中央広場の敵は、大方制圧した。
残る敵も、立ち回り次第でどうにかなる。
問題は、未だ動かない手の男。
こちらを観察するように、ずっと様子を窺ってる。
隣の大男含めて、やや不気味だ。
同じく敵の首魁だろう、ワープ系個性持ちの相手は13号のはずだが、あっちはどうなったか。
「23秒。24秒。20秒。17秒」
「ちっ!!本命が来たか!!」
俺は眼前の敵を制圧し、一瞬動きを止めた。
その隙を突き、手の男がようやく動いた。
あちら側にとって、様子見は十分らしい。
今は個性が使えないが、仕方ない。
俺は即座、捕縛布で迎撃した。
しかし、捕縛布は呆気なく掴まれ、躱される。
伊達に様子見をしていた訳じゃない。
(だが、この程度、大した問題にはならん)
俺は手の男に接近し、男が掴んだ捕縛布を引く。
するとほんの僅か、男の体制が崩れた。
この距離なら躱せはしまい。
その腹に向かって、肘打ちを放つ。
「動き回るのでわかり辛いけど、髪が下がる瞬間がある。一アクション、終えるごとにだ」
俺の攻撃は、手の男に掴まれ止められた。
その声色には、大いに余裕がある。
この動きさえも、読まれていた。
誘われていたのは、こっちだったらしい。
「そしてその間隔は段々短くなってる。どうやら個性に制約があるみたいだな。無理をするなよ、イレイザーヘッド」
それ以上に、ペースを崩された。
俺の腕に、鋭い痛みが走る。
手の男に掴まれた部位が、崩壊していく。
考えるまでも無く、敵の個性だ。
このままだと、腕丸ごと持ってかれる。
咄嗟に顔面を殴りつけて、離脱する。
(右腕はもう、使い物にならん)
腕の崩壊は、どうにか止まった。
掴む事で発動する個性のようだ。
これ以上、腕の崩壊が進行する事は無い。
だが、それでも受けたダメージは大きい。
息をする度、激しい痛みが走る。
「よくもやりやがったなぁ!!死ねェ!!」
「弱ってる今がチャンスだ!!」
「……っ!!面倒な!!」
そんな俺を見るや否や、敵の残党が叫んだ。
鋭い牙と振り下ろされる鉄球が、眼前に迫る。
俺はそれを右腕を抑えつつ、紙一重で躱した。
敵を捕縛布で絡め取り、相打ちさせる。
だが、そんなもの、数の前では焼け石に水だ。
一人一人は大した事無いが、消耗が激しい。
「その個性じゃ、集団との長期決戦は向いてなくないか?普段の仕事と勝手が違うんじゃないか?君が得意なのはあくまで「奇襲からの短期決戦」じゃないか?それでも真正面から飛び込んできたのは、生徒に安心を与える為か?かっこいいなぁ。かっこいいなぁ」
少し離れた場所で、手の男はそう言った。
俺の戦闘スタイルを、よく分析している。
確かにこれは、俺の領分じゃない。
そうこうする間にも、残党達が向かって来る。
それでも今は、やるしかない。
迫る敵の体勢を崩し、蹴りで地面に沈める。
「ところでヒーロー。本命は俺じゃない」
俺の影が更に大きな影に飲まれた。
あの大男が、何時の間にか背後を取っていた。
頭部に強い、痛みと衝撃が走った。
続いて、鈍い痛みが胴体を襲う。
「対平和の象徴怪人、脳無。それがそいつの名前だ。個性を消せるだなんて、素敵だけどなんて事はないね。圧倒的力の前では、ただの無個性だもの」
気が付くと、俺は地に伏せられていた。
必死の思いで藻搔くも、動けない。
個性を消そうとするも無駄だ。
脳無と呼ばれた大男が、俺の腕を握り潰す。
無事だった左腕も、今ので完全に死んだ。
(俺の抹消は、身体の一部でも見れれば、個性を消せる。つまり、素の力でコレか!オールマイト並みじゃねぇか……!)
