治療狂人のヒーローアカデミア   作:熊田ラナムカ27

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7 感染予防は常に

 

 私の出場した第3試合と講評が終わった後、残りの試合は何事もなく進み、急患も出ず無事終わった。

 

 特段、驚くような事は起きていない。

 

 あんな事例は、緑谷君の一件だけで十分だ。

 

 あんな事が二度も三度も起こっても困る。

 

「それで緑谷君。何か釈明はあります?」

 

「えっと、その……ごめんな───」

 

「お黙りなさい。愚か者。これで2度目。入学試験を含めれば3度目です。医者志望の進言を無視するとは何事ですか?患者は大人しく医者の言う事を聞け。お婆様の手を煩わせないで下さい。次に同じ事をしたら丸一ヶ月間、ベッドに拘束します。誰に何を言われようと、必ず私がやります。粛々と反省しなさい」

 

「はい……すいませんでした………」

 

(((この光景さっきも見た)))

 

 私は緑谷君が戻って早々、彼に正座させた。

 

 重症患者なので、せめてもの処置だ。

 

 そうでなければ、とっくに拳骨を落としてる。

 

 周囲から止める声は特に出なかった。

 

 オールマイトの一件で諦めたのだろう。

 

 どちらにせよ、仕事が楽で助かる。

 

「まぁまぁ、説教もそれぐらいにしようぜ。緑谷も十分反省しただろうしよ。お前もそろそろ立て」

 

「しかし、ですね………」

 

「やり方はどうあれ熱くなったし、よく避けて、よく頑張ったんだしさ。これぐらいにしとこうよ」

 

「切島君……芦戸さん………」

 

「……お2人は、本当に甘いですね」

 

 けれど、説教(カウンセリング)はそう長く続かなかった。

 

 切島君達は正座の緑谷君を立たせる。

 

 中学時代から変わらない流れだ。

 

 とはいえ、時に飴が大事なのも事実。

 

 先の見えない治療ほど、苦しいものはない。

 

 あくまでこれは、快癒までの一歩。

 

 追い詰め過ぎるのも心身に良くない。

 

 仕方なく、私は振り上げていた鞭を収める。

 

「しっかし、その腕。やっぱ治らなかったんだな」

 

「大方、癒月の言う通りだったって事か」

 

「無茶し過ぎも良くないわね」

 

「とりあえず、同じ被害者同士……お疲れさん」

 

「緑谷に変な仲間意識持とうとしてる?」

 

 それからしばらくが経ち。

 

 教室が再び、わいわい騒がしくなり始めた。

 

 改めて教室に入った緑谷君の所に人が集まる。

 

 やはり完治は、お婆様でも無理だったらしい。

 

 あの状態を即座に完治出来る医者はごく僅かだ。

  

 そうこうしていると、麗日さんがやって来る。

 

「デク君。その怪我、大丈夫?」

 

「あっ、うん。大丈夫……じゃないけど。明日には治るはずだから。それより麗日さん……爆豪君は?」

 

「爆豪君は……皆で止めたんだけど、ちょっと前に黙って帰っちゃって」

 

 緑谷君はそこで、爆豪君の不在に気付いた。

 

 彼はつい先ほど、一人で帰ってしまった。

 

 失意のどん底で、周囲の話を聞く余裕もない。

 

 説教(カウンセリング)も、今は通じない状態だった。

 

 あれでは治療の施しようがない。

 

 麗日さんの言葉に緑谷君は踵を返す。

 

「……っ、ごめん。直ぐに行かなきゃ!」

 

「ちょっと、デク君!?」

 

「勝っちゃんに、話があるから!」

 

 そう言い残して、緑谷君は教室を出て行った。

 

 バタバタと、忙しない足音が遠ざかっていく。

 

 あの様子では転ばないか不安だ。

 

 つい先程まで正座をしていた事だし。

 

「彼奴、急にどうしたんだろうな?」

 

