治療狂人のヒーローアカデミア   作:熊田ラナムカ27

9 / 10
9 容態は常に変わるもの

 

 中央広場の敵は、大方制圧した。

 

 残る敵も、立ち回り次第でどうにかなる。

 

 問題は、未だ動かない手の男。

 

 こちらを観察するように、ずっと様子を窺ってる。

 

 隣の大男含めて、やや不気味だ。

 

 同じく敵の首魁だろう、ワープ系個性持ちの相手は13号のはずだが、あっちはどうなったか。

 

「23秒。24秒。20秒。17秒」

 

「ちっ!!本命が来たか!!」

 

 俺は眼前の敵を制圧し、一瞬動きを止めた。

 

 その隙を突き、手の男がようやく動いた。

 

 あちら側にとって、様子見は十分らしい。

 

 今は個性が使えないが、仕方ない。

 

 俺は即座、捕縛布で迎撃した。

 

 しかし、捕縛布は呆気なく掴まれ、躱される。

 

 伊達に様子見をしていた訳じゃない。

 

(だが、この程度、大した問題にはならん)

 

 俺は手の男に接近し、男が掴んだ捕縛布を引く。

 

 するとほんの僅か、男の体制が崩れた。

 

 この距離なら躱せはしまい。

 

 その腹に向かって、肘打ちを放つ。

 

「動き回るのでわかり辛いけど、髪が下がる瞬間がある。一アクション、終えるごとにだ」

 

 俺の攻撃は、手の男に掴まれ止められた。

 

 その声色には、大いに余裕がある。

 

 この動きさえも、読まれていた。

 

 誘われていたのは、こっちだったらしい。

  

「そしてその間隔は段々短くなってる。どうやら個性に制約があるみたいだな。無理をするなよ、イレイザーヘッド」

 

 それ以上に、ペースを崩された。

 

 俺の腕に、鋭い痛みが走る。

 

 手の男に掴まれた部位が、崩壊していく。

 

 考えるまでも無く、敵の個性だ。

 

 このままだと、腕丸ごと持ってかれる。

 

 咄嗟に顔面を殴りつけて、離脱する。

 

(右腕はもう、使い物にならん)

 

 腕の崩壊は、どうにか止まった。

 

 掴む事で発動する個性のようだ。

 

 これ以上、腕の崩壊が進行する事は無い。

 

 だが、それでも受けたダメージは大きい。

 

 息をする度、激しい痛みが走る。

 

「よくもやりやがったなぁ!!死ねェ!!」

 

「弱ってる今がチャンスだ!!」

 

「……っ!!面倒な!!」

 

 そんな俺を見るや否や、敵の残党が叫んだ。

 

 鋭い牙と振り下ろされる鉄球が、眼前に迫る。

 

 俺はそれを右腕を抑えつつ、紙一重で躱した。

 

 敵を捕縛布で絡め取り、相打ちさせる。

 

 だが、そんなもの、数の前では焼け石に水だ。

 

 一人一人は大した事無いが、消耗が激しい。

 

「その個性じゃ、集団との長期決戦は向いてなくないか?普段の仕事と勝手が違うんじゃないか?君が得意なのはあくまで「奇襲からの短期決戦」じゃないか?それでも真正面から飛び込んできたのは、生徒に安心を与える為か?かっこいいなぁ。かっこいいなぁ」

 

 少し離れた場所で、手の男はそう言った。

 

 俺の戦闘スタイルを、よく分析している。

 

 確かにこれは、俺の領分じゃない。

 

 そうこうする間にも、残党達が向かって来る。

 

 それでも今は、やるしかない。

 

 迫る敵の体勢を崩し、蹴りで地面に沈める。

 

「ところでヒーロー。本命は俺じゃない」

 

 俺の影が更に大きな影に飲まれた。

 

 あの大男が、何時の間にか背後を取っていた。

 

 頭部に強い、痛みと衝撃が走った。

 

 続いて、鈍い痛みが胴体を襲う。

 

「対平和の象徴怪人、脳無。それがそいつの名前だ。個性を消せるだなんて、素敵だけどなんて事はないね。圧倒的力の前では、ただの無個性だもの」

 

 気が付くと、俺は地に伏せられていた。

 

 必死の思いで藻搔くも、動けない。

 

 個性を消そうとするも無駄だ。

 

 脳無と呼ばれた大男が、俺の腕を握り潰す。

 

 無事だった左腕も、今ので完全に死んだ。

 

(俺の抹消は、身体の一部でも見れれば、個性を消せる。つまり、素の力でコレか!オールマイト並みじゃねぇか……!)

