俺は完全にデクに負けた。
彼奴は、俺よりもっと先を見てた。
自分が一番だと、そう思ってた。
皆、俺より凄くないって、本気で思ってた。
でも、現実はそうじゃなかった。
入試の時から、ずっとそうだった。
『おめでとう、爆豪少年!合格だ!
今思えばあそこから全て狂った。
俺の将来設計は何もかもズタボロになった。
井の中の蛙と思い知るには十分だった。
『今直ぐ誓いなさい。二度と、机の上に、足を置かないと。でなければ私は貴方に、治療を施します』
(そうか……此奴が……ッ!!)
確証なんてこれっぽちも無かった。
それでも本能が、確かに告げていた。
この女が、俺から一番を奪ったって。
でも、女は、俺に興味なんて示さなかった。
彼奴はあくまで衛生環境しか興味なかった。
体力測定で1位になっても憂さは晴れなかった。
どんどん自分が惨めになっていくだけだった。
「そろそろ開始の時間だ。見ものだな」
「相性的には、ヒーロー側が不利だけど」
「でも、私的にはヒーロー側に勝って欲しいな!上着貸して貰ってるし!」
あと少しで第3試合目が始まる。
ピンク髪がヒーロー側の試合だ。
モニターに準備中の彼奴が映る。
「切島ちゃんと芦戸ちゃんは癒月ちゃんと同じ学校だったわよね?2人はどんな試合になると思う?」
そんな中で蛙顔はそう尋ねた。
試合直前という事で気になったのだろう。
クソ髪と黒目に視線を向けている。
「そりゃあ多分、癒月のワンサイドゲームじゃね?」
「
そんな蛙顔の質問に2人はあっさり答えた。
揃って遠い目と渋い顔をしている。
まるで先の展開が既に見えているかのように。
彼奴が勝つと疑ってない様子だ。
だが、その返答に対する周囲も反応は渋い。
「確かに、癒月ちゃんは実力者だけど」
「流石にワンサイドゲームは言い過ぎではないか?同学だからと、贔屓したくなる気持ちは分かるが」
「相手は拘束力と時間稼ぎに長けた瀬呂さんに、電気系個性の上鳴さん。個性の相性差が悪過ぎます。ペアの耳郎さんについても同様です。しかも、あの2人が割り振られたのはヒーロー側。情報的有利があるとはいえ……正直、勝つのも厳しいかと」
全部ご尤もな意見ばかりだった。
俺だってポニーテールの意見通りだと思ってる。
そもそもピンク髪の個性は治癒系。
数ある個性の中で回復に特化した希少なもの。
本来なら、前線で殴り合うようなものじゃない。
彼奴の強さはほぼ100%フィジカル由来だ。
おそらく戦闘スタイルは近接主体。
遠距離系の個性相手じゃ超絶不利だ。
しょうゆ顔はともかくアホ面で詰む。
ペアの耳たぶにしたって同じだ。
索敵が出来ても、倒せなきゃ意味がない。
「そういう話じゃねぇんだよ。癒月の場合は」
「そうそう。あの子に相性とか殆ど関係ないし」
「ある意味、オールマイトみたいな理不尽だしな」
「ある意味、あっちの方が……超絶怖いけど」
なのに、クソ髪と黒目は食い下がらなかった。
その言葉には異様なほど説得力があった。
全員の目が2人と同様、遠い目になる。
オールマイトに至っては露骨に顔を青くしている。
さっきの正座事件が思い浮かんだのだろう。
客観的に見て、癒月という女は狂ってる。
後にも先にも、あんな真似をする奴は他に居ない。
「俺達、雄英を受けるって決めてからの1年間。癒月に稽古つけて貰ってたんだけど、1回も彼奴に勝てた事ないんだ。2人掛かりで相手になっても」
「なな!!?2人掛かりで!?」
「個性自体の攻撃力はゼロだし、純粋にフィジカルが強いだけなんだけど、何か凄いんだよね。何があっても倒れないというか、勝てる気がしないというか」
「彼奴は正真正銘、漢の中の漢だぜ」
「癒月ちゃん、女の子だけどね」
さも当然のように2人はそう語った。
あのピンク髪の勝利を、半ば確信しながら。
そして間も無く、第3試合が始まった。