「勝っちゃんって、爆豪の事だよね?」

 

「随分と可愛い呼び名してんな」

 

「昔は仲良かったのかも」

 

 しばらく残された私達は顔を見合わせた。

 

 とても意外だったから当然だろう。

 

 見たところ、2人の仲は中学よりも以前。

 

 かなり前から親交があったらしい。

 

 何故ああなったのか、実に不思議だ。

 

「まぁ、アレはアレで別にいいじゃねぇの?ああいうのは当人達の事で済ます事だ。そりゃ俺も気になるけどよ。外野がとやかく言う事じゃねぇし」

 

 そんな中で上鳴君は軽く言った。

 

 特に深く考えていない様子で。

 

 けど、その言葉に周囲の皆も軽く頷く。

 

 言い得て妙だが、確かにそうだ。

 

 医者が患者の問題に口出す権利は一切ない。

 

 それはヒーローとて、同じこと。

 

 個人的な問題であるなら尚更だ。

 

 心身の健康を害さない限り、放置で問題ない。

 

 深く考えるだけ時間の無駄だ。

 

 彼も偶には良い事を言う。

 

「そんな事より、俺は癒月の方が気にな───」

 

「ごめんなさい。そういうのは全く興味ないです」

 

「フラれるまで2秒か。恋バナにもならないね」

 

「上鳴、お前……あの癒月(バーサーカー)に抱きついただけじゃ飽き足らず、白昼堂々告白って……すげぇな。正直、良い思いをしたお前なんて爆散すればいいって思ってたけど……オイラ、素直に尊敬するよ」

 

「ちげぇよ!?そりゃ少し期待したけどそっちじゃねぇ!俺が気になったのは癒月のアホみたいなフィジカルの事だ!渾身の一発を素の顔で耐えるし───」

  

「問題ありません。慣れてます。答えはNoですけど。友人として良い相手が見つかる事を願ってます」

 

「ぷっ……マジで何とも思ってない時の断られ方だ」

 

「だから違うんだって!!」

 

 それはそうと、彼はやはりアホだった。

 

 突然抱きつくのも、告白するのも勘弁して欲しい。

 

 私は生憎、恋愛事には一切興味ない。

 

 それを面白がるのは芦戸さんぐらいだ。

 

 上鳴君は私の返答に全力の弁明した。

 

 けど、どれも、焼け石に水だ。

 

 どう見ても誤魔化してるようにしか見えない。

 

 余計な恥を搔き続ける一方だ。

 

 耳郎さんに至っては腹を抱えて笑ってる。

 

 申し訳ないが事実なのだから仕方ない。

 

(これで2人の抱える病が、多少なり改善に向かえばいいのですけど)

 

 そんなこんなでその日は終わった。

 

 上鳴君の告白疑惑は結局晴れなかった。

 

 真実がどうあれ、哀れだと思う。

 

 その気概だけは認めるが。

 

 あとついでに、人をバーサーカー呼ばわりした峰田君に関しては、治療とは関係なく普通に処した。

 

 とりあえず、拳骨10発を頭に落としておいた。

 

 妙にしっくりくるが、それはそれだ。

 

 私は理性を失くした事も、人を襲った事もない。

 

 ああもハッキリ言われると、流石に腹立つ。

 

 それを言うなら爆豪君の方がバーサーカーだろうに。 

 

「そこの君!オールマイトの授業はどんな感じ?」

 

「平和の象徴が教壇に立っているという事で様子などを聞かせて!」

 

「教師オールマイトについてどう思ってます?」

 

「少しでいいから話を聞かせて!」

 

 そして日は巡り、そのまた翌日。

 

 私は朝食を一人済ませて家を出た。

 

 今日も張り切って授業を受ける所存だ。

 

 父様はまた出張でしばらく不在である。

 

 あの人は某出版社に所属するライターで、年柄年中、面白いネタを求めて日本各地を飛び回っている。

 