 

 脳無は俺の頭を、地面に叩きつけた。

 

 再び意識が、彼方に飛びそうになる。

 

 地面が、俺の血で染まった。

  

 その直後、背後で渦が出現する。

 

「死柄木 弔」

 

「黒霧、13号はやったのか?」

 

「行動不能に出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名、逃げられました」

 

「はぁ?はー……、はー……、黒霧お前…お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……」

 

 どうやら霧の男、黒霧が戻って来たらしい。

 

 その言葉に手の男、死柄木弔は首を搔きむしる。

 

 ……13号は、既にやられたらしい。

 

 そうなると、逃げたのは生徒の誰かだ。

 

 口ぶりからして、黒霧を出し抜いたようだ。

 

 遅れはしたが、救援がこれで呼べる。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ……()()()ゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

 そう言って、死柄木はそっぽを向いた。

 

 まるで拗ねた子供かのように。

 

 その言葉に、水岸に居る峰田が喜んだ。

 

 その直ぐ傍には、蛙吹と緑谷も居る。

 

 ここまで逃れてきたらしい。

 

 だが、敵が、このまま引くとは思えない。

 

「けども、その前に、平和の象徴としての矜持を少しでも……へし折って帰ろう!

 

 案の定、死柄木は緑谷達を狙った。

 

 蛙吹の顔に、死柄木の手が迫る。

 

 脳無の拘束からは、やはり逃れられない。 

 

 対平和の象徴怪人と、奴は言っていた。

 

 此奴を倒すには、此奴以上の理不尽。

 

 それこそ、オールマイト並の何かが必要だ。

 

 それぐらいなければ、此奴は止められない。

 

 それでも今は、出来る事をやるしかない。

 

 気力を振り絞り、俺は個性を発動させる。

 

「ならば先に、病原(あなた)が根絶されなさい」

 

 しかし、その手が届く事は無かった。

 

 死柄木は、横合いからの一撃で吹き飛ばされる。

 

 吹き飛ばした本人は、その手に丸太を担いでいた。

 

 おそらく、噴水近くに刺さっていたものだ。

 

 突然の出来事に、場が一瞬硬直する。

 

 突然の出来事に、思考を回せなかった。

 

 その隙を皆逃すほど、彼女は甘くない。

 

「貴方に、手加減は要らなそうですね」

 

 癒月は躊躇わず、脳無の顔面に丸太を叩きつけた。

 

 しかし、脳無は直立姿勢のまま顔面で受け止めた。 

 

 なんという、恐るべき耐久力だ。

 

 今の攻撃は、ほぼほぼ不意打ちだったというのに。

  

 大抵の奴等なら、これで怯んでいただろう。

 

 だが今回は、相手が悪かった。

 

「いかに頑丈でも、この攻撃に骨は耐えられない」

 

 癒月はそのまま、拳で丸太を殴りつけた。

 

 丸太越しに、凄まじい衝撃が辺りに響く。

 

 その衝撃に耐え切れず、丸太が内側から裂けた。

 

 それとほぼ同時に、脳無が体勢を大きく崩す。

 

「これで、貴方は終わりです」

 

 癒月は追撃とばかりに、かかと落としを放った。

 

 脳無の顔面に、全力の蹴りが叩き込まれる。

 

 骨という骨が、嫌な音を立てた。

 

 あの耐久をもってしても、許容限界だったらしい。

 

 脳無は悲鳴すら上げず、今度こそ地に倒れ伏す。

 

 そのお陰で、俺は拘束から抜け出せた。

 

 一瞬の出来事に、場が再び静まり返る。

 