しょう油顔は階段にトラップを仕掛けている。
下手に触れればまともに動けなくなるだろう。
彼奴のテープは見た目以上に固く、粘着力もある。
正面突破は無理と、普通なら判断するだろう。
しかし、ピンク髪は、迷わずそれを選択する。
「………クソがぁ」
その姿は正に、ヒーローそのものだった。
「……なぁ、瀬呂。お前、トラップ仕掛けたよな?」
「はい。仕掛けてました。突破しましたが」
「大量のテープを……張ったのに?」
「テープはテープでしょ。全て引きちぎりました」
「「普通全部引きちぎれねぇよ!?化物か!!」」
瀬呂君と上鳴君は一緒になって叫んだ。
建物中央階段に張り巡らせたトラップを、こんなにも早く突破されるとは思っていなかったらしい。
テープのトラップは、確かに面倒だった。
瀬呂君の個性由来のものだからか、人一人を持上げれる強度があったし、テープ自体に粘着性があって、一度くっつくと中々剥がれないから厄介そのもの。
下手に飛び込めば容易に身動きが取れなくなる。
しかも、それが階段を封鎖するように、何重にも張り巡らせられ、潜り抜ける事も出来ないなら尚更だ。
だが、そんなもの、私の前では無力。
「どんな強力な武器も、使い手がいなければ所詮置き物。そして置き物は、全力の拳か手刀で壊せる。そして私の治療は、誰にも止める事は出来ない。それが世界の常識です。大人しく
「いや、何その……無茶苦茶な常識」
「入院と書いて降伏とは……ならねぇだろ。もうヤダ……彼奴怖ぇ。こっちの常識が全く通じねぇ……」
私は2人に対し
あくまで設定上、彼等は立て籠もりの実行犯。
最低限の手順は踏んでおくべきだろう。
一方2人は、揃って遠い目をしていた。
演技にしてはやけに迫真の表情だ。
罪の意識でも抱えているのかもしれない。
何とも凝った芝居をする2人である。
ヒーローに慄く
まぁどの道、訓練なので、治療は行うが。
「あー、くっそ、このままだと彼奴のペースになる!こうなりゃ直接捕まえるのは諦めて時間稼ぎだ!」
「おうよ!わかった!じゃあこっちは任せた!俺は一緒に来てない耳郎を警戒して……一度部屋に戻る!」
「任された!せめて骨は……拾ってくれよ!」
私が返答を待っていると2人は動いた。
上鳴君は私に背を向け廊下を走る。
一方、瀬呂君は私に向かってテープを飛ばした。
2本のテープが私を拘束しようと迫る。
私は咄嗟にステップでそれを躱した。
2人掛かりで掛かって来る気はないらしい。
(おそらく、上鳴君の個性で電気を自由自在に操る事は出来ない。あくまで彼に出来るのは体内の電気の放出。一瞬でも迎撃を選択肢に入れなかった事がその証拠だ。不意な感電を気にせず済むのはありがたい)
私は思考を続けながらも構えを取った。
不意な感電がないなら近づくのは容易い。
そんな私に瀬呂君は一瞬たじろいだ。
だが、もう、回避するには遅い。
「まずは、目の前の貴方の治療です」
私は再度迫るテープを躱して攻撃をした。
瀬呂君の腹部に拳が直撃し、体を大きく揺らす。
数メートルほど飛んで、彼は膝をついた。
けれど、芯にまで拳は入っていない。
「咄嗟に後ろに飛び、威力を殺しましたか」
瀬呂君はどうにか立ち上がり腕を上げた。
足は震えているが、まだ戦うつもりらしい。
その一瞬で、上鳴君の背中は更に遠ざかる。
『核』のある部屋に戻るのも時間の問題だ。
「そして貴方。さては捨て駒ですね?」
「ああ、そうだよ。とんだ貧乏くじだ。でも、生憎、簡単に負けるつもりはねぇ。格好は悪いが、『核』のある部屋で上鳴が引き籠もれば、ヒーロー側はそれだけで詰む。相性有利な上に状況設定と噛み合い過ぎなんだよな。彼奴の個性。時間制限だってあるし」
「まぁ正直、遠距離個性ゲーのガバ訓練ですから」
「仮にも女子がそういうこと言うなよ……」
瀬呂君は吐きそうになりながらそうぼやいた。