 今度は山奥の秘湯を取材しに向かった。

 

 うっかりでまた遭難しないといいが。

 

「ねぇちょっと!君、話聞いてる?」

 

「カメラの前で少し話してくれればいいから!」

 

「ほんのちょっと!ちょっとだけだから!」

 

「そこをどうにかお願い!」

 

 そんな父様の事を私はそれなりに尊敬してる。

 

 お婆様には遠く及ばないが立派な人だ。

 

 少なくとも、無茶な取材は絶対しない。

 

 学校の正門で騒ぐなど論外だ。

 

 オールマイトの赴任どうこうなど関係ない。

 

 そんな父様を母様も好ましく思ってる。

 

 要するに、私はメディア嫌いなどではない。

 

 目の前の不潔な汚物(きしゃ)達が嫌いなだけで。

 

うるさいですよ。貴方達に話すことなど何もありません。こんなに密集して……感染症が流行したらどうするんですか?手洗い、うがい、アルコール消毒を、直ちにしろ。子供でも容易に出来る事です」

  

 私は群がるマスコミ達を睨みつけた。

 

 人が登校しているというのに鬱陶しい。

 

 常識という言葉を知らないのだろうか?

 

 感染リスクの事を何も考えてない。

 

 春初めに風邪が流行ったら大問題だ。

 

 こういう風邪は、後々まで尾を引く。

 

「こ、子供!?我々が子供以下とでも!?」

 

「はい。そうです。事実です。公共のマナーも守れず、衛生意識に致命的な欠陥を抱える貴方達は、ハッキリ言って子供以下。幼児以下です。手洗い場はあそこですから洗ってきなさい。やり方は幼稚園、保育園で習ったはず。分からないなら、お教えしますが」

 

「そ、そんなの後で良いじゃない!!」

 

「そうだ!!()()()()()のこと!!」

 

「君の発言は問題発言だぞ!訂正したまえ!」

 

「仮にも雄英生徒がそれでいいと思うのかい!?」

 

()()()()()()で人を侮辱するなんて────」

 

 記者達はそう言って騒ぎ立てた。

 

 カメラとマイクが一斉にこっちを向く。

 

 その数は軽く20以上はあるだろう。

 

 だが、そんな事どうでもいい。

   

「は?それぐらい?」

 

「手洗い、うがい、アルコール消毒が?」

 

「その程度のこと?貴方達、舐めているので?」

 

 私は思わず怒気を隠せなかった。

 

 此処まで腹が立ったのは中学入学当初。

 

 第1回結田付中学衛生事変以来だ。

 

 私は近くの女記者の手を強く握る。

 

 目の前の汚物達に思い知らせる必要がある。

 

「……いいでしょう。お望み通り取材を受けます。オールマイトの事は生憎語れませんが……その代わり手洗い、うがい、アルコール消毒の意義を、重要性を、役割を、貴方達に治療も兼ねてお教えしましょう」

 

「いや、あの、結構です。失礼し───」

 

「安心して下さい。私はいくらでも取材に協力します。日が沈むまででも構いません。全国放送で結構です。寧ろ望むところです。どうかご遠慮せずに」

 

「ちょ、ちょっと!?この子全然放してくれないんだけど!?凄い力!!だ、だ、誰か助けて!!」

 

「こ、こ、こっちに来るな!!」

 

「ま、巻き込まないでくれ!!」

 

「巻き込む?来るな?何を言っているのです?ここにいる全員が治療対象です。例外はありません。貴方達には知る義務があります。手洗い、うがい、アルコール消毒の重要性について。みっちり、じっくりと、指導を行います。素晴らしき健康優良児への第一歩です。では、早速、まずは手洗いについて───」

 

 だからこそ、私は清潔にしようと思った。

 

 直ちに治療を行おうと思った。

 

 何時間でも語り明かそうと思った。

 

 それが私のやるべき事で、やりたい事だからだ。

 

