してねぇ……)))

 

 クラス全員が揃っての初めてのホームルーム。

 

 そんな大事な場での最初の話題は医療ミスだった。

 

 入学早々、医者志望としてあるまじき失態だ。

 

 自分と相手の力量を見誤るなんて。

 

「あのピンク髪……俺を舐めやがって………!!」

 

 あのヤンキー擬き、爆豪君はかなりの強敵だ。

  

 今まで相手してきた病原体達とは訳が違う。

 

 ただのヤクザ擬きではない、筋金入りのヤクザだ。

 

 それ程までに、彼の病は進行している。

 

 さっきの行動に対し、反省の色も見えない。

 

 これは極めて厄介な症例だ。

 

 今は相澤先生の目もあるし、授業の邪魔をする訳にもいかないので、経過観察を行うしかないが、いずれ彼には誓いだけではなく、再度治療が必要だろう。

 

 その為の準備を、進めておかなければ。

 

「婆さんから話は多少、聞いてたが……こうも面倒な奴だとはな。寝袋を仕舞っておいて正解だった」

 

 相澤先生は半ば諦めつつ話を切り上げた。

 

 何もかも面倒になったという感じだ。

 

 何やら不潔な気配を感じたが、気のせいだろう。

 

 もしそうなら、私は私を抑えられる自信がない。

 

「まぁそんな事は正直どうでもいいんで、早速、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ。ホームルーム終わり。一応言っておくがそこの2人、喧嘩はするなよ」

 

「うっせぇよ!!んなこと分かってる!!」

 

「喧嘩ではありません。あくまで治療です」

 

「どっちでもいいから、早くしろ」

 

 そんなこんなで相澤先生は出て行った。

 

 噂通りの合理主義っぷりだ。

 

 爆豪君に終始睨まれながらも、私は机から体操服を取り出し、更衣室に向かってそれに着替えた。

 

 試着もしてないはずだが体によく馴染む。

 

「「「個性把握……テストぉ!?」」」

  

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間ないよ。雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側も然りだ」

 

 グラウンドで私達を待ってたのは個性把握テスト。

 

 種目はボール投げ、100m走、エクセトラ。

 

 所謂、個性ありの体力テストのようなものだった。

 

 そして予め聞かされていた予定は全て立ち消える。

 

 一応入学式を楽しみしていたのに、残念だ。

 

「まぁ百聞は一見に如かず。爆豪、お前中学の時のソフトボール投げの記録は何mだった?」

 

「ざっと67m」

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何をしてもいい。早よ。思いっ切りな」

 

 そんな事を考え、私がボーっとしていると、相澤先生は軽い説明とともに、ボールを爆豪君に手渡した。

 

 入試主席は私だが、まぁ確かに彼が適任だろう。

 

 個性ありとはいえ、私の場合活かしようがない。

 

 結果は中学時代とさほど変わらないはずだ。

 

 ある程度鍛えたので、伸びてると嬉しいが。

 

「んじゃまぁ……死ねぇ!!!

 

 そして爆豪君はボールを投げた。

 

 彼の個性によって、手から爆破が発せられる。

 

 ボールは爆風に押し出され、一直線に空を裂いた。

 

 入試の時もそうだったが、相変わらず派手な個性。

 

 その上、顔に似合わず妙に小器用だ。

 

 むやみに爆破させるだけでは、こうはならない。

 

 強面なだけのヤクザではなかったらしい。

 

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」

 

 相澤先生が示した記録は、705.2m。

 

 500m越えの大記録に、歓声が一気に上がった。

 

 超人社会ならではの、超常的記録だ。

 

 オリンピックが徐々に廃れたのも分かる気がする。

 

 こんな記録軽々出るなら、張り合いもなくなる。

 

 入試したての生徒で、この記録なのだから。

 

「なんだこれ!!すげー()()()()!!」

 

「705.2mってマジかよ」

 

「個性思いっきり使えるんだ!流石ヒーロー科!」

 

 生徒達が盛り上がる一方、相澤先生は静かだった。

 

 まぁ確かに……そうなる気持ちは分かる。

 

 個性が使える?流石ヒーロー科?面白そう?