この試合が始まってから既に8分が経過。
制限時間は15分。残り7分を切ってる。
トラップの突破に時間を取られ過ぎた。
「まぁ確かに、私の勝ち目はもうありませんね」
私はあっさり自分の負けを認めつつ頷いた。
だからこその、別行動であり正面突破だ。
最初からまともな勝ち筋などありはしない。
この訓練におけるヒーロー側の勝利条件は2つ。
時間内の『核』の確保か、
一見すると、非常に単純明快なルールだ。
だが、これには大きな落とし穴がある。
それは確保対象が『
そもそも『核』は、極めて危険な代物だ。
純粋な爆発力と余波で街一帯を吹き飛ばし、放射線物質を10年単位で撒き散らす、正真正銘悪魔の兵器。
そんな危険物がケースにも入れられず、剥き出しで存在する以上、
初訓練とは思えない、重過ぎる枷だ。
一方、
彼等の目的自体が何せ『核』の爆破。
寧ろ『核』を攻撃する事は称賛に値する。
何なら『核』を攻撃しまくっても良い。
つまり、
表立って戦闘する必要は一切ない。
今回のようにトラップで時間稼ぎし、上鳴君のような見方を巻き込むレベルの広範囲、高火力の遠距離個性を『核』付近に置けば、一層勝ちは盤石になる。
圧倒的どころか、致命的な構造の欠陥だ。
これが俗に言うクソゲーである。
ただし、緑谷君のような反則勝ちと、轟君のような建物ごとの凍結などについては、例外中の例外だが。
(やっぱりあの人……教師としては3流ですね)
私はオールマイトに文句を言いたくなった。
あの人は初回の授業で、何をやらせている?
こんなものはレベル1の勇者が、四天王相手に自らデバフを掛けた上、初期装備で挑むようなものだ。
檜の棒で、どうやって勝てと?
自分が出来るからと人にやらせるな。
誰もこの欠陥に気づいてないだけ奇跡である。
そうでなかったら既に訓練として破綻している。
「ですが、私はヒーロー。個人として戦略的に負ける事があっても、
私は走る上鳴君に狙いを定めた。
彼が向かおうとしている曲がり角。
そこを曲がれば『核』のある部屋だ。
ならば、それを全力をもって邪魔する。
「あの、ちょっと。なんで俺を持ち上げてんの?」
「今は立場上、
「嫌な予感しかしないから全力でパ───」
「これぞ合体必殺!瀬呂ミサイル!!」
「人の話を少しは聞けぇぇ!!」
私は瀬呂君を、上鳴君目掛けて勢いよく投げた。
瀬呂君は悲鳴を上げながら、真っ直ぐ飛んでいく。
残酷だが時に犠牲も、正義には付き物だ。
「うわっ!?えっ?!な、何っ!??!せ、瀬呂!?何で急に吹っ飛んで来た!?何があった!?」
瀬呂ミサイルは上鳴君に当たらなかった。
僅かに横を通り過ぎ、壁に激突する。
瀬呂君はそのまま白目を剥いて気絶した。
だが、お陰で上鳴君の足が止まった。
私はすかさず近くの壁を拳で破壊する。
彼の尊い犠牲は、決して無駄にしない。
「瀬呂がこんなに早くやられるとは想定外だったが、癒月お前は俺に勝てない!殴られる前に電撃を喰らわせられるからな!さぁ、こ──あ、危っねぇ!?そこは近づいて来る流れだろ!石を投げる奴がいる!?」
「はい、居ます。今此処に。というか、前提として近距離戦が無理だと分かってる相手に、わざわざ突っ込むような真似する訳ないでしょ。常識的に考えて」
「そりゃそうだ!!ご尤も!!」
私は続けざまに手元の瓦礫を粉々に砕いて、幾つもの礫を作り、それを上鳴君目掛けて投擲した。
幾つものの礫が音を立て飛ぶ。
一つ一つが当たれば、確実に気絶する弾丸だ。
まともに受ける事など出来ない。
「くっそ!!逃げるしかねぇ!!」
それを前に血相を変えた上鳴君は、未だ気絶している瀬呂君を背負い、必死で近くの部屋に飛び込んだ。
幾つもの礫が体を掠め、壁に激突する。
間一髪で彼は私の投擲を躱した。
これで仕留めるのは流石に無理そうだ。
「しかし、攻守はこれで逆転しましたね」