 ある種、歓喜に近い感情すら湧いている。

 

 これを全国放映で流せるだなんて。

 

 思わず怒りを超え、笑みが零れた。

 

 しかし、それは残念な事に叶わない。

 

「……止めろ癒月。記者達が腰抜かしてる」

 

 相澤先生に軽く肩を私は叩かれた。

 

 私はハッとしてなって、目の前を見る。

 

 記者達は何故か言葉通り腰を抜かしていた。

 

 何人かは這いずくばって帰ろうとしている。

 

 手を握った女記者に至っては気絶していた。

 

 これでは取材どころの話ではない。

 

「相澤先生。何故このような事に?」

 

「どうしたもこうしたもないだろ。お前のせいだ」

 

「私は取材を受けようとしただけです」

 

「詰め方が洗脳系(ヴィラン)のやり口だったくせに?」

 

「教育的指導のはずなのですが」

 

 相澤先生は大きく溜息をつき、そっぽを向いた。

 

 その顔は、心底面倒くさそうに見える。

 

 記者達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

 後日、私は反省文を提出する事になった。

 

 不満だったので異議を申し立てたが、却下された。

  

 まるで意味が分からない。

 

 世の中、理不尽な事ばかりである。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績、見させてもらった。初めての訓練としてはまずまずだろう。全体として悪くはない。一部の問題児共を除いてな」

 

 ホームルームが始まって早々。

 

 相澤先生は昨日の訓練を話題に出した。

 

 ある程度の評価は得られたらしい。

 

 その一方で、爆豪君と緑谷君は指摘を受けた。

 

 前者は主に独断専行について。

 

 後者は主に個性の制御について。

 

 当然と言えば当然だろう。

 

 自明の理というやつだ。

 

「最後に癒月。お前の異常なタフネスについてはツッコミどころがあるし、オールマイトもドン引きしていたが……そこはまぁいい。とりあえずお前は教師に正座をさせるな。仕事を勝手に奪うな。あの人に対する指摘も、全てご尤もだが……それはそれだ」

 

 しかし、この件については意味不明。

 

 自明の理でも何でもない。

 

 私はそもそも何一つ悪い事はしていない。

 

 全てオールマイトがコネ入社の3流教師のせいだ。

 

 何百回でも言い張っていい。

 

「さて、ホームルームの本題だ。急で悪いが今日は君らには……学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来たーー!!!」」」

 

 そして話題は変わり学級委員決め。

 

 季節はまだまだ春初め。

 

 クラスのリーダーを決めるにはいい頃合いだ。

 

「委員長やりたいです!ソレ俺!!」

 

「ウチもやりたいっす」

 

「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」

 

「ボクの為にあるヤツ☆」

 

「リーダー!!やるやるー!!」

 

 すかさず皆が手を上げ立候補した。

 

 切島君と芦戸さんも立候補している。

 

 本来、貧乏くじの役職だというのに。

 

 こんな光景、中学では有り得なかった。

 

 ヒーロー科ならではといったところだ。

 

 それぞれが思い思いに意見表明してる。

 

「相澤先生。保険委員はありますか?」

 

「あるにはあるが、後にしろ」

 

「あるんだ。つーか癒月、興味ねぇのな」

 

「でも、そっちの方がすっごい納得」

 

「彼奴にリーダーは駄目だろ」

 

 とはいえ、私にとってはあまり興味ない。

 

 クラスの一員として、誰がリーダーになるかは当然興味あるが、自分でやろうとは欠片も思わない。

 

 既にクラスの衛生管理で精一杯だ。

 

 これ以上仕事を貰っても持て余す。

 

「静粛にしたまえ!!多を牽引する責任重大な仕事だぞ……!がやれるものではないだろう!!周囲からの信頼があってこそ務まる聖務……!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案だ!!!」

 

 そんな中で飯田君は大声でそう言った。

 

 クラス全員の視線が彼に集まった。

 