(此奴……最初から骨を折る気でやりやがった)

 

 癒月の初撃を、脳無は確かに耐えた。

 

 奴の個性は、衝撃を緩和させるものなのだろう。

 

 避けるまでも無かった、と言って良い。

 

 だが、それでも骨へのダメージは完全に消せない。

 

 筋肉の耐久力と、骨の耐久力は別物。

 

 いかに強靭でも、人間の人体には限界がある。

 

 どれだけ衝撃を無力化できたとしても、受け身も取らずに攻撃を受ければ、骨に負荷が掛かって当然だ。

 

 ダメージが蓄積すれば、破壊が容易なまでに。

 

 そして癒月はそれを実行し、成功させた。

 

 とはいえ、同じ箇所をピンポイントで攻撃しない限り、狙って破壊する事など、不可能なはずなのだが。

 

(とんでもない孫を、婆さんも隠してたもんだ)

 

 味方で良かったと、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 私は轟君と別れた後、ひたすら走り続けた。

 

 医者志望の直感が、負傷者の存在を知らせていた。

 

 ならば、私のやる事は一つしかない。

 

「お、おい、彼奴、迷わずこっち来たぞ!?」

 

「数じゃこっちが勝ってんのに、正気か!?」

 

「狼狽えんな!!囲んじまえばおわ───」

 

「五月蠅い。邪魔です。優先治療がありますので」

 

「此奴等の何処が学生なんだ!!?」

 

 私は眼前の敵の群れを、殴り飛ばした。

 

 文字通り、拳を一人一人叩き込んで。

 

 彼等に対する治療はこれで十分だろう。

 

 というか、そんな事に掛ける時間は無い。

 

 事態を収拾するには、病原を絶つしかない。

 

 根本治療をしなければ、何も意味が無い。

 

 残った敵は、轟君に任せればいいだろう。

 

 多人数への治療は、彼の方が向いている。

 

 所謂、適材適所というやつだ。

 

(広場に居る敵の病原の数は2つ。私の存在に、敵はまだ気づいていない。イレイザーヘッドが半ば瀕死。状態によっては、後遺症の可能性もある。早急な治療の必要性が大。そうなると、あの大男が邪魔です)

 

 私は土砂ゾーンを抜け、扉越しに様子を窺った。

 

 大男は、イレイザーヘッドを踏みつけている。

 

 手の男は、勝ち誇ったかのように上機嫌だ。

 

 遠目でも分かるほど、彼は重傷だった。

  

 こういう時の嫌な予感はよく当たる。

 

 その直後、霧の男が姿を現した。

 

 現れた男の話曰く、13号が行動不能にされた一方で、居合わせた生徒一人がUSJを脱出したらしい。

 

 霧の男の言葉に、手の男が苛立つ。

 

(そうなってくると、救援の心配はもう必要ない。生徒達の避難とフォローも、駆け付けた先生方に任せれば問題無い。目の前の治療に、これで専念出来る)

 

 逃げてくれた誰かに、私は内心感謝した。

 

 そして丸太を、地面から引き抜く。

 

 慎重になる必要は、もう無い。

 

 私は迷わず、手の男を吹き飛ばした。

 

 バットを振るい、ボールを打つ感覚で。

 

 手の男は理解すら出来ず、悲鳴を上げた。

  

 あの男を吹き飛ばすのは、これで二度目である。

 

「癒月!!お前、最高!!助かったぁ!!」

 

「ケロケロ。間一髪だったわ。ありがと」

 

「それより、相澤先生が!!」

 

「分かっています。直ぐに治療を」

 

 大男を倒して直ぐ、私は相澤先生の治療を始めた。

 

 今この場に霧の男、黒霧の姿は無い。

 

 反撃より手の男、死柄木の回収を優先したらしい。

 

 何はともあれ、時間がこれで稼げた。

 

 この傷は、素人目から見ても看過出来ない。

 

 意識があるのか無いのかも曖昧だ。

 

 半透明なエネルギーが、相澤先生を包み込む。

 

(……やはり、後遺症は避けられませんね)

  

 私は個性を発動させつつ、内心そう思った。

 