脳無は俺の頭を、地面に叩きつけた。
再び意識が、彼方に飛びそうになる。
地面が、俺の血で染まった。
その直後、背後で渦が出現する。
「死柄木 弔」
「黒霧、13号はやったのか?」
「行動不能に出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名、逃げられました」
「はぁ?はー……、はー……、黒霧お前…お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……」
どうやら霧の男、黒霧が戻って来たらしい。
その言葉に手の男、死柄木弔は首を搔きむしる。
……13号は、既にやられたらしい。
そうなると、逃げたのは生徒の誰かだ。
口ぶりからして、黒霧を出し抜いたようだ。
遅れはしたが、救援がこれで呼べる。
「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ……
そう言って、死柄木はそっぽを向いた。
まるで拗ねた子供かのように。
その言葉に、水岸に居る峰田が喜んだ。
その直ぐ傍には、蛙吹と緑谷も居る。
ここまで逃れてきたらしい。
だが、敵が、このまま引くとは思えない。
「けども、その前に、平和の象徴としての矜持を少しでも……へし折って帰ろう!」
案の定、死柄木は緑谷達を狙った。
蛙吹の顔に、死柄木の手が迫る。
脳無の拘束からは、やはり逃れられない。
対平和の象徴怪人と、奴は言っていた。
此奴を倒すには、此奴以上の理不尽。
それこそ、オールマイト並の何かが必要だ。
それぐらいなければ、此奴は止められない。
それでも今は、出来る事をやるしかない。
気力を振り絞り、俺は個性を発動させる。
「ならば先に、
しかし、その手が届く事は無かった。
死柄木は、横合いからの一撃で吹き飛ばされる。
吹き飛ばした本人は、その手に丸太を担いでいた。
おそらく、噴水近くに刺さっていたものだ。
突然の出来事に、場が一瞬硬直する。
突然の出来事に、思考を回せなかった。
その隙を皆逃すほど、彼女は甘くない。
「貴方に、手加減は要らなそうですね」
癒月は躊躇わず、脳無の顔面に丸太を叩きつけた。
しかし、脳無は直立姿勢のまま顔面で受け止めた。
なんという、恐るべき耐久力だ。
今の攻撃は、ほぼほぼ不意打ちだったというのに。
大抵の奴等なら、これで怯んでいただろう。
だが今回は、相手が悪かった。
「いかに頑丈でも、この攻撃に骨は耐えられない」
癒月はそのまま、拳で丸太を殴りつけた。
丸太越しに、凄まじい衝撃が辺りに響く。
その衝撃に耐え切れず、丸太が内側から裂けた。
それとほぼ同時に、脳無が体勢を大きく崩す。
「これで、貴方は終わりです」
癒月は追撃とばかりに、かかと落としを放った。
脳無の顔面に、全力の蹴りが叩き込まれる。
骨という骨が、嫌な音を立てた。
あの耐久をもってしても、許容限界だったらしい。
脳無は悲鳴すら上げず、今度こそ地に倒れ伏す。
そのお陰で、俺は拘束から抜け出せた。
一瞬の出来事に、場が再び静まり返る。
(此奴……最初から骨を折る気でやりやがった)
癒月の初撃を、脳無は確かに耐えた。
奴の個性は、衝撃を緩和させるものなのだろう。
避けるまでも無かった、と言って良い。
だが、それでも骨へのダメージは完全に消せない。
筋肉の耐久力と、骨の耐久力は別物。
いかに強靭でも、人間の人体には限界がある。
どれだけ衝撃を無力化できたとしても、受け身も取らずに攻撃を受ければ、骨に負荷が掛かって当然だ。
ダメージが蓄積すれば、破壊が容易なまでに。
そして癒月はそれを実行し、成功させた。
とはいえ、同じ箇所をピンポイントで攻撃しない限り、狙って破壊する事など、不可能なはずなのだが。