 まぁ確かに、そっちの方が遥かに合理的。

 

 何より此処は日本。民主主義国家だ。

 

 郷に入っては郷に従えとも言う。

 

「「「でも、そう言いつつ、そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!?」」」

 

 しかし、彼は自分の欲に正直だった。

 

 飯田君の右手は塔の如く、そびえ立ってる。

 

 堅物さと自分勝手さが見事に同居していた。

 

 ある意味潔いが、それはそれでどうなのだ。

 

 お陰で説得力は皆無である。

 

(しかし、それもそれでアリですね)

 

 そこからの流れは速かった。

 

 投票というシステムの合理性故だろう

 

 然るべき人間が10分程で決まった。

 

 名前と投票数が黒板に提示される。

 

「僕、3票───!?!?」

 

 結果として、緑谷君が3票。

 

 八百万さんが2票。

 

 その他過半数が1票。

 

 私含め、数人が0票。

 

 委員長が緑谷君。副委員長が八百万さんになった。

 

「というか、貴方達。まさか本気で自分に投票したのですか?それでは何の意味も無いでしょうに」

 

 私は何とも言えない目で周囲を見た。

 

 それを前に委員長、副委員長となった緑谷君と八百万さん含め、半数以上が気まずそうに目を逸らす。

 

 これでは公平性も何もあったものではない。

 

 ほぼ全てが無効投票に等しい。

 

「1票……分かってはいた!流石に聖職といったところか……!!投票してくれた誰か……申し訳ない!!」

 

「飯田君は他の人に入れたんですね」

 

 投票発案者の飯田君の票数は1票だった。

 

 何だかんだで、別の誰かに投じたらしい。

 

 ちなみに投票したのは私だ。

 

 公平性があり、声がデカく、眼鏡だからだ。

 

 これで落ちてしまうとは、非常に惜しい。

 

「やりたいと相応しいは……別だからな」

 

 しかし、形はどうあれ、負けは負けだ。

 

 素直に引き下がるほかないだろう。

 

 私は敢えて、それ以上何も言わなかった。

 

 言葉にすればするほど、互いに虚しくなるだけだ。

 

 彼は打ちひしがれ、大きく肩を落とす。

 

「っつうことで、委員長と副委員長はこの2人な」

 

 こうして委員長に緑谷くん、副委員長に八百万さんが就任し。ホームルームの時間が終わった。

 

 他の委員決めは次の授業に後回しにされた。

 

 何気にショックである。

 

 どうせなら報告したいと考えていたのに。

 

「失礼します。お婆様。お忙しい中ありがとうございます。本日はご指導のほど、よろしくお願いします」

 

「毎度毎度、アンタは真面目だね。私だって教師の端くれだ。いちいち堅苦しい挨拶なんかしなくても教えるっていうのに。ハリボー食べるかい?」

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、貴重な時間を頂いてるのは事実なので。それにお婆様が孫だからと、私に依怙贔屓してると思われるのも心外ですし。今後もこれでお願いします。3粒頂きます」

 

「そういうとこだよ。そういうとこ」

 

 それから少し時間が経って昼休み。

 

 学生達にとって待ち焦がれた昼食の時間。

 

 けど、今日の私は合間の休みに早弁した。

 

 お婆様に治癒の指導を受ける為だ。

 

 何分、忙しい人だから仕方ない。

 

「じゃあ早速、そこの子の怪我を治しておやり」

 

 そう言ってお婆様は、奥のケージを指差した。

 

 中には一匹の弱ったモルモットが入ってる。

 

 どうやら足回りを怪我しているらしい。

 

「これより治療を開始します」

 

 私は個性を発動し、エネルギーを放出した。

 

 半透明なエネルギーがモルモットを包み込む。

 

 その治癒力を大幅に活性化させた。 

 

 次第にモルモットは元気を取り戻していく。

 

 みるみるうちに、傷が塞がっていった。

 