 

 それがなんだ。私達はただのヒーロー志望。

 

 スタートラインに立っただけに過ぎない。

 

 何時までも中学生気分では困る。

 

「……これ多分、ヤバい時の前振りだよな?」

 

「訓練の時の癒月ちゃんの目と……そっくりだし」

 

 切島君と芦戸さん異変を早々に察していた。

 

 仮にも私がそれなりに鍛えたのだ。当然だろう。

 

 相澤先生と私の思考は、おそらく一致している。

 

 ヒーローと医者に弱卒は必要ない。

 

「……()()()()か。ヒーローになる為の3年間を、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断して、除籍処分としよう」

 

「「「………はあああ!?!?」」」

 

「ちょっと待ってください!最下位除籍って……入学初日ですよ!?いや、そうじゃなくても……理不尽すぎます!」

 

「自然災害、大事故、身勝手な(ヴィラン)達。いつどこから来るかも分からない厄災。世界は理不尽に塗れている。そういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー。これからの3年間、雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。『Plus(更に) Ultra(向こうへ)』さ。さぁ全力で乗り越えて来い」

 

 そうは言っても戸惑う生徒が殆ど。

 

 一部冷静な生徒は居るがそれも一握り。

 

 誰も彼も困惑の表情を隠せない。

 

(まぁでも、やる事は何時も通り変わらない。自分のやれる事を全力でやる。やるべきをやるだけだ)

 

 そんな中、私はそう自分に言い聞かせた。

 

 人間に出来る事なんて所詮その程度。

 

 どんな状況になってしまおうが関係ない。

 

 目の前の仕事をただ実行するのみ。

 

(といっても、個性抜きでですが)

 

「50m走。記録。4.54秒デス」

 

 その後、記録測定は順調に進んだ。

 

 ロボの声が今の結果を告げる。

 

 周囲が派手な中で私は地味だ。

 

 中学より記録は伸びてるけどパッとしない。

 

 最下位は絶対ないがそれだけ。

 

 まぁぶっちゃけ、退屈の極みだ。

 

 こんな事なら何か道具でも持ってくれば良かった。

 

 丈夫な紐とかあったら多少記録を伸ばせるのに。

 

「あっ、どうも。お久しぶりです。貴方もA組に配属されていたんですね。元気でしたか?」

 

「まぁまぁってとこだ。お前も凄いな」

 

「握力測定。記録。232Kgデス」

 

「見た目普通でも中身ゴリラか!?流石の馬鹿力!!」

 

「キツイ女ってのも……良いよね」

 

 まぁそれはそれとして、周囲との交流は進んだ。

 

 受験時に合った障子君に、しょうゆ顔の瀬呂君。

 

「ふっ……僕がやればこんなものさ」

 

「立ち幅跳び。記録。4.31mデス」

 

「レーザー出すと腹下すって……不便ですよね」

 

「強い個性だし、派手さもあるのにな」 

 

「まぁそういう個性だし。……あっ、またトイレに」

 

「おい!!そこ!!次の測定に移らないか!!」

 

「横から見る乳も……よし」

 

 セレブ?そうな青山君に、チャラそうな上鳴君。

 

 あとツッコミ気質そうな耳郎さん。

 

 堅物委員長眼鏡の飯田君、などなど。

 

 測定の合間に割と沢山の人と話せた。 

 

 正直、初手のバッドコミュケーションで、切島君と芦戸さん以外との交流は難しいと思っていたのだが、この危機的状況を前に注目の的がズレたらしい。

 

 さもなくば、そういう人だと割り切ったのだろう。

 

 中学でもそういう事は割とあったし。

 

「反覆横跳び。記録。121回デス」

 

「揺れる乳なら……なおよ───」

 

「何なんです?真剣にやってる傍で。この変質者は」

 

「私の時もそのような事を言ってました」

 

「女の敵ってやつね」

 

「私には……そんなこと言ってない」

 

「癒月ちゃん。そいつは治療していいよ」

 

「了解です。治療を開始します」

 

「あ、頭の骨!!頭蓋骨にヒビが入る!!」

 

 あとはまぁ、明確な峰田(てき)が居たからだろう。

 

 というか、この説が一番最有力だ。

 

 私は峰田(てき)の顔面に、アイアンクローをした。

 

 ついさっきから横から出て来て鬱陶しい。

 

 私は気にしないが、乳だ何だと、何様のつもりだ。

 

 ヒーロー志望以前に、人として駄目だろう。

 

 世の中おかしな人も身近に居るものだ。

 

「ボール投げ。記録。236mデス」

 

 そんなこんなで残るテストはごく僅か。

 

 持久走と上体起こし、長座体前屈を残すのみ。

 

 トップは無理だろうが上位には入れるだろう。

 

 個性抜きでやったにしては上出来だ。

 

「癒月お疲れ。その様子だと調子良さそうだな」

 

「切島君こそお疲れ様です。そうは言っても、中学時代から少し伸びただけですけどね」

 

「まぁ確かに、テスト向けの個性じゃないもんな。素のスペックが純粋に高いせいで、若干個性染みてるけど。何人かそういう個性だって勘違いしてたし」

 

「何でもかんでも個性で解決しないで欲しいですよ」

 