私は絶え間なく、礫の弾幕を張り続けた。
上鳴君が攻撃に出れないよう部屋に閉じ込める。
さながら銃で敵を釘付けにしているような感覚だ。
FPSのゲームなんてやった事ないけど。
これで彼は『核』のある部屋に辿り着けない。
『癒月!あと1分!あと1分だけ持ち堪えて!もう少しで『核』のある部屋に着くから!遅れてごめん!』
その直後、インカム越しに耳郎さんの声がした。
どうやら、トラップに足を取られていたらしい。
だが、それも此処まで来れば問題ない。
残りの制限時間もまだ十二分にある。
最早、彼女を阻むものは何もない。
「やっぱ耳郎が最初から本命か!!」
上鳴君は部屋の扉越しにそう叫んだ。
今更気づいても、もう遅い。
あくまで私は囮役。敵を止めるのが役目。
正面突破も敵を引き寄せる為のものだ。
一人で勝つ気など最初から無い。
上鳴君が部屋に戻りさえすれば勝てるように、こっちも耳郎さんが部屋に辿り着けさえすれば勝てる。
全てそういう状況に持って行く為の布石だ。
私は私の役割を全うするのみ。
「こうなったら……ヤケクソだ!!」
上鳴君は部屋から飛び出し電気を放った。
その電気は此処まで届かず感電する事は無い。
でも、一瞬、視界を奪うには十分だった。
私は咄嗟に投擲の手を止めてしまう。
その隙を突き、上鳴君は勢いよく私に抱きついた。
視界を奪われたせいで、上手く引き剥がせない。
「よっし!!役得!!からの……100万ボルト!!」
上鳴君の体を伝って電撃が流れた。
スタンガンレベルの電流が全身を襲う。
呼吸が止まり、視界が白く弾けた。
意識を瞬く間に奪われそうになる。
(だが、此処で気絶したら、確実に負ける。周囲一帯が吹き飛び、大勢の人間が死ぬ。多くの人間が長い時間、病に苦しみ続ける。例えこれがただの訓練であろうと、それだけは……決して許されない)
私は意識を集中させ、筋肉を動かした。
全身の張り詰めた筋肉が、電流を拡散させる。
私の体は常人よりも筋肉の密度が高い。
訓練の過程で、ミオスタチン関連筋肉肥大と近しい特殊体質になり、それを可能な限り鍛えたからだ。
そして私はヒーロー志望であり、医者志望。
人間の人体構造は誰よりも把握している。
守るべき神経の位置ぐらい分かってる。
「マジかよ……これで意識飛ばねぇのか………」
私はどうにかギリギリで意識を保った。
流れたのが対人用の低い電流で助かった。
多少痺れるが拳を振るうのに問題はない。
「ヒーローとして、医者として……倒れる理由がありませんので。それとこれは……個人的な一発です」
「……治療とは、全然関係ないやつ?」
「いきなり抱きつくのは……少しばかり」
「……ああ、うん。それは……俺が悪かった」
私は上鳴君の顎にアッパーをかました。
治療とは関係のない、個人的な一撃だ。
あくまで事故だが何となく腹立つ。
とにかく、
「癒月、お疲れ。お陰で『核』確保できたよ。どうにか勝ったね。そっちの方は……両方倒しちゃったんだ。流石だわ。……なんで、此奴、満足そうな顔で気絶してるの?やり遂げた……みたいな顔してるし」
「どうか気にせず。治療中の事故です」
「まぁとりあえず、自業自得なのは分かったわ」
『ヒーローチーム!!WIIN!!!』
オールマイトの声がインカムから響いた。
私は自身の体に個性を使って傷を癒す。
半透明なエネルギーが体全体を包み込んだ。
少し経つと疲れとともに、軽い火傷が自然と治る。
今日ばかりは、この特殊体質に尚更感謝だ。
お陰で怪我も軽度のもので済んだ。
次は倒れた2人を治療する番である。
「プロになるのも……大変ですね」
私はそんな事をふと呟いた。
だいぶガバかったが、これが実戦だ。
こういう事件も稀だが実際に起きる。
まぁ、とにかく、一先ず勝てて良かった。
いくら設定でも、大量死なんて、起こらなくて。