「……ふむ。動物相手はもう問題ないね」

 

 私は額の汗を拭い、治療を終えた。

 

 モルモットは元気良くケージ中で走り回っている。

 

 これで無事、治療は完了だ。

 

 治療完了までの時間は約30秒。

 

 練習の甲斐はあったようだ。

 

 前回より大幅に改善している。

 

「しかし、この治癒効率では、人間相手だと時間が掛かり過ぎます。このモルモットの怪我を人間に当てはめたとして、完全回復までに10分以上は掛かってしまう。それでは遅すぎます。後方ならともかく、最前線で治療を行うなら尚更です」   

  

 そう言って私は、差し出されたお茶を飲んだ。

 

 ほんの僅かに、疲労した身体に水分が染み渡る。

 

 お婆様なら治療に10秒も掛からなかっただろう。

 

 これまで治癒を行う相手が、訓練後の切島君や芦戸さんぐらいしか居なかった事が大きく響いている。

 

 分かっていた事だが、問題は山積みだ。

 

「こればかりは仕方ないさ。個性は基本、使えば伸びる。でも、私等の持つ治癒の個性はその性質上、個人の訓練だけじゃ、個性の伸びに限界がある。そうしょっちゅう、怪我人に遭遇する事も無いだろうしね。アンタぐらいの歳で基礎が出来てるなら上々さ」

 

 そんな私をお婆様はそう軽く宥めた。

 

 私としては不満だが、許容範囲らしい。

 

 特段驚いた様子もなく、極めて冷静だ。

 

 モルモットの入ったケージを奥へ移す。

 

 こればかりは、年の功というやつだ。

 

「では、やはり、治癒効率上げるには、実戦的な反復練習しかないと?」

 

「まぁそうだろうね。個性による身体機能の回復の肝は、エネルギー消費の無駄を最小限に抑え、適切な部分の治癒力を活性化をさせる点にある。アンタの治癒効率が悪いのはそれが出来てないせいさ。裂傷や打撲傷辺りの治療なら、それで十分だけどね」

 

「自分の体の治癒なら簡単だというのに」

 

「それはアンタがおかしな方法で、無理矢理自分の体の構造を理解したからだろう。運良く無事だったが、あと一歩で死んでた。もう二度とやるんじゃないよ」

 

「……分かっています。あの時は大変愚かでした」

 

「分かっているならよろしい」

 

 私は思わず視線を逸らし、遠くを見た。

 

 そんな私に、お婆様は深く溜息をつく。

 

 あの頃は、何もかもに憤っていた。

 

 自分の弱さに。自分の不甲斐なさに。

 

 だから、あんな手段に手を出したのだろう。

 

 全くもって、愚策も愚策だ。

 

(……もしかすると、緑谷君への憤りは、かつての自分に対する自己嫌悪も、あるのかもしれませんね)

 

 ふと脳裏に、彼の見境なさが過ぎった。

 

 昔の私も、あんな風だったのかもしれない。

 

 緑谷君は過去の私のように、生き急いでいる。

 

 まるで何も出来なかったかのように。

 

(ならば、彼の行動原理も理解できます)

 

 これでは私も人の事をとやかく言えない。

 

 何故ならあの選択を、私は一切後悔してない。

 

 死に掛けて入院したし、反省も確かにした。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 

 私はきっと、同じ選択を何度でもする。

 

 それが世界を癒す治療法である限り。

 

「とりあえず今日の残りの時間は、私の治療の見学をしなさい。そこで寝てる生徒の状態がようやく安定した。これで治癒が行える。そんでもって、次からは私の治療のサポートだ。此処は良くも悪くも、雄英の保健室。軽いにしろ、重いにしろ、怪我人はしょっちゅう来る。経験を積むにはこれ以上な───」

 

 何はともあれ、私はお婆様の話を大人しく聞いた。

 

 その手腕を目に焼き付けようとしていた。

 