 私達は互いに互いを軽く労わった。

 

 何時もなら芦戸さんも居るが今は居ない。

 

 フットワークの軽い彼女の事だ。

 

 私以上に他の人と交流しているのだろう。

 

 交友関係が広いというのは良い事だ。

 

「次はあの緑髪の彼。私同様、個性を一度も使ってない方ですか。今のところ最下位だったはず」

 

「ガッツはそこそこありそうな気はするけど、それをイマイチ活かし切れてないって感じだな」

 

 私の視界の先で緑谷君はボールを握った。

 

 残す種目は長距離以外、結果を出しにくい。

 

 ここで記録を出せなければそれまで。

 

 文字通り崖っぷちの瀬戸際だ。

 

「ボール投げ。記録。46mデス」

 

 そんな状況下での第1投目。

 

 緑谷君の記録は平凡そのもの。

 

 何処にでもいる常人の記録だった。

 

 超常が求められるヒーローの記録ではない。

 

 だが、何か様子がおかしい。

 

「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」

 

「は?何言ってんだ?正真正銘、彼奴は無個性だ」

 

 横から飯田君と爆豪君の会話が聞こえた。

 

 真偽はともかく、何やら訳ありらしい。

 

 相澤先生ことイレイザーヘッド。

 

 彼の個性の発動がそれを証明している。

 

(可能性があるとすれば個性の制御不可。ヒーローを目指す上でそれは致命的。この程度の壁、超えられないようでは、ヒーローになっても何の役にも立たず、早死にするのが関の山。残念ですが此処まで───)

 

 そう思って私は緑谷君を見限ろうとした。

 

 でも、それは、彼の目を見て覆される。

 

 私はこれまで沢山の人を診察してきた。

 

 その過程で多くの目を見た。だから、分かる。

 

 あれは決して、諦めの目などではない。

 

「力の調整……僕にはまだ出来ない……!この一投で出来る可能性に懸けるのか?オールマイトも言ってたのに?一朝一夕にはいかないって……!ダメだ……ダメだ!それならただ!!全力で!!」

 

 緑谷君は何かを小声で呟いていた。

 

 まるで自分で言い聞かせるようだった。 

 

 ついさっきとは明確に違う。

 

 そして彼は運命の2投目を投げた。

 

 すると次の瞬間、突風が吹き荒れる。

 

「マジかよ!?急にドカンと行った!!」

 

「ボール投げ。記録。705.3mデス」

 

 緑谷君の記録は今度こそ超人。

 

 ヒーローが出すべき記録だった。

 

 よく見ると彼の指は腫れ上がってる。

 

 個性を制御出来た訳ではないのだろう。

 

 だが、それでも、彼はそれを成し遂げた。

 

 自らの弱さを自覚し壁を越えた。

 

 それは紛れもなく賞賛に値する。

 

 久しぶりに面白いものを見た気がする。

 

「どーいうことだこら!!ワケ言え!!デク───」

 

「怪我人に対し、何をしようとしているんです?衛生観念の不足だけでなく、頭に何か障害でも?これ以上暴れるなら、今度はそのつもりで落としますよ」

 

「クソがぁ!!離しやがれピンク髪!!」

 

 そんな緑谷君に対し爆豪君は何故かキレた。

 

 個性を使ってそのまま襲い掛かる勢いで。

 

 まぁその前に、私は彼に羽交い絞めをした。

 

 まったくもって、学習能力が無い。

 

 やはり早期の再治療が必要だ。

 

「癒月さん。ありが───」

 

「お黙りなさい、愚か者。というか、貴方、あのアホ以上のアホですね。結果の為に死力を尽くすのは結構ですが、いくら軽度な怪我でも自爆したら、元も子もないでしょう。次、こんな怪我をしたら、私が貴方を保健室送りにします。死なない程度に壊してでも。二度とこんな事は、やらないように。良いですね?」

 

「アッ、ハイ。分カリマシタ。ゴメンナサイ」

 

 そして爆豪君を相澤先生に引き渡した後。

 

 私は緑谷君ににじり寄って説教をした。

 

 面白いものは見れたが、それはそれだ。

 

 こういう馬鹿は同じ事を何度もする。

 

 自分を犠牲に誰かを救おうとする。

 

 典型的な自己犠牲病の患者だ。

 

 治療する医者の身にもなって欲しい。

 

 それで傷つく者も確かに居るのだから。

 

「一先ず、応急手当を施します」

 

 私は掌を指に向け個性を使った。

 

 半透明なエネルギーが指を包み込む。

 

 彼の指は見た目以上に内部の損傷が酷い。

 

 お婆様なら兎も角、私では完治は無理だ。

 