(とんでもない孫を、婆さんも隠してたもんだ)
味方で良かったと、思わずにはいられなかった。
私は轟君と別れた後、ひたすら走り続けた。
医者志望の直感が、負傷者の存在を知らせていた。
ならば、私のやる事は一つしかない。
「お、おい、彼奴、迷わずこっち来たぞ!?」
「数じゃこっちが勝ってんのに、正気か!?」
「狼狽えんな!!囲んじまえばおわ───」
「五月蠅い。邪魔です。優先治療がありますので」
「此奴等の何処が学生なんだ!!?」
私は眼前の敵の群れを、殴り飛ばした。
文字通り、拳を一人一人叩き込んで。
彼等に対する治療はこれで十分だろう。
というか、そんな事に掛ける時間は無い。
事態を収拾するには、病原を絶つしかない。
根本治療をしなければ、何も意味が無い。
残った敵は、轟君に任せればいいだろう。
多人数への治療は、彼の方が向いている。
所謂、適材適所というやつだ。
(広場に居る敵の病原の数は2つ。私の存在に、敵はまだ気づいていない。イレイザーヘッドが半ば瀕死。状態によっては、後遺症の可能性もある。早急な治療の必要性が大。そうなると、あの大男が邪魔です)
私は土砂ゾーンを抜け、扉越しに様子を窺った。
大男は、イレイザーヘッドを踏みつけている。
手の男は、勝ち誇ったかのように上機嫌だ。
遠目でも分かるほど、彼は重傷だった。
こういう時の嫌な予感はよく当たる。
その直後、霧の男が姿を現した。
現れた男の話曰く、13号が行動不能にされた一方で、居合わせた生徒一人がUSJを脱出したらしい。
霧の男の言葉に、手の男が苛立つ。
(そうなってくると、救援の心配はもう必要ない。生徒達の避難とフォローも、駆け付けた先生方に任せれば問題無い。目の前の治療に、これで専念出来る)
逃げてくれた誰かに、私は内心感謝した。
そして丸太を、地面から引き抜く。
慎重になる必要は、もう無い。
私は迷わず、手の男を吹き飛ばした。
バットを振るい、ボールを打つ感覚で。
手の男は理解すら出来ず、悲鳴を上げた。
あの男を吹き飛ばすのは、これで二度目である。
「癒月!!お前、最高!!助かったぁ!!」
「ケロケロ。間一髪だったわ。ありがと」
「それより、相澤先生が!!」
「分かっています。直ぐに治療を」
大男を倒して直ぐ、私は相澤先生の治療を始めた。
今この場に霧の男、黒霧の姿は無い。
反撃より手の男、死柄木の回収を優先したらしい。
何はともあれ、時間がこれで稼げた。
この傷は、素人目から見ても看過出来ない。
意識があるのか無いのかも曖昧だ。
半透明なエネルギーが、相澤先生を包み込む。
(……やはり、後遺症は避けられませんね)
私は個性を発動させつつ、内心そう思った。
相澤先生の出血は、徐々に収まっていってる。
荒かった呼吸も、少しずつマシになっている。
両腕の骨折も完治は無理だが、腫れは引いた。
最初のボロ雑巾姿とは、比べるまでも無い。
けど、眼底部付近の怪我はどうにも違う。
どうやってみても、回復速度が鈍い。
お婆様での治癒でも、おそらくは無理だ。
完全回復は、不可能と診て間違いない。
「何なんだ、お前?人の邪魔を二度もしやがって。しかも、いきなり吹き飛ばすとか……常識ないのかよ」
「死柄木弔……あまり無理は」
「黙れ、黒霧。お前さえ警戒してれば、こうはならなかった。あーあー……脳無にまで手を出しやがって」
私が応急手当を、一通り終えた頃。
黒い渦が再び現れ、そこから声が響いた。
死柄木と黒霧が姿を現す。
不機嫌そうに、死柄木は頭を押さえていた。
意識は飛んでいなかったらしい。
「私に言わせれば、貴方達こそ何なのです?何をしているのです?オールマイトを殺す?生徒を殺す?