 しかし、そんな最中だった。

 

 廊下からやかましい警報が鳴ったのは。

 

 合格発表のオールマイト並みにうるさい。

 

「何ですか、これ?患者の迷惑ですね」

 

「これは確か、セキュリティ3が突破された時の……ちとマズいね。長いこと此処に居るが、こんな事は初めてだ。早々にパニックが起きる。誰がこんな事を」

 

 お婆様の予見通り、直ぐパニックが起こった。

 

 警報を聞いた生徒達が一斉に出口へ殺到する。

 

 一人でも転べば大惨事だ。

 

 何の為の避難警報だか分からない。

 

 保健室に人が殺到してこない事だけが幸いだ。

 

 あの量の人の波を捌くのは苦労する。

 

「……性懲りもなく、原因はアレですか」

 

 私は窓越しに正門の方を見た。

 

 そちらには今朝の報道陣が殺到している。

 

 よく考えずとも原因はあれだ。

 

 これなら逃さず治療すれば良かった。

 

 そっちの方がまだマシだっただろう。

 

 父様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「大丈ー夫!!ただのマスコミです!何もパニックになることはありません。大丈ー夫!ここは雄英!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 そんな事を考えていると声が響いた。

 

 この声はおそらく飯田君だ。

 

 どうやったか知らないが、生徒達を落ち着かせた。

 

 保健室の外のパニックが一気に落ち着く。

 

 これなら怪我人が出る事はないだろう。

 

 医者志望としては感謝しかない。

 

「どうやらこの馬鹿騒ぎも終わりみたいだね」

 

 お婆様はそう言って椅子に腰を掛けた。

 

 私と同じで最悪の事態を考えていたのだろう。

 

 マスコミ騒ぎで重症人など笑えない。

 

 大事にならなくて良かった。

 

「残るはあの汚物(きしゃ)達の治療をするだけですね」

 

 そう言って私は笑顔で保健室を出た。

 

 後に起こった事は、特段語るまでもない。

 

 粛々と、徹底的に、やり残した治療をしただけだ。

 

 あらゆる文句は圧で黙らせた。

 

 今度は相澤先生も止めなかった。

 

 隣のマイク先生は青い顔をしていたけど。

 

 こんな事なら、最初からこうしてれば良かった。

 

「委員長はやっぱり飯田君が良いと……思います!」

 

 そして他の委員を決める時間。

 

 授業が始まって早々、緑谷君はそう言った。

 

 彼の言葉には迷いがない。

 

「あんな風に人を格好よくまとめられるんだ。僕は……飯田君がやるのが()()()と思うよ」

 

 緑谷君は飯田君をそう称賛した。

 

 ついさっきの騒ぎの事を言っているのだろう。

 

 クラスの空気も賛成一色になる。

 

 私としても止める理由はない。

 

「委員長の指名なら仕方あるまい!!以後はこの飯田天哉が!!委員長の責務を全力で果たす事を約束します!!」

 

「任せたぜ非常口!!」

 

「非常口飯田!!しっかりやれよー!!」

 

 こうして委員長は改めて、飯田君になった。

 

 しかし、アレは何だったのだろう?

 

 私が正門に行った際、門は跡形もなく壊れていた。

 

 まるで分子レベルで崩壊したかのように。

 

 相澤先生には黙っているよう言われた。

 

 もしかすると近い未来、何かあるのかもしれない。

 

 懸念は密かに深まるばかりだった。

 

「何故だ!?オイラが0票!?」

 

「当たり前でしょ。なんで行けると思った」

 

「こればかりは満場一致でしたね」

 

 それはそうと保健委員は私になった。

 

 ちなみに対抗馬は、案の定、峰田君。

 

 理由については膝上30cm発言で大方察する。

 

 自票を無効にした結果、票数は18対0。

 

 彼は叫んだが、至極妥当な結果だ。

 

 女子の目線が冷たかった事は言うまでもない。

 

 

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