 正確には可能だが、時間が掛かり過ぎる。

 

 彼一人の治療に10分も時間は割けない。

 

 あくまで痛み止めだけの最低限に留める。

 

「す、凄い!痛みがかなり楽になった!」

 

「ですが、中身は治っていません。腫れは引きましたが、骨は折れたまま。動かさないように。それと治療の過程で貴方の体力を使ったので、直ぐに相応の疲労感が出るはず。副作用だと思って我慢して下さい。この授業が終わり次第、お婆様の所へ行くように」

 

「なんで僕みたいに個性を使わないのか、不思議に思ってたけど、治癒の個性だったんだ。有名どころだとリカバリーガールしか持ってない激レア個性!こうやって目にするのは初めてだ!貴重な体験だな!それに女子の手を初めて握ぎちゃった!……んっ?ちょっと待って。お婆様?」

 

「はい。リカバリーガールは私の祖母なので」

 

「えぇ!?リカバリーガールのま───」

 

「さっきから五月蠅いですよ。傷に響きます」

 

(((その理屈でビンタするのはいいんだ)))

 

 私は緑谷君の頬をやや強めに叩いた。

 

 ブツブツと喋られては気が散る。

 

 これでは落ち着いて指に包帯も巻けない。

 

 爆豪君に続き、彼にも頭に障害が?

 

 こうなったら両方手術した方が良いかもしれない。

 

 そしてしばらく経った後、全ての測定が終わった。

 

「んじゃパパッと結果発表」

 

 相澤先生のスマホから結果が映し出される。

 

 私の成績は全体の6位で、切島君は9位。

 

 芦戸さんは10位で、爆豪君は3位。

 

 1位は八百万さんで彼女の圧勝だ。

 

 文明の利器相手では勝ち目がない。

 

 緑谷君は最下位の20位。除籍の対象だ。

 

 ボール投げ以外の種目の結果が全て壊滅的だったし、後の種目も体力切れでグダグダだったので妥当。

 

 予想通りと言えば予想通りだ。

 

「ちなみに除籍は嘘な」

 

「「「は?」」」

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

「「「は―――――――――!!!??」」」

 

 でも、除籍になる生徒は居なかった。

 

 生徒達はその言葉に思わず絶叫する。

 

 緑谷君に至っては震えのあまり残像を作ってる。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ……」

 

 八百万さんは呆れたようにそう言った。

 

 彼女はそう思ったらしい。

 

 それでベストが出せたならそれも良しだ。

 

(いや、絶対……それも嘘じゃん)

 

(見込み無いなら……落とす気だったな)

 

(私だったら100%落とす。じゃあ嘘ですね)

 

 一方、芦戸さん達は何とも言えない顔になった。

 

 私が特訓にあたって言い聞かせたからだろう。

 

 なにせ現役ヒーローの死亡率は毎年1割弱。

 

 オールマイトの登場によってかなりマシにはなったが、それでも10人に1人が毎年亡くなっている。

 

 これが輝かしい栄光の裏の現実だ。

 

 弱卒も奢った強者もヒーローには必要ない。

 

 その時その瞬間に全て出し切り、命を決して捨てない者にこそ、ヒーローを名乗る資格はある。

 

 戦闘中、自爆特攻し戦闘不能になるなど論外だ。

 

 そんな奴は初めから居ない方が良い。

 

 緑谷君はそういう意味でギリギリだ。

 

 彼もこの事を理解しているのだろうけど。

 

「これにて授業は終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから、目ぇ通しとけ。緑谷は分かっているだろうが、さっさと保健室に行け。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ。それじゃあ今日は解散」 

 

 こうして初日の授業は幕を閉じた。

 

 これぞかの雄英高校。

 

 トップヒーローを育てる為の学校。

 

 来た甲斐があったというものだ。

 

 明日もお望み通り頑張って行きたい。

 

「これがリカバリーガール。こっちが癒月ちゃん」

 

「似てるような……似てないような………」

 

「癒月の場合、母親の血が強いもんな」

 

「癒月ちゃんのお母さん?どんな人?」

 

「社会の現実を齢4歳に叩き込む鬼畜」

 

「母親も母親で……だいぶキャラ濃そう」

 

「悪い人ではありませんよ。変な人ですが」

 

 ちなみに帰り際の話題は殆どお婆様だった。

 

 あまり似てないと思われたらしい。

 

 心外だったので、試しに若き日のお婆様の写真を見せると、それはそれで集まった全員が絶句した。

 

 男連中に至っては悲しい目をしていた。

 

 時の流れは非情で残酷だとか何とか。

 

 まったくもって、失礼なクラスメートである。

 

 

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