 相澤先生の出血は、徐々に収まっていってる。

 

 荒かった呼吸も、少しずつマシになっている。

 

 両腕の骨折も完治は無理だが、腫れは引いた。

 

 最初のボロ雑巾姿とは、比べるまでも無い。

 

 けど、眼底部付近の怪我はどうにも違う。

 

 どうやってみても、回復速度が鈍い。

 

 お婆様での治癒でも、おそらくは無理だ。

 

 完全回復は、不可能と診て間違いない。

 

「何なんだ、お前?人の邪魔を二度もしやがって。しかも、いきなり吹き飛ばすとか……常識ないのかよ」

 

「死柄木弔……あまり無理は」

 

「黙れ、黒霧。お前さえ警戒してれば、こうはならなかった。あーあー……脳無にまで手を出しやがって」

 

 私が応急手当を、一通り終えた頃。

 

 黒い渦が再び現れ、そこから声が響いた。

 

 死柄木と黒霧が姿を現す。

 

 不機嫌そうに、死柄木は頭を押さえていた。

 

 意識は飛んでいなかったらしい。

 

「私に言わせれば、貴方達こそ何なのです?何をしているのです?オールマイトを殺す?生徒を殺す?()()()()()()()()()()()()?理解できません。理解などしません。闘争(これ)の何が、愉しいというのです?

 

 そんな死柄木に、私は思わずそう言い放った。

 

 治療を止め前に出ると、戦闘の構えを取る。

 

 他の3人は何か言いたげだが無視する。

 

 事実、この人員の中で最も戦えるのは私だ。

 

 相澤先生が戦闘不能な以上、やるしかない。

 

 それ以上に、私は眼前の病原体が許せない。

 

「愉しいかだって?愉しいに決まってるだろ。何が平和の象徴!!ヒーローだ!!俺は怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まる、この世の中に!!お前達を殺す事で、それを世に示せると思えば、愉しくて仕方ない!!」

 

「貴方達の思想云々など、激しくどうでもいい。何故なら、貴方達は病原。病に侵されながら、悲劇という病を人々に撒き散らす存在。許されざる者です」

 

「俺を二度も吹き飛ばした奴が、何言ってんだ。他が為に振るう暴力は、許されるってか?仲間を助ける為だからか?所詮、お前達は抑圧の為の暴力装置だよ」

 

「私が行うのは、あくまで治療です。例え相手がどのような存在でも、害あるものは全て絶つ。その治療に例外は一切ない。病原の切除は医者の仕事なので」

 

 死柄木と私の目線が、一瞬鋭く交わる。

 

 その思想と理念は完全に真逆。

 

 何があろうと、交わる事は絶対に無い。

 

 手袋の奥にある、歪んだ眼を再確認する。

 

 その歪んだ眼こそ、病原である証拠。

 

 これ以上の会話は、やるだけ無駄だ。

 

「私は貴方達に、治療を行います。そこに在る病全てを、根絶する為。医者志望として、病める全てを癒す為。その責務を果たす為。貴方達を、()()()()()

 

 私は跳躍し、2人目掛けて突っ込んだ。

 

 握った拳の固さが、音も無く増す。

 

 こうも怒りの感情を覚えたのは、初めてだ。

 

 頭は冷たいまま、血が激しく沸騰している。

 

 そして私は、勢いよく拳を振るう。

 

「なら、医者は病院にも行けずに死ね」

 

 そんな私達の間に、巨大な影が割り込んだ。

 

 私の拳は、影の腹に吸い込まれる。

 

 影の正体は、負傷したはずの大男、脳無。

 

 あの負傷なら、半日は動けないはずだ。

 

 にも拘わらず、脳無は平然としている。

 

「脳無が持っている個性は『ショック吸収』だけじゃない。オールマイトを殺す為に()()()んだ。『超再生』の個性だって持ってる。お前が一度でも此奴を倒した事には驚いたが、それだけだ。二度目は無い」

 

 死柄木が話す間にも、脳無は回復し続ける。

 

 ついさっき折った骨は、既に完治していた。

 

 完全に回復するのも時間の問題だろう。

 