そんな死柄木に、私は思わずそう言い放った。
治療を止め前に出ると、戦闘の構えを取る。
他の3人は何か言いたげだが無視する。
事実、この人員の中で最も戦えるのは私だ。
相澤先生が戦闘不能な以上、やるしかない。
それ以上に、私は眼前の病原体が許せない。
「愉しいかだって?愉しいに決まってるだろ。何が平和の象徴!!ヒーローだ!!俺は怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まる、この世の中に!!お前達を殺す事で、それを世に示せると思えば、愉しくて仕方ない!!」
「貴方達の思想云々など、激しくどうでもいい。何故なら、貴方達は病原。病に侵されながら、悲劇という病を人々に撒き散らす存在。許されざる者です」
「俺を二度も吹き飛ばした奴が、何言ってんだ。他が為に振るう暴力は、許されるってか?仲間を助ける為だからか?所詮、お前達は抑圧の為の暴力装置だよ」
「私が行うのは、あくまで治療です。例え相手がどのような存在でも、害あるものは全て絶つ。その治療に例外は一切ない。病原の切除は医者の仕事なので」
死柄木と私の目線が、一瞬鋭く交わる。
その思想と理念は完全に真逆。
何があろうと、交わる事は絶対に無い。
手袋の奥にある、歪んだ眼を再確認する。
その歪んだ眼こそ、病原である証拠。
これ以上の会話は、やるだけ無駄だ。
「私は貴方達に、治療を行います。そこに在る病全てを、根絶する為。医者志望として、病める全てを癒す為。その責務を果たす為。貴方達を、
私は跳躍し、2人目掛けて突っ込んだ。
握った拳の固さが、音も無く増す。
こうも怒りの感情を覚えたのは、初めてだ。
頭は冷たいまま、血が激しく沸騰している。
そして私は、勢いよく拳を振るう。
「なら、医者は病院にも行けずに死ね」
そんな私達の間に、巨大な影が割り込んだ。
私の拳は、影の腹に吸い込まれる。
影の正体は、負傷したはずの大男、脳無。
あの負傷なら、半日は動けないはずだ。
にも拘わらず、脳無は平然としている。
「脳無が持っている個性は『ショック吸収』だけじゃない。オールマイトを殺す為に
死柄木が話す間にも、脳無は回復し続ける。
ついさっき折った骨は、既に完治していた。
完全に回復するのも時間の問題だろう。
確かに此奴は、オールマイトを倒し得る。
「恰好つけて飛び出してもその程度だ。お前の個性は大方、治癒系だろ?その馬鹿力には感服するが、脳無にダメージを与えられる程じゃない。大人しく引くのが賢い選択だ。死ぬ順番が遅いか早いかなんだから」
死柄木はそう言って、私を煽った。
一瞬、引く事も考えたが、私はそれを却下する。
今引けば、背後の相澤先生と緑谷君達が危険だ。
一連の戦闘を見て、離脱する事を決めたらしい。
後退中の彼等を巻き込む訳にはいかない。
何より見立てが確かなら、余計に許せない。
あの男の言葉が本当なら、なお一層。
此奴等は、命を何とも思っていない。
その刹那、脳無の剛腕が頭上から迫る。
「ですが、動きはついさっきよりも鈍い」
私は咄嗟に横に転び、その攻撃を避けた。
紙一重だったが、ギリギリ反応出来た。
ダメージはまだ、回復しきっていないらしい。
イレイザーヘッドの時よりも動きが遅い。
そのまま私は、脳無の背後を取る。
「まだ分かんないか?脳無は対オールマイト用に作られたサンドバッグ人間だ!不意打ちならまだしも、お前のゴミみたいな攻撃じゃ傷一つ付かない!」
死柄木の言う通り、私の攻撃は利かなかった。
肩へのチョップは、ショック吸収で無効化された。
続けざまに逆の肩に攻撃するも、これも無駄。
またしても、ショック吸収で無効化される。
「傷など付けずとも、破壊は出来ます」
しかし、そんな事は初めから分かり切ってる。
あくまで狙いは、脳無の腕を前に出させる事だ。
一連の攻撃で、脳無の腕は前へ伸び切っている。
衝撃はどうにか出来ても、崩れそうな体勢を立て直そうとする、身体の反射はどうにも出来ない。
この体勢は、腕が最も折れやすい形だ。
「貴方達は、個性を過信し過ぎている」
何より再生の個性といっても、所詮は身体機能。
休まず体を再生させるなど、無茶の一言。
外側は無事でも、再生中の内側は脆くなる。
ショック吸収の個性だって同じだ。
衝撃に強くても、捻りや曲げには弱い。