 確かに此奴は、オールマイトを倒し得る。

 

「恰好つけて飛び出してもその程度だ。お前の個性は大方、治癒系だろ?その馬鹿力には感服するが、脳無にダメージを与えられる程じゃない。大人しく引くのが賢い選択だ。死ぬ順番が遅いか早いかなんだから」

 

 死柄木はそう言って、私を煽った。

 

 一瞬、引く事も考えたが、私はそれを却下する。

 

 今引けば、背後の相澤先生と緑谷君達が危険だ。

 

 一連の戦闘を見て、離脱する事を決めたらしい。

 

 後退中の彼等を巻き込む訳にはいかない。

 

 何より見立てが確かなら、余計に許せない。

 

 あの男の言葉が本当なら、なお一層。

 

 此奴等は、命を何とも思っていない。

 

 その刹那、脳無の剛腕が頭上から迫る。

 

「ですが、動きはついさっきよりも鈍い」

 

 私は咄嗟に横に転び、その攻撃を避けた。

 

 紙一重だったが、ギリギリ反応出来た。

 

 ダメージはまだ、回復しきっていないらしい。

 

 イレイザーヘッドの時よりも動きが遅い。

 

 そのまま私は、脳無の背後を取る。

 

「まだ分かんないか?脳無は対オールマイト用に作られたサンドバッグ人間だ!不意打ちならまだしも、お前のゴミみたいな攻撃じゃ傷一つ付かない!」

 

 死柄木の言う通り、私の攻撃は利かなかった。

 

 肩へのチョップは、ショック吸収で無効化された。

 

 続けざまに逆の肩に攻撃するも、これも無駄。

 

 またしても、ショック吸収で無効化される。

 

「傷など付けずとも、破壊は出来ます」

 

 しかし、そんな事は初めから分かり切ってる。

 

 あくまで狙いは、脳無の腕を前に出させる事だ。

 

 一連の攻撃で、脳無の腕は前へ伸び切っている。

 

 衝撃はどうにか出来ても、崩れそうな体勢を立て直そうとする、身体の反射はどうにも出来ない。

 

 この体勢は、腕が最も折れやすい形だ。

 

「貴方達は、個性を過信し過ぎている」

 

 何より再生の個性といっても、所詮は身体機能。

 

 休まず体を再生させるなど、無茶の一言。

 

 外側は無事でも、再生中の内側は脆くなる。

 

 ショック吸収の個性だって同じだ。

 

 衝撃に強くても、捻りや曲げには弱い。

 

 首や関節部については特に。

 

 でなければ、初撃が成功しているはずが無い。

 

「これでまた、再生のやり直しです」

 

 そして私は伸び切った、脳無の腕に飛びついた。

 

 そのまま右足を脳無の頭の後ろへ掛け、腕の関節の向きとは逆方向へ、身体を回転させる。

 

 所謂、柔道での禁止技。飛び十字だ。

 

 脳無の肩から腕にかけて、嫌な音が走った。

 

 続けざまに、折れていない方の腕も狙う。

 

 肩と首を押さえ込み、空いていた手で肘を掴むと、そのまま持ち上げ、迷わずへし折った。

 

 骨の耐久度は、最初より明らかに落ちている。

 

「馬鹿な……脳無を1度ならず、2度までも……」

 

「チッ……クソが。チーターかよ……」

 

「人体構造さえ理解できていれば誰でも来ます。チートで医療が成り立つとでも?馬鹿なのですか?」

 

「黙れ黙れ!!本当に何なんだお前ッ!?」

 

「死柄木 弔!!お気を確かに!!」

 

 倒れた脳無を警戒しつつも、私は前へ進む。

 

 眼前に残っているのは今度こそ、あの2人だ。

 

 全身を巡る血が、再度沸騰する。

 

 此奴等に、問い質さなければならない事がある。

 

「一つ、質問します。貴方は先程、脳無を()()()と言いました。あれは一体、どういう意味ですか?」

 

「……あんッ?そんな事か。それがどうした」

 

「私は戦闘最中、脳無を診ました。脈の状態、呼吸の有無、瞳孔の状態。その結果、人間のある状態と酷似しました。そもそも人間一人が持つ個性は通常一つ。複合型の個性も存在しますが、アレはそうじゃない」

 

 私は湧き上がる衝動を、必死に抑え込んだ。

 

 そうでもしなければ、本当に殺してしまう。 

 

 医者でも、ヒーローでもなくなってしまう。

 

 治療とは一切関係なく、手を出してしまう。

 

「そんなもん、先生とドクターが適当な人間を使()()()からに決まってるだろ。だって、脳無は()()()()なんだから。それぐらい、少し考えれば分かるだろ」

 

 そんな私を嘲笑うように、死柄木は言った。

 

 さも当たり前のように、呆れたように。

 

 分かっていた事だが、明確になった。

 

 アレには、人間の生命活動が一切ない。

 

 あの脳無は患者ですらない、()()だ。

 

 此奴等は誰かの遺体を物のように扱い、感情を奪い、尊厳を冒涜し、死を振り撒く病に作り替えた。

 

 人の命をつくづく、何とも思っていない。

 

「その先生とドクターとやらは、一体何処に居るのです?あんなものを作りだす病の元凶は、一体何処に居るのですか?早く、答えなさい。……答えろッ!!」

 

「敵に情報を吐く訳ないだろ。そんな事で冷静さを崩すなんて……お前こそ馬鹿なのか?それとも、もう勝ったつもりか?ヒーロー志望?医者志望?……どっちでもいいや。随分と余裕があるみたいだな」 

 

 私の背後で黒い渦が、音も無く出現した。

 

 渦の奥から、死柄木の手が伸びてくる。

 

 あの手に触れられれば、一巻の終わり。

 

 死角からの、完全な不意打ちだ。

 

「そんなもので、私が倒せるとでも?」

 

 私は身を翻し、死柄木の手を躱した。

 

 黒霧の個性はワープ系のもの。

 

 不意打ちを警戒しない訳がない。

  

 私は地面を蹴り、一気に加速した。

 

 敵2人を、射程圏内に収める。

 

「ええ、勿論。思ってなどいません」

 

 その刹那、地面に黒い渦が出現した。

 

 私は思わず舌打ちを打ち、一歩下がる。

 

 攻撃を喰らっては、元も子もない。

 

 だが、現れたのは死柄木の手じゃない。

 

「馬鹿な……回復まで早過ぎる!!」

 

 姿を現したのは、倒したはずの脳無。

 

 それも、全身の傷が完治していた。

 

 折ったはずの腕も、問題なく動いている。

 

 戦闘中の再生速度から考えて、有り得ない。

 

「一か八かだったが、脳無の折れた腕を俺の個性で、()()()()()させた。発想の逆転だよ。一から治して間に合わないなら、零から作らせればいい。壊れかけを治すより、丸ごと治す方が……ずっと楽だからな」

 

 そう言って、死柄木は手をひらひらさせた。

 

 タイミングは、私が質問した時だ。

 

 黒い渦越しに、脳無の腕を崩壊させたのだろう。

 

 折れた腕を、新しい腕と取り替えたようなものだ。

 

 味方を物と見ているからこそ出来る芸当。

 

 消耗は激しいが、そっちの方が確かに早い。

 

「そういやお前、攻撃を喰らってなかったけ?」

 

 脳無は私めがけて、一直線に突っ込んできた。

 

 この距離では、回避は間に合わない。

 

 思考する間にも、拳は迫っている。

 

 咄嗟に腕をクロスさせ、防御姿勢を取る。

 

「お前はよくやった。でも、終わりだ」

 

 しかし、脳無の前に、ガードなど無意味だった。

  

 クロスさせた両腕は、拳の威力を僅かに殺しただけで、あっさりとへし折れ、無用の長物となった。

 

 そのまま拳は、額へと吸い込まれる。

 

 ズドンという衝撃が、辺りに響いた。

 

 文字通り、身体が宙を舞って跳ぶ。

 

 遅れて激痛が神経を走り、全身を襲った。

 

 そして意識は、遠く彼方に消えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。