首や関節部については特に。
でなければ、初撃が成功しているはずが無い。
「これでまた、再生のやり直しです」
そして私は伸び切った、脳無の腕に飛びついた。
そのまま右足を脳無の頭の後ろへ掛け、腕の関節の向きとは逆方向へ、身体を回転させる。
所謂、柔道での禁止技。飛び十字だ。
脳無の肩から腕にかけて、嫌な音が走った。
続けざまに、折れていない方の腕も狙う。
肩と首を押さえ込み、空いていた手で肘を掴むと、そのまま持ち上げ、迷わずへし折った。
骨の耐久度は、最初より明らかに落ちている。
「馬鹿な……脳無を1度ならず、2度までも……」
「チッ……クソが。チーターかよ……」
「人体構造さえ理解できていれば誰でも来ます。チートで医療が成り立つとでも?馬鹿なのですか?」
「黙れ黙れ!!本当に何なんだお前ッ!?」
「死柄木 弔!!お気を確かに!!」
倒れた脳無を警戒しつつも、私は前へ進む。
眼前に残っているのは今度こそ、あの2人だ。
全身を巡る血が、再度沸騰する。
此奴等に、問い質さなければならない事がある。
「一つ、質問します。貴方は先程、脳無を
「……あんッ?そんな事か。それがどうした」
「私は戦闘最中、脳無を診ました。脈の状態、呼吸の有無、瞳孔の状態。その結果、人間のある状態と酷似しました。そもそも人間一人が持つ個性は通常一つ。複合型の個性も存在しますが、アレはそうじゃない」
私は湧き上がる衝動を、必死に抑え込んだ。
そうでもしなければ、本当に殺してしまう。
医者でも、ヒーローでもなくなってしまう。
治療とは一切関係なく、手を出してしまう。
「そんなもん、先生とドクターが適当な人間を
そんな私を嘲笑うように、死柄木は言った。
さも当たり前のように、呆れたように。
分かっていた事だが、明確になった。
アレには、人間の生命活動が一切ない。
あの脳無は患者ですらない、
此奴等は誰かの遺体を物のように扱い、感情を奪い、尊厳を冒涜し、死を振り撒く病に作り替えた。
人の命をつくづく、何とも思っていない。
「その先生とドクターとやらは、一体何処に居るのです?あんなものを作りだす病の元凶は、一体何処に居るのですか?早く、答えなさい。……答えろッ!!」
「敵に情報を吐く訳ないだろ。そんな事で冷静さを崩すなんて……お前こそ馬鹿なのか?それとも、もう勝ったつもりか?ヒーロー志望?医者志望?……どっちでもいいや。随分と余裕があるみたいだな」
私の背後で黒い渦が、音も無く出現した。
渦の奥から、死柄木の手が伸びてくる。
あの手に触れられれば、一巻の終わり。
死角からの、完全な不意打ちだ。
「そんなもので、私が倒せるとでも?」
私は身を翻し、死柄木の手を躱した。
黒霧の個性はワープ系のもの。
不意打ちを警戒しない訳がない。
私は地面を蹴り、一気に加速した。
敵2人を、射程圏内に収める。
「ええ、勿論。思ってなどいません」
その刹那、地面に黒い渦が出現した。
私は思わず舌打ちを打ち、一歩下がる。
攻撃を喰らっては、元も子もない。
だが、現れたのは死柄木の手じゃない。
「馬鹿な……回復まで早過ぎる!!」
姿を現したのは、倒したはずの脳無。
それも、全身の傷が完治していた。
折ったはずの腕も、問題なく動いている。
戦闘中の再生速度から考えて、有り得ない。
「一か八かだったが、脳無の折れた腕を俺の個性で、
そう言って、死柄木は手をひらひらさせた。
タイミングは、私が質問した時だ。
黒い渦越しに、脳無の腕を崩壊させたのだろう。
折れた腕を、新しい腕と取り替えたようなものだ。
味方を物と見ているからこそ出来る芸当。
消耗は激しいが、そっちの方が確かに早い。
「そういやお前、攻撃を喰らってなかったけ?」
脳無は私めがけて、一直線に突っ込んできた。
この距離では、回避は間に合わない。
思考する間にも、拳は迫っている。
咄嗟に腕をクロスさせ、防御姿勢を取る。
「お前はよくやった。でも、終わりだ」
脳無の前に、ガードなど無意味だった。
クロスさせた両腕は、拳の威力を僅かに殺しただけで、あっさりとへし折れ、無用の長物となった。
そのまま拳は、額へと吸い込まれる。
ズドンという衝撃が、辺りに響いた。
文字通り、身体が宙を舞って跳ぶ。
遅れて激痛が神経を走り、全身を襲った。
そして意識は、遠く彼方に消えた。